魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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告白タイム1

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 胴の真中を狙ったステレの突きは、右腕の捻りで逸らされ、右脇腹をかすめるに留まった。<夜明けの雲の>の拳はガラ空きになったステレの胴の寸前に突きつけられている。<夜明けの雲の>がその気なら、腹には大穴が空いていたはずだ。
 突きを出さざるを得ない状態に追い込まれた。拳闘士の間合いに入られた時点でステレは負けていた。
 死を覚悟した境地からステレはようやく復帰し、大きく息を吐く。

 「私の負けね」

 つぶやいて剣を下した。

 「、、、あ、、、うん、俺の勝ちだね」

 一瞬固まった<夜明けの雲>は我に返ったように2、3歩下がると、真面目な顔でステレを見つめる。
 奇妙な表情に、今度はステレが戸惑った。何かおかしな事を言っただろうか? 問いただそうとした矢先、<夜明けの雲>の左手の指先から血がしたたり落ちた。

 「い、痛てぇ、、、、、」

 それが切っ掛けのように、真剣な表情から一瞬で情けない顔になった<夜明けの雲>は、しゃがみ込むと折れた左手を摩るように治療魔法をか始めた。うずくまる足元に落ちた血は真っ青な色をしている。

 ふーと息を吐きだしたステレは、木剣の刀身を見る。乾坤一擲の一撃だったが、踏み込みの速さに負け鍔元でしか切れなかった。もしこれが魔銀の剣だったら腕を斬れただろうか、、、、。いや、この木剣でもあの打ち込みならば、彼の頭に届くはずだった。
 万全だったなら。

 「まだ届かないか、、、」

 ステレは顔を顰め左手を見る。小指と薬指が腫れあがっている。一瞬の攻防のうちに両手剣の要になる指を折られていた。これでは右手一本での打込みと大差無い。

 「手、見せてよ」

 しゃがみ込んだままの<夜明けの雲>が言った。自分の治療を終えたのだろうか。袖まくりした左腕には傷は見当たらない。
 一瞬だけ迷ったあと、黙って左手を差し出す。
 うずくまっていた<夜明けの雲>は膝を付き、まるで貴人に口づけするようにステレの左手を取った。

 「ちょ、、」

 何の羞恥プレイだ。(コイツ絶対わざとやってるに違いない)そう思いながら手を引っ込めようと思ったら

 「良かった、後遺症残さず治せるよ」

 というなり、確認も予告も無く治療魔法を流し込んで来た。

 「え?、、、イタタタタタタッターーー」

 いきなりの骨折を治す治療痛に、色気も何もない悲鳴を上げ、てステレは飛び上がった。


 「飲む?」

 半透明な琥珀の水筒から一口飲み、<夜明けの雲>に掲げて見せる。
 ステレの木剣を面白そうに見ていた<夜明けの雲>は、木剣と引き換えに水筒を受け取った。中の液体は香草の香りがする。

 「なにこれ?」
 「水に蜂蜜と岩塩入れてハーブで香り付けたの」
 「へぇ」

 <夜明けの雲>も一口飲んで水筒を返した。

 「ちょっと酸味が欲しいかな」
 「そうね、ビネガーってどうやったら作れるのかしら」

 なんでもかんでもドルトンには頼れない。自分で作れるものなら自分でなんとかしたい。この干し肉のように、、、。そう思いながら、ステレは荷物から干し肉を出して小さく切り分けて齧った、もう一つの欠片を黙って差し出す。

 「ありがと」

 受け取った<夜明けの雲>も噛み始める。
 立ち合いの後、<夜明けの雲>はすぐに遺跡には戻らなかった。ステレに次の勝負も持ちかけてこない。日陰に座り込んで昼食を出したステレの隣に並んで座わると、木剣を見せてくれるよう頼みこんで来たのだ。
 勝負が終わった後の奇妙な表情が気になったステレだが、何を聞くべきか迷っていた。聞きたいことがいろいろある。

 「ねぇ、なんで最後寸止めしたのよ」
 「俺の崩拳がマトモに入ったら、いくら君が頑丈な鬼人でも即死するよ。俺でも完全に死んだ人間を蘇生させることはできない」

 わざとなのか天然なのか、この魔人は相変わらずのらりくらりと質問の論点をはぐらかす。

 「そうじゃなくて、私を殺さない理由を聞いてるのよ」
 「え?君みたいな面しろ、、、、貴重な人材を殺すなんてとんでもない」
 「マテ、今なんて言いかけた?」

 それは、言うか言うまいか、一瞬の躊躇があったのだろうか。ほんの一瞬の間のあと、<夜明けの雲>は呟くように言った。

 「君は敗北を受け入れてくれる、、、と思ったからかな」
 「え?」

 突然奇妙なことを言われてステレは戸惑った。
 前回も今回も彼には勝てなかった。前回は「あなたに勝てないことが判った」そうまで言ってる。彼の方が絶対強者なのは明らかなのに、負けを認めないと思っていたのだろうか。

 「ここで、今までいろいろなヤツと戦ったよ。ほとんどが只人だったけど、皆君より強かったかな。楽しかった。だけど俺と同じ舞台で闘ってくれるヤツは居なかったよ」

 遠い遠い記憶を辿るがごとく、<夜明けの雲>はぽつぽつと語り出した。

 「俺が拳を止めようとしても、皆死ぬまで闘うのを止めなかった。負ければ皆死んだ。蘇生を拒否して死んだ。蘇生しても、恥だと言って自害したヤツもいたよ、、、」

 心底悲し気な顔で呟く。

 「俺はそいつらにもっと強くなって欲しかった。俺を倒せるくらいになって欲しかった。それでもし負けるなら、俺は鍛え直してまたそいつと戦いたかった。、、、、でも、その前に皆死んでしまった。俺の前には、俺を倒せたかもしれない屍しか残らなかった」

 闘うことが生き甲斐のこの男は、しかし彼を打ち負かす強さには出会えなかった。そして闘った誰からも理解されなかったのだろう。或いは、彼我の力の差に絶望して死を選んでしまった。
 そもそも言っていることが無茶苦茶だ。殺し合いを求めながら、死を選んだ戦士達に心底落胆している。自分が絶対強者だという目線でなければ、こんなことは言えない。この男は酷く身勝手で歪んでいる。

 なのにズキりとステレの胸が痛む。
 理解されないことの悲しさをステレは知っている。
 理解されない行動をとり続けることで、自分も周囲も傷つくことも知っている。
 …そして、それを判ったとしても止めることができないことも。

 「でも、君は蘇生を受け入れてくれた。俺と再び戦ってくれた。鍛錬してまた戦ってくれた。拳を止めても受け入れてくれるかもしれない。いつか俺を超える強さになるかもしれない。そう思ったから拳を止めたんだよ」

 (要するに、見込みがあると思われたということか)とステレは理解した。と同時に(たったそれだけのことで?)とも思う。
 この勝負は『試合』では無いし、実際にステレは<夜明けの雲>を完全に殺しにかかっていた。だから殺されても文句は言えないし、言うつもりもなかった。にも拘わらず、たったそれだけのことで<夜明けの雲>は拳を止めたのか。
 それは、圧倒的力量差を裏付けとした、身勝手で歪んだ温情だったのかもしれない。
 ステレが負けを認めたのは、あの後どうしようがステレが勝てる見込みは無かったからだ。負けを認めるのは当然の決断だった。
 だが、勝負がそのまま命の取り合いだった時代を生きた<夜明けの雲>にとっては、それは稀有な経験だった。半信半疑で拳を止め。『敗北を受け入れた』ステレを驚愕して見たのだ。
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