魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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カンフレーへ

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 オーウェンの屋敷の中庭で、ステレとオーウェンは木剣を持って相対した。
 二人とも手にする木剣は両手剣を模したものだ。

 防具への魔力付与と、冶金技術、鍛冶技術の向上は戦士の防御力を大幅に向上させた。そして、長柄の武器を持った徒士の兵が大量動員された結果、戦士は盾を手放し両手持ちの武器へと切り替えることとなった。ただし、戦場では…の話である。街中で武骨な両手武器を持ち歩く戦士はいない。オーウェンも普段下げているのは小剣だ。王家による集権が確立し対外戦争も久しく行われていない今、剣術の主流は、片手剣や細剣が主流となっている。
 元が護衛剣士のステレも、収めたのは片手剣と細剣だったが、逃避行中は少しでも戦力となるため、分捕った長柄斧を武器とするようになった。少数の刺客だけでなく、傭兵隊が狙って来るようになったからだ。鎧を着た兵相手の乱戦では、護衛の技では役に立たない。兵士の、騎士の技はオーウェンから学んだ。

 呼吸を整え、打ち込みと受け。一連の型を互いに繰り返して行く。木剣の型稽古とはいえ、二人共木剣で人を即死させるだけの力量がある。気は抜けない。一通り終えると、オーウェンは長く息を吐いた。

 「一段と重くなったな、相当に腕を上げた。……いや、俺が鈍ったのか……」
 「そうなの?以前とあまり変わらないように感じたけど」

 病み上がりだというのに、鬼人となったステレの剣は重い。手が痺れぬように受け流すには細心の注意が必要だった。それをステレに気づかせぬのもまたオーウェンの技量ゆえではあるのだが。
 日差しがあるので、冬といはいえうっすらと汗をかいた。首元をぬぐい、水を口にする。

 「ステレは森で魔人と勝負していると聞いたが、どれ程の相手なのだ?」
 「強化魔法を付与した木剣を作って速さで倒そうとしたけど、全部躱されたわ」

 ドルトンに渡した記録には、魔人との勝負の詳細までは書いていない。ステレはできるだけ細かく魔人の動きや強さについて説明した。

 「その時の動きを見せてもらえるか?」
 「いいわよ…斬込みを躱されて踏み込まれた所をカチ上げて、離れたところで左横面を打ったけど左腕で防がれた。そこから後ろに回り込まれたから、突きで迎え撃ったら鋒を拳の突きで打ち落された」

 流れを説明してから、相手が居るかの如くその時の自分の動きを再現して見せた。
 オーウェンは少なからず驚くことになった。ステレの動きは放浪時代の力任せの一撃とは異なり、一端の剣士の者だ。鬼人の身体能力と片手剣での下地があるのは確かだが、我流でここまで動ければ大したものだ。そして、それを半歩上回る速度で動く魔人は、確かに難敵といえる。しかもドルトンの話ではそれでもまだ本気では無いというのだ。

 (魔人を倒すなどと大口叩いたが、鍛え直さねばならんな)
 ステレの動きと比較することで、魔人の強さが実感として理解できた。どうすれば魔人を打ち破れるか…
 そんなことを考えていると、ステレはいっそサバサバといった。

 「ま、伝説の魔人だもんね、私じゃ話にならないわよ」
 「ステレも、ガランドやゴージを討ち取っているではないか」

 それは、ステレを慰める世辞という訳ではない。二人とも高名な剣士であり、一対一で勝てる剣士はそう多くない手練だった。特に『命以外の全てと引き換えに会得した』と言われるゴージの剣技は、只人でありながら人外の域に達していた。ゴージを討ち取ったのは、鬼人であるが故に部隊を率いることが無かったステレの、内戦での大きな功績となっている。
 だが、ステレは『討ち取っただけだ、勝ってはいないと』と今でも思っている。

 「小細工してね。正面からじゃとても勝ち目は無かった。戦争だから手段を選ばず殺したけど、魔人とは戦争している訳じゃないからね」

 そう、魔人との勝負は戦争ではない。いうなれば戦闘バカの強さ比べなのだ。
 だからこそ、ステレが自分の生死を度外視してしまうのが、オーウェンには何より恐ろしい。

 「無理はしないでくれよ」
 「最初は、いつ死んでも良いと思っていた。魔人に出会って、コイツと全力で勝負してそれで死ぬなら満足して死ねるんじゃないかと思っていた。今はどうにかしてアイツに勝ってやろうって気になってるわ」

 オーウェンはステレの翳が薄らいでいることを感じた。少なくとも、自分が告白しただけの意味はあったと自惚れてもいいだろうか?。そう思わずに居られない。特にステレが魔人を『アイツ』と呼ぶのを聞くと。

 「明日には王都に向けて発つよ」
 「私も準備が出来次第カンフレーに向かう、暖かくなったらそのまま森に帰るわ」

 明日別れれば、またしばらく会えなくなるだろう。だが今までと違い、再会の約束がある。そのために王都に戻るのだ。ステレとの結婚だけでなく、ロイツェル侯爵位の問題をどうにかしなければならない。ステレは反対したが、やはり一門の誰かに継承させるべきだと思っている。

 「気をつけてな」
 「あなたも、オーウェン。今回はお世話になってばかりね」

 抱擁は将来するために取っておこう。互いにそう思ったのだろうか、別れはあっさりとしたものだった。ステレの回復を見届け、オーウェンは王都に戻って行った。


 カンフレーへ向けての出発の準備は、そうと悟られないようゆっくりと進められた。ステレとドルトン商会が領主館に滞在しているのは、公にされていない。だから、目立つ二人が堂々と出る訳には行かなかった。商会の建物に入る訳にもいかない、十中八九見張られている。

 その日、明るくなるのとほぼ同時に、領主の屋敷からロィツェルの紋章の入った馬車が出て行った。冬の朝は遅い、夏なら早い連中は既に働き始めている時間だ。だから夜明けと同時に動き出しても訝しむ者はいなかった。
 一頭立て二人乗りの小さな馬車には、ステレとドルトンと商会の店員合計4人がすし詰めになっていた。このまま郊外に出て、商会の荷馬車に乗り換えるのだ。ステレを連れて屋敷に入る時も使った手である。店員二人は女性なので、座席に並んで座ったステレとドルトンの上に座って、抱きつくような体制になってしまい、ステレは赤い顔でハァハァ言ってる店員にしばらく往生することになったのだが。
 街を出て、広がる農地を通り過ぎ、林が点在する中を抜ける街道の木陰で商会の馬車は待っていた。屋敷の御者に礼を言い、謝礼の包みを渡すと屋敷の馬車は帰って行った。
 すし詰めの狭い馬車から降りたステレは、ゴキゴキと身体を左右に捻って背筋を伸ばす。ドルトンは馬車に乗ってきた商会員に何か指示を出している。商会の馬車は、奇妙な風体だった。2頭立ての4輪馬車で、車輪は板を切り出したものかと思ったら、スポークの車輪にわざわざ丸く切り抜いた板を付けてそれらしく見せていた。乗り込んだステレは、車体が左右にゆらゆらと揺れるのに気づく。結構な長旅になるが、こんな馬車で大丈夫なのだろうか?

 「揺れと振動を抑えた馬車です。車輪の工夫を隠すために板を貼っているのですよ」

 ドルトンが待ってましたとばかりにニヤニヤしながら言った。ステレが気づくのを今かと待っていたようだ。ドルトンは商品を自慢するとき、こういう子供っぽいことをする。
 ステレが覗き込んで見れば、車軸から伸びるスポークは渦を描くように弓なりに反っている。薄く打ち伸ばした鉄板でできているようだった。それだけでなく、車軸と車台の間にも、弓なりの鉄板が挟まっていた。反った鉄板二枚を向かい合わせに組み合わせ、その上から、編み込まれたロープが巻かれている。

 「割れ物…主に酒の入った瓶ですかな…を割らずに運搬できないか考えて作りました。とは言っても、馬車の改良を考案し続けている男がおりまして、資金援助して技術を買っているのですけどね。車台を支えるこのバネと、車輪もバネのようにたわむように仕上げ、地面のデコボコや振動を軽減する工夫です」
 「このロープは?」
 「そのままだと跳ね過ぎるといいますか、揺れがなかなか収まらないので、伸び縮みする編み方をしたロープで結んで、その摩擦で揺れを止めます。痛みが早いので、別の方法も考えているのですが…」
 「へぇ」
 「車輪が全部鋼になるので、軽量化と強度の兼ね合いで随分と作り直しもしました。荷物を積んで試していたのですが、思いの外乗り心地が良く、人が乗るのにも良さそうなので、技術が完成したら高級箱馬車に仕立てて貴族に売り込もうと思っているのですが」

 今の馬車の難点は地面の振動をモロに拾ってしまうことだ。舗装もされていない道を長時間走れば、クッションを敷いていても、腰も尻もガタガタになってしまう。積荷も、振動に弱いものは大量の詰め物をして運ぶが、それでも痛むものが出てくる。ブランコのように、座席や荷物を釣ることで揺れを軽減する工夫をしている馬車もあるが、バネの工夫はそれを一歩進めたものだった。
 
 「まぁ、何はともあれお試し下さい、クッションを敷かずとも尻の痛みが半減するのは請け負いますぞ」
 「それは楽しみだわ」

 早朝から手綱を取ってきた男の商会員と交代して、ドルトンは御者台に座った。ステレはその隣に座る。もう一人居る男の商会員は獣人で、警戒のために先行すると街道を外れて木立の中に入って行った。
 ステレとドルトン、3人の商会員の5人を乗せた馬車は、街道をゴトゴトと西に向かって走り始める。一路ステレの故郷へ。カンフレーへ。


 ステレ達がカンフレーへ向かって出発した頃。ロイツェルの領主館前には、異国風の装束を纏った男が3人、何食わぬ顔でたむろしていた。屋敷では、数日前から妙な男たちが居ることは把握していたが、トレハン商会の手先にも見えず、結局は様子見するしか無いという結論になっていた。
 ステレ達が無理やり乗り込んだ馬車が出た時、既に彼らは同じ場所に居たのだが、顔を見られぬよう窓はきちんと閉めたままだったので、ステレ達がこの奇妙な一団に気付く事は無かった。

 三人の元に、同じような装束の若い男が駆け込んで来た。

 「頭領!」
 「どうした?」

 男の一人、やや年嵩の男が答える。
 この国の公用語ではない、どこか異国の言葉だった。

 「兄者からの言伝です。夜明け前に、商会から馬車が西に向かって発ったとお伝えしろと」
 「それがどうかしたか?」
 「かなりの荷を積んでいるのに、二人しか乗っていなかったのがどうにも引っかかる。頭領にお伝えして判断を仰ぐよう言付かりました」
 「ふむ?」

 頭領と呼ばれた男は、しばらく何事かを考えていた。
 それは確かに些細な違和感に過ぎない。大荷物でも近距離の輸送なら二人でもおかしくは無い。だが、商会の見張りに送った男は、この手の直感が鋭いからこそ選んだ男だ。実際に、些細な違和感をわざわざ伝令を出して伝えて来ている。

 「……商人は、ここの領主と懇意だったのだな?」
 「はっ、先のお家騒動で共に戦ったとか。貴族と獣人なのに、それ以来の友人付き合いと聞いております」
 「……追うぞ、急ぎ支度せよ」
 「は?」
 「早朝に屋敷から侯爵家の紋の入った馬車が出た、あれだ。乗っているのが侯爵家の人間なら、護衛が一騎も付いていないのはおかしい、郊外で商会から出た馬車に乗り換えるつもりだ」
 「っ!、なるほど」
 「宿に戻る、商会の組にも使いを出せ」
 「はっ!」

 男たちは慌ただしく動き始めた。

 「ようやく追いついたか…急がねば」

 大股で宿に向かって歩きながら、頭領は誰に言うとなく呟いた。
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