魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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それぞれの決意の結末1

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 実を言えば、ステレは夢現の中で聞いたオーウェンの告白を全て覚えていた。オーウェンが何も言わないので、ステレからは何も言い出さなかっただけだ。
 ……先送りにしていたともいう。

 (どうしてこうなった?オーウェンとは何年も一緒にいたし。なんというか…『カッコいい素敵なお兄様。だけど兄妹じゃ…』とずっと思っていたら、突然『実は血が繋がっていないんだ』と言われたような感じ?…うん、意味不明だ、何言ってるんだ私。……って、あーーーー、そういえば兄妹どころじゃ無いじゃないアレは…)

 また一つ黒歴史を思い出してしまって、気恥ずかしさでオーウェンの顔がまともに見られない。(うひゃ~)と内心で悲鳴を上げて、額が膝につくほど身体を折りたたんでじたばたしている。オーウェンの屋敷でなかったら、床を転がりまわっていたに違いない。
 共に旅した戦友だし、一度聞いた告白だから、もっと冷静に答えられると思っていた。だが、本人から『一緒に森に行きたい』と言われた時、ステレは予想以上に混乱していた。ちらりとオーウェンを見るが、傍から見たら挙動不審なステレを見ても、オーウェンの表情は変わらず生真面目なままだ。

 (うん…とってもオーウェンだわ。私は…あなたを縛っている訳じゃないのよね?)

 「ステレ、もっと早く告白すべきだった。王都を出たお前を追いかけるべきだった。全ては今更だ。だが、こんな情けない男でも、魔の森でお前の隣に居ることはできると思う」

 ステレが落ち着くのを待っていたのだろうか、しばらく黙ったままだったオーウェン静かな声で言った。
 それだけ言うと、また口を閉ざす。余計なことは言わない、ステレに答えを促すこともしない。しばらくあわあわしていたステレは、やがてゆっくりと顔を上げた。もうすでに顔の朱みは引いている。居住まいを正して、オーウェンを正面から見る。オーウェンの気持ちはよく知っている。それでも…

 「ありがとう、オーウェン……。でもね、私には約束があるの。あいつと…魔人と勝負しなきゃならない。たぶん命をかけて。その後、私が生きていられる保証は無い。というより、今のままなら十中八九は私が死ぬ。だから……」
 「なぜだ?それほどに魔人との約束が大事なのか?」

 魔人は戦いを強要しないとステレの報告にはあった。なら、なぜステレは判りきった死を避けようとしない?。それに「あいつ」と言ったときのステレの口調に、僅かの嫉妬心もなかったと言ったら嘘になるだろう。

 「私は……、多くの人たちに支えられて生きてきたことに気づいたの。その中には魔人も入っているのよ。……それは傍から見たらとても異常なことかもしれないけど、『いつ死んでも良い。むしろとっとと自分を始末したい』そう思っていた私は、魔人に会って『剣を磨き、この男と命のやり取りをするその日まで生きていよう』そう思うようになったのよ。私が今生きているのは魔人のおかげ。だから私は魔人との約束を果たさなきゃならない」

 長く付き合っていた男からの結婚の申し込みと、魔人との決闘の約束など、本来は天秤にかけるものでは無いだろう。だが、剣に生きた者同士だからだろうか、オーウェンは何とはなしに、ステレの想いが理解できた。
 ステレはずっとこうだった。約束に誠実であろうとし続けていた。主君に誠実であろうとし続けていた。この女(ひと)は、女性である前に騎士だった。ずっと昔から。
 ならば自分は?

 「ステレは俺が嫌いか?」
 「そんなことは無いわ」

 オーウェンの唐突でド直球な質問に、ステレは即座に返答した。
 自分ではどうしようもない障害があるだけで、オーウェンが嫌いなわけではないのだ。

 「なら、うんと言ってくれ」

 え?という顔でステレはオーウェンを見る。今の自分の話を聞いて、なぜそう言えるのだ?

 「聞いてなかったの?私は魔人に殺されるために生きているようなものなのに…」
 「俺が嫌われているなら仕方ないが、そうでないなら問題ない。ステレが生きていられるように、いくらでも手を貸すさ」

 オーウェンは、あっさりと言ってのけた。オーウェンにとっては、ステレの気持ちこそが大事なのだ。主君を慕い主君を愛していた女に振り向いて貰いたい。それだけが願いだった。正直言えば、それ以外は些末な事に過ぎないと言ってもいい。
 
 (あーもう、なんでこの人はこんなに私を好いてくれるのよ。こんな我儘で融通利かない私を)
 呆れるような、嬉しいような、むず痒いような、感動するような、いろいろごちゃ混ぜになった感情で、ステレは天を仰ぎそうになった。そこまで言われたら、ステレも覚悟を決めるほかはなかった。

 「うん、判った…、でも今はだめ。もし魔人と勝負して生きていられたら……私はあなたの妻になる。山を下りてね」
 「いや…それは……」

 今度はオーウェンの方がステレの決心に驚かされることとなった。鬼人がこの国でどう見られるか、隣で見続けいたから、オーウェンもよく知っている。どれだけ武功を上げて王を支えても、只人で無いだけで白眼視される。それがあるから、鬼人が王に近い場所に居ることが面倒の種になるから、ステレも人跡未踏の森に引きこもったのだ。爵位を取るほど民に認められれば事情も違うのだろうが、現状では望み薄だ。白眼視されることがわかっているのに、愛する女を街に置きたくなかった。

 「オーウェン、あなたに家を捨てさせることはできない」
 「もし、俺の家に気を使っているなら…」

 ステレは首を振る。

 「私が…鬼人がどれだけ生きるか、私にも判らない。只人より長生きなのか短命なのか。でも一つだけ確実なのは、魔の森で身体が利かなくなったらそのまま死ぬってこと」

 魔の森では寿命が尽きるまで生きてはいられない、弱者になった途端に死ぬしかない。ステレはそれこそが寿命だと割り切って住んでいたが、オーウェンをそれに着き合わせるわけにはいかない。

 「別に、白い目で見られようが、悪口陰口叩かれようが、物理的に死ぬわけじゃないしね。せっかく結婚するなら、できるだけ長く共に生きて、最後はベッドの上で死にたいでしょ?」

 半ば茶化して、自分も長生きしたいからと主張してみた。そうでも言わないと、オーウェンは納得しないだろう。それでもステレを思ってか、今一つ煮え切らなそうな様子のオーウェンに、ステレは最後のダメ押しを出した。

 「それに……その……只人との間に…その…子供が作れるかも判らない……けど…。あそこで子供が育てられるとは思えないし……」

 最後は小声でごにょごにょになってしまったが、趣旨は十分に伝わったようだった。オーウェンは、なんというか、表現に困る表情でしばらく固まったあと、ようやく言った。

 「以外だ、ステレがそこまで考えていたのか……」
 「そこかい」

 こんな局面でも突っ込まずにいることはできなかった。
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