魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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(番外編)捜索者は帰り道を急がない

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 「テンゲン様、我々の目は欺けませんぞ」
 
 乗馬用の外套を着た男がニヤニヤ笑いながら言った。
 王国から白骨山脈を越えて皇国に至る山道の途中で、テンゲンは前後を同郷の男たちに挟まれていた。前に6人、後ろから6人。馬は連れていない。麓から徒歩で追いかけ、先回りしたようだ。男の顔には見覚えがあった。

 「お前たちはトクワンの郎党だな。助けを頼んだ覚えは無いが?」
 
 常と変わらぬ声で、軽く皮肉を返す。男から目をはなさず、テンゲンは牽いていた馬に離れているよう指示を出した。愛馬はウルスでも貴重な戦馬だ。巻き添えで殺したくない。犬の賢さと赤毛熊の強靭さを併せ持つと評されるウルスの戦馬は、斜面をひょいひょいと一段下りて距離を取ると、主と相対する男たちを黒い瞳で見つめている。
 テンゲンの部下…今は6人しか居ない…も、同様に馬を放した。4人が短弓、二人が腰の剣に手をかけている。

 「あなたのようなボンクラに大事な太刀を任せたら、途中で野盗に奪われかねないと我が主が心配なさったのですよ」

 相変わらず薄ら笑いを浮かべた男が目で合図をすると、総勢11人の部下が弓を構えた。
 倍の人数での挟み撃ちという優位な状況で、男は蔑視を取り繕うともしなかった。"エン家の出来損ない"から太刀を奪う簡単な仕事。あの戦馬も我が物にしてやる。そう思うと、思わず舌なめずりしてしまう。
 テンゲンは腰の後ろから挿添えの小刀を抜いて左手に持ち替えた。右手で太刀を抜き正眼に構える。部下たちも弓を構え、剣を抜く。テンゲンの後ろに短弓の二人、後方の敵に対して剣を構える二人と短弓の二人。

 「主の心配は当たってしまいましたな。まさかテンゲン様一行が野盗の襲撃で非業の死を遂げられるとは…」

 芝居がかった口ぶりで、まだ生きている本人にそう告げると、短く命じた。

 「殺れ!」

 双方から矢が放たれた。
 人数は倍違うし、こちらは全員戦支度で胴鎧を着込んでいる射手だ。テンゲン達で外套の下に鎧を着ているのは、後方に居る一人だけで、弓は二人ずつしかいない。男は勝利を確信していた。
 だが、真っ先に飛び出したテンゲンは、自分達に向かって放たれた5本の矢を、残らず剣先で弾き飛ばしていた。そのまま翔ぶように前進して距離を詰めると、左手の小刀を投げつけた。射手の一人が喉に小刀を受けて倒れる。更に二人が矢で倒されていた。二人とも甲冑の無い首に矢が突き立っている。弓を持つ残り二人が動揺した。二の矢を放つか、剣を抜くか…。一瞬迷った間にテンゲンの太刀が閃き、二人とも喉を斬られていた。頭領の男は、驚愕した表情で剣を抜いた直後に首が宙に飛んで倒れた。

 ふーっと息を吐いたテンゲンが後ろを振り返ると、後方を塞いでいた6人の刺客は全員矢を受けて倒れていた。テンゲンの部下も一人、両手で顔と首を庇った格好のまま、上半身に4~5本の矢が突き立っていた。普通の人間であれば、とても生きてはいられない。だがその男は、動く敵が居なくなったことでようやく構えを解くと、刺さっていた矢を無造作に引き抜いていく。胸の鎧を貫いた矢もあったが、男の皮一枚めり込んで止まっている。この男は、防御強化の魔力に長けている上、着けている鎧は古式の馬上鎧で、重いが徒歩用の鎧の倍の厚みがある。射手を守る生きた防盾が男の任務なのだ。並んで矢を防いだ男は、速度と手数を得意としており、射掛けられた矢の半分はこの男が叩き落とした。

 「ヴァシュ、矢傷に薬を塗っておけ、残りは死体を片付けるぞ」
 「唾つけときゃ治りますよ」

 ヴァシュと呼ばれた鎧の男も、そう言うと馬に着けた荷から折り畳みの円匙を引っ張り出し、穴掘りを手伝いだした。テンゲンも『やれやれ』と言った表情で、死体を埋めるための穴を掘りだした。(墓掘りの能力を持つ部下を連れてくれば良かったな…)と、益体も無いことを考えながら。 
 

 呑月候の太刀を手に入れたテンゲンは、祖国への道を急いでいなかった。
 ただ帰るだけではダメなのだ。鬼人との約束を果たすため、手を打っておく必要がある。他派閥が自分を狙っているのが判っていた。目的を果たした今、待ち伏せさせる可能性が高い。更には帰国した後、エン家での地位を固めなければならない。権力から距離を置いていた自分が、生きるために権力を求めなければならないとは皮肉な話だ。
 他派閥に通じている部下3人には、役目を果たして帰路についたとの書状を持たせ、国許に先行させた。そうして彼らが国許からの連絡員に繋ぎを着ける頃を見計らい、7人の主従は街道を逸れ、白骨山脈を超える山道に入って行った。太刀を狙って待ち伏せる連中をやり過ごすためである。ただやり過ごすだけでなく、道々に僅かに手掛かりを残しておく。それがあたかも不注意であるかのごとく。案の定、痕跡に気づいた刺客が追跡を始めた。
 国許で役目についていたとき、テンゲンは昼行燈を装っていた。半分は地だったのだが。とにかく、争いなぞバカバカしいとばかりに、何を言われても無表情で聞き流し文官の仕事を黙々としていた。そんな覇気の無い男と思われていたから、襲撃を恐れて逃げたと思われている。3組目までの刺客は、油断し切って襲ってきたところを、瞬時に返り討ちにした。彼らは、逃げるテンゲン達を見つけて奇襲したと思っていたが、実際はテンゲン達に待ち伏せされていたのだ。その後の刺客は、何かがおかしいと感づいたらしく様子を見るように追跡してきたが、逆に夜襲をかけて皆殺しにした。
 今まで一人も生きて帰さないから、麓で馬を預かっていた留守役も何がどうなったか判らない。単独で動いていたそれぞれの派閥の留守役が、どうにも手立てが無くなり仕方なく情報交換をした結果、かなりの人数がテンゲンを追って山に入り、一人も戻っていないことだけが判った。テンゲンの足取りはここで途絶え、エン家が動向を再び把握するのは、テンゲン一行が山を下り、皇国の街道に姿を現してからだった。
 皇国領内を抜け、国境を越え、刀を入手して二月あまり、テンゲン達はようやく諸侯国…ウルスの都に帰還した。白骨山脈で手勢の多く失っていた対立派閥は、テンゲンが悠々と帰還するのをただ見ているしか出来なかった。
 テンゲンは真っすぐ当主の館に向かうと、自ら家宰の男に封印した箱を渡した。下手な取次には渡せないが、この男なら信用できる。ややあって戻ってきた家宰に、『剣を鑑定するので今日は休み、明日定刻に出仕を』と主の言葉を告げらたテンゲンは、久しぶりの自宅に戻り、妻と子の顔を見ることができたのだった。

 翌日、探索の旅で伸びすぎた髪を切る間も無く、どうにか結い直して出仕した広間には一族の有力者が集められていた。一族内の対抗派閥…テンゲンからすれば異母兄弟やら従兄弟達である…は、様々な感情が入り混じった表情でテンゲンを見ている。誰もがテンゲンが役目を果たせると思っていなかったし、太刀を手に入れたとしてもそれを持ち帰れるとは思っていなかった。太刀を持ち帰るのは、自分の手の者だったはずなのだ。なのにテンゲンは自ら太刀を持って都に戻り、自分達の部下は連絡要員を除き、誰も戻らなかった。テンゲンに返り討ちにされた…としか考えようが無い。テンゲンが、刺客に襲われたことを口にしない事からもそれが伺える。『余計な事は言うな』と言外に言っているのだ。
 もちろん、言える訳がない。
 『手柄を横取りしようと刺客を送り、全員返り討ちにされました』
 などと。
 そうなると判っていたから、テンゲンも敢えて危険を冒し、敵となる者を誘い出して斬ったのだ。
 他国の領内での襲撃になるから、それなりの手利き…御前会議に上がれる地位の者も含まれているはずだった。それだけ高位の者を、後腐れなく間引きできる絶好の機会になった。テンゲンが殺した一族の者は3桁に迫る数である。2/3が御目見え以下の下僕だったとしても、相当数の名のある者どもが山脈の土になった。彼らの魂魄がまた平原に戻ってこれるかは、神のみぞ知ることだろう。

 見れば、他派は御前への出席者がだいぶ減っている。発言力は落ちたと見て良いだろう。そして何より大きいのは、テンゲンが実力を隠さなくなったことだ。さすがにエン家の直流であるから、それなりの腕だとは言われていたが、これほどとは誰も思わなかった。
 派閥の長たちの思惑はは複雑だ。大半は怒りどうにかして追い落としてやりたいが、今の所手を出しかねてるいる状態である。ごく一部は、状況によっては手を組むことも考えている。
 だが、まだ判らない。まだテンゲンを失脚させる手は残っている。全てはこの後の御前会議次第だ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テンゲンが「ござる」じゃないのは、母国語でしゃべってるので訛りが無いため…ということにしてください。
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