魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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とある鬼人の戦記 7 人外対人外 1

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 ダハルマ卿が密偵の復命を受け、鬼人が出奔したという情報を得た時点で…いや、ダハルマ卿が文句ばかり多い騎士に四苦八苦しながらツェンダフに向かって行軍してる頃、ステレは既に王都に入っていた。
 ステレは、グリフ達がツェンダフ領にたどり着きマーキス卿との会談が行われた直後に行動を起こしていた。ツェンダフを出たステレは単独で間道を抜け王都に向かうと、マーキス卿の手配で各地の支持貴族で替え馬を乗り継ぎ、夜を日に継いで馬を飛ばして王都近傍まで達していた。そこからは、グリフ支持派に組みしながら日和見派を装っている貴族領から、紋章の入った馬車で王都に入ったのだった。マーキス卿は、情報収集などのために懇意にしている貴族の何家かに中立を装わせている。フリーパスとは言わないまでも王都も中立貴族に対する検問をそう厳しくする訳にもいかず、変装したステレは無事に王都への侵入に成功した。

 ステレが王都で行う事は『鬼人が王都に現れた』と見せつける事そのものである。あえて目的を明確にしない。それだけなら鬼人に偽装した密偵でも可能だが、それに加えてグリフが王都に入る際に門を内側から制圧する事が求められていた。そして、できれば王都民と兵の犠牲を極力減らすようにとも求められていた。
 ダハルマ卿が訝しんだように、鬼人は確かに会戦でも大きな戦力となるはずではあった。だがそれは、下位貴族出身の叩き上げで、地位や出自を斟酌せず戦力を合理的に捉える「軍人」の視点だった。グリフと同様の能力至上の考えた方である。ダハルマ卿はそれ故に優秀な指揮官であり、それ故に見落としていた。鬼人が討伐軍との戦闘に投入される事が無い…という事を。
 「上位貴族」であるマーシアは王国貴族の感情を承知しており、今の情勢でステレを騎士同士の決戦に投入する事は避けるべきと判断したのだ。確かに健国王さながらに伝説の鬼人の助力を得た事は、グリフの評価を大いに上げた。だが、200年前と異なり『鬼人は食人鬼』という迷信が流布してしまった今の王国において、多くの王国人の認識では鬼人は「人外」、言うなれば「卑怯な武器」なのである。鬼人に殺された騎士の親族は、「騎士の闘い」に「卑怯な武器」を投入したグリフを恨む事になるだろう。だからこそ、鬼人も獣人も当面は裏方の仕事、後方支援に徹しなければならないのだ。
 それはグリフの考えと相反するものであったが、今は何より王位を奪取する事を優先しなければならない。獣人も鬼人も、グリフを王位に付ける事を第一として裏方の活動に異を唱えないのだから、グリフも主張を曲げて応じるしかなかった。

 王都には、先行して獣人商会の密偵が潜入しており、マーキス卿に協力する貴族の他に彼らの支援を受けられる事になっていた。只人の国の王都だから、主力になるのは獣人商会に属する只人の商会員達である。だがそれだけでなく、獣人も何人かが王都入りしている。人間に紛れる事ができない彼らは、闇夜に魔法の監視網の穴を突いて潜入に成功している。どうやって監視網を潜り抜けたのかは、彼らの秘密らしい。
 王都は只人の国の首都である。獣人や鬼人は日中に出歩く事はできない。にも拘わらず獣人達が潜入したのは、何より夜の闇に紛れて活動する事にかけて獣人の右に出る者は居ないからである。実際獣人達は、王都内の図面…地下や水路もを作成していた。ある程度は貴族であるグリフやマーキス卿から情報を得られていたが、それを補完する詳細なものである。彼らは常に複数の逃走ルートを用意して活動している。これらの図面は大いに助けとなった。
 一方で誤算もあった。血気に逸った獣人の一人が王城外でブレス王を襲撃し、失敗したのだ。
 ブレス王は自身の護衛に完全な信頼を置いており、昼夜を問わず貴族屋敷の訪問(それは概ね貴族への糾弾であるのだが)を行っていた。月明りも無い闇夜の帰路、先に灯りを排除しての万全での襲撃であったにも関わらず、ゴージによって襲撃は撃退され王は無傷だった。斬られた襲撃者は仲間に連れ去られ、現場には血の跡しか残っておらず下手人は不明のままだったが、王はその後も行動を変えようとしなかった。王にとっては襲撃が撃退されるのは当然の事であったからだ。だが、警護の騎士(ゴージの邪魔になるとして遠ざけられており、遠巻きに護衛するしかできないのだが)や閣僚の必死の嘆願により襲撃犯が判明するまでは、城を出ない事になってしまっている。
 ステレには「ブレス王は城に詰めていて外出しない」という事実のみが伝えられていた。商会員達は自らの失態に口が重く、これらの詳細をステレが知る事は無かったのだった。

 鬼人のステレは、只人との見た目の差は獣人ほどでは無いため、黒髪のかつらと帽子で顔を隠し、時折様子を見に街に出ていた。図面だけでは上手く逃げ回ることなどできないからだ。只人の頃に通った覚えのある道は少ない。細かい路地を中心に歩き回って街並みを把握していたが、警護騎士による不審者捜索がそこかしこで行わるようになってきたため、引き上げざるを得なくなっていた。



 「なんというか、嫌がらせに関しては天才的だよな」

  ステレが感心するようでもあり、半ば呆れるように言うと、只人の男が苦笑で応じた。さすがに雇い主に気を使ったようだった。

 「実際、こちらの意図を計りかねているようです。まずは順調かと」

 ステレに同意しつつ、フォローも忘れない。さすが商会員であった。
 大胆にも、王城近傍のアジトで、ステレは商会の密偵を束ねる男トキラと今後の活動についての打ち合わせをしていた。マーシアが用意していた活動計画を、王都の実情に合わせて修正していかなければならない。ざっと読んだステレは、よくもまぁこれだけ思いつくものだ…と、正直感心していたのだ。
 ツェンダフを出る時に渡された工作用装備品の詰まった箱には、ご丁寧に深紅の髪のかつらと付け角まで入っていた。それは、密偵達がわざと不信な動きを見せ、家宅捜索から逃げる際にアジトに残して行くよう指示されていた。これで王城では、本当に鬼人が居るのか、鬼人に化けた只人なのか、両方なのか、何人居るのか、疑心暗鬼に捕らわれる事になった。その後で、今度は鬼人はしばらく姿を見せなくなった。こうなると今度は、息をひそめているだけなのか、王都を逃げ出したのか…という疑心暗鬼に捕らわれる事になる。明確な目的を持って動かない事が憶測を呼ぶ。とにかく、どうとでも解釈できる可能性をたくさん並べて混乱させるのが、マーシアの策略の特徴だった。

 「しかし、ほとんど騒ぎを起こせてないけど、これでいいのかい?」

 とにかく、ステレと商会員は極力危険を避けて動いている。用心に用心を重ねており、今の所足は付いていない。時折獣人が夜間に行動しているが、只人に夜の獣人を捉える事などできるはずもない。

 「はい、鬼人が王都に現れたという噂が討伐軍に届くだけでいいのです」
 「ふぅうん……」

 当初の計画では、もう少し派手に騒ぎを起こすつもりだった。だが、先だってのブレス王襲撃失敗で、警備が厳しくなって動きずらくなっている。そこで、トキラは、獣人によるブレス王襲撃を利用して「手傷を負った赤髪の偉丈夫」の噂を流していた。この噂で襲撃が鬼人によるものだと思われたら御の字だ。襲撃に失敗して死んだ獣人二人は、かなりの手練れだった。あの二人がまさか全く歯が立たないとは想像もできなかった。死んだうちの一人は会長の血縁である、獣人の受けた衝撃は大きかった。ゴージの剣は噂以上だった、この上鬼人を失う危険を冒す事などできない。

 「鬼人殿には、殿下の軍勢が城門前に来た際に、内側から門を制圧して出迎えてもらいます。それまでは退屈でしょうが、堪えてください」

 そう言って、必死にステレを宥めようとしていた。密偵として働くために修練を積んでいるトキラには、鬼人の内側から闘気が膨れ上がっているのが目に見えるようだったからだ。
 だが、鬼人は息をするように戦いを求める…というのもまた事実である。それが元只人のステレであっても。

 「王は今はどうしてる?」
 「城の裏手に、大屋根の付いたテラスがあります。そこで誰も近づけず一人で執務をしているとの事です。周りにはテラスより高い建物が無く、見通しが良いため気づかれずに襲撃するのはかなり困難です」
 「…って事が判明しているって事は、そこまで入り込めるルートを確保してるって事だよな?」
 「まぁ…一応は。……ただ、あのゴージという護衛ですが、アレに気づかれずに王に近づくのは不可能ですよ」

 ステレが何を狙っているのか、なんとなく察したトキラが言葉を濁す

 「気づかれずにテラスにたどり着くのは難しい?」
 「………獣人かよほどの訓練を積んでいなければ無理です」
 「まぁ、体力面ならどうにかなるか。…ゴージは王の側を離れて入り口を護ったりする?」
 「いいえ、彼が王の側を離れる事は一度もありませんでした」
 「じゃあ、やっぱりゴージとの勝負って事になるな」

 トキラの顔色が変わった。

 「おやめ下さい。アレは只人の姿をしたバケモノです。いくら鬼人殿でも……」
 「おいおい、俺は正真正銘のバケモノだぞ。鬼人と相対するなら只人は中隊が必要って言うだろ?、つまり俺は只人20人前の戦力な訳だ。ゴージがいかに腕の立つ剣士でも、少なくとも互角にやれるだろ」

 笑いながら言うステレだが、トキラも引く訳にはいかなかった。実際、ゴージに20人がかりで襲い掛かっても、まるで勝てる気がしないのだから。

 「互角では困るのです。必ず勝ってもらえないと」
 「そればかっりは時の運だから何ともね。そもそも、勝つのが当たり前の勝負じゃ面白くもなんともない」
 「面白くとも、それでは困るのです」 
 「何も困らんだろ、俺抜きで門の確保が無理だとは言わせんぞ」

 実際、それ自体は可能だった。だが、『鬼人殿』を味方につけた事は、はグリフの王位奪取のための大きなアピールポイントになっているのも事実だった。

 「あなたはもう、殿下が鬼人を従えたという象徴になっているのです」
 「それが、王の護衛にあっさり敗れると、外聞が悪い…と?」
 「有体に言えばそうです」
 「そんな事は無いよ」
 「え?」
 「殿下は王位を取るよ。それだけは確かだ。今更外聞程度でどうにかなったりはしないよ」
 「しかし…」
 「ま、どうやったらゴージに勝てるか、そっちを考えようや。建設的にね」

 強引に話を持っていこうとするステレと、どうにか押しとどめようとするトキラの押し問答は、この後しばらく続く事になる。


(※小隊=この世界では概ね4人~6人一組の戦闘単位を指す。ぶっちゃければRPGの1パーティです。中隊=小隊×4で概ね20名程度、つまりRPGでのレイドに相当。…ようするに鬼人はレイドモンスターな訳です。そんなステレより強い只人の剣士がいるのは、レベル差ということで…)
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