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とある鬼人の戦記 5 会戦 2
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両軍が平原を挟んで対陣を始めて数日が経った。ダハルマ卿麾下の討伐軍もようやく陣が整い、物資も円滑に回るようになり始めていた。
ダハルマ卿は着陣した時点で数日内の決戦は無いと判断していた。ツェンダフ側も偵察でこちらの動向は掴んでいるはずだった。すぐに戦端を開くつもりなら、討伐軍が近づいた段階で平原に布陣し待ち構えていただろう。そうなれば到着した翌早朝には決戦になっていたはずだ。だが、送り出した偵騎は、ツェンダフ側に大きな動きが無い事を伝えていた。何等かの理由…おそらくは、発起点となる砦の強化を待って戦端を開くつもりなのだ。
これは率いる騎士の練度の低さに悩むダハルマ卿にも望むところであった。陣地が整ったダハルマ卿は、示威行動を兼ねて隊ごとに演習を行いながら戦端を開くタイミングを慎重に図っていた。
厳しい演習に駆り出されているのは、主として各貴族家から送り出された騎士…重装騎兵である。平和な時代が続いてるせいで、王命で各貴族家から集められた騎士の練度はさほど高いものでは無く、士気も高いとは言い難かった。さすがに<騎士の模範><常勝将軍>とされるダハルマ卿の前ではそれなりの態度を見せるが、内心では『面倒を押し付けられた』と思っている。歩兵として雇い入れた傭兵の方が、給料分働く気があるだけまだマシなほどである。そして相変わらずダハルマ卿の目の届かないところでは、副官ら幕僚にも尊大な態度を隠そうともしなかった。
自分たちは精強だと思い込んでいる騎士達の練度は、実際は寄せ集めなせいもあって連携すら不可能である。めいめいが勝手に突撃する事しか考えていない。これでは、一度突撃を慣行した後再集結しての反復攻撃など殆ど不可能だろう。むしろ、再集結して脱落した騎士が多い事を知ったら、士気が瓦解する可能性もある。騎士はその速度と強力な打撃力が持ち味であるが、マトが大きく直線的な機動の騎兵は、一度の突撃で大損害が出る事もありうるハイリスクハイリターンの兵種なのだ。騎兵はその恐怖を乗り越えて突撃しなければならない。だが。この陣の騎士は突撃どころか実戦に従軍した経験すらない。僚友が死んでいく姿など目にしたことも無いはずだ。
とはいえ、反復攻撃は無理としても王家に近い貴族の兵である、装備も馬も立派であるし騎兵の数では上回っている。優勢な状態で恐怖心がマヒした状態からなら、一回だけはそれ相応の衝撃力を期待できる。それに、魔法使いはかつての伝手でかなり充実した人員を確保できていた。魔法の援護の許で騎兵による一撃を加える。その後、崩れた敵を練度の高い傭兵で包囲し戦果を拡大する。とりあえずは無難と言える戦法を立て、それに沿った演習を続けていた。いずれにしろ、この戦いは短期で決着を着けねばならない。ただの一撃で敵を砕かねば泥沼の内戦になる。その一撃だけでも与えてくれたら御の字だ。
犠牲が無く長引く戦いよりも、犠牲が出ても一度で決着のつく会戦を選ぶ…。それが両軍の出した『次善』なのだから。
ダハルマ卿は、演習を続ける一方で、毎日小部隊をオーダ河に出して渡河地点を探すような動きをさせている。場所は適当である。遠く上流側、皇国との国境近くまで送り込んでいた。小舟を出して水深を測るようなこともさせている。打ち捨てられていた舟を修理したり、かなり上流の領から借り受けて、河を下って来てもらった。気づいたツェンダフ領では、騎兵が急行するようになった。これはもちろん、グリフ側の戦力を分散させるための嫌がらせである。そう判っていても、渡河の可能性がある以上は兵を出さなければならない。川沿いに部隊を並べる訳にもいかないから、急報に対応できるよう貴重な騎兵を張り付けるしかなかった。騎兵の兵力で劣るツェンダフ側にはこれは痛手だった。
頻繁に偵察を送り出し、また敵陣の密偵からのいくつかの報告も合わせた結果、ツェンダフ軍のおおまかな布陣も判ってきた。
本陣サリサリの砦の守将にオーウェン、西砦の守将にイーヒロイス、東砦の守将がメイガー。ソルメトロとデルンシェは、それぞれ隊を率いて野戦での主力部隊の一翼を担う…はずだったが、二人とも揃ってグリフの地位を巡るイザコザの際にかなり強行に反対意見を出したせいで更迭され、後方に下げられてしまったという。今では予備兵の訓練を行っているらしい。グリフはマーキス卿共々領主館にとどまっており、本陣にさえ出ていない。
デルンシェは、かつてダハルマ卿の教え子であった。実家の経済的困窮で秘めた才能を世に出す事ができなかったが、グリフの支援で仕官がかないそうだと聞いていた。それがその栄達を蹴ってグリフの亡命に同行し、今またグリフのために直言を行って更迭されてしまうとは…。
「実直な少年だと思っていたが、なんとも不器用な生き方よ…」
かつての弟子の境遇に思わずそうつぶやくダハルマ卿だったが、それが師の薫陶のためであるとは、気づいていなかったのだった。
そうして更に数日経った早朝。朝餉を終えたダハルマ卿は腕組みをしながら南の敵陣を見つめていた。既に毎日の日課のようになっている。開戦はツェンダフ側が出てこなければしようが無いからだ。砦を強襲して撃破しても、敵は領内に引き籠ってしまうだろう。それでは意味が無い。主力を引き出し、正面から撃破しなければならない。そして、大軍が動けばその兆候は必ず察知できる。その兆候をつかむために、感覚を総動員して敵陣に目を凝らす。ツェンダフ軍の砦では昼夜を問わず人の動きが続いていたが、その砦の後方。丘の影で見えない街道沿いから、何かが沸き上がって来るようにダハルマ卿には見えた。
思わず視線を動かし、陣の右手、西の山地の稜線に作られた監視所の付近を見ると、あらかじめ決められた符丁で赤い旗が振られている。『敵ニ動きアリ』の合図だった。
「いよいよか…」
ダハルマ卿は、全軍に布陣を命じた。加えて後方の支援部隊を奇襲部隊に偽装させ、オーダ河上流に派遣する。上手く行けばかなりの騎兵を拘束できるはずである。
「全軍戦闘序列!、演習ではない。演習ではない、全軍戦闘序列!」
伝令が陣の奥まで駆けて行く。
普段からある程度の準備をしている傭兵隊が、急襲に備えて集結地点の前方に布陣を開始した。重装備と馬の準備が要る騎兵はなかなか準備が進まないため、その間に陣を守る必要がある。それでも準備できた騎士から川を渡り、轡を取る従士が指定の位置に整列させて行く。少しずつ進む自軍の布陣を見ながら、ダハルマ卿は首をひねっていた。
こちらが陣容を整えるのを見れば、ツェンダフ軍も砦の前に布陣を開始するはずだった。だが、動きがどこかちぐはぐに見える。ようやく一部の長槍兵と騎兵が整列を始めたが、聞いていたツェンダフ領軍の練度にしてはかなりもたついていた。後方では大軍の動きがあるのは確かなのにどういう事だ。
いぶかしむダハルマ卿の元に、ツェンダフ領の密偵から奇妙な情報が届けられた。
グリフが、督戦のために西砦に入ると言うのである。
ツェンダフ領に入った討伐軍の密偵は、大きく行動を制限されていた。密偵狩りはかなり執拗で、領主の館や駐屯地付近ではほとんど活動する事ができていなかった。やむなく街道沿いや砦近くの広場など、騎士が終結する地点で情報収集を行っていた。そんな密偵からかろうじてもたらされた情報、それがグリフの前戦への進出である。決戦が近い事を察知したグリフがマーキス卿の静止を振り切り、麾下の兵の生死を自分の目で見極める…と主張して西砦に向かったというのだ。
「ふむ…」
ダハルマ卿は、グリフの為人を思い返していた。
グリフは自他共に認める凡人殿下である。が、麾下の兵を労わることにかけては、並ぶ者が無いという。一方で、軍事に関しては、分をわきまえてほぼ口を出すことが無かったという。つまりは「自分から引き離された騎士達の慰撫のため、前線に赴く」「戦闘の邪魔にならないよう、本陣から出ずに吉報を待つ」
どちらも最もらしい話に聞こえる。
「これはまた……難儀な情報だな」
ダハルマ卿は情報をもたらした副官にこぼす。
情報が真実ならば、目の前のグリフを捕らえるか殺すかすれば、一瞬で勝敗がつけられる。その誘惑を蹴れる指揮官はそういないだろう。だが、偽装であればそれはイコール罠である。西砦を攻撃の主目標とさせて、戦術の手足を縛ろうという意図であろう。
「密偵が偽情報を掴まされて泳がされた可能性は?」
「詳しく状況を聞き取りましたが、その可能性を否定することはできませんでした」
「正直だな」
「申し訳ございません」
「真実か…偽装か……
ダハルマ卿はグリフ軍の陣の動きを注視する。布陣の遅れ、東砦の兵の動き…。
敵陣を見据えたまま、ダハルマはたて続けに命令を出した。
「全軍を押し出せ、前面に布陣中の敵兵は無視しろ、目標は敵東砦。砦の抵抗が少ない場合は放置してもいい、抑えを残してそのまま前進して街道上の敵部隊を撃破、西砦とサリサリ砦との連絡線を遮断せよ」
「は?」
呆気にとられる副官に畳みかける。説明している時間も惜しい。
「復唱は!?」
「あ……はっ、これより全軍で敵東砦を攻撃、無力化した後前進して、後方の敵主力を襲撃いたします」
我に返った副官は、まだ陣容が全て整わぬ自軍に向かって駆けて行った。
「これで勝負が付けば儲けものだが…さて…」
ダハルマ卿は独り言ちる。
ダハルマ卿が見たのは、東砦を出撃した重装兵の部隊が、平原とは逆に南に向かって行った様子だった。あれがもし誰か重要人物を慌てて出迎えに出たのなら、情報が真実だったという事になる。たとえその動きが偽装だったとしても、実際に兵は移動している。前線に出すはずの兵が後方に下がったのなら、東砦はかなり手薄になっているはずである。交代の間隙を突ければ勝機となる。
まだ編成中だった自軍から、重装騎兵が地響きをを上げて次々に掛け出して行く。その後方、軽騎兵と相乗りしているのは魔法使いである。ダハルマ卿は、魔法使いにも騎兵に追随できる機動力を求め、それに応えることが出来た数少ない人員を確保することが出来たのだ。騎士の従卒や後詰の傭兵達も動ける隊から駆け出して行った。
副官は、突入可能な部隊から、とにかく前進させたようだった。戦力の逐次投入は忌避すべきだが、今回はスピードが勝敗を分けることを理解している。(良い指揮官だ)ダハルマ卿は手ごたえを感じて居た。
ダハルマ卿は着陣した時点で数日内の決戦は無いと判断していた。ツェンダフ側も偵察でこちらの動向は掴んでいるはずだった。すぐに戦端を開くつもりなら、討伐軍が近づいた段階で平原に布陣し待ち構えていただろう。そうなれば到着した翌早朝には決戦になっていたはずだ。だが、送り出した偵騎は、ツェンダフ側に大きな動きが無い事を伝えていた。何等かの理由…おそらくは、発起点となる砦の強化を待って戦端を開くつもりなのだ。
これは率いる騎士の練度の低さに悩むダハルマ卿にも望むところであった。陣地が整ったダハルマ卿は、示威行動を兼ねて隊ごとに演習を行いながら戦端を開くタイミングを慎重に図っていた。
厳しい演習に駆り出されているのは、主として各貴族家から送り出された騎士…重装騎兵である。平和な時代が続いてるせいで、王命で各貴族家から集められた騎士の練度はさほど高いものでは無く、士気も高いとは言い難かった。さすがに<騎士の模範><常勝将軍>とされるダハルマ卿の前ではそれなりの態度を見せるが、内心では『面倒を押し付けられた』と思っている。歩兵として雇い入れた傭兵の方が、給料分働く気があるだけまだマシなほどである。そして相変わらずダハルマ卿の目の届かないところでは、副官ら幕僚にも尊大な態度を隠そうともしなかった。
自分たちは精強だと思い込んでいる騎士達の練度は、実際は寄せ集めなせいもあって連携すら不可能である。めいめいが勝手に突撃する事しか考えていない。これでは、一度突撃を慣行した後再集結しての反復攻撃など殆ど不可能だろう。むしろ、再集結して脱落した騎士が多い事を知ったら、士気が瓦解する可能性もある。騎士はその速度と強力な打撃力が持ち味であるが、マトが大きく直線的な機動の騎兵は、一度の突撃で大損害が出る事もありうるハイリスクハイリターンの兵種なのだ。騎兵はその恐怖を乗り越えて突撃しなければならない。だが。この陣の騎士は突撃どころか実戦に従軍した経験すらない。僚友が死んでいく姿など目にしたことも無いはずだ。
とはいえ、反復攻撃は無理としても王家に近い貴族の兵である、装備も馬も立派であるし騎兵の数では上回っている。優勢な状態で恐怖心がマヒした状態からなら、一回だけはそれ相応の衝撃力を期待できる。それに、魔法使いはかつての伝手でかなり充実した人員を確保できていた。魔法の援護の許で騎兵による一撃を加える。その後、崩れた敵を練度の高い傭兵で包囲し戦果を拡大する。とりあえずは無難と言える戦法を立て、それに沿った演習を続けていた。いずれにしろ、この戦いは短期で決着を着けねばならない。ただの一撃で敵を砕かねば泥沼の内戦になる。その一撃だけでも与えてくれたら御の字だ。
犠牲が無く長引く戦いよりも、犠牲が出ても一度で決着のつく会戦を選ぶ…。それが両軍の出した『次善』なのだから。
ダハルマ卿は、演習を続ける一方で、毎日小部隊をオーダ河に出して渡河地点を探すような動きをさせている。場所は適当である。遠く上流側、皇国との国境近くまで送り込んでいた。小舟を出して水深を測るようなこともさせている。打ち捨てられていた舟を修理したり、かなり上流の領から借り受けて、河を下って来てもらった。気づいたツェンダフ領では、騎兵が急行するようになった。これはもちろん、グリフ側の戦力を分散させるための嫌がらせである。そう判っていても、渡河の可能性がある以上は兵を出さなければならない。川沿いに部隊を並べる訳にもいかないから、急報に対応できるよう貴重な騎兵を張り付けるしかなかった。騎兵の兵力で劣るツェンダフ側にはこれは痛手だった。
頻繁に偵察を送り出し、また敵陣の密偵からのいくつかの報告も合わせた結果、ツェンダフ軍のおおまかな布陣も判ってきた。
本陣サリサリの砦の守将にオーウェン、西砦の守将にイーヒロイス、東砦の守将がメイガー。ソルメトロとデルンシェは、それぞれ隊を率いて野戦での主力部隊の一翼を担う…はずだったが、二人とも揃ってグリフの地位を巡るイザコザの際にかなり強行に反対意見を出したせいで更迭され、後方に下げられてしまったという。今では予備兵の訓練を行っているらしい。グリフはマーキス卿共々領主館にとどまっており、本陣にさえ出ていない。
デルンシェは、かつてダハルマ卿の教え子であった。実家の経済的困窮で秘めた才能を世に出す事ができなかったが、グリフの支援で仕官がかないそうだと聞いていた。それがその栄達を蹴ってグリフの亡命に同行し、今またグリフのために直言を行って更迭されてしまうとは…。
「実直な少年だと思っていたが、なんとも不器用な生き方よ…」
かつての弟子の境遇に思わずそうつぶやくダハルマ卿だったが、それが師の薫陶のためであるとは、気づいていなかったのだった。
そうして更に数日経った早朝。朝餉を終えたダハルマ卿は腕組みをしながら南の敵陣を見つめていた。既に毎日の日課のようになっている。開戦はツェンダフ側が出てこなければしようが無いからだ。砦を強襲して撃破しても、敵は領内に引き籠ってしまうだろう。それでは意味が無い。主力を引き出し、正面から撃破しなければならない。そして、大軍が動けばその兆候は必ず察知できる。その兆候をつかむために、感覚を総動員して敵陣に目を凝らす。ツェンダフ軍の砦では昼夜を問わず人の動きが続いていたが、その砦の後方。丘の影で見えない街道沿いから、何かが沸き上がって来るようにダハルマ卿には見えた。
思わず視線を動かし、陣の右手、西の山地の稜線に作られた監視所の付近を見ると、あらかじめ決められた符丁で赤い旗が振られている。『敵ニ動きアリ』の合図だった。
「いよいよか…」
ダハルマ卿は、全軍に布陣を命じた。加えて後方の支援部隊を奇襲部隊に偽装させ、オーダ河上流に派遣する。上手く行けばかなりの騎兵を拘束できるはずである。
「全軍戦闘序列!、演習ではない。演習ではない、全軍戦闘序列!」
伝令が陣の奥まで駆けて行く。
普段からある程度の準備をしている傭兵隊が、急襲に備えて集結地点の前方に布陣を開始した。重装備と馬の準備が要る騎兵はなかなか準備が進まないため、その間に陣を守る必要がある。それでも準備できた騎士から川を渡り、轡を取る従士が指定の位置に整列させて行く。少しずつ進む自軍の布陣を見ながら、ダハルマ卿は首をひねっていた。
こちらが陣容を整えるのを見れば、ツェンダフ軍も砦の前に布陣を開始するはずだった。だが、動きがどこかちぐはぐに見える。ようやく一部の長槍兵と騎兵が整列を始めたが、聞いていたツェンダフ領軍の練度にしてはかなりもたついていた。後方では大軍の動きがあるのは確かなのにどういう事だ。
いぶかしむダハルマ卿の元に、ツェンダフ領の密偵から奇妙な情報が届けられた。
グリフが、督戦のために西砦に入ると言うのである。
ツェンダフ領に入った討伐軍の密偵は、大きく行動を制限されていた。密偵狩りはかなり執拗で、領主の館や駐屯地付近ではほとんど活動する事ができていなかった。やむなく街道沿いや砦近くの広場など、騎士が終結する地点で情報収集を行っていた。そんな密偵からかろうじてもたらされた情報、それがグリフの前戦への進出である。決戦が近い事を察知したグリフがマーキス卿の静止を振り切り、麾下の兵の生死を自分の目で見極める…と主張して西砦に向かったというのだ。
「ふむ…」
ダハルマ卿は、グリフの為人を思い返していた。
グリフは自他共に認める凡人殿下である。が、麾下の兵を労わることにかけては、並ぶ者が無いという。一方で、軍事に関しては、分をわきまえてほぼ口を出すことが無かったという。つまりは「自分から引き離された騎士達の慰撫のため、前線に赴く」「戦闘の邪魔にならないよう、本陣から出ずに吉報を待つ」
どちらも最もらしい話に聞こえる。
「これはまた……難儀な情報だな」
ダハルマ卿は情報をもたらした副官にこぼす。
情報が真実ならば、目の前のグリフを捕らえるか殺すかすれば、一瞬で勝敗がつけられる。その誘惑を蹴れる指揮官はそういないだろう。だが、偽装であればそれはイコール罠である。西砦を攻撃の主目標とさせて、戦術の手足を縛ろうという意図であろう。
「密偵が偽情報を掴まされて泳がされた可能性は?」
「詳しく状況を聞き取りましたが、その可能性を否定することはできませんでした」
「正直だな」
「申し訳ございません」
「真実か…偽装か……
ダハルマ卿はグリフ軍の陣の動きを注視する。布陣の遅れ、東砦の兵の動き…。
敵陣を見据えたまま、ダハルマはたて続けに命令を出した。
「全軍を押し出せ、前面に布陣中の敵兵は無視しろ、目標は敵東砦。砦の抵抗が少ない場合は放置してもいい、抑えを残してそのまま前進して街道上の敵部隊を撃破、西砦とサリサリ砦との連絡線を遮断せよ」
「は?」
呆気にとられる副官に畳みかける。説明している時間も惜しい。
「復唱は!?」
「あ……はっ、これより全軍で敵東砦を攻撃、無力化した後前進して、後方の敵主力を襲撃いたします」
我に返った副官は、まだ陣容が全て整わぬ自軍に向かって駆けて行った。
「これで勝負が付けば儲けものだが…さて…」
ダハルマ卿は独り言ちる。
ダハルマ卿が見たのは、東砦を出撃した重装兵の部隊が、平原とは逆に南に向かって行った様子だった。あれがもし誰か重要人物を慌てて出迎えに出たのなら、情報が真実だったという事になる。たとえその動きが偽装だったとしても、実際に兵は移動している。前線に出すはずの兵が後方に下がったのなら、東砦はかなり手薄になっているはずである。交代の間隙を突ければ勝機となる。
まだ編成中だった自軍から、重装騎兵が地響きをを上げて次々に掛け出して行く。その後方、軽騎兵と相乗りしているのは魔法使いである。ダハルマ卿は、魔法使いにも騎兵に追随できる機動力を求め、それに応えることが出来た数少ない人員を確保することが出来たのだ。騎士の従卒や後詰の傭兵達も動ける隊から駆け出して行った。
副官は、突入可能な部隊から、とにかく前進させたようだった。戦力の逐次投入は忌避すべきだが、今回はスピードが勝敗を分けることを理解している。(良い指揮官だ)ダハルマ卿は手ごたえを感じて居た。
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追記:2025/09/20
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コメント頂けるとするかもしれないです。
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