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(オマケ)王と近衛騎士
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※正月用にボツ原稿のリサイクルです。「王と宰相」の1と2の間の話になります。
退位と亡命を決意し、玉座を立とうとした王は宰相の表情の変化に気づいた。まだ言うべき事があるという顔をしている。皮肉にも、王位を失う事を受け入れた事で、ブレス王はようやく元の英明さを取り戻しつつあった。座り直し目で促すと、宰相は僅かに口元を綻ばせ頭を下げた。
「陛下にはあと一つお願いがございます。どうか、近衛に最後のご命令をお出し下さい」
宰相にそう言われ、ブレス王は僅かに首をかしげる。ブレス王は、ゴージのみを頼みとし護衛騎士も近衛も遠ざけていた。ゴージを失った後、ダハルマ卿を呼び戻し彼の指揮下で鬼人を討伐させるつもりだったが、ダハルマ卿の戦死により立ち消えとなっていた。現在は兵舎で無聊をかこっているはずだった。今更何を命じよというのだ
「彼らも臣同様忠誠を変えませぬ。近衛は今も陛下の近衛ですぞ」
訝し気な王に、宰相は近衛は未だの王の指揮下にあると告げた。ダハルマ卿が鍛え上げた近衛は、王が一言命じれば女子供でも容赦なく殺戮する。そして王が命じなくても王を護るためだけに全滅するまで戦う。
「…そうか…わかった」
それだけ言うと、王は席を立ち命令書を書くために執務室に向かった。
その後ろ姿に宰相は満足した顔でしばらくの間頭を下げていた。
執務室では、侍従のカイマン卿が困り果てた顔で待っていた。王は侍従に声もかけずに一人で朝議の間に出てしまったのだ。執務室を離れて探しに行く訳にもいかず、カイマン卿は動くに動けなかったのだ。
「カイマン、近衛の兵舎に行く、人を揃えられるか?」
テラスでの執務に付いてくる来ることを許されず、無人の執務室の留守居を命じられ、王が執務室に戻ってからも碌に声をかけられる事も無かったカイマン卿は、王の言葉に目を見張った。即位直後の溌剌とした声が戻っているような気がした。
「陛下自らですか…!?、誰か人をやれば…」
「いや、これは余自らが伝えねばならぬ事。命令書を書き終えればすぐに行く、それまでにできる限り揃えろ」
そう言いながら王はあちこちの棚や引き出しからいくつか小箱を取り出し、中身を机に広げた。装身具がや外国製の純度の高い金貨、さらに引き出しから宝石のあしらわれた小刀等を取り出すと、最後に自分の手から指輪を引き抜いた。
「今はこれしか出せぬ、全部私物だ。この状況でも仕事を果たそうする者だ、ねぎらってやってくれ。お前もふくめてな」
「な…。し、承知しました」
それだけでカイマン卿は王の決意を悟った。
(王に恥をかかせぬ人選をせねば…)カイマン卿はそう思いながら、部屋を出ると足を速めた。
ツェンダフの軍勢が近づくにつれ、王都の貴族は屋敷に逼塞し姿を見せなくなって行った。王城からの出兵の要請ものらりくらりと回避し、騎士達も戦意が上がらない。迎え撃つ軍を組織する事すらできなかった。だが、ダハルマ卿が鍛え上げた近衛は、ブレス王に遠ざけられ冷遇され続けたにも関わらず、その任を全うしようとしていた。
兵舎の前庭に完全武装の近衛騎士全軍が整列している。これから、王都外でツェンダフの軍勢を迎え撃つ陣を張るのである。王城に依っての迎撃は早期に放棄していた。王の命令であれば、近衛は王都を焦土と化す事も持さず戦うだろう。だが、王命無き今、近衛の戦いは王の名誉を守る戦いである。外敵に攻め込まれたならともかく、王国騎士同士が王都を巻き込む市街戦など論外だ。
基本的に、野戦では数がものを言う。如何に近衛が技量と装備に優れた騎士であっても、せいぜい大隊規模でしかない。烏合の衆が相手ならばどうとでもやりようはある、だがツェンダフ軍は数に勝る討伐軍を討破った精兵だ、平地でツェンダフ軍と正面から当たれば、勝負は見えていた。それでも彼らは王都を出て正面から決戦を挑むのだ。王の名誉と彼ら自身の存在意義のために。
「近衛騎士諸君!ツェンダフの騎士は、我らが師であるダハルマ卿を打ち破った強敵だ、相手に不足は無い。王都の騎士は組織的抵抗を諦めたが、我らがある限り王都に騎士無しと笑われる事は決して許さぬ!」
近衛騎士長ガリス卿は、居並ぶ近衛騎士に最後の訓示を行った。
昨夜のうちに、従騎士達は全て実家に帰らせた。彼らは次代の近衛だ、ここで失う事はできない。正騎士にも家族がある者には除隊証明を出すと伝えたが、希望者は一人も居なかった。彼らは皆ダハルマ卿が見つけ、声をかけ、集めて来た騎士達だ。王を守り死ぬための騎士なのだ。その顔は決意に満ちている。悲壮な顔をするものは一人もいない。
これは師の敵討ちではない。近衛は王のため以外には戦わないのだ、例え王が近衛を遠ざけ続けたとしても。
既に人望を失った王を守って死地に向かう近衛を、人は『無駄死に』『犬死』と嗤うかもしれない。だが彼らはそれを誇りと受け止める。王に対する狂信が無ければ近衛は務まらない。今ここに整列した騎士達は、骨の髄まで近衛だった。
居並ぶ騎士の顔を端から端まで一人ずつ目に焼き付けたガリス卿は頷くと、短く「出立!」と告げた。
だが、南門に向かって出発しようとした矢先、大慌ての先触れが駆けこんできた。
「お待ちください、お待ちください。ガリス卿、どうかお待ちください。国王陛下の御成りです、どうかお待ちください」
転がり込む勢いで駆け込んで来た先触れは、繰り返しそう叫んで中庭に倒れ込んだ。全速力で走って来たのだろう。
近衛騎士達が騒めいた。即位直後に閲兵を受けたが、その後ブレス王は家臣を信用しなくなり、近衛も近づけなくなっていた。いったいどうしたというのだ。
先触れが駆け込んで間もなく、王家の紋章の入った馬車が3台、兵舎に駆けこんで来た。車寄せにも入らず集合した騎士達の前に止まると、中央の馬車からカイマン卿、護衛騎士に続いてブレス王その人が降り立った。前後の馬車から降りた護衛が、王の周りを固め、書記が脇に控えた。王が家臣を従えてやって来るなど、今まで見た事の無い光景だった。
「ガリス卿、急の来訪となり申し訳ございません、陛下から緊急かつ重要な命令がございます」
朗々と宣言したカイマン卿が慇懃に礼をする。
「陛下自らが…」
只ならぬ状況に、近衛騎士長のガリス卿は礼儀を忘れて呟いてしまったが、王は表情も変えずにその無礼を黙殺した。
「諸君らに重大な命令を伝えねばならぬ。それ故余の口から直接伝えるべきであると考えて来た」
「はっ」
我に返ったガリス卿以下、近衛騎士が一斉に跪く。
跪いたガリス卿は、王の意図を測ろうとした。
(王は何をなさる気なのか?よもや南門を制圧した鬼人を討とうというのか?)
門を開け放った鬼人は、城壁に陣取り動く気配を見せない。あの鬼を排除しない限り、籠城戦もへったくれもない。
(それとも自らの指揮でツェンダフ軍を迎え撃とうといのうだろうか)
王城に籠城しての戦いは、王都の民に甚大な被害をもたらす事を意味する。だが、王が直接指揮するならばどんな戦いだろうと近衛に否は無い。
しかし、ブレス王の命はそのどちらでも無かった。王は静かに、しかし確固とした口調で告げた。
「近衛には王城の警護と待機を命ずる。不埒者が王城を棄損せぬよう努めよ。ツェンダフの軍と戦う事はまかりならぬ」
がリス卿は愕然とした。それは彼らの、近衛の存在意義に反する命令だからだ。
(王は何故近衛を遠ざけるのだ!)
ガリス卿の心に、落胆と憤りが渦巻く。近衛を無視するだけではなく、態々現れて後方へ下がれと命ずるなど、近衛の役目と誇りを路傍の石程に軽んじているとしか思えない。何故近衛の存在意義を……死に場所を奪おうとするのだ!。
「承服いたしかねます。我らは王を守るために存在します。たとえいかなる状況であろうと、敵か我らかが全滅するまで戦いぬきます。仮に…先に陛下が身罷られたとしても…その玉体を終の館にお送りするまで、我らの戦いは終わりません。それが近衛であります」
それは近衛にあるまじき事。
王の、しかも直々の命令への抗命である。配下の騎士達も心の底では騎士長に同心しつつも、『あり得ぬ…』と息をのんだ。長期に渡り退けられていたことが、ガリス卿にこの言葉を口にさせてしまったのだろう。
「ガリス卿、立ちたまえ」
ガリス卿は立ち上がると背筋を伸ばしブレス王を正面から見据えた。抗命により断罪されようとも意思を曲げぬとその目に覚悟を秘めるガリス卿に、ブレス王は満足げに頷いた。
「そう、それでこそ王の近衛だ。だから、新たな主に剣を向けるでない」
その言葉に、ガリス卿始め近衛一同が目を見開いた。王は既に退位の覚悟を固めていたと知ったのだ。
「此度の事は全て余の不徳による、王都の民を内戦に巻き込む事はできん。そして余の意地で王家の護りを失う訳にもいかん。『王の敵に対して後退は無い』とする諸君らの誇りを傷つける事、忸怩たる思いだが受け入れてくれ」
ガリス卿の唇がわなわなと震える。
王は近衛の誇りを解さぬ王では無かった。ただ、王都の民のために自らの在位に幕を引こうとしているのだ。
「グリフは戦わぬ諸君らを称賛するだろう。だが、中には責を果たさぬ近衛を非難する者も居るやもしれぬ。これは王城守護と戦闘禁止を命じる命令書と、宝物庫、内宮の鍵だ。グリフに引渡し、王命により責を全うしたと報告せよ」
ブレス王はカイマン卿から命令書と鍵を収めた文箱を受け取ると、自ら近衛長に手渡した。ガリス卿は震える手で文箱を受け取ると、ただ無言で両の手の箱を見つめていた。
やがてその文箱の蓋を雫が濡らした。不撓不屈の近衛騎士長が涙を見せるなど、ついぞ無かったことだった。ガリス卿は涙を流しながら最上位の敬礼で王の言葉に答えた。王は最後の最後に、彼らが護るべき王として帰って来てくれたのだ。ブレス王は、戦わぬ事で王の責務を果たそうとしている、誇りを捨てる事になろうともその命に従う事こそが近衛の責務だ。
「近衛一同、陛下の……陛下の命に従います」
どうにか声を絞り出したガリス卿の言葉を受ける王の胸に、宰相の言葉が棘となって突き刺さっていた。王城にも貴族にも自分の味方は確かに居た。ガリス卿もカイマン卿も、彼が集めた護衛騎士もゴージとなんら変わりは無かったのだ。
それに気づかぬ自分がグリフに勝つことなどできるはずもなかった。
「……今までよく支えてくれた。神よ、我が近衛の不変の忠誠を照覧あれ。諸君らの忠誠を捧げられた事を嬉しく思う」
「そのお言葉、我ら終生の誇りであります」
ガリス卿の言葉と共に、近衛騎士達は一糸乱れぬ動きで剣を抜くと、主に剣を捧げる見事な礼を取った。
「さらばだ。…余は死なぬから殉死など考えるなよ、それに殉死は王国の法で禁じられている」
それは、本心だったのだろうか。どうにか捻り出した冗談だったのだろうか。最後はかつてのブレス王のように…規則と儀礼に煩い王としての姿を見せて、ブレス王は王城を後にした。
◇◇◇
書いたはいいのですが、本筋に全然関係ないうえ、どうやっても『フォンテーヌブローの別れ』の亜流になっちゃうので本編からはボツになりました。ちょっと加筆してリサイクル。こういうベタなのが大好きなんです。
退位と亡命を決意し、玉座を立とうとした王は宰相の表情の変化に気づいた。まだ言うべき事があるという顔をしている。皮肉にも、王位を失う事を受け入れた事で、ブレス王はようやく元の英明さを取り戻しつつあった。座り直し目で促すと、宰相は僅かに口元を綻ばせ頭を下げた。
「陛下にはあと一つお願いがございます。どうか、近衛に最後のご命令をお出し下さい」
宰相にそう言われ、ブレス王は僅かに首をかしげる。ブレス王は、ゴージのみを頼みとし護衛騎士も近衛も遠ざけていた。ゴージを失った後、ダハルマ卿を呼び戻し彼の指揮下で鬼人を討伐させるつもりだったが、ダハルマ卿の戦死により立ち消えとなっていた。現在は兵舎で無聊をかこっているはずだった。今更何を命じよというのだ
「彼らも臣同様忠誠を変えませぬ。近衛は今も陛下の近衛ですぞ」
訝し気な王に、宰相は近衛は未だの王の指揮下にあると告げた。ダハルマ卿が鍛え上げた近衛は、王が一言命じれば女子供でも容赦なく殺戮する。そして王が命じなくても王を護るためだけに全滅するまで戦う。
「…そうか…わかった」
それだけ言うと、王は席を立ち命令書を書くために執務室に向かった。
その後ろ姿に宰相は満足した顔でしばらくの間頭を下げていた。
執務室では、侍従のカイマン卿が困り果てた顔で待っていた。王は侍従に声もかけずに一人で朝議の間に出てしまったのだ。執務室を離れて探しに行く訳にもいかず、カイマン卿は動くに動けなかったのだ。
「カイマン、近衛の兵舎に行く、人を揃えられるか?」
テラスでの執務に付いてくる来ることを許されず、無人の執務室の留守居を命じられ、王が執務室に戻ってからも碌に声をかけられる事も無かったカイマン卿は、王の言葉に目を見張った。即位直後の溌剌とした声が戻っているような気がした。
「陛下自らですか…!?、誰か人をやれば…」
「いや、これは余自らが伝えねばならぬ事。命令書を書き終えればすぐに行く、それまでにできる限り揃えろ」
そう言いながら王はあちこちの棚や引き出しからいくつか小箱を取り出し、中身を机に広げた。装身具がや外国製の純度の高い金貨、さらに引き出しから宝石のあしらわれた小刀等を取り出すと、最後に自分の手から指輪を引き抜いた。
「今はこれしか出せぬ、全部私物だ。この状況でも仕事を果たそうする者だ、ねぎらってやってくれ。お前もふくめてな」
「な…。し、承知しました」
それだけでカイマン卿は王の決意を悟った。
(王に恥をかかせぬ人選をせねば…)カイマン卿はそう思いながら、部屋を出ると足を速めた。
ツェンダフの軍勢が近づくにつれ、王都の貴族は屋敷に逼塞し姿を見せなくなって行った。王城からの出兵の要請ものらりくらりと回避し、騎士達も戦意が上がらない。迎え撃つ軍を組織する事すらできなかった。だが、ダハルマ卿が鍛え上げた近衛は、ブレス王に遠ざけられ冷遇され続けたにも関わらず、その任を全うしようとしていた。
兵舎の前庭に完全武装の近衛騎士全軍が整列している。これから、王都外でツェンダフの軍勢を迎え撃つ陣を張るのである。王城に依っての迎撃は早期に放棄していた。王の命令であれば、近衛は王都を焦土と化す事も持さず戦うだろう。だが、王命無き今、近衛の戦いは王の名誉を守る戦いである。外敵に攻め込まれたならともかく、王国騎士同士が王都を巻き込む市街戦など論外だ。
基本的に、野戦では数がものを言う。如何に近衛が技量と装備に優れた騎士であっても、せいぜい大隊規模でしかない。烏合の衆が相手ならばどうとでもやりようはある、だがツェンダフ軍は数に勝る討伐軍を討破った精兵だ、平地でツェンダフ軍と正面から当たれば、勝負は見えていた。それでも彼らは王都を出て正面から決戦を挑むのだ。王の名誉と彼ら自身の存在意義のために。
「近衛騎士諸君!ツェンダフの騎士は、我らが師であるダハルマ卿を打ち破った強敵だ、相手に不足は無い。王都の騎士は組織的抵抗を諦めたが、我らがある限り王都に騎士無しと笑われる事は決して許さぬ!」
近衛騎士長ガリス卿は、居並ぶ近衛騎士に最後の訓示を行った。
昨夜のうちに、従騎士達は全て実家に帰らせた。彼らは次代の近衛だ、ここで失う事はできない。正騎士にも家族がある者には除隊証明を出すと伝えたが、希望者は一人も居なかった。彼らは皆ダハルマ卿が見つけ、声をかけ、集めて来た騎士達だ。王を守り死ぬための騎士なのだ。その顔は決意に満ちている。悲壮な顔をするものは一人もいない。
これは師の敵討ちではない。近衛は王のため以外には戦わないのだ、例え王が近衛を遠ざけ続けたとしても。
既に人望を失った王を守って死地に向かう近衛を、人は『無駄死に』『犬死』と嗤うかもしれない。だが彼らはそれを誇りと受け止める。王に対する狂信が無ければ近衛は務まらない。今ここに整列した騎士達は、骨の髄まで近衛だった。
居並ぶ騎士の顔を端から端まで一人ずつ目に焼き付けたガリス卿は頷くと、短く「出立!」と告げた。
だが、南門に向かって出発しようとした矢先、大慌ての先触れが駆けこんできた。
「お待ちください、お待ちください。ガリス卿、どうかお待ちください。国王陛下の御成りです、どうかお待ちください」
転がり込む勢いで駆け込んで来た先触れは、繰り返しそう叫んで中庭に倒れ込んだ。全速力で走って来たのだろう。
近衛騎士達が騒めいた。即位直後に閲兵を受けたが、その後ブレス王は家臣を信用しなくなり、近衛も近づけなくなっていた。いったいどうしたというのだ。
先触れが駆け込んで間もなく、王家の紋章の入った馬車が3台、兵舎に駆けこんで来た。車寄せにも入らず集合した騎士達の前に止まると、中央の馬車からカイマン卿、護衛騎士に続いてブレス王その人が降り立った。前後の馬車から降りた護衛が、王の周りを固め、書記が脇に控えた。王が家臣を従えてやって来るなど、今まで見た事の無い光景だった。
「ガリス卿、急の来訪となり申し訳ございません、陛下から緊急かつ重要な命令がございます」
朗々と宣言したカイマン卿が慇懃に礼をする。
「陛下自らが…」
只ならぬ状況に、近衛騎士長のガリス卿は礼儀を忘れて呟いてしまったが、王は表情も変えずにその無礼を黙殺した。
「諸君らに重大な命令を伝えねばならぬ。それ故余の口から直接伝えるべきであると考えて来た」
「はっ」
我に返ったガリス卿以下、近衛騎士が一斉に跪く。
跪いたガリス卿は、王の意図を測ろうとした。
(王は何をなさる気なのか?よもや南門を制圧した鬼人を討とうというのか?)
門を開け放った鬼人は、城壁に陣取り動く気配を見せない。あの鬼を排除しない限り、籠城戦もへったくれもない。
(それとも自らの指揮でツェンダフ軍を迎え撃とうといのうだろうか)
王城に籠城しての戦いは、王都の民に甚大な被害をもたらす事を意味する。だが、王が直接指揮するならばどんな戦いだろうと近衛に否は無い。
しかし、ブレス王の命はそのどちらでも無かった。王は静かに、しかし確固とした口調で告げた。
「近衛には王城の警護と待機を命ずる。不埒者が王城を棄損せぬよう努めよ。ツェンダフの軍と戦う事はまかりならぬ」
がリス卿は愕然とした。それは彼らの、近衛の存在意義に反する命令だからだ。
(王は何故近衛を遠ざけるのだ!)
ガリス卿の心に、落胆と憤りが渦巻く。近衛を無視するだけではなく、態々現れて後方へ下がれと命ずるなど、近衛の役目と誇りを路傍の石程に軽んじているとしか思えない。何故近衛の存在意義を……死に場所を奪おうとするのだ!。
「承服いたしかねます。我らは王を守るために存在します。たとえいかなる状況であろうと、敵か我らかが全滅するまで戦いぬきます。仮に…先に陛下が身罷られたとしても…その玉体を終の館にお送りするまで、我らの戦いは終わりません。それが近衛であります」
それは近衛にあるまじき事。
王の、しかも直々の命令への抗命である。配下の騎士達も心の底では騎士長に同心しつつも、『あり得ぬ…』と息をのんだ。長期に渡り退けられていたことが、ガリス卿にこの言葉を口にさせてしまったのだろう。
「ガリス卿、立ちたまえ」
ガリス卿は立ち上がると背筋を伸ばしブレス王を正面から見据えた。抗命により断罪されようとも意思を曲げぬとその目に覚悟を秘めるガリス卿に、ブレス王は満足げに頷いた。
「そう、それでこそ王の近衛だ。だから、新たな主に剣を向けるでない」
その言葉に、ガリス卿始め近衛一同が目を見開いた。王は既に退位の覚悟を固めていたと知ったのだ。
「此度の事は全て余の不徳による、王都の民を内戦に巻き込む事はできん。そして余の意地で王家の護りを失う訳にもいかん。『王の敵に対して後退は無い』とする諸君らの誇りを傷つける事、忸怩たる思いだが受け入れてくれ」
ガリス卿の唇がわなわなと震える。
王は近衛の誇りを解さぬ王では無かった。ただ、王都の民のために自らの在位に幕を引こうとしているのだ。
「グリフは戦わぬ諸君らを称賛するだろう。だが、中には責を果たさぬ近衛を非難する者も居るやもしれぬ。これは王城守護と戦闘禁止を命じる命令書と、宝物庫、内宮の鍵だ。グリフに引渡し、王命により責を全うしたと報告せよ」
ブレス王はカイマン卿から命令書と鍵を収めた文箱を受け取ると、自ら近衛長に手渡した。ガリス卿は震える手で文箱を受け取ると、ただ無言で両の手の箱を見つめていた。
やがてその文箱の蓋を雫が濡らした。不撓不屈の近衛騎士長が涙を見せるなど、ついぞ無かったことだった。ガリス卿は涙を流しながら最上位の敬礼で王の言葉に答えた。王は最後の最後に、彼らが護るべき王として帰って来てくれたのだ。ブレス王は、戦わぬ事で王の責務を果たそうとしている、誇りを捨てる事になろうともその命に従う事こそが近衛の責務だ。
「近衛一同、陛下の……陛下の命に従います」
どうにか声を絞り出したガリス卿の言葉を受ける王の胸に、宰相の言葉が棘となって突き刺さっていた。王城にも貴族にも自分の味方は確かに居た。ガリス卿もカイマン卿も、彼が集めた護衛騎士もゴージとなんら変わりは無かったのだ。
それに気づかぬ自分がグリフに勝つことなどできるはずもなかった。
「……今までよく支えてくれた。神よ、我が近衛の不変の忠誠を照覧あれ。諸君らの忠誠を捧げられた事を嬉しく思う」
「そのお言葉、我ら終生の誇りであります」
ガリス卿の言葉と共に、近衛騎士達は一糸乱れぬ動きで剣を抜くと、主に剣を捧げる見事な礼を取った。
「さらばだ。…余は死なぬから殉死など考えるなよ、それに殉死は王国の法で禁じられている」
それは、本心だったのだろうか。どうにか捻り出した冗談だったのだろうか。最後はかつてのブレス王のように…規則と儀礼に煩い王としての姿を見せて、ブレス王は王城を後にした。
◇◇◇
書いたはいいのですが、本筋に全然関係ないうえ、どうやっても『フォンテーヌブローの別れ』の亜流になっちゃうので本編からはボツになりました。ちょっと加筆してリサイクル。こういうベタなのが大好きなんです。
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---
追記:2025/09/20
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もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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