魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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再会 1

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 ステレは、夜明けと同時に会場入りした。
 辺境伯は高位の爵位ではあるので、序列から言えばもっと後に会場入りする事になる。だが、本来ステレは子爵からの昇爵であって、叙任式はゲストに近い立場だ。だから主役に対して遠慮した形だ。
 というか、そもそもステレは只人ではないから、最後にデカイ顔をして会場入りなどしたら、只人貴族の敵愾心を無駄に煽る事になりかねない。面倒を避けるために一歩でも二歩でも引けるだけは引くというのは、ステレもドルトンもオーウェンも一致していた。

 緊張気味の内心を平静の仮面に隠して、見た目だけは威風堂々と進むステレの後ろに付く介添えは、なんと森人のノル・ヴァルレンである。ステレの剣を持ち後ろに付いて歩いているが、ステレとは逆にその顔は興味津々といった風に飄々としており、緊張のかけらもない。
 当初はオーウェンの屋敷で打ち合わせた通り、獣人の魔法使いを付けるつもりだった。だが、鬼人が叙爵を受けると聞きつけたらしいノル・ヴァルレンが商会を訪ねて来たのだ。ドルトンはこれ幸いと話をもちかけ、快諾された。悔しいが只人から見れば獣人より森人の方が格が上だ、人外の介添え人としては最も格が高いともいえる。とはいえ、昨今は獣人がステレを支援している事は知られ始めているから、森人がステレの後見に付く事で獣人も森人に認められていると言外にアピールする事ができる。
 ちなみに、呼ばれた魔法使いはシュリだが、遠路王都に呼ばれた上でのドタキャンにも関わらず、明らかにほっとした顔をしていた。寡黙であまり感情を出さずに淡々と仕事をこなす点を見込まれて呼ばれたシュリだが、さすにがに大勢の只人貴族の前で堂々と振る舞う自信は無かったらしい。まぁ実際、獣人女性でそれができる(ように演技できる)のはチェシャくらいなものなのだが。



 「控えの間にご案なぃ………」
 「おい…」

 言いかけて固まった同僚の脇を小突いた少年が頭を下げた。

 「失礼しました。控えの間にご案内いたします」

 会場でステレ達を控えの間に案内するのは、お仕着せを着た少年達だった。彼らは、目を丸くしてステレとノル・ヴァルレンを何度も交互に見直していた。

 少年達は、新設された騎士訓練所の従士である。
 騎士訓練所は、経済的に困窮し武具や馬具を揃える事も難しい貴族の子弟に、基礎的な技能を訓練するために設けられた。王国には教育機関や訓練所のようなものは無い。だいぶ薄れたとはいえ、諸侯と呼ばれる土地持ちの貴族は半ば独立国のような存在だから、そういった整備は領の責任になる。そして領でも教育や訓練は、基本的に家ごとに家庭教師を雇用するのが当たり前だ。そんな王国において、公費により出身問わずに受けられる軍事教練というのは初めての試みだった。
 経済的に苦しい貴族家では、どうしても騎士としての鍛錬が後回しになりかねない。それは技術面だけでなく心得の面からもだった。騎士=職業戦士によって成り立つ王国で、いかに平和な時代とはいえ騎士の心構えが疎かになるのは問題である。今後の王国を担う人材を育成するため、公費による訓練と教育を行う。
 …というタテマエではあるが、実際の所この試みには貴族の私兵である騎士を国家に取り込むための下準備…という面もある。グリフ王は、最終的には王国常備軍を編成することも視野に入れている。それは、貴族から軍事力を取り上げる事を意味する。
 現在の所はそんな意図は全く見せず、経済的理由により才能を開花させることができない貴族子弟から未来の逸材をを拾い上げるとうことで、公費援助により文武両道の教育が行われている。彼らはその一環として儀式運営の補助として派遣されたのである。
 …もちろん、お礼奉公という意味もあるのだが。

 そんなこんなで動員された少年達が我を忘れたのも当然で、何しろ彼らにとっては鬼人も森人も物語の登場人物だったのだから。それに、ステレの参加は伏せられており、本番直前になってようやく式典に鬼人の女性騎士が参加すると聞かされたのである。そして現れた女騎士は、彼らの想像していた姿とは全く異なっていた。彼らが知っていた鬼人は、昔話に出て来る人食い鬼か、ただ一人で王都の城門を制圧した恐ろし気な姿絵、それと正反対の芝居の中で活躍する悲運の女剣士であったから、実際に目にしたステレがそのどれでも無い事に驚いていた。
 鬼人は少年たちより身体が大きく、まさしく門衛を蹴散らす姿絵に描かれたそのままのように思えた。だがその一方で、姿絵のように恐ろし気ではなく、芝居で鬼人を演じた役者に負けない程美しかった。物語の中の凛々しい女騎士ではなく、漆黒の甲冑を身に着けた異国風の女戦士という風情ではあったが。
 (さすがにメインヒロインが女形という訳にはいかず、只人から鬼人まで通しで花形女優が演じたもんで、鬼人のイメージが凛々しい女剣士になってしまったのである。……なお、女性の社会進出の進まない王国だが、舞台女優など芸能の方面は数少ない例外である)

 それに加えて、介添え人が森人というのは全く聞いて居なかった。穏やかな物腰ながら、これまた鬼人に負けず劣らずに美丈夫であり、自分たちが総掛かりで襲い掛かっても、傷一つ付けられるとは思えない。まさに伝説の中の姿そのものだった。これで驚くなというのが無理であろう。

 ステレ以上にガチガチに緊張したまま案内を終え、控えの間の担当騎士に引き継ぎを済ませた少年にステレが「ありがとう」と微笑むと、少年は揃って赤い顔をして明らかにドギマギしていた。
 もちろん、ステレが素でこんなサービスを思い付く訳もなく、ドルトンから「要所で笑顔を見せていれば勝てます!」と謎のアドバイスを受けていたので、(何に?)と疑問に思いつつも試しにやってみたのである。効果範囲は意外に広かったらしく、少年達だけではなく控えの間を預かる騎士も、しばらくステレに見惚れていたようだった。

 (へぇ…これが甲冑の効果って事かな。子供に変な性癖を植え付けなきゃいいけど…)などと、ステレは要らぬ心配までしていた。

 自分の笑顔に十分な威力があるという事実は、無理矢理見ないふりをしていただけなのだが。
 …一応ステレにも自分がかなり美しくなったという自覚はあるのだが、それ以上に自分が只人を大勢殺した人外だという自覚があったし、(こんな筋肉大女を愛してくれる変わり者は一人だろう)とも思っていた。


 「剣をお預かりします」

 我に返った騎士の一人がそう告げると、従士役のノル・ヴァルレンが剣を引き渡す。騎士は赤と黒の派手な剣に面食らったものの、手袋を付けた手で恭しく受け取り、そのまま下がって行った。あの剣で叙任の儀式が行われる事になっている。

 もう一人の騎士の案内で部屋に落ち着くと、ノル・ヴァルレンはステレのマントを外し、衣装掛けに丁寧にかけた。
 見渡し、控えの間に誰も居ないのを確認すると、ステレは外での堂々とした態度とは裏腹に「は~~~」と大きな息を吐いて、心底申し訳ないという表情で頭を下げた。

 「従者扱いしてしまって、本っ当~に申し訳ありません」
 「いやいや。気になさらず」

 もう何度目かも判らないやり取りを繰り返す。
 森人が誇り高い事は世に知られている。そんな森人に鬼人の従者役を依頼したドルトンは、鬼人以上の無謀に思えてくるし、即座に受けたノル・ヴァルレンも大概に思えた。

 「いや、こんな堅苦しいとは思わず…巻き込んでしまって……」
 「まぁ、儀式ですので。堅苦しいのは我々でも大して変わりませんよ」

 ノル・ヴァルレンが苦笑する。仮にも王国貴族のステレと、部外者の森人の自分で、まるきり逆の反応ではなかろうか。

 「そも、普段立ち入る事のできない王城の神殿を見学できるのなら、多少の堅苦しさや奇異の目など全く気になりませんとも」
 「……ノル・ヴァルレン様は、こういう石の街は嫌いなのかと思っていました」 
 「まぁ、それはその通りです。森人と呼ばれているぐらいですので。ただ、他種族の儀式など中々目にする機会がありませんから、興味の方が先に立ちますね」
 「学者のようですね…」
 「森人の工匠はだいたいこんな感じですな」

 森人の戦士は、外敵と闘う役目以外に狩人などの『戦う』職を兼任している。それと同じように、工匠であるノル・ヴァルレンは、技術者や学者などの総合職の面を持っている。長命だが数の少ない森人では、このような生業のありようが普通だった。

 「興味と言えば、あの剣。魔人が鍛えたと聞きましたが」
 「確証は得られていませんが、まず間違い無いと思います」
 「私でもあれは作れません。打った鍛冶に是非お目にかかりたいものです…」

 森人は只人よりも敏感に魔力を捉える事ができる。只人の国に出すことは殆ど無いが、魔金属の剣を打つこともできる。だからこそあの剣が尋常のものでないこともすぐ判った。もし許されるなら、剣を隅から隅まで調べつくしたいと思っていた程だった。

 「ドルトンが繋ぎを取ろうとしていますが、中々捕まらないそうで……話を聞く限り、相当な変わり者のようです」

 ドルトンは、使いの者をクヴァルシルに送ったものの、まだ成果は出ていない。どうにも本拠は置いているものの、国外に出ている事の方が多いようだという。

 「ステレ嬢…いや、ステレ卿に変わり者と言われるなら、これは中々の人物のようですね」
 「どっちもむず痒いので『ステレ』でいいですよ。それと……」

 ステレは、笑みを見せながら反撃した。

 「ドルトンが言ってましたよ、『変わり者同士は惹かれ合う』って」

 ノル・ヴァルレンは堪らず吹き出した。

 「それは…反論は難しいようですな」

 ◇◇◇
 キャラ紹介2にノル・ヴァルレンが居たのは、ここで出番があったからでした。
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