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4章 2人のために出来ること

080 スレイと密談② 2人のために出来ること

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「それでスレイ?そのカルネジアのバカ息子の名前は?」

「トーマさん!貴族様に対して不敬が過ぎると、罰せられることもあるのだぞ!」

「あぁ?その貴族様に今も標的にされてるリーンを守るために、必要な情報だろうが。
 それともスレイは貴族様に出会ったら、黙って殺されろって言うのか?
 ならスレイは俺の敵だ。俺が武器を抜く前に去れ」

「そうではない!敵なはずがないだろう!そういうことを言っているのではない!」

「俺が言ってることもそういうことじゃねぇんだよスレイ。俺が大人しく聞いてるうちにさっさと質問にだけ答えろ。
 こっちは確実に狙われてるんだよ。そして負けたら全員死ぬだけだ。生死がかかってる状況で不敬もクソもあるか。
 最後だスレイ。今すぐその息子の名前を言え。じゃなければ今すぐ出て行って俺に2度と関わるな」


 ただ静かにこちらの要求を伝える。
 スレイに感情をぶつけても仕方ないが、くだらない問答に付き合う気分でもない。


「………………………………………………ァ様だ」

「聞こえねぇ。ちゃんと喋れ」

「………………カルネジア家14男、ハロイツァ様だ」

「14男とかどんだけ腰が軽い血筋なんだか……。
 とりあえず敵の名前はハロイツァね、りょーかい」

「トーマさん……。気持ちは痛いほど分かるが……」

「安心しろよスレイ。別に俺達から貴族様に喧嘩を売る気なんてねぇよ。ただ襲われたら黙って殺されてやる気はないってだけの話だ。
 ハロイツァの名前を俺に教えておいて良かったんだぞ?
 じゃなければ本気でカルネジア家を皆殺しにしてやるつもりだったし」

「トーマさん、だから……!」

「気持ちの問題だよ気持ち。実際にやるわけないだろうが全く。
 ちなみにシン。仮に、仮にだけどさ。襲ってきた相手の死体を隠蔽するなら、やっぱ迷宮がいいかな?」

「……そうだね。迷宮が一番適切だと思う。時間があれば装備品なんかまで消えてくれると思うよ」

「シン!キミまで何をっ」

「逆に俺達が一番襲われやすいのも迷宮だよな。なら結局やるこたぁ変わらない。
 スレイ。今俺は斥候職を探してる。最悪戦えなくても俺達に迷宮の罠に関する知識を教えられる相手なら誰でもいい。
 奴隷でも何でもいいから探してくれ」

「あ……、は?」


 ちっ……。
 コイツ、会話のテンポが悪くてイラつくな。
 こっちだって冷静じゃねぇんだから、あんまり煽って欲しくねぇんだが。


「俺の言ったことは分からなかったか?
 斥候職を探して欲しいんだよ。迷宮の先に進むためにな。
 高くてもいいから迷宮の罠に詳しい人材を探してくれって言ってんの。わかった?」

「あ、あ、ああ。分かった、分かったよ。探してみる……」

「スレイの用事は終わり?ならこっちの用事も済んだし解散でいいかな?」

「あ……、えと、お、終わりで良い」

「了解。じゃあ帰ろうぜ2人とも」


 こんな場所に長居は無用だ。帰ろ帰ろ。




「あれ、トーマそっちは宿じゃ……、って家を買ったんだったね」

「そゆこと。最悪のタイミングになっちまったけど、今日からお引越しな」


 別にスレイは悪くないんだけどなんだかなぁ。せっかくの引越しが。
 スレイの情報提供のおかげで事の顛末が知れたのだから、感謝はしてるんだが。




「え?あれ……?兄さん……!」

「……トーマ、こっちって」

「そうそう、ここが新しいうちだぜ」


 そう言って案内したのは、かつて2人が暮らした家だった。

 財産が没収されて売却されたって言ってたから、ポポリポさんに確認してもらったらまだ買い手がなかったので、俺が購入させてもらったのだ。

 ほんとはもっと大喜びーなサプライズを狙ってたのに、タイミング悪すぎー。


「トーマって、本当にトーマってさ……」

「まぁまぁシンくん。まずは中に入ろうではないか。家具は運んでもらったけど、配置とかはしてないはずだしな。店舗スペースに家具全部あると思う」


 2人の背中を押して、強引に家の中に入った。
 


「何にもなくなっちゃってるね……」

「そうだね。でも間違いなく僕たちの家だよ……」

「家具を動かすのは明日にしようか。もう今日はなんもする気にならねぇよ」

「確かに。もうここで寝ちゃおう」


 3人で散らかしっぱなしのベッドに適当に座る。


「またここに帰ってこれるなんて思ってなかったよ」

「うん、夢みたい……」

「喜んでもらえたなら良かった。2人とも、そのままでいいから聞いて欲しい」


 そういって2人を見つめた。


「本当は今日、この家を見せてさ。2人にはこう言うつもりだったんだ。
 2人が辛い目に遭ったのは変えられないけど、前を向いて生きていこうって。
 ずっと3人でここで一緒に暮らしてさ。
 5年たったら両親も迎えに行って。
 2人の気持ちも分かるけど、復讐や報復なんて考えたって相手は貴族。勝てるわけが無い。
 俺は2人のために貴族と戦うことなんて、出来ないって。
 辛い目に遭って、全てを無くしたなら、1つずつ取り戻していけばいいんだって。
 怒りなんて忘れて、悲しみなんて忘れて、楽しいことで上書きして行こう、って言うつもりだったんだよ」


 深く深く呼吸をして、自分の気持ちを確かめる。
 今言ったことは嘘偽りの無い本音。そしてこれから言うこともまた、本音だ。


「本当に、本当にさぁ。貴族と戦うつもりなんて無かったんだよ。
 2人の事は大切だけど、俺は自分の手が届かないものには手を伸ばさない主義なんだ。
 もしも2人が復讐を望んでいるのなら、どうにかして諦めさせないとって、ずっと思ってたんだ。
 でもさ……」


 先程の話を思い出す。眩暈がするほどの不快感を思い出す。


「あんまりにもさ。真相がくだらなすぎてさ。なんなんだよって思っちゃったんだよ。
 2人の両親が罪人として5年もの懲役刑を言い渡されたのも、2人が犯罪奴隷になって普通の人生が送れなくなったことも、2人を助けるために協力してくれた沢山の人も、2人を助けられて良かったって思った俺も、これじゃあ全部が全部、あまりにも報われない。あまりにも酷すぎるじゃないかってさ」


 怒りは冷静な判断力を妨げると、よく言われるけれど。
 この怒りは抑えていいものでは、ない。


「俺が間違ってたよ。辛い目に遭わされた事も、全てを奪われたことも、犯罪奴隷にされたことも、不安に押し潰されそうな日々も、絶望で閉ざされた日々も、理不尽に怒りを覚えたことも、2人は何一つ忘れなくて良い。
 悪いのはハロイツァとかいうカスだ。お前らも両親も、何も悪くない。
 貴族に喧嘩を売るつもりは今だって毛頭ない。でも相手が未だにリーンを狙って俺達を襲ってくるなら、絶対に容赦しない。忘れろなんてどうかしてたよ」


 きっと今俺達は、同じ想いを抱いていることだろう。


「シン、リーン。こっちおいで」


 2人を呼んで抱きしめる。


「ごめんな2人とも。俺が間違ってた。軽薄な所有者でごめん。
 お前ら2人は何も間違ってない。お前ら2人の想いは絶対に間違ってない。
 俺に遠慮とか迷惑とか、そんな考え全部捨てていい。
 自分達に起きた事を全て聞いた今、お前達はどう思ってる?
 俺はな。『許せない』だ。絶対に許さない」



  俺の想いは伝えた。
 2人の体が震える。何かが溢れ出して来るかのように。



「僕だって……僕だって許せないよ!僕たちが一体なにをしたって言うんだ!何もしてない!何もしてないじゃないか!バカが勝手に女を殺して目をつけられて、そのツケを僕たちに押し付けただけじゃないかっ!!!
 何のために父さんも母さんも5年も強制労働して、奴隷印まで刻まれるんだよっっっ!!!
 許せない!!許せるはずがないじゃないか!!!
 カルネジア・ハロイツァーーーーー!!!」

「なん、だったの……。なんだったの。なんだったのよ!!私達家族は誰にも迷惑なんてかけてなかった!!
 突然捕まって!!何日も取調べを受けて!!しかもそれが無意味で!!犯罪奴隷に落とされて、どんな目に遭うのか恐ろしくて恐ろしくて、何日も寝れなかった日々はいったいなんだったのよ!!!
 なにが貴族よ!!なにが素晴らしい方よ!!!貴族ならなにをしても許されるの!!?貴族なら奪っても許されるの!!?許されるはずないでしょ!!!
 許せない!!!絶対に許さない!!!私達がされたことを、絶対に許せるはずないじゃない!!!」


 もはや絶叫するかのように、2人は感情を爆発させている。
 俺は音魔法を操作し、2人の声が外に漏れないように干渉している。

 俺達の意思が、俺達の怒りが、敵に伝わるような愚は冒さない。


「2人とも。今晩のうちに全部吐き出してしまえ。俺も2人と同じ気持ちだ。
 明日からやることはなにも変わらない。でも目的は変わった。
 『カルネジア・ハロイツァ』。
 こいつを殺すために俺たちは強くならないといけない」




 2人を買ってから考えていた。

 俺になにが出来るだろう?

 俺に2人を守ることが出来るだろうか?

 俺は2人を幸せにしてあげられるだろうか?

 俺が2人のために出来ることって、なんだろうって。


 俺が2人のためにしてあげられることが何か、その答えはまだ分からないけれど。



 カルネジア・ハロイツァ。



 お前だけは、必ず殺す。
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