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8章 異風の旋律
閑話026 新しい時代③ ※マーサルシリル視点
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「リーネと言います……。今日から宜しくお願いします……」
俺の部屋は、リーネという女と同室ということだった。
修行時代は弟子は1部屋に放り込まれてたからな。2人部屋なんて贅沢なくらいだ。
「おう! 私はマーサルシリル、マーサって呼んでくれ。あと敬語も要らねぇからな!」
「うん、わかった……。マーサ、よろしくね……」
同室のリーネは私と正反対って感じだったけど、不思議と馬が合った。
私に変に干渉しようとする気もなくて、本人もトーマに振り回されて大変な日々を送っているようだった。
「それでね……? トーマさんに、機会があったらマーサと良く話してみると良いって言われたんだ……。
少しお話してもいいかな……? 明日に差し障るなら、今じゃなくても良いんだけど……」
「ああ? トーマがそんなこと言ってたのか?
まぁまだ工房もねぇし、明日の予定なんかねぇから、話なんていくらでも付き合えるぜ!」
「うん……。じゃあ私がカンパニーに参加するまでのお話をさせてもらうね……?
マーサが参加した経緯は、トーマさんに簡単に説明してもらってるから……」
そうして話し始めたリーネの半生は、私の想像を絶するものだった。
魔物との戦いに忌避感を抱く冒険者の話ってのは、多少は聞いたことがある。
……だけど、迷宮に入ることすら出来ない人間なんて、今まで聞いたことが無かった……。
「トーマさんが居なかったら、私も今生きていられたか分からないし、ベイクの救貧院も苦しい状態のままだったと思うの……。
でもトーマさんと会って、カンパニーに参加して、今は毎日が楽しいと思えるんだ……!
ちょっとだけ、付いていくのが大変だなって、思うときはあるけどね……」
私はどんだけ甘ったれてんだ……!
リーネに比べたら私なんて、ただ勝手に腐ってただけじゃねぇかよ……!
顔から火が出る想いだったけれど、それでもリーネが聞きたがったから、私のこともリーネに話した。
「マーサは凄いね……。私がマーサの立場だったら、耐えられなかったと思う……。
私はいつも『迷宮に入れないから仕方がない』って、どんな目に遭っても仕方がないんだって諦めもついたもん……。
でもマーサの立場だったら、どうしていいか分からないと思う……。
何も分からない中でも、決して鍛冶を諦めなかったマーサは、本当に凄い人だと思う……。
トーマさんも、マーサは最高の職人なんだよって言ってたよ……」
……ベイクに来てから、自分が如何に幼稚だったのかを思い知らされてばかりだぜ。
私がリーネと同じ立場だったとして、他人の事を褒めたりできるとは思えない。
ホムロにしても、リーネにしても、ベイクに住んでる奴等ってのは、ミルズレンダの職人とは器が違うと思わされる。
なにが生きるミルズレンダだ……。ベイクではそんな二つ名、恥ずかしくて名乗れねぇじゃねぇか……!
私が来てまだ間もないのに、ベイクに工房用の物件を用意してもらった。
旋律の運び手のお金を任されているジーンさんは、私の自由に工房を整えて良いと言ってくれた。
「ああ。いくらお金を使ってくれても構わないからね。マーサさんが望む、最高の環境を整えて欲しい。決して妥協してはいけないよ? なるべくお金を使ってくれよ?
マーサさんが最高の環境で仕事が出来るようになるのは、トーマさんたちにとっても、旋律の運び手にとっても重要なことなんだ。絶対に遠慮なんかしちゃいけないよ?
……まったく、少しはカンパニー口座を管理している私達の身にもなって欲しいよ」
既に工房用の物件も用意してあり、改築も自由。予算の上限もなし。むしろ遠慮するほうが迷惑だなんて言われてしまった。
信じられないほどの好待遇だ。ミルズレンダの数年間はなんだったんだ?
異風の旋律の凄まじさは、日を追うごとに実感させられる。
まだ工房も完成してねぇってのに、グリーンドラゴンまで狩ってきやがるとは、想像もしてなかったぜ……!
ミルズレンダでは最高峰と言われた私だけどよ。ベイクでは、旋律の運び手の中では、私が一番下っ端なんじゃねぇのか……?
常識が変わるって、時代が変わるって、トーマは言っていた。
まさに今私は、時代が変わるその真っ只中にいるんじゃないのか……?
「マーサ。ちょっと真面目な報告があるんだ」
ある日トーマに、師匠とアルを殺してきたと伝えられた。
もう見限った、もう捨てたはずなのに、割り切れない感情が渦巻いた。
「なぁトーマ! 私は一体どうしたら良かったんだ……!?
皆と一緒に、自由に鍛冶をする未来は、どうやったら辿り着けたんだよぉ……!」
トーマに言っても仕方ない。こんな問いに答えなんてあるはずもない。
だけどトーマは、一瞬苦しそうな表情をした後、私の問いに答えを出した。
「俺が思うに、マーサは何も知らなすぎたんだと思う。
自分の足でミルズレンダを出ていたなら、違う未来もあったのかも知れない」
トーマは、はっきりと告げてきた。
私が何もしなかったから、この結末を迎えてしまったのだと……。
「私は変わらなかったのに、なんでみんな、変わっちゃったんだよぅ……」
違う。
本当は分かってる。
みんなが変わってしまったように、私だって変わらなければダメだったんだ……。
周りが助けてくれる事を期待して、自分で動くことも、自分で選ぶことも、なに1つしてこなかった私が、望む未来など手に入れられるわけが無かったんだ……!
師匠もアルもゼルじいちゃんも、悪くないなんて絶対に思わない。
……思わないけれど、彼らが変わってしまったなら、彼らを変えてしまったのが私だったのなら、私も変わらないといけなかったんだ。私も動かなければいけなかったんだ……。
私の弱さが招いたことなら、私は強くならなければいけない。
師匠とアルの死を無駄にしないために、私自身が強くならないといけないんだ……!
私は変わる。変わらなきゃいけない。
このままではトーマたちが作る新しい時代についていけない。
私はこの時初めて、自分で何かを選んだような気がした。
俺の部屋は、リーネという女と同室ということだった。
修行時代は弟子は1部屋に放り込まれてたからな。2人部屋なんて贅沢なくらいだ。
「おう! 私はマーサルシリル、マーサって呼んでくれ。あと敬語も要らねぇからな!」
「うん、わかった……。マーサ、よろしくね……」
同室のリーネは私と正反対って感じだったけど、不思議と馬が合った。
私に変に干渉しようとする気もなくて、本人もトーマに振り回されて大変な日々を送っているようだった。
「それでね……? トーマさんに、機会があったらマーサと良く話してみると良いって言われたんだ……。
少しお話してもいいかな……? 明日に差し障るなら、今じゃなくても良いんだけど……」
「ああ? トーマがそんなこと言ってたのか?
まぁまだ工房もねぇし、明日の予定なんかねぇから、話なんていくらでも付き合えるぜ!」
「うん……。じゃあ私がカンパニーに参加するまでのお話をさせてもらうね……?
マーサが参加した経緯は、トーマさんに簡単に説明してもらってるから……」
そうして話し始めたリーネの半生は、私の想像を絶するものだった。
魔物との戦いに忌避感を抱く冒険者の話ってのは、多少は聞いたことがある。
……だけど、迷宮に入ることすら出来ない人間なんて、今まで聞いたことが無かった……。
「トーマさんが居なかったら、私も今生きていられたか分からないし、ベイクの救貧院も苦しい状態のままだったと思うの……。
でもトーマさんと会って、カンパニーに参加して、今は毎日が楽しいと思えるんだ……!
ちょっとだけ、付いていくのが大変だなって、思うときはあるけどね……」
私はどんだけ甘ったれてんだ……!
リーネに比べたら私なんて、ただ勝手に腐ってただけじゃねぇかよ……!
顔から火が出る想いだったけれど、それでもリーネが聞きたがったから、私のこともリーネに話した。
「マーサは凄いね……。私がマーサの立場だったら、耐えられなかったと思う……。
私はいつも『迷宮に入れないから仕方がない』って、どんな目に遭っても仕方がないんだって諦めもついたもん……。
でもマーサの立場だったら、どうしていいか分からないと思う……。
何も分からない中でも、決して鍛冶を諦めなかったマーサは、本当に凄い人だと思う……。
トーマさんも、マーサは最高の職人なんだよって言ってたよ……」
……ベイクに来てから、自分が如何に幼稚だったのかを思い知らされてばかりだぜ。
私がリーネと同じ立場だったとして、他人の事を褒めたりできるとは思えない。
ホムロにしても、リーネにしても、ベイクに住んでる奴等ってのは、ミルズレンダの職人とは器が違うと思わされる。
なにが生きるミルズレンダだ……。ベイクではそんな二つ名、恥ずかしくて名乗れねぇじゃねぇか……!
私が来てまだ間もないのに、ベイクに工房用の物件を用意してもらった。
旋律の運び手のお金を任されているジーンさんは、私の自由に工房を整えて良いと言ってくれた。
「ああ。いくらお金を使ってくれても構わないからね。マーサさんが望む、最高の環境を整えて欲しい。決して妥協してはいけないよ? なるべくお金を使ってくれよ?
マーサさんが最高の環境で仕事が出来るようになるのは、トーマさんたちにとっても、旋律の運び手にとっても重要なことなんだ。絶対に遠慮なんかしちゃいけないよ?
……まったく、少しはカンパニー口座を管理している私達の身にもなって欲しいよ」
既に工房用の物件も用意してあり、改築も自由。予算の上限もなし。むしろ遠慮するほうが迷惑だなんて言われてしまった。
信じられないほどの好待遇だ。ミルズレンダの数年間はなんだったんだ?
異風の旋律の凄まじさは、日を追うごとに実感させられる。
まだ工房も完成してねぇってのに、グリーンドラゴンまで狩ってきやがるとは、想像もしてなかったぜ……!
ミルズレンダでは最高峰と言われた私だけどよ。ベイクでは、旋律の運び手の中では、私が一番下っ端なんじゃねぇのか……?
常識が変わるって、時代が変わるって、トーマは言っていた。
まさに今私は、時代が変わるその真っ只中にいるんじゃないのか……?
「マーサ。ちょっと真面目な報告があるんだ」
ある日トーマに、師匠とアルを殺してきたと伝えられた。
もう見限った、もう捨てたはずなのに、割り切れない感情が渦巻いた。
「なぁトーマ! 私は一体どうしたら良かったんだ……!?
皆と一緒に、自由に鍛冶をする未来は、どうやったら辿り着けたんだよぉ……!」
トーマに言っても仕方ない。こんな問いに答えなんてあるはずもない。
だけどトーマは、一瞬苦しそうな表情をした後、私の問いに答えを出した。
「俺が思うに、マーサは何も知らなすぎたんだと思う。
自分の足でミルズレンダを出ていたなら、違う未来もあったのかも知れない」
トーマは、はっきりと告げてきた。
私が何もしなかったから、この結末を迎えてしまったのだと……。
「私は変わらなかったのに、なんでみんな、変わっちゃったんだよぅ……」
違う。
本当は分かってる。
みんなが変わってしまったように、私だって変わらなければダメだったんだ……。
周りが助けてくれる事を期待して、自分で動くことも、自分で選ぶことも、なに1つしてこなかった私が、望む未来など手に入れられるわけが無かったんだ……!
師匠もアルもゼルじいちゃんも、悪くないなんて絶対に思わない。
……思わないけれど、彼らが変わってしまったなら、彼らを変えてしまったのが私だったのなら、私も変わらないといけなかったんだ。私も動かなければいけなかったんだ……。
私の弱さが招いたことなら、私は強くならなければいけない。
師匠とアルの死を無駄にしないために、私自身が強くならないといけないんだ……!
私は変わる。変わらなきゃいけない。
このままではトーマたちが作る新しい時代についていけない。
私はこの時初めて、自分で何かを選んだような気がした。
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