異世界で目指せハーレム生活! でも仲間のほうがモテモテです

りっち

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10章 壁外世界

閑話032 解放の光 ※ディオーヌ視点

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 もう夜だというのに、ヴェルトーガの住人は普段興味も持っていないであろう海の果てを眺めている。
 海の向こう。どれだけ離れているのかも分からない場所で、巨大な光の柱が立ち上り、夜の空を明るく照らしている。

 どうやら異風の旋律のみなさんは上手くやってくれたようね。本当に素晴らしい。
 ここヴェルトーガが建設されて幾星霜。誰も成しえなかった事を、瞬く間に達成してしまうのだから。


 深遠の邪眼ザルトワシルドア。その存在に、歴代のタイデリア家当主は随分と苦しめられてきた。

 王家から賜った海洋進出。新たな陸地の発見。
 どれだけの間、タイデリア家は苦渋を味わってきたことか。
 まさか私の代で、ザルトワシルドアの最期を見ることが出来るなんて……。


 王国の東西南北に位置する四大精霊家。
 北のボールクローグを擁する火のカルネジア家は、長い年月の間に少しずつ森林を開拓していった。
 東のウィルスレイアを擁する風のシルグリイド家、南のミルズレンダを擁する土のメーデクェイタ家は、領土の拡張こそ出来ていないものの、どちらも狩人が国境壁の外で活動し、壁外の魔物素材も流通している。

 我が水のタイデリア家が擁するヴェルトーガだけは、殆ど開発も調査も進んでいない。その結果、狩人の数が他の都市と比べて極端に少なかった。

 魔物資源という高額な素材が一切取れないヴェルトーガは、経済的に厳しい都市であり続けた。
 開放型迷宮から出土する空間魔法のスクロールと、大型船と河川を用いた水運によって、なんとか精霊家としての体裁を保っていたに過ぎない。
 長い長い間、停滞し続けていた都市。


 事態が動き出したのは、異世界からの来訪者、異邦人たちが現れてからだった。
 私は運良く彼らと親交を重ね、信頼関係を築き上げる事に成功した。
 空間魔法のスクロール4枚は当時はかなり痛い出費だと思ったけれど、そんなものとは比べ物にならないほどの恩恵を、彼らはヴェルトーガに齎し続けた。

 始めは、生活困窮者の救済だった。
 ヴェルトーガは住人の幸福を1番に考える都市として栄えてきた。救貧院や魔法治療院の利用を他の都市よりしやすくするため、他の都市とは比べ物にならないほどの資金を投じてきた。
 莫大な維持、管理費は、住人の安全と幸福のための重みだと解釈し、水運業や空間魔法のスクロールで得た利益の大半が、福祉施設に消えていった。

 そうやってただ守られていただけの住人が、武器を持って戦い始めた。
 戦い方の指導を行い、訓練も施した。自分に戦える力があると気付いた住人達は、競うように腕を磨いていった。

 いつからか、莫大な負債でしかなかった生活困窮者たちが、膨大な利益を生み出すようになっていった。
 ただ人から受け取るだけの者は減り続け、ヴェルトーガの経済は回り始めた。

 開放型迷宮があるのはヴェルトーガだけ。
 そこで取れる様々な素材は、流通させればさせただけ売れていった。

 
 ボールクローグでの迷宮氾濫を完璧な成果で見事に解決してしまったあと、トーマさんは私を訪ねてきてこう言った。


「将来的に、現在のリヴァーブ王国国境壁の外側に、街を作りたいと思ってるんですよ」


 あまりにも普通に言うものだから、一瞬思考が停止してしまったわ。この人ははいつもこうよね。


 国境壁を広げるのではなく、国境壁外に新たな都市を建設する。
 それは長年タイデリア家が……、いえリヴァーブ王国全国民が望んでいたことだった。

 人の身には国境壁外の魔物は強すぎる。だから国境壁を少しずつ拡張していくしかない。それが今までの常識だった。
 それをいとも簡単に口にしてしまう。
 
 私はこの日、夢見てしまった。
 エリアキーパーが討ち果たされ、ヴェルトーガの海の先を、この目で見ることが出来るかもしれないと。
 ザルトワシルドアの討伐が、もうすぐ果たされるのではないかと……!


 その後、彼らは本当にユリバファルゴアを討伐してしまった。
 この目でその素材を見ても信じられない。
 心核魔獣などではない、神代から生き続ける伝説の魔物を、彼らは打ち倒してしまった。彼らは神殺しを成し遂げてしまったのだ。

 私の期待は膨らんでいく一方。
 ユリバファルゴアを倒せたのだから、ザルトワシルドアを倒せたって不思議じゃない。
 砂漠と海では条件が全然違うのは分かっている。でも、彼らなら、倒してくれるんじゃないかと思わない日はなかった。


 ユリバファルゴアを倒したトーマさんは、空間魔法の『魔法付加』が可能となって、スキップの魔導具を流通させたいと私に告げた。
 トーマさんが危惧しているのはヴェルトーガの優位性が揺らぐことだろう。
 空間魔法のスクロールは、確かにヴェルトーガにとって軽視できない要素の1つだった。そう、今までは。

 迷宮での探索が順調な冒険者が大量に育ってきて、むしろヴェルトーガでこそスキップオーブは喉から手が出るほどに欲しい魔導具だった。
 これで冒険者が強くなってくれれば、結果的に空間魔法のスクロールの確保も容易になるだろうし。

 だから即答で了承しても良かったのだけど、私はこの提案を利用することにした。スキップオーブの流通を許可する代わりに、ザルトワシルドアを討伐して欲しい、と。


 エリアキーパーの討伐依頼など、彼ら以外に出せるはずがない。だってそれは、神を殺せと頼むようなものなのだから。
 それを、私には全く問題がない取引の材料にしてしまうのは少々申し訳ないと思ったけれど、空間魔法の希少性をよく理解しているトーマさんは、渋々ながらも了承してくれたわ。

 タイデリア家からの協力ですって? 全面的に協力するに決まっているじゃない!


 スキップオーブの流通許可をどれ程重大に認識してしまったのか分からないけれど、トーマさんから連日空間魔法のスクロールが、タイデリア家に届けられるようになった。
 たまに1日に数本届くことがある。あの人なんなの? 空間魔法って、ヴェルトーガ全体でも、1年に1本も出ないことが普通だったのに。
 本当に、どこまでも規格外な人だと思う。


 その規格外は留まるところを知らず、今日ついに、深遠の邪眼ザルトワシルドアの討伐に到ったのだ。
 あの光を見るのは初めてだけれど、ファーガロン様に話は聞いていた。エリアキーパーが討ち果たされると、街からでも見えるほどの巨大な光の柱が、天に向かって昇っていくのだと。


「お父様……。お母様……。我がタイデリア家は、とうとうザルトワシルドアを討ち果たしたのです。これで海の向こう側を見に行くことも出来ますわ……」


 視界が滲むのを自覚しながらも、それでも私は光の柱から目を離すことは出来なかった。


 西のタイデリア家と、東のシルグリイド家は、代替わりの早い家で有名だ。その理由までは知られていないが、恐らく両家とも同じ理由なんだと思う。
 タイデリア家の当主は、当主を次代に譲った後は家の悲願と覚悟を伝えるために、エリアキーパーの姿を次代に見せつけるのだ。己が身を餌として。

 両親を乗せた船が、遠くでなすすべもなく沈んでいく光景は、当主になったばかりの私にはあまりにも重いものだった。
 タイデリア家の覚悟を忘れるな。当主はエリアキーパーの脅威を次代に伝えなければいけない。
 それはまるで呪いの様に、タイデリア家の歴代当主の命を海に沈めていった。

 私が1人の男性を愛せなくなったのは、もしかしたら呪いに対する反抗心もあったのかもしれない。


 海から立ち昇る光を、滲んだ視界で見つめ続ける。

 あれは解放の光だ。
 ヴェルトーガが、タイデリア家が、永きに渡って苦しめられてきた、ザルトワシルドアという名の呪いからの解放の光。


 歴代当主よ。今まで本当のお疲れ様でした。後は心安らかにお眠りください。
 ヴェルトーガは、タイデリア家は、これより呪いから解き放たれ、新しい世界を生きていきますわ。

 どうかその光の先で、見守っていてくださいね。
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