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12章 俺が望んだ異世界生活
閑話040 自業自得 ※アリス視点
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「くそぉっ! これじゃあどうしたらいいかわからないじゃないかっ!」
アンジェを解放して10日が経って、アラタは苛立っているみたいだった。
アラタは既にこの世界の迷宮を全て踏破してしまった。
そして取得可能スキルも全て取得済みの状態だ。
これ以上の強さを求めるには対人戦が手っ取り早いんだけど、アラタは対人戦を行うことが出来ない。
ならばと以前グリーンドラゴンが討伐されたボールクローグで狩人たちに協力を求めたけれど、殆どの人間がアラタを知っているボールクローグの人間は、誰もアラタに協力しようとはしてくれなかった。
それどころかアラタが抵抗できないことを知っている者が都市全体にその情報をリークしたらしく、死なない程度に集団で私刑にされてしまったらしい。
もうボールクローグに近づくことすら出来ないのかも……。
アンジェは極端に会話を恐れるようになり、ルルと2人で迷宮に潜らせているものの、殆ど探索が進まない。
アンジェもルルも怯えてばかりでまともに戦ってくれないのだ。
以前の私は周囲にこんな風に見えていたのかもしれないと思うと、恥ずかしくて死にたくなる……。
「ダメだ。こうなったら手段を選んでいられない。
ダメ元でトーマにコンタクトを取ってみるよ……」
アラタの言葉に耳を疑う。
私達がどの面を下げてトーマに会えるっていうの……。
そもそもトーマが私達のコンタクトに応じるわけが……。
そう思っていたのに驚くほどあっさりと、トーマは私たちに会ってくれると言ってきた。
会ってくれるなら、今までの事を謝りたい……。
アンジェとルルは怖がっていたけど、何とか説得して全員で会うことになった。
トーマと会う場所は、冒険者ギルドの会議室だった。
「お? アラタだけかと思ったら勢揃いしてんのな?
まぁいいや。そんで何の用? 出来れば手短に頼むわ」
久しぶりに見たトーマはなにも変わっていないように見えた。
アンジェまでこの場にいる事も全く気にしていない。
「手短にって言うなら単刀直入に聞かせてもらうよ。
全迷宮を制覇して狩人の協力も得られず対人戦も禁じられている僕がエリアキーパーを倒すには、いったいどうしたらいいのかな?
具体的なアドバイスは無理でも、思ったことがあれば教えて欲しい……!」
「ん~? 全然話が見えないな。
手短にって言ったのは撤回するから、もうちょっと詳しく頼むわ」
トーマに聞かれたので、私達が置かれた状況、科せられたノルマ、誓約などについて説明をする。
「異風の旋律には迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした……。
ほら、みんなも謝って?」
「本当に悪かったよ。ごめんなさい」
「……申し訳御座いませんでした」
「……すみませんでした」
「いや別に今さら謝られても困るんだけど、まあいいや。
しかしその状況でアラタが強くなる方法なぁ。自力で狩人として腕を上げるしかないんじゃね? ギルドの協力も得られないかもしれないけど自業自得だろ」
頭を下げている私たちには反応もせずに、アラタの質問にだけ答えるトーマ。
そしてその答えは残酷な内容でしかなかった。
「そうなこと言わずに頼むよ! ここの迷宮だって踏破してしまって訓練にならないし、タケルさんに協力をお願いしても取り付く島もないんだよ!
狩人になるのだってギルドの協力がなければ活動なんか出来ないだろ!? 僕には時間がないんだよ! 僕がこのまま死んだら、他の3人も殺されちゃうんだよっ!」
「いや知らねぇよそっちの事情なんか。お前らだってこっちの事情も知らずに嗾けてきただろ? なんで俺だけお前らの都合に配慮してやらなきゃならねぇんだよ。
つうかここの迷宮だってお前らの干渉がなけりゃもっと成長させる予定だったんだぜ? 今お前が苦労して探そうとしてるカラードラゴンが出る階層まで延ばす予定だったんだよ。それが馬鹿共が横槍入れてきたおかげでルイナスリームの公開を早める結果になっちまったんだよなぁ。
な? お前の自業自得だろ? お前らがやった事で今首が絞まってるだけじゃん?」
そうだ。それはタケルさんも言っていた。
私達が異風の旋律に迷惑をかけたせいで、ルイナスリームの公開が早まってしまったのだと。
今の私達の状況は、全て私達の行いが招いたこと……。
まさに、自業自得なのね……。
「自分らが調子こいて大勢の人に迷惑かけておいて、いざ困ったら助けてくれなんて、自分で言ってて恥ずかしくない?
大体謝罪なんかされたってどうでもいいんだよ。もうお前らの事なんか俺は見限ってんだから。
お前らが酷い目に遭ってるってのは、俺じゃなくて他の王国民や異邦人が怒ってるからなんだよ。
お前らって王国民に1度でも頭下げて謝罪したのか? お前らが行った事で王国のどれだけの人間が迷惑を被ったのか、1度でもちゃんと向き合ったことがあるのか? 異風の旋律と旋律の運び手がこの国でどんな活動をしていたのか、そこの馬鹿女は調査したんじゃねぇのかよ?
まぁこの国のほぼ全ての人に憎悪を向けられてる状況だから、俺に会いに来たのはある意味正解かもしれないけどさ」
感謝の言葉どころか、謝罪すら受け取ってもらえない……。
ううん、トーマに謝罪なんてしても、もう私達の状況には何の意味もないことなんだ……。
「虫がいい話だって事は分かってるよ! でも僕には時間もないし、他の手段も思いつかないんだ!
どうしたら……! どうしたらいいんだよぉ!」
「時間がないならなおさらさっさと動き始めたほうがいいんじゃねぇの? お前ってゲートもストレージも使えんだろ? それなら帰還に関しては心配ないんだし、グダグダ言ってる前に国境壁の外に出てみりゃいいじゃん?
ここまで状況を悪化させたのは自分達なんだから、この状況で出来る事を考えるこった」
そう言い残してトーマは去っていった。
残された私たちには絶望感だけが漂っていた。
どこかで期待していたのかもしれない。トーマに会えば状況が変わるって。
でも実際は、改めて自分達の状況を突きつけられただけだった。
次の日からアラタは単独で雪エリアを調査することにしたらしい。
王国内の都市に入って住人に見つかると、調査どころではないからと。
けれども完全に未開で視界も確保できない雪エリアの探索は困難を極めているみたいだった。
ルルとアンジェもアラタの狩人活動をサポート出来るようになってもらう為に、無理矢理迷宮の探索を急がせた。
命がかかっている為か素直に従ってはくれたけれど、私達の間の雰囲気は最悪なものとなっていった。
そんなギスギスとした毎日を送っていたある日、偶然ソリスタさんと再会した。
誰かに話を聞いて欲しかった私は、なんとかソリスタさんに付き合ってもらった。
「トーマの言う通り、貴様らの自業自得だろう。
それでも貴様らは大分恵まれているよ。トーマが現れる前の俺達と比べればな」
「……私達が恵まれているって、どういうことですかっ!? 誰の協力も得られず、人権だってあったものじゃない!
私達の何処が恵まれてるって言うんですかっ!?」
ソリスタさんに食って掛かっても仕方ないのに……。
こうして話を聞いてくれるだけでもありがたいのに……。
私は感情を抑えきれずにソリスタさんに言葉をぶつけてしまった。
「はっ! 住むところがあって毎日腹いっぱい食事出来ている。同じ境遇の仲間もいる。迷宮で戦える力もある。
これで何が大変だと言うのだ? あまりにも馬鹿らしい」
「ど、どういうことですか……?」
「トーマに出会う前のベイクの救貧院は、それは酷いものだった。生まれてから1度も満腹になったことなど無く、迷宮に入っても戦い方も分からない。孤児に人権などなく、食い潰されるだけの存在だった。
そしてこれは俺個人の事情ではあるが人付き合いが苦手で、助け合える仲間も居なかった。そしてそんな人間は珍しくも無かったのだよ。トーマが現れるまではな」
たった1人で迷宮で稼ぐこともできず、宿も食事も安定しない生活……。
それに比べれば、私は1度も食事と宿には事欠いたことはないし、戦い方も教わって武器だって貰えた。
「貴様の賠償金だって大した事はない。トーマの方がよほど凄まじいのだ。
トーマはベイクの迷宮10階層までしかいけない状況で、スキップオーブなど存在していなかった時代に、たった1人で孤児を守りながらも3日間で白金貨3枚を稼いでみせたのだ。
今の我々が白金板3万枚稼ぐよりも、ずっと難しい話だったろうよ」
その話は聞いた事があったけど、今まではなんとも思ってなかった。
でも今改めて聞いてみると、どれほど異常なことだったのかが良くわかる……。
だってベイクの迷宮10階層って、ソロじゃ1回の探索で金貨1枚いくかどうかって……!
「人権が無いなどというのも異風の旋律は既に経験したことだぞ? 異風の旋律のメンバーは濡れ衣を着せられて犯罪奴隷に落とされたこともあるからな。
貴様らのように実際に犯罪を行った者ではなく、濡れ衣を着せられて犯罪者にされたのだ。その時の心痛は計り知れん」
私たちと同じ状況まで落ちて、なのに今の地位を築いたっていうの……?
そんなこと、いったいどうやれば……。
「分かったか? 今のお前達が置かれているよりもよほど厳しい生活をしていた者に手を差し伸べたのがトーマなのだ。トーマが王国民にどれほど尽くしてきたか、そのトーマに敵対した貴様らにどれだけ多くの王国民が憤慨しているか理解できたか?
それでいてトーマは一切の見返りを求めなかったのだからな。金の為などと嘯いていたが」
「わ、私は……。私たちは、なんて、ことを……」
「お前らが最初に潰した馬車事業。あれが始まる前は、迷宮に潜ることすら出来ずに死んでいく人も居たのだ。それをトーマが無料で移動できる馬車事業を始めた事で、迷宮の無い場所に生まれた人々がどれだけ救済されたのか、俺には想像も出来ない」
ソリスタさんが言葉を紡ぐたびに、自分がしてしまった事の大きさに打ちのめされる。
そして自分がどれほどの事をしてしまったのかに気付くほどに、自分達がどれ程の温情をかけられているのかにも気付いてしまう……。
私達は王国中の人に八つ裂きにされても文句が言えないくらいの……、その程度では恐らく全然足りないくらいの怒りを買ってしまっているんだ……。
「貴様らがやった事は生涯貴様らが背負わねばならんことだ。その罪が決して消える事はないだろう。
だが……」
不意に言葉を切ったソリスタさんを疑問に思って顔を上げる。
ソリスタさんは怒りを感じさせない目で私を見ていた。
「罪は消えなくても、人というのは忘れる生き物だ。貴様らの生き方次第で周囲の評価が変わることもある。
少なくとも貴様がたった1人で仲間を解放する為に迷宮に潜り続け、戦う強さを身につけた人間だと言う事を俺は知っている。
貴様を許すことなどできないが、トーマだって貴様のことなどもうどうでもいいと思っているのだろう? なら俺だっていつまでも過去にばかり囚われている訳にもいかないだろう。
困った事があったら話ぐらいは聞いてやる。俺に出来ることなどあまり無いがな」
「ソ、リスタ、さん……?」
「トーマは自業自得と言っていたんだろう? 今の状況が過去の行ないによるものなら、未来の状況は今の行ないで変えられるということだ。
腐らずに抗い続けることだ。1人では何も出来なかったかつての俺と違って、1人でも迷宮を踏破した冒険者なのだからな。アリスは」
ソリスタさんに名前を呼ばれた途端に涙が止まらなくなった。
私が1人で迷宮を踏破したなんて、そんなこと言えるわけがない。
トーマが整えた環境があって、タケルさんがくれた剣があって、ソリスタさんが戦い方を教えてくれたから。
沢山の人に支えられて、ようやく私は歩み出すことが出来たんだから……。
私が泣き止むまでの間、ソリスタさんはただ静かにコーヒーみたいな飲み物を啜っていた。
アンジェを解放して10日が経って、アラタは苛立っているみたいだった。
アラタは既にこの世界の迷宮を全て踏破してしまった。
そして取得可能スキルも全て取得済みの状態だ。
これ以上の強さを求めるには対人戦が手っ取り早いんだけど、アラタは対人戦を行うことが出来ない。
ならばと以前グリーンドラゴンが討伐されたボールクローグで狩人たちに協力を求めたけれど、殆どの人間がアラタを知っているボールクローグの人間は、誰もアラタに協力しようとはしてくれなかった。
それどころかアラタが抵抗できないことを知っている者が都市全体にその情報をリークしたらしく、死なない程度に集団で私刑にされてしまったらしい。
もうボールクローグに近づくことすら出来ないのかも……。
アンジェは極端に会話を恐れるようになり、ルルと2人で迷宮に潜らせているものの、殆ど探索が進まない。
アンジェもルルも怯えてばかりでまともに戦ってくれないのだ。
以前の私は周囲にこんな風に見えていたのかもしれないと思うと、恥ずかしくて死にたくなる……。
「ダメだ。こうなったら手段を選んでいられない。
ダメ元でトーマにコンタクトを取ってみるよ……」
アラタの言葉に耳を疑う。
私達がどの面を下げてトーマに会えるっていうの……。
そもそもトーマが私達のコンタクトに応じるわけが……。
そう思っていたのに驚くほどあっさりと、トーマは私たちに会ってくれると言ってきた。
会ってくれるなら、今までの事を謝りたい……。
アンジェとルルは怖がっていたけど、何とか説得して全員で会うことになった。
トーマと会う場所は、冒険者ギルドの会議室だった。
「お? アラタだけかと思ったら勢揃いしてんのな?
まぁいいや。そんで何の用? 出来れば手短に頼むわ」
久しぶりに見たトーマはなにも変わっていないように見えた。
アンジェまでこの場にいる事も全く気にしていない。
「手短にって言うなら単刀直入に聞かせてもらうよ。
全迷宮を制覇して狩人の協力も得られず対人戦も禁じられている僕がエリアキーパーを倒すには、いったいどうしたらいいのかな?
具体的なアドバイスは無理でも、思ったことがあれば教えて欲しい……!」
「ん~? 全然話が見えないな。
手短にって言ったのは撤回するから、もうちょっと詳しく頼むわ」
トーマに聞かれたので、私達が置かれた状況、科せられたノルマ、誓約などについて説明をする。
「異風の旋律には迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした……。
ほら、みんなも謝って?」
「本当に悪かったよ。ごめんなさい」
「……申し訳御座いませんでした」
「……すみませんでした」
「いや別に今さら謝られても困るんだけど、まあいいや。
しかしその状況でアラタが強くなる方法なぁ。自力で狩人として腕を上げるしかないんじゃね? ギルドの協力も得られないかもしれないけど自業自得だろ」
頭を下げている私たちには反応もせずに、アラタの質問にだけ答えるトーマ。
そしてその答えは残酷な内容でしかなかった。
「そうなこと言わずに頼むよ! ここの迷宮だって踏破してしまって訓練にならないし、タケルさんに協力をお願いしても取り付く島もないんだよ!
狩人になるのだってギルドの協力がなければ活動なんか出来ないだろ!? 僕には時間がないんだよ! 僕がこのまま死んだら、他の3人も殺されちゃうんだよっ!」
「いや知らねぇよそっちの事情なんか。お前らだってこっちの事情も知らずに嗾けてきただろ? なんで俺だけお前らの都合に配慮してやらなきゃならねぇんだよ。
つうかここの迷宮だってお前らの干渉がなけりゃもっと成長させる予定だったんだぜ? 今お前が苦労して探そうとしてるカラードラゴンが出る階層まで延ばす予定だったんだよ。それが馬鹿共が横槍入れてきたおかげでルイナスリームの公開を早める結果になっちまったんだよなぁ。
な? お前の自業自得だろ? お前らがやった事で今首が絞まってるだけじゃん?」
そうだ。それはタケルさんも言っていた。
私達が異風の旋律に迷惑をかけたせいで、ルイナスリームの公開が早まってしまったのだと。
今の私達の状況は、全て私達の行いが招いたこと……。
まさに、自業自得なのね……。
「自分らが調子こいて大勢の人に迷惑かけておいて、いざ困ったら助けてくれなんて、自分で言ってて恥ずかしくない?
大体謝罪なんかされたってどうでもいいんだよ。もうお前らの事なんか俺は見限ってんだから。
お前らが酷い目に遭ってるってのは、俺じゃなくて他の王国民や異邦人が怒ってるからなんだよ。
お前らって王国民に1度でも頭下げて謝罪したのか? お前らが行った事で王国のどれだけの人間が迷惑を被ったのか、1度でもちゃんと向き合ったことがあるのか? 異風の旋律と旋律の運び手がこの国でどんな活動をしていたのか、そこの馬鹿女は調査したんじゃねぇのかよ?
まぁこの国のほぼ全ての人に憎悪を向けられてる状況だから、俺に会いに来たのはある意味正解かもしれないけどさ」
感謝の言葉どころか、謝罪すら受け取ってもらえない……。
ううん、トーマに謝罪なんてしても、もう私達の状況には何の意味もないことなんだ……。
「虫がいい話だって事は分かってるよ! でも僕には時間もないし、他の手段も思いつかないんだ!
どうしたら……! どうしたらいいんだよぉ!」
「時間がないならなおさらさっさと動き始めたほうがいいんじゃねぇの? お前ってゲートもストレージも使えんだろ? それなら帰還に関しては心配ないんだし、グダグダ言ってる前に国境壁の外に出てみりゃいいじゃん?
ここまで状況を悪化させたのは自分達なんだから、この状況で出来る事を考えるこった」
そう言い残してトーマは去っていった。
残された私たちには絶望感だけが漂っていた。
どこかで期待していたのかもしれない。トーマに会えば状況が変わるって。
でも実際は、改めて自分達の状況を突きつけられただけだった。
次の日からアラタは単独で雪エリアを調査することにしたらしい。
王国内の都市に入って住人に見つかると、調査どころではないからと。
けれども完全に未開で視界も確保できない雪エリアの探索は困難を極めているみたいだった。
ルルとアンジェもアラタの狩人活動をサポート出来るようになってもらう為に、無理矢理迷宮の探索を急がせた。
命がかかっている為か素直に従ってはくれたけれど、私達の間の雰囲気は最悪なものとなっていった。
そんなギスギスとした毎日を送っていたある日、偶然ソリスタさんと再会した。
誰かに話を聞いて欲しかった私は、なんとかソリスタさんに付き合ってもらった。
「トーマの言う通り、貴様らの自業自得だろう。
それでも貴様らは大分恵まれているよ。トーマが現れる前の俺達と比べればな」
「……私達が恵まれているって、どういうことですかっ!? 誰の協力も得られず、人権だってあったものじゃない!
私達の何処が恵まれてるって言うんですかっ!?」
ソリスタさんに食って掛かっても仕方ないのに……。
こうして話を聞いてくれるだけでもありがたいのに……。
私は感情を抑えきれずにソリスタさんに言葉をぶつけてしまった。
「はっ! 住むところがあって毎日腹いっぱい食事出来ている。同じ境遇の仲間もいる。迷宮で戦える力もある。
これで何が大変だと言うのだ? あまりにも馬鹿らしい」
「ど、どういうことですか……?」
「トーマに出会う前のベイクの救貧院は、それは酷いものだった。生まれてから1度も満腹になったことなど無く、迷宮に入っても戦い方も分からない。孤児に人権などなく、食い潰されるだけの存在だった。
そしてこれは俺個人の事情ではあるが人付き合いが苦手で、助け合える仲間も居なかった。そしてそんな人間は珍しくも無かったのだよ。トーマが現れるまではな」
たった1人で迷宮で稼ぐこともできず、宿も食事も安定しない生活……。
それに比べれば、私は1度も食事と宿には事欠いたことはないし、戦い方も教わって武器だって貰えた。
「貴様の賠償金だって大した事はない。トーマの方がよほど凄まじいのだ。
トーマはベイクの迷宮10階層までしかいけない状況で、スキップオーブなど存在していなかった時代に、たった1人で孤児を守りながらも3日間で白金貨3枚を稼いでみせたのだ。
今の我々が白金板3万枚稼ぐよりも、ずっと難しい話だったろうよ」
その話は聞いた事があったけど、今まではなんとも思ってなかった。
でも今改めて聞いてみると、どれほど異常なことだったのかが良くわかる……。
だってベイクの迷宮10階層って、ソロじゃ1回の探索で金貨1枚いくかどうかって……!
「人権が無いなどというのも異風の旋律は既に経験したことだぞ? 異風の旋律のメンバーは濡れ衣を着せられて犯罪奴隷に落とされたこともあるからな。
貴様らのように実際に犯罪を行った者ではなく、濡れ衣を着せられて犯罪者にされたのだ。その時の心痛は計り知れん」
私たちと同じ状況まで落ちて、なのに今の地位を築いたっていうの……?
そんなこと、いったいどうやれば……。
「分かったか? 今のお前達が置かれているよりもよほど厳しい生活をしていた者に手を差し伸べたのがトーマなのだ。トーマが王国民にどれほど尽くしてきたか、そのトーマに敵対した貴様らにどれだけ多くの王国民が憤慨しているか理解できたか?
それでいてトーマは一切の見返りを求めなかったのだからな。金の為などと嘯いていたが」
「わ、私は……。私たちは、なんて、ことを……」
「お前らが最初に潰した馬車事業。あれが始まる前は、迷宮に潜ることすら出来ずに死んでいく人も居たのだ。それをトーマが無料で移動できる馬車事業を始めた事で、迷宮の無い場所に生まれた人々がどれだけ救済されたのか、俺には想像も出来ない」
ソリスタさんが言葉を紡ぐたびに、自分がしてしまった事の大きさに打ちのめされる。
そして自分がどれほどの事をしてしまったのかに気付くほどに、自分達がどれ程の温情をかけられているのかにも気付いてしまう……。
私達は王国中の人に八つ裂きにされても文句が言えないくらいの……、その程度では恐らく全然足りないくらいの怒りを買ってしまっているんだ……。
「貴様らがやった事は生涯貴様らが背負わねばならんことだ。その罪が決して消える事はないだろう。
だが……」
不意に言葉を切ったソリスタさんを疑問に思って顔を上げる。
ソリスタさんは怒りを感じさせない目で私を見ていた。
「罪は消えなくても、人というのは忘れる生き物だ。貴様らの生き方次第で周囲の評価が変わることもある。
少なくとも貴様がたった1人で仲間を解放する為に迷宮に潜り続け、戦う強さを身につけた人間だと言う事を俺は知っている。
貴様を許すことなどできないが、トーマだって貴様のことなどもうどうでもいいと思っているのだろう? なら俺だっていつまでも過去にばかり囚われている訳にもいかないだろう。
困った事があったら話ぐらいは聞いてやる。俺に出来ることなどあまり無いがな」
「ソ、リスタ、さん……?」
「トーマは自業自得と言っていたんだろう? 今の状況が過去の行ないによるものなら、未来の状況は今の行ないで変えられるということだ。
腐らずに抗い続けることだ。1人では何も出来なかったかつての俺と違って、1人でも迷宮を踏破した冒険者なのだからな。アリスは」
ソリスタさんに名前を呼ばれた途端に涙が止まらなくなった。
私が1人で迷宮を踏破したなんて、そんなこと言えるわけがない。
トーマが整えた環境があって、タケルさんがくれた剣があって、ソリスタさんが戦い方を教えてくれたから。
沢山の人に支えられて、ようやく私は歩み出すことが出来たんだから……。
私が泣き止むまでの間、ソリスタさんはただ静かにコーヒーみたいな飲み物を啜っていた。
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