異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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8章 新たな王と新たな時代2 亡霊と王

582 ※閑話 失伝 原界 (改)

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「う……。ここ、は……?」


 全身を駆け巡る鈍い痛みに、私の意識は深い眠りから叩き起こされる。

 自分の身に何が起きたのかも分からぬまま起き上がり、そして周囲を確認しようとした時、私は1つの異変に気付いた。


「え……。な、なんにも見えない……!?」


 私の両目は確かに開かれているはずなのに、視界は闇に閉ざされたまま。

 周囲の状況はおろか、自分自身の身体すら確認することが出来なかった。


 まさか失明……!? 私の視力が失われてしまったの……!?


「灯り、灯りはっ……。ライトくらい持ってなかったっけっ……!?」


 何も見えない闇の中、手探りで自分の衣服を漁る。

 すると右の胸ポケットに、災害時用の小型ライトが入っているのが分かった。


 急いで取り出しスイッチを入れると、漆黒の闇の中にたったひと筋の……けれど唯一の光が齎された。


「見えるっ……! 良かったぁ……。失明しちゃったのかと思ったよぉ……」


 ライトに照らし出された自分の手を見て、自分の視力が正常な事に思わず安堵する。


 けれど安堵したのも束の間、自分が置かれている状況の異常さに気付いて、さっきとは別の急激な不安に襲われる。

 この暗闇の世界はどこ? なんで私はこんなところに独りで……?


「落ち着け……落ち着くのよ……。まずはゆっくり呼吸して、自分に何があったか思い出すの……」


 緊急事態に巻き込まれた時、パニックを起こしてなにも分からないまま動くのが1番危険。

 このままここに留まるのが安全とは言いきれないけれど、闇雲に動く前にまずは自分の身に起きた事と周囲の状況を把握しなきゃ……!


 一旦ライトを消して深く呼吸を繰り返し、自分の記憶を少しずつ手繰っていく。


「……そっか。ここは、魔力の存在しない世界なんだ……」


 まるで周囲に広がる闇の中を辿るように、自分の記憶を紐解いていく。


 そう、確か私は『魔力が存在しない世界』を指定して越界の大転移魔法陣を起動したはず。

 その私がこうして生きているのなら、転移魔法が正常に機能したと考えていいはずだ……!


「私たちはみんなに先んじて避難場所の……って、私、……? ……そうだっ! みんなはっ!?」


 自分の置かれた状況を把握できたことで、一緒に転移魔方陣に乗った3人の事を思い出す。


 私がここにいる以上、恐らくみんなもここにいるハズ……。

 だけど自分の手の平さえも見えないこの闇の中、ライト1つでみんなの居場所を捜して回るのは現実的じゃない。


 なんと言っても、ここが魔力が存在しない世界なんだ。

 ライトのエナジーキューブが切れたら、きっともうエネルギーを補充する方法なんて無い。


 照明が失われた時点で、私は失明したのと変わらない状態に陥ってしまう。

 とても考え無しには動けない……!


「……魔力の無い世界でどれだけ効果を発揮できるか分からないけど……。お願い……! みんなを見つけて……!」


 左手首にはめたブレスレットに魔力を通す。


 この世界では魔力の自然回復も見込めない。

 魔力枯渇を起こしたら、死ぬまで地獄の苦しみが続いてしまうかもしれない。


 けれど、今はこのブレスレットに頼るしかない……!


 4人で揃えたユグドラシ最高級ブランドルのブレスレット。

 魔力を通せばお互いの位置が把握できるからって、生涯の友情を誓って無理して買った私たちの絆の証。


 お願い……! みんなを見つけて……!


「……あった! 良かった、3人ともそんなに離れてないみたい……!」


 ブレスレットを通して、良く知るみんなの魔力が感じられた。

 魔力の存在しない冷え切った世界で、みんなの魔力反応はまるで夜空に輝く星のよう。


 ともかく、これで4人全員でここに転移できたのは確定したけど、まだみんなの無事が確認できたわけじゃない。

 急いで合流して、みんなの安否を確かめなきゃ……!


 私はライトを片手に、1番近くにあった反応を目指して走り出した。


「はぁっ……! はぁっ……!」


 今まで体験したことのない深い闇の中を走るのは凄く緊張して、1歩1歩踏み出す毎に足の先に本当に地面があるのかという恐怖が襲ってくる。

 その緊張感と恐怖が、私の体力を一気に奪い去っていく。


 だけどこんな闇の中でたった独りで過ごす事に比べたら……。

 みんなを失ってしまうかもしれない恐怖の方がずっと大きくて、冷たい汗で全身を濡らしながら歯を食い縛って走り続けた。


「いた……! 見つけたっ……!」


 ようやく見つけた人影を確認すると、地面に倒れているのはミルみたいだった。

 駆け寄って呼吸を確認すると、穏やかな寝息を立てているのが分かった。生きてるっ……!


「ミルっ! 起きてミル! 今は暢気に寝てる場合じゃないのっ!」

「ん、ん~……? メルぅ……? まだ真っ暗じゃない……はっ!?」


 一瞬だけ寝惚けていたミルだったけど、直ぐに自分の置かれた状況の異常さに気付いて飛び上がった。

 けれど私が近くにいた事とライトの照明があったことで、ミルは思ったより混乱せずに直ぐに状況を理解してくれた。


 そんな冷静なミルに、分かっている事を簡単に説明する。


「なるほど。どうやら転移には成功したみたいだけど……。魔力どころか光もなにも……下手したら空気すら無いみたいだね?」

「えっ!? う、嘘でしょ!? 今私、結構走っちゃったんだけど……」

「多分私たちが着てる救命導着が生命維持をサポートしてくれてる状態だと思う。フルチャージ状態だから数日は持つと思うけど、無駄遣いは出来ないね。一刻も早くコルとカルとも合流しよう」


 まずは4人全員が合流することが最優先。

 そして魔力も時間も無駄にするわけにはいかないのも同感。


 だから本当は手分けしてコルとカルに会いに行くべきなんだろうけれど……。

 この漆黒の暗闇の中、せっかく合流できたミルと別れるのが辛くて、そしてミルも同じ事を思ったみたいで……。


 私たちは非効率的だと分かっていながら、2人で固まってコルとカルに合流したのだった。




「まずは全員無事に合流出来た事を喜びたいところだけど……。どうやらそんな時間は無さそうね」


 無事に4人とも合流出来た私たちは、早速この状況について話し合う事にした。


 魔力が勿体無いのでライトを消し、真っ暗な状態での話し合い。

 みんな震える手でお互いの手を握り、自分以外の存在を認識しながら必死に頭を働かせる。


「転移条件は魔力が存在しない世界だったわけだけど、魔力どころか何にも無いわね、ここ……」

「まさか光も空気も無いなんてねぇ……。夜なのかと思ったら、そもそも天体すら……。屋内と屋外の違いすら無い空間なんじゃないの……?」


 座っている私のお尻の下にあるのも、本当に地面なのか怪しいくらいだ。

 土でも石でもない硬い感触は地面ではなく、単にこの空間の、この世界の端であるだけなんじゃ……。


「魔力は万物に宿る物だものねぇ……。その魔力が無い世界を指定したのだから、本当に何も無い世界に飛ばされちゃったみたい……? まったく、機械って限度を知らないから……」

「魔力が全く無い世界なら間違いなく安全だと言えるけど……。流石にここじゃ暮らせないよなー?」

「定住するのは難しいね……。でも一時の避難場所として考えるならこんなに安全な場所は無いはずだよ」

「確かにね。魔力が無いなら持参すればいいだけだし、早速『テレス』と連絡を取りましょう」


 きっとテレスでは今も沢山の人が怯えているはず。

 早く連絡を取って、一刻も早く安全なここに非難させてあげなきゃいけない。


 この場所には魔力が全く無いみたいだけれど、魔力に溢れたテレスから魔力を持ってくることは簡単なはずだ。

 そしてそれだけの魔力があれば、この世界をある程度整備することも可能だろう。


 仮に長期間滞在する事になったとしても、なんとでも出来るよね?


「だけど問題は、その連絡に使う魔力すら存在してないことなのよねぇ……」


 はぁぁぁ……、っと深いため息を吐くコル。

 そんなコルに同調して、自分からも他の2人からもため息が零れたことが伝わってくる。


 せっかく良い避難場所が見つかったのにそれを伝えられないんじゃ、先遣隊の意味が無いよぉ……。


「4人とも無事に転移に成功したのは良かったけどさー……。まさか持参したはずの荷物が見つからないのは予想してなかったぜ~っ……!」

「光も空気も無い世界なんて想像もしてなかったもんね。宇宙空間ですらないんだよここ? 信じられないよ」


 避難先を探す先遣隊として越界転移したまでは良かったけれど、持ち込んだはずの資材は転移した際に紛失してしまったみたいなんだよね……。


 もしかしたらそれぞれが倒れていた場所の近くに落ちている可能性もあるけれど、大して高くもない可能性だけで適当に行動するわけにはいかないよ。

 そもそも荷物の持込に失敗している可能性だって捨て切れないんだから。


「バッグの紛失も痛かったけど、インベントリまで空っぽになっちゃってるとは予想外よ……。インベントリって亜空間に魔力結晶体を収納する魔法だから、越界転移とは相性が悪かったのかしら……?」

「このままじゃお腹が減っても喉が渇いても我慢するしかないぞ~っ!? 救命導着の魔力が切れない間はその心配も無いと思うけどさ~っ」


 それでもいつか必ず魔力は無くなり、その瞬間に私たちの死は決定する。


 なんだか皮肉な話ね……。

 飽和した魔力が原因で元の世界には住めなくなったっていうのに、やっぱり魔力が無いと私たちは生きていけないなんてさ……。


「他の先遣隊がもっと良い避難先を見つけている可能性もある。その場合はテレスから人類が避難し終わるまでに連絡しなきゃ私たちだけ取り残されてしまうわ。早いところ連絡手段を見つけましょ」

「状況はシンプルで、ただ連絡に使う魔力があればいいんだよね。導着にテレスへの通話機能は付いてるわけだし……。けれど導着にある魔力だけじゃ、異界にまで私たちの声を届けるには出力が足りない」

「だから魔力さえ確保出来ればいい、ね。確かにシンプルだけど、ほんっとうに嫌になるわね。自分たちで魔力の無い世界を望んだのに、そのせいで手詰まりになってるなんてさぁ」


 そう、魔力の無い世界を望んだ以上、転移魔法陣が正常に機能していたとするならこの世界には魔力が存在してないんだ。


 だからこの世界から新たな魔力を調達するのは難しい。

 けれど導着に残ってる魔力だけでは、越界して連絡を取ることすら難しい、か……。


 う~ん、どうすればいいんだろう? 全然分かんないよ~っ……!


「……メル。貴女はどうすればいいと思う?」

「……え? あ、私?」


 必死に考え事をしている時に突然コルから名指しされて、少し反応が遅れてしまった。

 だけどそんな私に構うことなく、コルは落ち着いた口調で続きを話す。


「オペレーション発動。先遣隊のリーダーを任された『コルモマエサ』から、魔法技師として同行した『メルトレスティ』に問います」


 雑談に近い話し合いから、突然コルが真剣な口調で正式にオペレーションを宣言する。

 そのたったひと言で騒がしかった思考が落ち着き、気が引き締まる想いがした。


「メル。技術者の視点から考えて、この場で魔力を確保する方法はあるかしら?」

「……技術者の視点、から? っていうと……」

「うん。戦闘担当のミル、地質調査や生態調査を任されているカル、そして一応司令官としてこの場にいる私じゃあ解決策を導き出せる状況だとは思えないわ。魔法技術の専門家として先遣隊に参加したメル以外には、恐らく解決出来ない問題だと思う」


 コルの真剣な口調に少し動揺してしまう。

 けれど一旦息を吐いて落ち着いて考えてみても、私が力になれるとはとても思えなかった。


「……ごめんコル。魔力の無いこの空間で魔法技師の私がなんの役に……」

「メル。余計な事は考えずに、魔力を調達する方法を考えなさい」


 私の言葉を遮って、コルの真剣な声が私に届けられる。

 真っ暗闇で何も見えないけれど、闇の先ではコルが真っ直ぐに私を見詰めているであろう事が感じられた。


「外敵もおらず、土も空気も無いこの空間では私も他の2人も役に立たないの。まずは魔力を確保しないと何も出来ない。だからメルは魔力が無いとか余計な事を考えずに、魔力を調達する方法だけを考えなさい。それが実行可能か判断するのは私の仕事よ」


 判断はリーダーのコルがする。

 だから余計な事を考えずに、今この状況で新たな魔力を調達する方法を考えるのが私の仕事……。


「……ごめんコル。ちょっとだけ時間をちょうだい」

「勿論待つわよ。天才魔法技師でもある親友の貴女を頼りにさせてね、メルっ」


 柔らかなコルの言葉に、動揺していた心が落ち着いていく。

 私はさっき中断してしまった思考を再開し、魔力を得る方法を改めて考える。


 この世界に魔力が存在しない以上、新たな魔力は別の世界から手に入れる以外に方法は無い。

 だからテレスと連絡を取りたいのだけれど、通信機能はあっても出力が足りずに、私たちの声をテラスに送り届けることは出来ない。


 つまり、導着には越界の機能自体は備わっているのだから、魔力のあるテレスと繋がることは出来るんだ。

 けれど膨大な魔力の溢れるテレスにこちらから声を届けるには、溢れる魔力を押し返すほどの強い出力が……。


「……待って? 私達の声が届かないほどの魔力が、テレスから溢れている……? つまり越界の門さえ開ければ、魔力は勝手に流れ込んでくる、の……?」

「……何か思いついたみたいね? 実行不可能なら私がちゃんと却下してあげるから、今思いついた事を早速話してちょうだい」

「……あはっ。ちゃんと却下してあげるってなによ? も~コルったらぁ……」


 コルの変な言い回しに思わず笑いが零れてしまった。

 頼り甲斐のあるリーダーに安堵した私は、危険性や成功率は度外視して、まずはみんなにアイディアを伝える。


 ……リーダーの判断を信じるよ。

 ダメだったらちゃんと却下してよね、コルっ。


「……つまり導着の通信装置を応用して、声を越界させるの為の門だけを開くのね? そこに精霊魔法で魔力の導線を作って、この世界に魔力を呼び込むってことで合ってる?」

「魔力の無いこの世界で精霊魔法を使うために、導着の魔力を使用する、かぁ……。失敗したら確実に死が待ってんね~。成功したら全部の問題が一気に解決しちゃうけどなっ」

「私はコルの判断に従うよ。このままじゃどっちにしてもいずれ死ぬだけだからね。私の命はコルの判断とメルのアイディアに託すよ」


 カルとミルはコルの判断に全てを委ね、コルは一瞬だけ逡巡したあとに即座に私のアイディアを採用することを決断した。


 魔力の無いこの世界では時間が経過する程に事態は悪化していくし、テレスとも一刻も早く連絡を取らなきゃいけない状況なのだ。

 命惜しさに迷っている時間は無いと踏んだみたいだ。


 私たちは手を繋いだまま立ち上がり、直ぐに作戦を決行する事にした。


「それじゃ4人同時に通信装置を起動するわ。その通信に声ではなくて精霊魔法を乗せて、テレスから魔力が流れ込んでくる道を作るわよ」


 コルの最終確認に、カルとミルと一緒に頷きを返す。

 手を繋いだ私たちの中央には各々のライトが置いてあり、何も無い頭上の空間を照らすライトの照明を魔力の導線のイメージにする。


「魔力が流れ込んで来たらカルの出番よ。まずは空気、そして土と水をまずは確保しなきゃいけないわ」

「まっかせてー! 環境の調整は私の仕事だもん。メルだけにかっこいい姿はさせられないぜ~っ」

「ミルは光を担当して。太陽をイメージしてもいいけど、熱をイメージしすぎないよう気をつけて」

「うん。明かり、明るさ、照明をイメージするよ。別世界に来てまで無理に太陽を浮かべる必要は無いからね」

「あっはっはーっ! 四季は私が作ってあげるよっ! 創世なんて腕が鳴っちゃうぜーっ」


 暗闇に閉ざされた何も無い孤独な世界なのに、みんなと手を繋いでいるだけでなんの不安も無くなっちゃうんだから不思議なものよね。

 張り切りすぎてるカルを見てると、ちょっとだけ不安を抱いちゃうんだけど?


「越界調査隊J-0385のリーダー『コルモマエサ』の名に於いて、作戦オペレーションコード『呼び水』の実行を宣言します。戦闘員『ミルザエシス』。地質学者『イザラカルタ』。そして魔法技師『メルトレスティ』。頼りにさせてくださいね?」


 先遣隊のリーダーとして、力強い声で宣言を終えたコル。

 か細いライトの光に照らされて見え難い中、私たちに向けてニカッと笑ってくれた気がした。


「さぁ成功させるわよっ! 失敗したらあの世でもひたすら説教してあげるんだからっ!」

「ちょっ!? そこは連帯責任でしょ!? 最終判断はコルがしたんだからーっ!」

「余計な事は考えるなって言ったでしょメル! 今は作戦の成功だけを考えなさい! それじゃカウントダウン行くわよーっ!」

「あーズルいズルいっ! 反論を許さないなんて横暴だぞリーダーっ!」 

「はいはーい聞こえなーい! それじゃさーん! にーっ! いーち! ゴーッ!」


 いつも通りバタバタしながら、自分たちの命運を賭けた一大作戦が始まった。

 だけど私の中には作戦が失敗するかもって不安も、命を落すかもなんて不安も、もう一切残っていなかった。


 だって、すっかりいつもの私たちなんだもん。

 ならきっとこの先も、いつも通り4人の時間が続くはずだからっ……!
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