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自殺少女と殺し屋さん 前日譚 前編
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告げられた事実に何と言葉を返せばいいのかわからなかった。
お父さんが死んだこと。
それがおばあちゃんとカウンセラーさんの手によって行われたこと。
今まで死んできた人も全部おんなじ。お母さんも同級生も。
カウンセラーさんは殺し屋だったってこと。
これからカウンセラーさんの家で暮らすこと。
告げられた事実が何一つ受け入れられなくて、私はただただ茫然とそれを聞いていた。
その後のことはよく覚えていない。
私はただ茫然としていて、泣くことも返事をすることもできなかったように思う。
だって、急にそんなこと言われても困っちゃうよ。
無理だよ、受け入れろなんて。お母さんが死んだだけでも私の心はパンクしてたっていうのに。
そこから意識は曖昧で、気づけばカウンセラーさんの家に帰っていて、ベッドに寝ていた。
カウンセラーさんがご飯だよ、って呼んでくれたけど返事もできずそれを眺めていた。
差し出されたご飯をただ何もせず眺めた。
カウンセラーさんはなんだか長い間、お祈りをしていた。
誰のために祈っているのだろう。お母さんか、お父さんか、同級生か。それとも私なのかな。
翌日はベッドから起きれなかった。
トイレに行きたかったけど、行く気になれなかった。
おなかは減ったけれど、動く気になれなかった。
喉が渇いたけど、飲む気にはなれなかった。
次の日も同じ。
その次の日も。
ぼーっとしてたら、優しく口にストローが入ってきた。
吸った。水の味がした。途中で何度か零した。
次の日。
つぎの日。
つぎのひ。
しーつとねまきがかえられた。よごれていた。おもらしだ。ようちえんいらいかな。まあ、どうでもいい。はをみがかれた。すとろー。はいってくる。あまい。たまにしょっぱい。なみだとおなじ。おなじあじ。そういえば、なみだでてる。なんで。なにもかんじてないのに。なにもおもってないのに。どうして。こんなものがでてくるのだろう。
つぎのひはないてた。
つぎのひもないてた。
つぎのひもつぎのひも。
ないて。
ないて。
ないて。
ないて。
やがてなみだが、かれた。からっぽになった。
あるひ、てをひかれた。うごかない、あし。すぐすわる。せおわれる。つれていかれる。
どこ、ここ。てーぶる。
「------るーーーーーい?」
うまくきこえない。
「たべーーーーれーーーるーーーい?」
もういっかい。
「たべれるかい?」
きこえた。
たべれるかな。
すーぷ、すーぷだ。あまくてしょっぱくて、ちょっとどろっとしてる。
すこしのんだ。
あたたかかった。
かれたなみだがあふれてきた。すーぷ、ぜんぶなみだにかわっちゃったみたい。のんだそばからめからこぼれていく。
こぼれる。こぼれる。
「-----」
のどがうごいた。
「--か---ん」
これから。
きっとこれから、ごはんをたべるたびにおもいだすんだろうな。
「おかあさん」
ごめんなさい。ごめんなさい。
あやまってもあやまっても。
もうおかあさんはいないのだけれど。
ごめんなさい。ごめんなさい。
すーぷをのみながら、なきながらあやまった。
-------------
つぎのひもすこしスープをのんだ。
「もういい?」
はんぶんくらいのんだら、てがとまった。ころしやさんにきかれて、うなずいた。
つぎのひも。
つぎの日も。
からだがすこしおこせるようになった。
つれていかれたらトイレにいけるようになった。
つぎの日も。
つぎの日も。
スープがはん分よりすこしのめるようになった。
のどがかわいたらふくをひっぱってつたえれるようになった。
つぎの日も。
つぎの日も。
あたたかいタオルで体をふいてもらった。
じ分でトイレにいけるようになった。
おいてあるのみものをじ分でのめるようになった。
スープをのみほせるようになった。
そのあいだ、ずっとこの人はそばにいてくれた。
ころしやなのに。
ないてたらそばにいてくれた。
ころしやなのに。
へんな人だって思った。
そう、きっとへんな人なんだ。
やさしくて、なのに、ひとをころす。
そんな、へんなひとだ。
きっときっと、へんな人だ。
------------
ある時、お母さんのことを話した。
昔は優しかったこと。
いつからか優しさが嘘に変わったこと。
私を殴るようになったこと。
否定されて、自分が悪いかもって思ったこと。
死にたくなったこと。
そんなお母さんが死んでかなしかった。なのにほっとしたこと。
そんな自分が気持ち悪くて、もっと死にたくなったこと。
泣きながら、言葉を積み重ねた。
誰でもいい、誰でもいいから話したかった。
言葉はただただ、溢れてきた。誰にも話さなかったことが、出る先を求めてただただ溢れてきた。
お父さんの話もしようと思ったけれど、あまりできなかった。
怖い記憶しかない。
あまり家に帰ってこないこと、帰ってきてもよく酔っぱらっていたこと。いつもお母さんの顔色を窺っていたこと。
たまに私を殴ったこと。お母さんにきつく当たられた日は特に。
同級生のことはもっと喋れなかった。
よくわからない。私に嫌がらせをしてきた理由も、よくわからなかった。
何が気に食わなかったんだろう。さっぱりだ。
だからお母さんの話ばかりをした。
お母さんと私の話ばかり。
殺し屋さんは黙って、ただただ聞いていた。
話が終わったら食事をした。
その日もお祈りは長かった。
-------------
「どうしておばあちゃんは、みんなを殺そうとしたんですか?」
私がそう聞くと、殺し屋さんはじっと私を見た。
この話をする頃には私は少しベッドにいるだけで、食事もトイレも大体のことはすっかり自分でできるようになっていた。食べるものも固形物がだんだん増えてきた。心は落ち着いていないけれど、歯車は少しずつ回り始めている。
「君の幸せのためだって言ってたよ」
「幸せ・・・・・、なれてないです。なんだかずっと不幸になってるみたいで。死にたくて、これじゃあおばあちゃんがやってくれたことにも意味がなくて・・・・、そもそも私にそこまでする意味が」
紡いだ言葉はとりとめがなかった。
「おばあさんとまた話をするかい?」
問われて、私は首を横に振った。話したくなかった。私の知っているおばあちゃんが何かおぞましいものに変わってしまったみたいで、うまく話せる気がしなかった。怖い、そう怖いんだ。
話し終わって、ベッドに寝ころんだ。
おばあちゃんは私のために、三人もの人を殺した。殺し屋さんに頼んで。
私を、たった一人をひどい状況から救い出すために、三人殺した。
おばあちゃん、一人の幸せのために三人の命が必要なんじゃ釣り合い取れてないよ。私にそこまでの価値はないし。
なにより、本当に殺さなきゃいけなかったの?もっと他に方法はなかったの?
疑問はずっとあたまに残ったまま。でもおばあちゃんにそれをぶつける勇気はなかった。
想像もつかないような、狂気が返ってくるかもしれないことが怖かった。
そんなことを考えていたら、眠れなかった。というか、最近は眠ってばかりだから、浅い眠りが多くて深く眠れない。
眠れないままため息をついてベッドを出た。ふらふらと暗い廊下を歩いた。
殺し屋さんを探す。殺し屋で私のカウンセラーだった人。本当にたくさん親身に話を聞いてくれた人。でも私の両親と同級生を殺した人。
私はあの人にどんな感情を抱いているのだろう。感謝はたくさんあるけれど、心のほかの部分がそれを邪魔する。
ただ、不思議と憎いとも思わなかった。顔を見ていたら、なんとなくこの人も苦しんでいるのが分かってしまうから。
たったそれだけの共感で、私が失ったものに釣り合いが取れているのかわからないけれど。
安心と、信頼と、疑問と、寂しさと、少しの悲しさ。そんなふうに感情を数えながら、殺し屋さんの部屋に向かう。
寝顔でも見てやろうと、なんとなくそう思った。よく考えれば身体を拭かれるときに裸を見られているし、なんなら高校生にもなって漏らしたところ見られている。よく考えなくてもそうとう恥ずかしい・・・。
寝顔くらい見ても罰は当たらないだろう。
部屋を覗くと殺し屋さんは椅子に座って本を読んでいた。結構、遅い時間だけどまだ眠っていなかったみたいだ。
「どうしたの?」
ドアを開けた音で気が付いたのか、殺し屋さんはこちらを振り向いてそう尋ねた。
「・・・・眠れなくて、殺し屋さんはもう寝てるかなって」
「まだしばらく眠らないね」
「いつ、眠るんですか?」
「今日が二日目だから・・・明日くらいかな」
「え、もしかして、丸二日寝てないんですか?」
「うん」
殺し屋さんは本を閉じてこっちに向き直ると、ちょいちょいとベッドを指さした。話すなら座れってことかな。部屋に入って、さされるままベッドに腰を下ろした。
「なんで、そんなに寝ないんですか?寝ないことで使える特殊暗殺さっぽーとかあるんですか?」
「小説の読みすぎ・・・ってわけでもないか。シンプルに寝たら幸せになるから寝ないだけだよ」
「・・・・幸せになっちゃだめなんですか?」
私は首を傾げて、そう尋ねた。しかしさっきから当たり前のように会話しているが、この人が殺し屋であるという事実をすっかり受け入れてしまっている。いいのかな、これで。
「だめだよ、幸せになっちゃ。そんな気分で他人なんて殺せないだろう?」
私は首を傾げた。別にいそうだけどな、いけいけで人を殺してる人。むしろそういう人の方が多そう。いや、殺し屋なんてこの人しか会ったことないけど。
疑問はあふれるばかりだったが、解決しそうにないので次の話題に飛ぶ。
「寝てないときはずっとどうしてるんですか?本を?」
「うん、ずっと読んでる。運動したり、祈ったりもするけど、基本、本を読んでるよ」
「今、何読んでるんですか?」
「心理学の本だね。人間の見てるものは幻想で思い込みだって言い切ってる学者さんの本。太宰治がなんで死んだかとか書いてる」
「へー」
私も本はよく読むけど、太宰治とか芥川龍之介とかの古典、ってほど古くはないのか、はあんまり読まなかった。実用書とかばっかり読んでたっけ。面白いのかな、面白そうではある。
「あまり眠れないので、何か本借りてもいいですか?」
「いいよ、後ろにあるから適当に持って行って」
言われて振り向くと、普通はクローゼットがあるところにたくさんの本があった。・・・・たくさんってレベルじゃない。大きなクローゼットに埋まりきっているくらいに本がみっちり入っていて、しかもそれでも収まりきらない本が床に積まれていた。
うへえ、と思ったけれど、とりあえず手前の棚から良さそうなのを一冊引き抜いた。いや、よく考えれば、夜中ずっと本を読んでいればこれくらいの量になってしまうのか。
「ああ、あと。眠れないなら明日から一緒に運動するかい?」
そう問われた。運動・・・・確かに全然してないな。体育の授業もないし。
「はい、やります。あ、あと、この本借りていきます。おやすみなさい」
「おやすみ」
お互い手を振って、寝室に戻る。ベッドに寝ころんで読書灯をつけて本を捲る。「健康にいい朝ごはん」という題名の本だった。もしかすると、とページをめくるとやはりそうだが、殺し屋さんがいつも作ってくれる朝ごはんがいくつか並んでいた。殺し屋さんはいつも、健康にいいレシピをさがして、朝ご飯を作っているのである。なんだかおかしくてくすっと笑った。
しかも何がどう健康にいいのか、ちゃんと書いてあった。へー、キウイに安眠効果が。ふんふんと唸りながら、本を読んだ。
気づけばいつの間にかストンと意識は落ちていた。
お父さんが死んだこと。
それがおばあちゃんとカウンセラーさんの手によって行われたこと。
今まで死んできた人も全部おんなじ。お母さんも同級生も。
カウンセラーさんは殺し屋だったってこと。
これからカウンセラーさんの家で暮らすこと。
告げられた事実が何一つ受け入れられなくて、私はただただ茫然とそれを聞いていた。
その後のことはよく覚えていない。
私はただ茫然としていて、泣くことも返事をすることもできなかったように思う。
だって、急にそんなこと言われても困っちゃうよ。
無理だよ、受け入れろなんて。お母さんが死んだだけでも私の心はパンクしてたっていうのに。
そこから意識は曖昧で、気づけばカウンセラーさんの家に帰っていて、ベッドに寝ていた。
カウンセラーさんがご飯だよ、って呼んでくれたけど返事もできずそれを眺めていた。
差し出されたご飯をただ何もせず眺めた。
カウンセラーさんはなんだか長い間、お祈りをしていた。
誰のために祈っているのだろう。お母さんか、お父さんか、同級生か。それとも私なのかな。
翌日はベッドから起きれなかった。
トイレに行きたかったけど、行く気になれなかった。
おなかは減ったけれど、動く気になれなかった。
喉が渇いたけど、飲む気にはなれなかった。
次の日も同じ。
その次の日も。
ぼーっとしてたら、優しく口にストローが入ってきた。
吸った。水の味がした。途中で何度か零した。
次の日。
つぎの日。
つぎのひ。
しーつとねまきがかえられた。よごれていた。おもらしだ。ようちえんいらいかな。まあ、どうでもいい。はをみがかれた。すとろー。はいってくる。あまい。たまにしょっぱい。なみだとおなじ。おなじあじ。そういえば、なみだでてる。なんで。なにもかんじてないのに。なにもおもってないのに。どうして。こんなものがでてくるのだろう。
つぎのひはないてた。
つぎのひもないてた。
つぎのひもつぎのひも。
ないて。
ないて。
ないて。
ないて。
やがてなみだが、かれた。からっぽになった。
あるひ、てをひかれた。うごかない、あし。すぐすわる。せおわれる。つれていかれる。
どこ、ここ。てーぶる。
「------るーーーーーい?」
うまくきこえない。
「たべーーーーれーーーるーーーい?」
もういっかい。
「たべれるかい?」
きこえた。
たべれるかな。
すーぷ、すーぷだ。あまくてしょっぱくて、ちょっとどろっとしてる。
すこしのんだ。
あたたかかった。
かれたなみだがあふれてきた。すーぷ、ぜんぶなみだにかわっちゃったみたい。のんだそばからめからこぼれていく。
こぼれる。こぼれる。
「-----」
のどがうごいた。
「--か---ん」
これから。
きっとこれから、ごはんをたべるたびにおもいだすんだろうな。
「おかあさん」
ごめんなさい。ごめんなさい。
あやまってもあやまっても。
もうおかあさんはいないのだけれど。
ごめんなさい。ごめんなさい。
すーぷをのみながら、なきながらあやまった。
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つぎのひもすこしスープをのんだ。
「もういい?」
はんぶんくらいのんだら、てがとまった。ころしやさんにきかれて、うなずいた。
つぎのひも。
つぎの日も。
からだがすこしおこせるようになった。
つれていかれたらトイレにいけるようになった。
つぎの日も。
つぎの日も。
スープがはん分よりすこしのめるようになった。
のどがかわいたらふくをひっぱってつたえれるようになった。
つぎの日も。
つぎの日も。
あたたかいタオルで体をふいてもらった。
じ分でトイレにいけるようになった。
おいてあるのみものをじ分でのめるようになった。
スープをのみほせるようになった。
そのあいだ、ずっとこの人はそばにいてくれた。
ころしやなのに。
ないてたらそばにいてくれた。
ころしやなのに。
へんな人だって思った。
そう、きっとへんな人なんだ。
やさしくて、なのに、ひとをころす。
そんな、へんなひとだ。
きっときっと、へんな人だ。
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ある時、お母さんのことを話した。
昔は優しかったこと。
いつからか優しさが嘘に変わったこと。
私を殴るようになったこと。
否定されて、自分が悪いかもって思ったこと。
死にたくなったこと。
そんなお母さんが死んでかなしかった。なのにほっとしたこと。
そんな自分が気持ち悪くて、もっと死にたくなったこと。
泣きながら、言葉を積み重ねた。
誰でもいい、誰でもいいから話したかった。
言葉はただただ、溢れてきた。誰にも話さなかったことが、出る先を求めてただただ溢れてきた。
お父さんの話もしようと思ったけれど、あまりできなかった。
怖い記憶しかない。
あまり家に帰ってこないこと、帰ってきてもよく酔っぱらっていたこと。いつもお母さんの顔色を窺っていたこと。
たまに私を殴ったこと。お母さんにきつく当たられた日は特に。
同級生のことはもっと喋れなかった。
よくわからない。私に嫌がらせをしてきた理由も、よくわからなかった。
何が気に食わなかったんだろう。さっぱりだ。
だからお母さんの話ばかりをした。
お母さんと私の話ばかり。
殺し屋さんは黙って、ただただ聞いていた。
話が終わったら食事をした。
その日もお祈りは長かった。
-------------
「どうしておばあちゃんは、みんなを殺そうとしたんですか?」
私がそう聞くと、殺し屋さんはじっと私を見た。
この話をする頃には私は少しベッドにいるだけで、食事もトイレも大体のことはすっかり自分でできるようになっていた。食べるものも固形物がだんだん増えてきた。心は落ち着いていないけれど、歯車は少しずつ回り始めている。
「君の幸せのためだって言ってたよ」
「幸せ・・・・・、なれてないです。なんだかずっと不幸になってるみたいで。死にたくて、これじゃあおばあちゃんがやってくれたことにも意味がなくて・・・・、そもそも私にそこまでする意味が」
紡いだ言葉はとりとめがなかった。
「おばあさんとまた話をするかい?」
問われて、私は首を横に振った。話したくなかった。私の知っているおばあちゃんが何かおぞましいものに変わってしまったみたいで、うまく話せる気がしなかった。怖い、そう怖いんだ。
話し終わって、ベッドに寝ころんだ。
おばあちゃんは私のために、三人もの人を殺した。殺し屋さんに頼んで。
私を、たった一人をひどい状況から救い出すために、三人殺した。
おばあちゃん、一人の幸せのために三人の命が必要なんじゃ釣り合い取れてないよ。私にそこまでの価値はないし。
なにより、本当に殺さなきゃいけなかったの?もっと他に方法はなかったの?
疑問はずっとあたまに残ったまま。でもおばあちゃんにそれをぶつける勇気はなかった。
想像もつかないような、狂気が返ってくるかもしれないことが怖かった。
そんなことを考えていたら、眠れなかった。というか、最近は眠ってばかりだから、浅い眠りが多くて深く眠れない。
眠れないままため息をついてベッドを出た。ふらふらと暗い廊下を歩いた。
殺し屋さんを探す。殺し屋で私のカウンセラーだった人。本当にたくさん親身に話を聞いてくれた人。でも私の両親と同級生を殺した人。
私はあの人にどんな感情を抱いているのだろう。感謝はたくさんあるけれど、心のほかの部分がそれを邪魔する。
ただ、不思議と憎いとも思わなかった。顔を見ていたら、なんとなくこの人も苦しんでいるのが分かってしまうから。
たったそれだけの共感で、私が失ったものに釣り合いが取れているのかわからないけれど。
安心と、信頼と、疑問と、寂しさと、少しの悲しさ。そんなふうに感情を数えながら、殺し屋さんの部屋に向かう。
寝顔でも見てやろうと、なんとなくそう思った。よく考えれば身体を拭かれるときに裸を見られているし、なんなら高校生にもなって漏らしたところ見られている。よく考えなくてもそうとう恥ずかしい・・・。
寝顔くらい見ても罰は当たらないだろう。
部屋を覗くと殺し屋さんは椅子に座って本を読んでいた。結構、遅い時間だけどまだ眠っていなかったみたいだ。
「どうしたの?」
ドアを開けた音で気が付いたのか、殺し屋さんはこちらを振り向いてそう尋ねた。
「・・・・眠れなくて、殺し屋さんはもう寝てるかなって」
「まだしばらく眠らないね」
「いつ、眠るんですか?」
「今日が二日目だから・・・明日くらいかな」
「え、もしかして、丸二日寝てないんですか?」
「うん」
殺し屋さんは本を閉じてこっちに向き直ると、ちょいちょいとベッドを指さした。話すなら座れってことかな。部屋に入って、さされるままベッドに腰を下ろした。
「なんで、そんなに寝ないんですか?寝ないことで使える特殊暗殺さっぽーとかあるんですか?」
「小説の読みすぎ・・・ってわけでもないか。シンプルに寝たら幸せになるから寝ないだけだよ」
「・・・・幸せになっちゃだめなんですか?」
私は首を傾げて、そう尋ねた。しかしさっきから当たり前のように会話しているが、この人が殺し屋であるという事実をすっかり受け入れてしまっている。いいのかな、これで。
「だめだよ、幸せになっちゃ。そんな気分で他人なんて殺せないだろう?」
私は首を傾げた。別にいそうだけどな、いけいけで人を殺してる人。むしろそういう人の方が多そう。いや、殺し屋なんてこの人しか会ったことないけど。
疑問はあふれるばかりだったが、解決しそうにないので次の話題に飛ぶ。
「寝てないときはずっとどうしてるんですか?本を?」
「うん、ずっと読んでる。運動したり、祈ったりもするけど、基本、本を読んでるよ」
「今、何読んでるんですか?」
「心理学の本だね。人間の見てるものは幻想で思い込みだって言い切ってる学者さんの本。太宰治がなんで死んだかとか書いてる」
「へー」
私も本はよく読むけど、太宰治とか芥川龍之介とかの古典、ってほど古くはないのか、はあんまり読まなかった。実用書とかばっかり読んでたっけ。面白いのかな、面白そうではある。
「あまり眠れないので、何か本借りてもいいですか?」
「いいよ、後ろにあるから適当に持って行って」
言われて振り向くと、普通はクローゼットがあるところにたくさんの本があった。・・・・たくさんってレベルじゃない。大きなクローゼットに埋まりきっているくらいに本がみっちり入っていて、しかもそれでも収まりきらない本が床に積まれていた。
うへえ、と思ったけれど、とりあえず手前の棚から良さそうなのを一冊引き抜いた。いや、よく考えれば、夜中ずっと本を読んでいればこれくらいの量になってしまうのか。
「ああ、あと。眠れないなら明日から一緒に運動するかい?」
そう問われた。運動・・・・確かに全然してないな。体育の授業もないし。
「はい、やります。あ、あと、この本借りていきます。おやすみなさい」
「おやすみ」
お互い手を振って、寝室に戻る。ベッドに寝ころんで読書灯をつけて本を捲る。「健康にいい朝ごはん」という題名の本だった。もしかすると、とページをめくるとやはりそうだが、殺し屋さんがいつも作ってくれる朝ごはんがいくつか並んでいた。殺し屋さんはいつも、健康にいいレシピをさがして、朝ご飯を作っているのである。なんだかおかしくてくすっと笑った。
しかも何がどう健康にいいのか、ちゃんと書いてあった。へー、キウイに安眠効果が。ふんふんと唸りながら、本を読んだ。
気づけばいつの間にかストンと意識は落ちていた。
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