殺し屋さんと自殺少女

キノハタ

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あいとこころ

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 そうして私は話を聞き終えた。長い長い、こころさんの話。

 こころさんという人がどうしてそうなったのかを。

 息を吸う。吐く。長く。長く。

 心に溜まったものに飲み込まれないように、長く長く、ざわつく波が落ち着くのを待つ。

 先日、こころさんの性別の話を聞いたとき以上の動揺。困惑。あと、悲しみ。

 心の中には大きな暗い波がざざんざざんと音を立てている。悲しいよう、悲しいようって波が鳴いている。

 ただしばらくそうしていると、少しずつ、少しずつだけ波が収まっていく。

 胸に手を当てて、そのまま少し考える。

 悲しい。なんで?

 人が殺されたから?それもある。

 罪の話だから?それもある。

 でもそこが一番、悲しいんじゃない。

 これはこころさんが幸せになれなかった話だから。

 こころさん自身がとても痛かった話だから、辛いのだと思う。

 ゆっくりと顔を上げて、こころさんの顔を見た。

 優しい表情、でも少し怖がっているようにも見えた。

 怖い、怖いよね。自分が犯した罪の話。自分が行った犠牲の話。

 自分自身を否定されるかもしれない話。

 怖いよね、きっと私だって怖い。

 安心、させてあげなくちゃ。この人が辛いことは私も辛い。

 声に出そうとして、喉が詰まる。上手く、口が動かせない。じわじわと喉奥に痛みが広がっていく。眼が熱くなっていく。

 手がぽんと頭に置かれた。

 優しく、微笑まれる。

 違うでしょう、辛いのは、ずっとずっと辛かったのはあなたのはずなのに。

 「大丈夫、いいよ、泣いても」

 なのに、どうして、そんなことを言うの。

 どうしてそんなこと言っちゃうの。

 抱きしめられた。

 こぼれる、こぼれる。痛い、悲しい、辛い。

 この人が感じてきたものが。この人の背負ってきたものが。この人が歩んできた道が。

 全部受け止めてあげたいのに、受け止めきれなかったものがぼろぼろと涙になって零れていく。泣き声になって溢れていく。

 手を背中に回した。こころさんの身体は思っていたより、ずっと小さく細い。

 泣く、泣く、泣く。

 優しく、頭を撫でられる。

 「ありがとう、僕の代わりに泣いてくれて」

 最後の栓が外れた。

 ダメだよ。もう、止まらない。止まれない。

 零れた、溢れた。何もかも、何もかも。

 この涙はきっと二人分。

 ずっとずっと泣くことができなかったこの人の。

 ずっとずっと自分を許せなかったこの人の涙。そして、私の涙。

 「ごめんね、ありがとう」

 悲しい、つらい、わからない。でも、泣いてしまおうと思った。

 この人が殺してきたたくさんの人、そしてそれを成す間に殺し続けたこの人自身の心の分まで。

 泣こう。たくさん泣こう。私の涙で足りるかはわからないけれど。

 声を上げて泣いた。零れるほどに泣いた。溢れるほどに泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣いた。

 小さな、子どもの声がする。

 小さく、小さく、涙をすする声。

 女の子にも、男の子にもなれなくて。

 優しくて、そのために罪を犯すことを決めてしまった。

 犠牲を払うことを決めちゃった。

 そんな小さな小さな、子どもの声。

 私の傍で泣いている。

 止まらない、ずっとずっと、止まらない。まだ足りない。

 この人が泣き損ねた分にはまだ足りない。

 こころさんの頭を胸で抱きかかえた。

 細く小さなその頭。少しだけ震えていた。

 胸のあたりに少し暖かく湿った感覚がある。

 声は上がらない。

 きっと泣き方をうまく知らないのだ。

 人を怖がって、自分を否定して、誰かを幸せにしようとして、でも自分が幸せになれなくて。

 そんな生き方じゃ、泣き方なんてわからないよね。

 いいよ、泣いてあげる。

 私があなたの分まで泣いてあげる。

 だから、この涙が止まった時に。

 あなたが少しでも、ほんのちょっぴりでも幸せになっていればいい。

 少しでも自分を許せたらいい。

 少しでも前を向ければいい。

 あなたの幸せが私の幸せだから。

 あなたの幸せのために何かがしたいから。

 「愛してます」

 言葉は伝え足りない。想いも伝え足りない。

 きっとまだまだ何もかも足りていないのだけれど。

 それでも、たとえそうだとしても。

 少しでも、この気持ちが伝わればいい。

 そしてあなたが、幸せであればいい。

 どうか、どうか、どうか。

 「僕も愛してる」

 幸せになれますように。
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