迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

文字の大きさ
18 / 43

18 ソルヴィンの恋

しおりを挟む
 夕暮れ時か。
 面会者が来るまでにまだ時間があった。私は窓際に立ち、美しく広がる庭園を眺める。

 この季節は花が美しく咲き乱れるから、花の香りが混ざった外の風を浴びるのが好きだった。

 まだ時間があるようだし、少しだけ外を歩いて見るのもいい。簡単な部屋着のまま薄い外套を羽織ると、私は僅かな休息を楽しむために庭園への足を向けた。

 夕暮れ時なだけあって人気ひとけなどなくて、少し開けた辺りの四阿あずまやに腰を下ろした。

 この庭園の休息場は手入れがされた庭がよく見渡せて、この四阿あずまやは静かに過ごせる私の贔屓ひいきの場所だった。

 しばらく目を瞑って寛いでいると、近くから人の声が聞こえてきた。私は休息を邪魔するその声が疎ましく思いながらも、仕方がなく目を開けると、声がする方へ視線を移した。

「ん?あれは・・」

 ここからほど近い場所の木々のあたり、私の背丈程の高さの幹にふんわりとしたスカートが見えた。

「なんてお転婆な・・」

 スカートの主はどのようにしてあれほどの木の上に登ったのかと思いながら、スカートの主が何をしているのかを目で追ってみた。

「大丈夫よ、大丈夫。ね?私が助けてあげるわ?」

 何かいるな・・何か助けようとしている?
 私は立ち上がってスカートの主が伸ばす手の先を見ると、小さな子猫が木の上で怯えているのが見えた。猫か・・

「んー!もう少しよ?いらっしゃい?ね?」

 あれじゃ、いつまで経っても助けることができそうにないな。猫との距離がありすぎる。

 スカートの主は手を伸ばすのをやめて、木を掴み直す。そうだ、その方がいい。怪我をする前に諦めて降りてきた方がいい。
 心配せずとも猫は勝手に下りていくだろう?

 私がそう思っていたのをよそに、スカートの主がさらに木の上へと登りだす。

「なんて無茶な・・」

 少しずつ上へ登る。危なっかしい・・
 それでも、もう少しで猫に手が届くとそう思っていた時、案の定、猫はぴょんと枝から幹へ飛び移り、地上へと降りていった。

「あ!猫ちゃん!」

 スカートの主は猫の姿を目で追って、見えなくなるまでその様子を見ていた。

 私からはスカートの主の、彼女の顔がよく見えた。久しぶりに見るその愛らしい顔と相変わらずのお転婆な姿に、私はくすりと笑ってしまった。

「猫ちゃん、また会いましょうね?」

 彼女は体勢を変えて少しずつ木から降りてくる。器用にしているつもりでも、途中でスカートの裾を踏みながら苦労しているように見える。
 それだから結局木から足を踏み外して、落ちてしまうんだろ?

「きゃあ!」
「おっと・・」

 私は咄嗟に彼女を抱き留めて、すっぽりと腕の中に収めた。

「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫か?怪我は?」
「助けてくれてありがとう!私は大丈夫よ?」
「良かった、ところで君は何故ここに?」
「・・私!家に帰りたいの!だってこのままじゃ!」

 彼女は灰簾石タンザナイトの美しい瞳を潤ませながら、家へ帰りたいと言い出した。
 まだここに到着したばかりだというのに、彼女は例の話に気持ちが向かないのだろうか。

「それは、どうしてなんだ?」
「私・・あ、あの・・それよりあなたは?私はアリーよ?」
「アリー?私はソルだ」
「ソル?素敵なお名前ね?ソルこそ、ここで何をしていたの?」
「私は・・庭の手入れを」
「あら!ソルは庭師なのね?だったら、私が隠れたい時に、いつでも私を隠してくれるかしら!」
「隠れる?アリーは何かから隠れたいのか?」

 アリーと名乗った彼女は、私の正体にも気が付かず、何かから隠れたいと言い出した。

 彼女だってもう年頃だ、結婚してもおかしくはないというのに。他国に嫁ぐのは不安なんだろうか。

「隠れていても仕方がないわよね?私に恋なんて許されないんだから。ソル、また会えたらいいわね?お庭、とても綺麗・・いい香り。ソルのおかげね?」
「もう行くのか?」
「ええ、それじゃあ、ソル、本当にありがとう」

 アリーは私に手を振ると、笑顔で立ち去って行った。

 アリア、彼女はこの西国タリアネシア王国第2王子であるユージーンと婚約を結ぶ相手だ。
 18才と年若いアリアは、ユージーン相手でも5歳も離れている。それでいて、これまで顔合わせなどしてこなかったのだから、きっと不安なんだろう?

 恋・・自分には恋なんて許されない、か。

 確かに、王族なら恋して結ばれる方が珍しい事だ。隣国間の和平的な政略結婚など、国や一族の利益を優先させるためのものだ、必ずしも当事者たちにとっては平和的とは言えないだろう。

 現にユージーンすら結婚に気が向かない様子で、今はノア・コリンに興味を示して夢中になっている始末・・

 私が、どれだけアリアを遠くから見つめて愛おしいと思っても、手に入らないんだと諦めて嘆いていると言うのに。













しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

縁結びオメガと不遇のアルファ

くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む

木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。 その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。 燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。 眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。 それが妹の名だと知っても、離れられなかった。 「殿下が幸せなら、それでいい」 そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。 赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎月影 / 木風 雪乃

処理中です...