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18 ソルヴィンの恋
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夕暮れ時か。
面会者が来るまでにまだ時間があった。私は窓際に立ち、美しく広がる庭園を眺める。
この季節は花が美しく咲き乱れるから、花の香りが混ざった外の風を浴びるのが好きだった。
まだ時間があるようだし、少しだけ外を歩いて見るのもいい。簡単な部屋着のまま薄い外套を羽織ると、私は僅かな休息を楽しむために庭園への足を向けた。
夕暮れ時なだけあって人気などなくて、少し開けた辺りの四阿に腰を下ろした。
この庭園の休息場は手入れがされた庭がよく見渡せて、この四阿は静かに過ごせる私の贔屓の場所だった。
しばらく目を瞑って寛いでいると、近くから人の声が聞こえてきた。私は休息を邪魔するその声が疎ましく思いながらも、仕方がなく目を開けると、声がする方へ視線を移した。
「ん?あれは・・」
ここからほど近い場所の木々のあたり、私の背丈程の高さの幹にふんわりとしたスカートが見えた。
「なんてお転婆な・・」
スカートの主はどのようにしてあれほどの木の上に登ったのかと思いながら、スカートの主が何をしているのかを目で追ってみた。
「大丈夫よ、大丈夫。ね?私が助けてあげるわ?」
何かいるな・・何か助けようとしている?
私は立ち上がってスカートの主が伸ばす手の先を見ると、小さな子猫が木の上で怯えているのが見えた。猫か・・
「んー!もう少しよ?いらっしゃい?ね?」
あれじゃ、いつまで経っても助けることができそうにないな。猫との距離がありすぎる。
スカートの主は手を伸ばすのをやめて、木を掴み直す。そうだ、その方がいい。怪我をする前に諦めて降りてきた方がいい。
心配せずとも猫は勝手に下りていくだろう?
私がそう思っていたのをよそに、スカートの主がさらに木の上へと登りだす。
「なんて無茶な・・」
少しずつ上へ登る。危なっかしい・・
それでも、もう少しで猫に手が届くとそう思っていた時、案の定、猫はぴょんと枝から幹へ飛び移り、地上へと降りていった。
「あ!猫ちゃん!」
スカートの主は猫の姿を目で追って、見えなくなるまでその様子を見ていた。
私からはスカートの主の、彼女の顔がよく見えた。久しぶりに見るその愛らしい顔と相変わらずのお転婆な姿に、私はくすりと笑ってしまった。
「猫ちゃん、また会いましょうね?」
彼女は体勢を変えて少しずつ木から降りてくる。器用にしているつもりでも、途中でスカートの裾を踏みながら苦労しているように見える。
それだから結局木から足を踏み外して、落ちてしまうんだろ?
「きゃあ!」
「おっと・・」
私は咄嗟に彼女を抱き留めて、すっぽりと腕の中に収めた。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫か?怪我は?」
「助けてくれてありがとう!私は大丈夫よ?」
「良かった、ところで君は何故ここに?」
「・・私!家に帰りたいの!だってこのままじゃ!」
彼女は灰簾石の美しい瞳を潤ませながら、家へ帰りたいと言い出した。
まだここに到着したばかりだというのに、彼女は例の話に気持ちが向かないのだろうか。
「それは、どうしてなんだ?」
「私・・あ、あの・・それよりあなたは?私はアリーよ?」
「アリー?私はソルだ」
「ソル?素敵なお名前ね?ソルこそ、ここで何をしていたの?」
「私は・・庭の手入れを」
「あら!ソルは庭師なのね?だったら、私が隠れたい時に、いつでも私を隠してくれるかしら!」
「隠れる?アリーは何かから隠れたいのか?」
アリーと名乗った彼女は、私の正体にも気が付かず、何かから隠れたいと言い出した。
彼女だってもう年頃だ、結婚してもおかしくはないというのに。他国に嫁ぐのは不安なんだろうか。
「隠れていても仕方がないわよね?私に恋なんて許されないんだから。ソル、また会えたらいいわね?お庭、とても綺麗・・いい香り。ソルのおかげね?」
「もう行くのか?」
「ええ、それじゃあ、ソル、本当にありがとう」
アリーは私に手を振ると、笑顔で立ち去って行った。
アリア、彼女はこの西国タリアネシア王国第2王子であるユージーンと婚約を結ぶ相手だ。
18才と年若いアリアは、ユージーン相手でも5歳も離れている。それでいて、これまで顔合わせなどしてこなかったのだから、きっと不安なんだろう?
恋・・自分には恋なんて許されない、か。
確かに、王族なら恋して結ばれる方が珍しい事だ。隣国間の和平的な政略結婚など、国や一族の利益を優先させるためのものだ、必ずしも当事者たちにとっては平和的とは言えないだろう。
現にユージーンすら結婚に気が向かない様子で、今はノア・コリンに興味を示して夢中になっている始末・・
私が、どれだけアリアを遠くから見つめて愛おしいと思っても、手に入らないんだと諦めて嘆いていると言うのに。
面会者が来るまでにまだ時間があった。私は窓際に立ち、美しく広がる庭園を眺める。
この季節は花が美しく咲き乱れるから、花の香りが混ざった外の風を浴びるのが好きだった。
まだ時間があるようだし、少しだけ外を歩いて見るのもいい。簡単な部屋着のまま薄い外套を羽織ると、私は僅かな休息を楽しむために庭園への足を向けた。
夕暮れ時なだけあって人気などなくて、少し開けた辺りの四阿に腰を下ろした。
この庭園の休息場は手入れがされた庭がよく見渡せて、この四阿は静かに過ごせる私の贔屓の場所だった。
しばらく目を瞑って寛いでいると、近くから人の声が聞こえてきた。私は休息を邪魔するその声が疎ましく思いながらも、仕方がなく目を開けると、声がする方へ視線を移した。
「ん?あれは・・」
ここからほど近い場所の木々のあたり、私の背丈程の高さの幹にふんわりとしたスカートが見えた。
「なんてお転婆な・・」
スカートの主はどのようにしてあれほどの木の上に登ったのかと思いながら、スカートの主が何をしているのかを目で追ってみた。
「大丈夫よ、大丈夫。ね?私が助けてあげるわ?」
何かいるな・・何か助けようとしている?
私は立ち上がってスカートの主が伸ばす手の先を見ると、小さな子猫が木の上で怯えているのが見えた。猫か・・
「んー!もう少しよ?いらっしゃい?ね?」
あれじゃ、いつまで経っても助けることができそうにないな。猫との距離がありすぎる。
スカートの主は手を伸ばすのをやめて、木を掴み直す。そうだ、その方がいい。怪我をする前に諦めて降りてきた方がいい。
心配せずとも猫は勝手に下りていくだろう?
私がそう思っていたのをよそに、スカートの主がさらに木の上へと登りだす。
「なんて無茶な・・」
少しずつ上へ登る。危なっかしい・・
それでも、もう少しで猫に手が届くとそう思っていた時、案の定、猫はぴょんと枝から幹へ飛び移り、地上へと降りていった。
「あ!猫ちゃん!」
スカートの主は猫の姿を目で追って、見えなくなるまでその様子を見ていた。
私からはスカートの主の、彼女の顔がよく見えた。久しぶりに見るその愛らしい顔と相変わらずのお転婆な姿に、私はくすりと笑ってしまった。
「猫ちゃん、また会いましょうね?」
彼女は体勢を変えて少しずつ木から降りてくる。器用にしているつもりでも、途中でスカートの裾を踏みながら苦労しているように見える。
それだから結局木から足を踏み外して、落ちてしまうんだろ?
「きゃあ!」
「おっと・・」
私は咄嗟に彼女を抱き留めて、すっぽりと腕の中に収めた。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫か?怪我は?」
「助けてくれてありがとう!私は大丈夫よ?」
「良かった、ところで君は何故ここに?」
「・・私!家に帰りたいの!だってこのままじゃ!」
彼女は灰簾石の美しい瞳を潤ませながら、家へ帰りたいと言い出した。
まだここに到着したばかりだというのに、彼女は例の話に気持ちが向かないのだろうか。
「それは、どうしてなんだ?」
「私・・あ、あの・・それよりあなたは?私はアリーよ?」
「アリー?私はソルだ」
「ソル?素敵なお名前ね?ソルこそ、ここで何をしていたの?」
「私は・・庭の手入れを」
「あら!ソルは庭師なのね?だったら、私が隠れたい時に、いつでも私を隠してくれるかしら!」
「隠れる?アリーは何かから隠れたいのか?」
アリーと名乗った彼女は、私の正体にも気が付かず、何かから隠れたいと言い出した。
彼女だってもう年頃だ、結婚してもおかしくはないというのに。他国に嫁ぐのは不安なんだろうか。
「隠れていても仕方がないわよね?私に恋なんて許されないんだから。ソル、また会えたらいいわね?お庭、とても綺麗・・いい香り。ソルのおかげね?」
「もう行くのか?」
「ええ、それじゃあ、ソル、本当にありがとう」
アリーは私に手を振ると、笑顔で立ち去って行った。
アリア、彼女はこの西国タリアネシア王国第2王子であるユージーンと婚約を結ぶ相手だ。
18才と年若いアリアは、ユージーン相手でも5歳も離れている。それでいて、これまで顔合わせなどしてこなかったのだから、きっと不安なんだろう?
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確かに、王族なら恋して結ばれる方が珍しい事だ。隣国間の和平的な政略結婚など、国や一族の利益を優先させるためのものだ、必ずしも当事者たちにとっては平和的とは言えないだろう。
現にユージーンすら結婚に気が向かない様子で、今はノア・コリンに興味を示して夢中になっている始末・・
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