迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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21 わずらい

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 私は庭園の花たちに癒しを求めて、四阿あずまやの椅子に深く腰掛けた。
  
 小鳥がさえずって、風がさらさらと優しく草木を揺らすのを感じる。とても落ち着く。私の好きな場所だ。

「はぁ・・暖かいな・・」

 先日、私のところでノアを引き取ると言った時、ユージーンがとにかく激しい怒りを見せた。兄である私に向かってあれほど激しく抗議してくるなど、今まで見た事がなかった、本当に珍しい姿だった。

 私はユージーンがそんな態度なら尚更のこと、ノアを返す訳には行かないと厳しく言って聞かせた。ユージーンには婚約をする相手が、アリア王女がいるのだからと。

 今度の夜会で、正式に世に婚約を公表することになる。それを控えているにも関わらず、ノアと一緒にいさせるわけにはいかない。
 少なくとも、アリア王女を悲しませるような事をさせる訳にはいかないのだから。

 ユージーンは何度も私の執務室へと訪問したが、そのうち従者を通してそれを制限すると触れを出した。
 ユージーンの事を愛している、大切な兄弟だ。しかし今回ばかりは許容できない。ユージーンだって、そんな事くらい理解しているだろう。

 ノアはあれからまったく話さなくなった。
 私が話しかけない限り、挨拶をかわすだけの日が続いている。今にも泣き出しそうな悲しげな表情で、うずくまるようにして過ごしている。

 気が付けば椅子に座ったまま一日を過ごす。何をするでもなく、何かを求める事もしない。時々眉を寄せて静かに涙を流し、ぽたりと落ちた涙を眺めてはそれを拭っていた。

 夜はそばで眠ることにした。ノアを見守りながら、決して無茶な事をしないようにと寄り添った。しかし懸念した自害や逃亡などはただの杞憂に終わり、ノアにはそんな意思が芽生える程の生気すら見えなかった。

 隣に寝かせたノアは体を小さく丸めて眠った。自分自身を両手で抱き締めながら、そして何度も起き上がり何度も寝返りを打っては、ほとんど眠ることが出来ていない様子だった。

「ゆ・・じ・・でんか・・」

 小さく小さく呟くノアの声は掠れていて、やはり呼ぶのはユージーンの名前・・見ていても嘆かわしくなるほどの姿に、思わず頭や背を撫でてしまうほどだった。

 それに、放っておけば食事も食べようとしない。そばに皿を置いて食べるように促しても、見向きもしないのだから、私がスプーンですくって差し出したスープも頭をふるふると横に振って拒絶するばかりだ。

「ノア、食べなさい!ちゃんと食事をするんだ!」

 私が少し強くそう言うと、ビクビクと震え出しとたんに泣き出してほんの少しだけスープを口にする、だけどたったそれだけだ。

 コリン家で蔑まされてきた経緯もデニーバから受けた暴行も、ノアにとって大きな心の傷になっているに違いない。

 この子は人の優しさも温もりも何も知らない。愛に飢えていて自分自身でさえ己を愛してやれない。せいに執着しない、むしろ早く神に召されたがっている。小さな天使が、早く自分を迎えに来るように願っているように見える。

 いつだって何かに怯えている。痛みに耐えているような顔をする。そうやってひとりでずっと耐え忍んできた。
 あまりにも酷い環境で過ごしてきたというのに、この子の純粋さはどこから来るのだろう。決して誰かのせいにしたりなんかしない、怒りを見せない。

「はぁ・・」

 こんな調子が続けば、いずれノアは栄養失調になり生きてはいられない・・

 いっその事、城から出すか・・?

 いや、そんな事をしても結果は同じだ。ユージーンを恋しがって無気力に過ごし、きっと・・

 恋煩いか・・
 何か他の病でなければいいのだが。

「はぁ・・どうしたものか・・」

 私はとにかくノアの傷付いた心を救ってやりたくなった。寄り添って甘やかして抱きしめて、それからただひたすらにノアを可愛がる事に決めた。

 





 





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