21 / 43
21 わずらい
しおりを挟む
私は庭園の花たちに癒しを求めて、四阿の椅子に深く腰掛けた。
小鳥がさえずって、風がさらさらと優しく草木を揺らすのを感じる。とても落ち着く。私の好きな場所だ。
「はぁ・・暖かいな・・」
先日、私のところでノアを引き取ると言った時、ユージーンがとにかく激しい怒りを見せた。兄である私に向かってあれほど激しく抗議してくるなど、今まで見た事がなかった、本当に珍しい姿だった。
私はユージーンがそんな態度なら尚更のこと、ノアを返す訳には行かないと厳しく言って聞かせた。ユージーンには婚約をする相手が、アリア王女がいるのだからと。
今度の夜会で、正式に世に婚約を公表することになる。それを控えているにも関わらず、ノアと一緒にいさせるわけにはいかない。
少なくとも、アリア王女を悲しませるような事をさせる訳にはいかないのだから。
ユージーンは何度も私の執務室へと訪問したが、そのうち従者を通してそれを制限すると触れを出した。
ユージーンの事を愛している、大切な兄弟だ。しかし今回ばかりは許容できない。ユージーンだって、そんな事くらい理解しているだろう。
ノアはあれからまったく話さなくなった。
私が話しかけない限り、挨拶をかわすだけの日が続いている。今にも泣き出しそうな悲しげな表情で、蹲るようにして過ごしている。
気が付けば椅子に座ったまま一日を過ごす。何をするでもなく、何かを求める事もしない。時々眉を寄せて静かに涙を流し、ぽたりと落ちた涙を眺めてはそれを拭っていた。
夜はそばで眠ることにした。ノアを見守りながら、決して無茶な事をしないようにと寄り添った。しかし懸念した自害や逃亡などはただの杞憂に終わり、ノアにはそんな意思が芽生える程の生気すら見えなかった。
隣に寝かせたノアは体を小さく丸めて眠った。自分自身を両手で抱き締めながら、そして何度も起き上がり何度も寝返りを打っては、ほとんど眠ることが出来ていない様子だった。
「ゆ・・じ・・でんか・・」
小さく小さく呟くノアの声は掠れていて、やはり呼ぶのはユージーンの名前・・見ていても嘆かわしくなるほどの姿に、思わず頭や背を撫でてしまうほどだった。
それに、放っておけば食事も食べようとしない。そばに皿を置いて食べるように促しても、見向きもしないのだから、私がスプーンですくって差し出したスープも頭をふるふると横に振って拒絶するばかりだ。
「ノア、食べなさい!ちゃんと食事をするんだ!」
私が少し強くそう言うと、ビクビクと震え出しとたんに泣き出してほんの少しだけスープを口にする、だけどたったそれだけだ。
コリン家で蔑まされてきた経緯もデニーバから受けた暴行も、ノアにとって大きな心の傷になっているに違いない。
この子は人の優しさも温もりも何も知らない。愛に飢えていて自分自身でさえ己を愛してやれない。生に執着しない、むしろ早く神に召されたがっている。小さな天使が、早く自分を迎えに来るように願っているように見える。
いつだって何かに怯えている。痛みに耐えているような顔をする。そうやってひとりでずっと耐え忍んできた。
あまりにも酷い環境で過ごしてきたというのに、この子の純粋さはどこから来るのだろう。決して誰かのせいにしたりなんかしない、怒りを見せない。
「はぁ・・」
こんな調子が続けば、いずれノアは栄養失調になり生きてはいられない・・
いっその事、城から出すか・・?
いや、そんな事をしても結果は同じだ。ユージーンを恋しがって無気力に過ごし、きっと・・
恋煩いか・・
何か他の病でなければいいのだが。
「はぁ・・どうしたものか・・」
私はとにかくノアの傷付いた心を救ってやりたくなった。寄り添って甘やかして抱きしめて、それからただひたすらにノアを可愛がる事に決めた。
小鳥がさえずって、風がさらさらと優しく草木を揺らすのを感じる。とても落ち着く。私の好きな場所だ。
「はぁ・・暖かいな・・」
先日、私のところでノアを引き取ると言った時、ユージーンがとにかく激しい怒りを見せた。兄である私に向かってあれほど激しく抗議してくるなど、今まで見た事がなかった、本当に珍しい姿だった。
私はユージーンがそんな態度なら尚更のこと、ノアを返す訳には行かないと厳しく言って聞かせた。ユージーンには婚約をする相手が、アリア王女がいるのだからと。
今度の夜会で、正式に世に婚約を公表することになる。それを控えているにも関わらず、ノアと一緒にいさせるわけにはいかない。
少なくとも、アリア王女を悲しませるような事をさせる訳にはいかないのだから。
ユージーンは何度も私の執務室へと訪問したが、そのうち従者を通してそれを制限すると触れを出した。
ユージーンの事を愛している、大切な兄弟だ。しかし今回ばかりは許容できない。ユージーンだって、そんな事くらい理解しているだろう。
ノアはあれからまったく話さなくなった。
私が話しかけない限り、挨拶をかわすだけの日が続いている。今にも泣き出しそうな悲しげな表情で、蹲るようにして過ごしている。
気が付けば椅子に座ったまま一日を過ごす。何をするでもなく、何かを求める事もしない。時々眉を寄せて静かに涙を流し、ぽたりと落ちた涙を眺めてはそれを拭っていた。
夜はそばで眠ることにした。ノアを見守りながら、決して無茶な事をしないようにと寄り添った。しかし懸念した自害や逃亡などはただの杞憂に終わり、ノアにはそんな意思が芽生える程の生気すら見えなかった。
隣に寝かせたノアは体を小さく丸めて眠った。自分自身を両手で抱き締めながら、そして何度も起き上がり何度も寝返りを打っては、ほとんど眠ることが出来ていない様子だった。
「ゆ・・じ・・でんか・・」
小さく小さく呟くノアの声は掠れていて、やはり呼ぶのはユージーンの名前・・見ていても嘆かわしくなるほどの姿に、思わず頭や背を撫でてしまうほどだった。
それに、放っておけば食事も食べようとしない。そばに皿を置いて食べるように促しても、見向きもしないのだから、私がスプーンですくって差し出したスープも頭をふるふると横に振って拒絶するばかりだ。
「ノア、食べなさい!ちゃんと食事をするんだ!」
私が少し強くそう言うと、ビクビクと震え出しとたんに泣き出してほんの少しだけスープを口にする、だけどたったそれだけだ。
コリン家で蔑まされてきた経緯もデニーバから受けた暴行も、ノアにとって大きな心の傷になっているに違いない。
この子は人の優しさも温もりも何も知らない。愛に飢えていて自分自身でさえ己を愛してやれない。生に執着しない、むしろ早く神に召されたがっている。小さな天使が、早く自分を迎えに来るように願っているように見える。
いつだって何かに怯えている。痛みに耐えているような顔をする。そうやってひとりでずっと耐え忍んできた。
あまりにも酷い環境で過ごしてきたというのに、この子の純粋さはどこから来るのだろう。決して誰かのせいにしたりなんかしない、怒りを見せない。
「はぁ・・」
こんな調子が続けば、いずれノアは栄養失調になり生きてはいられない・・
いっその事、城から出すか・・?
いや、そんな事をしても結果は同じだ。ユージーンを恋しがって無気力に過ごし、きっと・・
恋煩いか・・
何か他の病でなければいいのだが。
「はぁ・・どうしたものか・・」
私はとにかくノアの傷付いた心を救ってやりたくなった。寄り添って甘やかして抱きしめて、それからただひたすらにノアを可愛がる事に決めた。
40
あなたにおすすめの小説
冬は寒いから
青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。
片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。
そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。
「二番目でもいいから、好きになって」
忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。
冬のラブストーリー。
『主な登場人物』
橋平司
九条冬馬
浜本浩二
※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
縁結びオメガと不遇のアルファ
くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む
木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。
その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。
燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。
眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。
それが妹の名だと知っても、離れられなかった。
「殿下が幸せなら、それでいい」
そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。
赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎月影 / 木風 雪乃
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる