迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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22 アリーと庭師

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 私はノアの事を考えながらため息を漏らし、空を見上げた。

「ソル?こんにちは!今日もお庭のお手入れに来たの?でも何だか元気がないみたい・・」
「アリー!?驚いた・・またこんな所までひとりで?君は本当にお転婆だな」
「そうかしら?私だって自由に過ごしたいのよ。庭師のソルには分からないわ?ソルには自由があるのでしょ?だって、こんな素敵な場所でのんびりしているんですもの」
「ははっ!そうだな。自由か・・」

 アリアはそう言いながら、私の隣にちょこんと座ってくつろいでいる。何度となくここで会う度に、アリアはこうして私の隣に座るようになった。

 アリアは私の事を庭師のソルだと思っているようで、かしこまった態度も作り物の笑顔もない関係がとても居心地が良かった。

 アリアと出会ったのは、今から3年程前の事だった。私はリティニア王国の夜会に招待され、そこでアリア王女に出会った。

 アリアはまだまだ子供だったし、私とは7歳も歳が離れていた。それでも私は無邪気で、可愛らしいアリアに惹かれてどうしようもなかった。

 アリアには兄が3人いて、私と同じ歳の第3王子ヒューベルトにとても懐いているようだった。ヒューベルトはアリアをとても可愛がっていたけれど、将来、我が西国タリアネシア王国に嫁がせる事に前向きなようだった。

 ヒューベルトはアリアがあまりにもお転婆だから王妃には向かないと言って、第2王子であるユージーンにアリアを勧めてきた時は、とても落胆したのを覚えている。ヒューベルトには、そんな事はないと伝えたというのに。

 王族の者に、自由なんてものはない。
 制限、規則、制約・・どれも決め事に縛られて息苦しい思いをさせられるだけの生活だ。

 アリアだって、今まさに自由を求めている。それならユージーンと結婚して、大公夫人になった方がアリアにとって、絶対に良いに決まっている。

 好きな相手と恋することも許されず、私は周囲から王太子妃候補を勧められるたびに、げんなりしながら首を横に振る。

 自由になれたらどれだけいいだろうな。好きな女性が目の前にいるというのに、私は気持ちを伝える事すら許されない。

「ソル、私ね一度でいいからこの国の街に行ってみたい。自由に見て回りたいの。きっと民の暮らしがあって、明るく賑わっているのでしょうね」
「街?城下町か・・アリーは抜け出して大丈夫なのか?侍女や従者が付いているお嬢様なんだろ?」
「あら!それは大丈夫よ!今だって見つからずにここまで来れるんだから」
「あははっ!そうか、なら私が連れていこうか。町娘のような格好で行けば街に溶け込むだろ?出来るか?」
「本当に!?ええ!出来るわ?一緒に行ってくれるのね?」
「これはとんでもなく危険な事かも知れないな。一介の庭師がお嬢様を街に連れ出すなんて。さて、バレずに帰ってこれるかな?」
「ふふっ!ソルなら上手く連れて行ってくれそうね?」

 私は何をやっているんだか・・弟の婚約者になろうというアリアを、城下町へ連れ出すだなんて。

 それでも、私はアリアと過ごしたかったし、アリアにとって王室に入る前の、最後の自由かも知れないと思えば、連れ出してやる事以外、選択肢はなかった。

 次の日、私たちは上手く街に溶け込む土着民どちゃくみんを装って、城下町へ出掛けた。

「すごいわぁ!見て!ソル、ほら、美味しそう!」
「シャーベットか・・食べて見るか?」
「ええ!でもソル、私、お金が・・」
「ははっ!アリーは金なんて持った事がないんだろ?大丈夫だよ、今日は私のおごりだから。好きなものをいくらでも選べばいいよ」
「ソル!嬉しい!ありがとう!私ったら、本当にダメね・・あなたが来てくれて良かったわ!」

 アリアにイチゴ味のシャーベットを手渡すと、瞳をキラキラさせながら美味しそうに食べている。本当に、無邪気で可愛い。アリアはスプーンいっぱいにシャーベットをすくうと、私の口に入れてきて自慢げに笑った。

 この姿こそ本当のアリアの姿なのに、王室に入れば、きっと見繕って演じる毎日になってしまうんだろう?

「アリー、あれは?美味そうだ!ほら」
「あれ?何かしら!美味しそうね?」
「ふふっ!食べてみるか?」
「ええ!試してみたいわ?」

 私は香ばしく焼かれた串焼きを手渡すと、アリアは美味しそうに食べ始めた。

「どうだ?バジリスクの串焼きは?」
「んー!?ええ?私!魔物を・・!?ソルの意地悪!!」
「あははっ!ごめんな?でもアリーは美味そうに食べてたじゃないか」
「んー!もう・・!でも、本当にこれ、おいしいわ?うん、おいしい!ソルも!ほら、食べて!」

 アリアは食べかけの串焼きを私の口元に差し出して来て、私がそれを食べるのを楽しそうに見ながら見ていた。

 それから私たちはあれこれと見て回り、小さな小物を買ったり、搾りたてのジュースを飲んで過ごした。 

「楽しかった!ソル、本当にありがとう!とても満足よ」
「ん?これで満足したのか?まだもう1つ、楽しみが残っているよ?」

 そう言って、街の広場まで進むと、夕暮れの街に蝋燭の明かりが次々と灯り始め、陽気な音楽が流れて来た。

 街のもの達は次々と広場に集まって、踊り出す。酒を飲みながら、食事を楽しみながら、小さな子供たちも共に、西国タリアネシアの伝統を受け継ぐ踊りを踊り出す。

「まあ!!みんな楽しそうね!」
「ああ、ここでは毎日のようにこんな楽しみが待っている」

 私たちはふたりでしばらくその楽しげな様子を見ていた。するとひとりの少女に手を引かれ、踊りの輪の中に連れ出されてしまった。

 私は咄嗟にアリアの手を掴んで離さないようにして踊った。アリアは楽しげに私の腕の中でクルクルと回り、鈴を転がすような可愛らしい笑い声を聞かせてくれた。

 ふたりで何曲も何曲も踊って、私にとってはまるで夢のようなひとときだった。

「うふふっ!はぁはぁ・・楽しかったわ!ソル、本当にありがとう!」
「あははっ!アリーは踊るのが上手いな。楽しかった!久しぶりだ、こんなに笑ったのは」
「ふふっ!ソルのダンスも素敵だったわよ?」
「アリー、楽しい時間はこれでおしまいだ。そろそろ帰ろう。きっと君を心配して探しているだろうから」

 私はアリーの手を引きながら王宮の方へ向かって歩く。少し長居をしてしまった・・

「そうね・・分かったわ?楽しい時間はいつか終わるものよね。ソルも、お仕事を抜け出して来たんでしょ?怒られないかしら・・」
「大丈夫だよ、また明日から頑張るから。さ、アリー、ここからは別行動だ。真っ直ぐに進んで、庭から入れるから。また・・アリー、元気で」
「ソル・・ありがとう、また会いましょう」

 アリーが少し寂しそうな顔をしながら、私に手を振って庭園へと消えて行った。

「はあ・・何て良い日だったんだ・・アリアと街を歩いてダンスをして・・無邪気で可愛い本当のアリアの姿、あれが我慢を強いられて消えてなくなるかもしれないなんて」

 私はアリアに恋しているなんてどうしても言えなくて、ただただアリアの幸せを祈る事しか出来なかった。













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