迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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29 セスとノア

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 俺は久しぶりに西国タリアネシアに訪れた事が嬉しくて、ついつい冒険者の血が騒いでしまう。
 とは言っても、俺が冒険者だったのはほんの数年の間だけなんだけど。

 西国タリアネシアに初めて訪れたのは、ひゅうとギルドの調査依頼に来た時だった。
 あの頃はまだ俺はB級ランクの冒険者で、苦手なコックローチやケルピーの幻影に苦戦しながら、ひゅうに甘やかされていた。

 リティニア王国の大公であるひゅうの伴侶、イヴと初めて出会ったのも、ここ西国タリアネシアだった。

 俺はそんな事を思い出しながら、ゲストルームを出て城の裏手の草花が生い茂る草地へと迷い込んだ。

 アンティジェリア王国第3王子で大公である夫のレオと側近のオットーさんがソルヴィン殿下との面談に行くことになり、俺は久しぶりにひとりの時間を満喫していた。

「わぁ、珍しい・・千日紅?イチゴみたい。ふふっ!可愛い」

 ぽんぽんと真っ赤な千日紅が、まるでイチゴのように美味しそうに咲き乱れている。

 湖面まで歩いていくと湖の水はどこまでも澄んでいて、湖底までよく見える。とても深そうなのに、底の白い砂まで見えるなんて。

 俺はすいすいと泳ぐ小さな魚を覗き込むようにして眺める。

 カラフルで体色が鮮やかで、伸びた尾びれがレースのように美しい小魚がたくさん泳いでいて、思わず見入ってしまう。

「お魚、綺麗でしょ?」
「え!?うわっ!わっ!」

 突然後ろから声を掛けられて驚いた俺は、湖面を覗き込んだままの体制で手をずるりと滑らせてしまい、頭から水の中へ落ちてしまった。

 俺は泳ぐことが苦手で、ジタバタと手足を動かすだけで、だんだんと体力が無くなっていく。

「あ、あ!どうしよう・・た、助けを呼んで来ます!!待ってて下さい!」

 俺は声を掛けられるとは思っていなくて、勝手に驚いた俺がいけなかったんだ。
 薄桃色の瞳の少年が泣きそうな顔で・・彼をあんなにも不安げにさせてしまうなんて・・
 申し、訳・・ない事を、したな・・

 服が水を吸って重みで浮上できない。息が出来なくて、水を沢山飲んでしまう。

 苦しい・・レオ・・助けて・・
 俺、もう、駄目・・

「セス!!」

 俺を呼ぶ声が聞こえる・・
 俺をしっかりと抱き締めて、水から救ってくれる・・助かったの・・?
 暖かい・・ひゅう?

「セス!何をやってるんだよ!お前は!」
「ゴホッ!ゼー・・ゴホッ!!くる、し・・」
「セス・・許せ・・」

 俺は肺に水が入ったまま咳き込んで、息がまともに出来ずに苦しくて、もがくようにひゅうにしがみついた。

 そんな様子を見てひゅうは俺に口づけると、風魔法を行使して俺の体の中を苦しめていた水を風で巻き上げて、ゴクンと飲み込んでしまった。

「あ、あ、はぁはぁ・・ひゅう・・あり、がとう・・俺、助かった、の・・?」
「もう少し・・まだみたいだから・・もう一度、セス・・ん・・」

 ひゅうは俺を見つめたまま唇を合わせてきて、ゆっくりと味わうように何度も優しく食んでくる。お互いの舌が、今にも触れてしまいそう・・

「んくっ・・は、んん・・ひゅう、も、大丈夫・・」
「はぁ、セス・・お前が大切なんだ!心配させるなよ、大丈夫か!?」
「ん・・ごめんなさい。俺の不注意で」
「うわぁーん!ごめ、なさい・・僕のせいで・・」

 俺とひゅうがそんな会話をしていると、突然薄桃色の瞳の少年が泣き出すから、俺達は顔を見合わせながら驚いた。

「大丈夫だよ、俺がもっと注意していたら良かったんだ。君のせいじゃないよ」
「ごめんなさいー!ふえぇーん!」
「ふふっ、大丈夫、大丈夫。ね?俺はセスって言うんだけど、君・・どこかで・・俺と会った事、あるかな・・」
「セス、様・・セス様・・?僕、ノアです。あの、僕とどこかで・・」

 お互いに見つめ合う。
 何故か知っているような、懐かしい感覚・・

 お互いに、頬に触れあう。
 俺はどうしようもないくらい愛しい気持ちになって、暖かい気持ちになって、思わずノアを抱きしめてしまった。













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