迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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30 ふたりの天使

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 偶然出会ったノアという少年は、俺とひゅうの様子をぽかんとした顔で見ている。だけどそれは、こちらも同じ気持ちだったりする。

「お前たち・・容姿がよく似ているな・・お前、ノアといったか?もしかしてユージーンの?」
「ユージーン殿下を、ご存知なのですか?」
「ああ、俺はリティニア王国第3王子ヒューベルトだ。ユージーンは俺の友人だよ」
「お、王子様!ヒューベルト殿下!?セス様の、恋人ですか?」
「ははっ!違うよ。セスは俺の、昔の想い人なんだ」
「僕は!お二人の、キスは見てません・・!」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」

 ノアと名乗った少年は何故か俺とよく似ていて、とても懐かしい気持ちになった。もしかすると、この子は・・

 そう思っていた時に、頭の中に声が降ってくるような感覚になり、気が付くと俺たちの目の前に、ひとりの美しい男性が現れた。

「ロキ神!?え?え?」
「ロキ神!何故ここに!?」

 俺とひゅうが同時にその名を呼ぶと、真っ白な髪と真っ赤な瞳をしたロキ神がニコリと笑った。

「セスー!久しぶりだねぇ!俺の可愛い子。ヒューベルトも相変わらず良い男だな。さて、うるさいレオナルドがいない間に説明しておくけど、そこの小さいの、今はノアといったかな?その子はね、セスと同じ天界の天使だったんだよね。やーっと見つけた」

 ロキ神は、悪戯好きの神であり、かつて俺にとんでもない悪戯をして困らせた張本人だ。天界の神殿を司り、天使の楽園を守っている神でもある。

 人間は死後、天使によって自分のいくべき世界に連れて行かれる。天使になるさだめの者は天界へ、人間界に未練がある者は冥界へ、そのどちらでもなく、罪人でもない者は霊界へ、罪人はどれでもない世界へ。

『セスのように天使になる人間は生まれた時から天使になることが決まっている。セスはこれまでずっと天界の天使だった。たまたま今世では人間に生まれただけ。セスは元の無垢な天使に戻るだけだよ・・ああ、そういえばもう1人・・迷子の天使が・・おっと、それはまた別の話だな』

 こんな話を、以前ロキ神が話してくれたのを思い出した。

 天界・・その楽園は木漏れ日が優しくて、あちらこちらに色鮮やかな花たちが咲き誇り、黄金の大樹からキラキラと輝く光が途切れることなく湖に降り注いでいる。

 そこは天使を生みそして還る場所でもある。天使たちは生まれ落ちると、この場所で聖気を蓄えて聖なる存在としてゆっくりと成長していく。天使達はみな非常に優しく、賢く、純粋な愛の存在であり、エゴというものを全く持っていない。楽園は神や天使が住む理想的な天上の世界で、永遠の祝福を受ける場所だ。

 そんな楽園に、確かに俺は存在していた。
 それから、この子も・・?

「俺と、天使の楽園で過ごしていた・・ノア、俺、君の事を知ってる・・気がする・・外界ここで迷子になっちゃったの?ロキ神、ノアも誰かを救いに来たの?」
「そうだなぁ。ある日、俺たちの目を盗んでノアは楽園を抜け出したんだ。まぁ、人間として生まれ落ちた場所は、ノアにとって苦しい場所だったんだけどねぇ。元のノア本体に同情したんだろうね?結果的には世直しまでしたみたいだよ?」
「ノア・・苦しい思いをしたの?怪我はない?大変だったんだね。おいで?」

 俺はノアをそっと抱き締めると、その場でふたりで寄り添った。ノアから感じる波動が俺とピッタリと合わさって、楽園にいた時の温かさを思い出す。

「知ってる・・僕の、お兄ちゃん?」
「お兄ちゃん・・?ロキ神、俺、ノアの兄弟なの!?」
「んー、違うかな?楽園ではいつもふたりで寄り添っていたけど、兄弟のような結びつきじゃないよ。ノア、やっと見つけた。お前はセスよりも隠れるのが上手だね。早く見つけてあげられなくて悪かったね?さ、俺の元へ帰っておいで?」
「帰る?僕、ユージーン殿下とお別れになるの?そんなの・・嫌だよ」
「そうなるよねぇ?まったく・・うちの天使たちは、目を離すとすぐに俺よりも大切な者を見つけてしまうんだから。ノア、ユージーンを選ぶのか?それともソルヴィン?」
「僕、ユージーン殿下を愛してます。ソルヴィン殿下はアリーのだから」
「そう?まぁ、ふたりの王子がノアを大切にするだろうから、俺はもう少し待つよ。ノアの幸せはこれからやっと始まるんだから。ノア幸せになるんだよ?また迎えにくるからね」
「はぁい」

 ノアはニコニコと嬉しそうに笑って、無邪気な顔を見せた。



 話によると、元のノア・コリンの魂は、あの事件をきっかけにその一生を終えたのだとロキ神は言った。

 ノア・コリンの魂を霊界へいざなうために天界から舞い降りた天使ノアが、ノア・コリンの人生を幸せに導く為に13才を迎える朝、ノア・コリンとして降臨した。

 ノア・コリンの残した無念を・・親兄弟の不正な行為や醜行の数々を天使ノアの苦しみや犠牲によって正されて、西国タリアネシアの王子の手で裁かれた。

 俺とひゅうは、そんな話をロキ神から聞いて知ってしまえば、ノアの幸せを祈るばかりで胸が痛んだ。

 この事実を、将来結ばれるだろうユージーンに話すべきかを思案したが、そもそも神や天使の存在を話したところで、ユージーンの混乱を招くだけだとロキ神は言った。

「レオナルドのように、セスと一緒に天界へ連れて行けとごねられても面倒だからね」

 レオは俺が人生の終わりを迎えた時、ロキ神のいる天界へ行かなくてはいけないことを知っている。だからこそ、俺の事を永遠に手放すまいと何度もロキ神に懇願してくれるんだ。

 俺だってできることならば、永遠にレオと共にいたい。人は愛する人ができた時、きっと永遠に離れたくないと心が叫ぶに違いないから。

 俺の心を読んだロキ神は、深い溜息をついて困った顔をした。

「さてと、みんな、元気でいるんだよ?俺の可愛いセス、ノア、またね?ヒューベルト、セスに不必要な口づけをした事は目をつむってやるから、レオナルドにはバレないようにしろよ?別に口づけじゃなくたって、お前なら何とでも出来た癖にさ!じゃあね」
「はははっ・・」

 ロキ神は、あっという間に俺たちの目の前から消えていった。残された俺とひゅうはノアを見つめながら、思わず「可愛いなぁ」と言いながら頭を撫でるのを止められなかった。













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