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なり手がいない王太子妃
困ったわね……。
でもこれ以上一刻の猶予もないのだから、腹を括る時が来たのかもしれないわ。
思えばこの膠着状態をもう三年も続けているのだ。
公爵令嬢のアイリーンは、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運びつつ、周囲の様子をさりげなく窺う。
彼女の視線の先には、同じく薄々とタイムリミットに気付いているであろう、一様に泣きそうな表情で俯く令嬢――その数九名。
いずれもこの国有数のやんごとなき家柄の娘たちである。
アイリーンはその中でも一番家格が高いことから、自然とこのメンバーのリーダー的立ち位置に担ぎあげられていた。
今日もお茶会と称して、ここ公爵家のタウンハウスに彼女らを呼び集めたのもアイリーンである。
というか、こんな国家にとって重要な事案を私みたいな小娘に丸投げするってどうなのよ?
しかも私自身も候補の一人だっていうのに……。
まあ、うちの国は特殊だから仕方ないのかしらね。
諦めたように遠い目をしたアイリーンは、ふぅっと溜息をこぼすと、最初の挨拶以降は誰も口を開こうとしない、この異様なお茶会の口火を切ることにした。
「皆様、悲しいお知らせですが、いよいよ時間切れのようです。陛下からも『早急な決定を』と結論を促すお言葉がありました。今まで何度もお集まりいただき、ありがとうございました。でもそれも今日で最後です。私たちはこの場にて一人を選出せねばなりません」
アイリーンが沈痛な面持ちながら、凛とした口調で切り出せば、一斉に顔を上げた令嬢からは悲痛な声が上がった。
「そんな……なんとかなりませんの? まだ心の準備が……」
「そうですわ。遺恨を残さない為にも、もう少し話し合いの時間が必要だと考えます」
「ええ、私どもの人生がかかっておりますものね」
口々に発言される内容は確かに最もな言い分ではあるが、かれこれ三年も同じことを繰り返しているとさすがに耳にタコ状態だった。
のらりくらりとはぐらかし、結論をずるずると先延ばしにした結果、今日まで来てしまった。
それはもちろん、アイリーンにも一因はあるわけで。
彼女たちの切実な思いは痛いほど理解できたが、心を鬼にする時が来たようだ。
「そうは言っても、年貢の納め時と言いますか……さすがにもう潮時のようなのです。皆様、ご理解くださいますよう」
もう一度念を押すと、アイリーンはあえて突き放すような言い方をした。
非情な言葉だが仕方がない。
「あと少し……あともう少しだけでも」
「なんだかんだでこの三年間、わたくしたちはこうやって顔を合わせておりましたでしょう? すっかり仲間意識のようなものが生まれてしまって……」
「わかります! 仲間を売るような真似はできませんわ!」
それはアイリーンも同じ気持ちだった。
年齢も近く、似たような環境で育ってきた候補者仲間――このメンバーには並々ならぬ親近感と連帯感を感じずにはいられない。
三年前の顔合わせの時には、あわよくば誰かに押し付けてしまいたいなどと思っていたのに、今となっては胸が痛くてとてもそんなことは出来そうにもなかった。
さあ、終わりにしましょうか。
仲間を守れると思えば悪くもないわね。
元々、いざとなったら公爵家の自分が名乗り出るべきだと思っていたもの。
貴族に生まれた時から、この身は国に捧げるものだと覚悟はしていたわ。
この決断が、ひいてはあの方を守ることにも繋がるのならば……。
すっと立ち上がると、アイリーンはテーブルを見回し、毅然とした態度で宣言した。
「わたくしが王太子妃になります」
高位の令嬢たちが三年もの間、候補でありながらこぞって嫌がっていた立場ーー王太子妃の座につくことを、アイリーンは胸を張って自ら受け入れた。
胸にまだ残る淡い初恋の面影を振り切るようにーー。
でもこれ以上一刻の猶予もないのだから、腹を括る時が来たのかもしれないわ。
思えばこの膠着状態をもう三年も続けているのだ。
公爵令嬢のアイリーンは、すっかり冷めてしまった紅茶を口に運びつつ、周囲の様子をさりげなく窺う。
彼女の視線の先には、同じく薄々とタイムリミットに気付いているであろう、一様に泣きそうな表情で俯く令嬢――その数九名。
いずれもこの国有数のやんごとなき家柄の娘たちである。
アイリーンはその中でも一番家格が高いことから、自然とこのメンバーのリーダー的立ち位置に担ぎあげられていた。
今日もお茶会と称して、ここ公爵家のタウンハウスに彼女らを呼び集めたのもアイリーンである。
というか、こんな国家にとって重要な事案を私みたいな小娘に丸投げするってどうなのよ?
しかも私自身も候補の一人だっていうのに……。
まあ、うちの国は特殊だから仕方ないのかしらね。
諦めたように遠い目をしたアイリーンは、ふぅっと溜息をこぼすと、最初の挨拶以降は誰も口を開こうとしない、この異様なお茶会の口火を切ることにした。
「皆様、悲しいお知らせですが、いよいよ時間切れのようです。陛下からも『早急な決定を』と結論を促すお言葉がありました。今まで何度もお集まりいただき、ありがとうございました。でもそれも今日で最後です。私たちはこの場にて一人を選出せねばなりません」
アイリーンが沈痛な面持ちながら、凛とした口調で切り出せば、一斉に顔を上げた令嬢からは悲痛な声が上がった。
「そんな……なんとかなりませんの? まだ心の準備が……」
「そうですわ。遺恨を残さない為にも、もう少し話し合いの時間が必要だと考えます」
「ええ、私どもの人生がかかっておりますものね」
口々に発言される内容は確かに最もな言い分ではあるが、かれこれ三年も同じことを繰り返しているとさすがに耳にタコ状態だった。
のらりくらりとはぐらかし、結論をずるずると先延ばしにした結果、今日まで来てしまった。
それはもちろん、アイリーンにも一因はあるわけで。
彼女たちの切実な思いは痛いほど理解できたが、心を鬼にする時が来たようだ。
「そうは言っても、年貢の納め時と言いますか……さすがにもう潮時のようなのです。皆様、ご理解くださいますよう」
もう一度念を押すと、アイリーンはあえて突き放すような言い方をした。
非情な言葉だが仕方がない。
「あと少し……あともう少しだけでも」
「なんだかんだでこの三年間、わたくしたちはこうやって顔を合わせておりましたでしょう? すっかり仲間意識のようなものが生まれてしまって……」
「わかります! 仲間を売るような真似はできませんわ!」
それはアイリーンも同じ気持ちだった。
年齢も近く、似たような環境で育ってきた候補者仲間――このメンバーには並々ならぬ親近感と連帯感を感じずにはいられない。
三年前の顔合わせの時には、あわよくば誰かに押し付けてしまいたいなどと思っていたのに、今となっては胸が痛くてとてもそんなことは出来そうにもなかった。
さあ、終わりにしましょうか。
仲間を守れると思えば悪くもないわね。
元々、いざとなったら公爵家の自分が名乗り出るべきだと思っていたもの。
貴族に生まれた時から、この身は国に捧げるものだと覚悟はしていたわ。
この決断が、ひいてはあの方を守ることにも繋がるのならば……。
すっと立ち上がると、アイリーンはテーブルを見回し、毅然とした態度で宣言した。
「わたくしが王太子妃になります」
高位の令嬢たちが三年もの間、候補でありながらこぞって嫌がっていた立場ーー王太子妃の座につくことを、アイリーンは胸を張って自ら受け入れた。
胸にまだ残る淡い初恋の面影を振り切るようにーー。
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