【完結】え?王太子妃になりたい?どうぞどうぞ。

櫻野くるみ

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国の事情と揉める令嬢

『大きくなったら王子様と結婚するの』

そう夢見るまだ幼い貴族令嬢が、世界各国には数多あまた存在しているに違いない。
甘く微笑む王子にキラキラと美しいドレス、広大な城には豪奢な家具と優秀な使用人……。
誰もが着飾り、華麗な舞踏会でダンスを踊る未来の自分を想像し、胸を躍らせるものだ。

貴族の娘に生まれたならば、誰もが憧れるであろう王子妃――その座を狙う多くの令嬢たちによる熾烈な争いは、果ては国を揺るがす大事件に発展する場合だってあるほどだ。
……それが普通の国ならば。

普通の国に当てはまらない、ここバラン王国において、王子妃――ましてや王太子妃になりたいなどと願う娘は皆無だった。
それは王太子が醜いからでも、性格に難があるからでもなく――。

理由はただ一つ。
バラン王国がラキュール帝国の属国だからである。

ラキュール帝国は、大陸でダントツの力を誇っている巨大な国だ。
圧倒的な軍事力で近隣諸国を支配下に置き、富と権力を握っている。
それを可能にしたのが百年ほど前からラキュール帝国のみで発掘されるようになった高性能の魔石で、この魔石に魔力を封じ込めたものを他国に売ることで、ラキュール帝国は瞬く間に発展してきたのだった。
魔石がなければ明かりを灯すことも、水を浄化して使うことも一苦労のこの世界では、ラキュール産の魔石がなければ日常生活すらままならなくなってしまう。
よって、高額だろうと輸入しなければ死活問題であり、万が一皇帝の機嫌を損ねて魔石の販路を失おうものなら、この国は衰退するしかない。
魔石というライフラインを握られている近隣諸国は、必然的にラキュールの属国となるしか道が無かったのである。

バラン王国が属国であることは今更仕方のないことだが、問題はラキュール帝国の皇族の態度にあった。
先々代の皇帝の頃からか、やたら高圧的で攻撃的になり、他国に対して横柄な態度をとるようになったのである。
一年に一度は他国を視察してまわる皇帝は、立場を思い知らせるように他国の王族に対して罵声を浴びせ、跪かせたりするのだ。
自国の貴族の前で恥をかかされ、理不尽な扱いを受けても、魔石を融通してもらう為に甘んじて受け入れるしかない王族たち……。

そんな姿はとても痛々しく、バラン王国の貴族ももちろん目を逸らしたいほど辛かった。
国民の代表として皆の前で従順な態度をとる国王や王太子に対し、現在の皇帝は特に態度が悪く、機嫌が悪いと暴力をふるい、平伏させることまであるのだ。

そんな王太子の元へ嫁ぎ、共に皇帝へひれ伏したいと望む有力な貴族令嬢がいるはずもなく。
こうして「王太子妃候補の会」は進展のないまま三年も続いてしまったのである。
貴族としての義務だとわかっていても、まだ若く美しい令嬢らには耐え難きことに思われたのだ。


◆◆◆


「わたくしが王太子妃になります」

アイリーンが宣言したことで、ざわついていたお茶会の場には静寂が広がっていた。
他の令嬢は目を丸くして口を押えている。

そんな中、最初に我に返ったのは侯爵令嬢のエリスだった。
彼女はアイリーンの幼馴染みで、候補者仲間の中でもとりわけ仲が良かった。

「何をおっしゃっているの!? そんなことさせられませんわ!」
「エリス様、以前から考えていたことなのです。父を公爵に持つわたくしが王太子妃になるべきなのですわ。わたくしの優柔不断のせいで皆さまには長らく不安な思いをさせてしまって……」
「馬鹿なことをおっしゃらないで! あなた一人を犠牲にするような真似、絶対に許しませんわ!」

エリスの言葉を受け、他の令嬢たちも会話に加わってきた。

「アイリーン様のお気持ちは嬉しいですが、それでわたくしたちが喜ぶとでも?」
「候補者なのはみな同じなのですから、今更爵位は関係ありませんわ」

考え直すように迫る令嬢らの気持ちは嬉しいが、アイリーンも覚悟を決めた上での発言である。
「あ、そう?」などと簡単に覆すわけにはいかない。

「皆様のお心遣いには感謝いたします。でも他に道がないのです。わたくしの決意は変わらないので止めても無駄ですわ」
「アイリーン様!」
「そんなの嫌です!」

十名それぞれが声を上げて主張を始め、もはや淑女の集まりとも思えぬ騒がしさの中、ふいにサロンの扉が控えめにノックされた。
――が、彼女たちは誰もその音に気付かない。
それどころではないのだ。

「あのぉー、お茶会ってここで合ってますか?」

突然、シリアスな場面にそぐわない間延びした声が響いた。
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