上 下
3 / 25

モブのプライド

しおりを挟む
モニカにまんまと逃げられてしまった私は、仕方なくとぼとぼと家まで戻ってきた。

チッ、モニカめ。
昔から逃げ足だけは速いんだから!!

追いかけ始めた時にはもう跡形もなかったのである。

教えてもらった内容を一人では処理しきれないと判断した私は、やはり両親からも詳しく話を訊こうと心に決めた。

そうだよ、まだ諦めるのは早いって!
まだモニカの思い込みとか悪ふざけっていう可能性も残ってるし。
万が一、モニカが言ったとおりだとしても、最悪ヒロイン役から逃げればいいだけだしね。
だってヒロインだよ!?
みんなやりたがって、喜んで私と代わってくれるんじゃないの?

その日の夜。
いつものように夕食を囲んでいた家族3人だったが、私は食べかけでフォークを置くと神妙な面持ちで父に問いかけた。

「ねえ、お父さん。お父さんも『ときラビ』って知ってるんだよね?」

私の普段と違った様子に気が付いたのだろう。
両親は2人で視線だけで会話をした後、食べるのをやめると、こちらに姿勢を正して向き直った。

おおっ、すごい緊張感が漂ってる……。
お父さんの顔が劇画調になっちゃってるし。

「とうとう話す時が来たか。アリスももう10歳だものな。いい頃合いか」

「そうですね。アリスも『ときラビ』について理解しているみたいだし、これからのことを話しておくいい機会ですね」

下手な演劇口調で話すと、うんうんと両親は納得しているが、悪いが私は全く理解など出来ていない。

「ううん、私は『ときラビ』なんて知らないよ。今日初めてモニカに教えてもらったんだけど、話の途中で逃げられちゃって……」

昼間のことを思い出し、口を尖らせていると、両親が息を呑むのがわかった。

「え?アリスが『ときラビ』を知らない?──嘘だよな?前世で遊んだ記憶があるだろ!?」

「あ、もしかして前世の記憶がまだ戻りきってないのかしら?それならまだこれから思い出すのかも……」

なんだかめっちゃ驚かれてるよ……。
やっぱりこの二人も私が当然知ってるものだと思ってたわけね。
──なんだか無性に腹が立ってきたぞ。
知らない私が悪いっていうの!?

「知らない。遊んだ記憶もないし、タイトルだって聞いたことない。他の記憶はちゃんとあるから、ただ単に知らないだけ!!」

言い方かキツくなってしまった自覚はあったが、仕方がないと思う。
私は悪くない……はずだ。

しばらく両親が黙ったまま静かな時が流れたが、ようやく納得したのか父が口を開いた。

「そうか。てっきりアリスもゲームを知っていて、時が来たらヒロインだと自覚を持つものだと思い込んでいた。すまなかった。アリスがヒロインだという話はもう聞いたのか?驚いただろう」

急に優しくなった父の眼差しに目頭が熱くなり、泣き出しそうになってしまう。

「うん……。私、突然ヒロインだってモニカに言われて、ストーリーも知らないし、不安ばかりで……」

「そうよね。ゲーム自体を知らなかったなら当然の反応だわ」

母も賛同してくれた。
よし、今がチャンスかもしれない。

私は運命に翻弄される、か弱い少女を装って、涙ながらに訴えかけた。

「ストーリーも知らない私なんて、ヒロイン失格だと思うの。私なんかより、よほどヒロインに相応しい人がいるに決まってる。だから……」

そこで少し溜めてから私は笑顔で明るくキッパリと言った。

「誰かにヒロイン役を代わってもらえばいいんじゃないかな?」

「バカモノーーッ!」

父の雷が落ちた。
なぜ?

「簡単に言うな!大体誰と代わるつもりだ!!」

「えっと、あまり重要な役割じゃない人と……。ヒロインやりたがる人いるかなと思って……」

あまりの剣幕に、しどろもどろに答えたけれど。

「モブを舐めるな!!みんなプライドを持ってモブに徹しているんだ。モブのプライドを甘く見るなーっ!!」

──めっちゃ怒られた。
こんなに怒られたの初めてなんだけど。
え?私、そんな悪いこと言った?

キレた父を私は呆気にとられながら見ていた。


しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

風の中の再生

O.K
エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

新たな人生〜初恋〜

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

彼のアパートでの初めての夜の内容

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

処理中です...