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恋を掴みました
ロレッタはどうやら氷の騎士と面識があったらしい。
それどころか、わかってみれば彼女にとってクロヴィスは思い出深い相手だった。
記憶の中の姿とかけ離れていたせいで、全く気付くことはなかったが。
嘘でしょう?
あの時のお兄さんは、もっと優し気というか、自信がなさそうで儚いイメージだったのに。
私ってば、優しさに付け込んで、自分の目標にお兄さんを巻き込んだのよね。
あ、前髪を掴むという暴挙までやらかしていたわ!
「あの、幼少時とはいえ、大変失礼をいたしました。気安く侯爵令息に話しかけた上に、その……前髪を……」
「ははっ、気にすることはない。俺は君との約束のおかげで今日までやってこれたんだ。感謝こそすれ、怒ることなどないさ」
「それはありがとうございます。でも随分と印象が変わっていて驚きました」
「それはどういう意味でだろう。悪くなっていなければいいが」
そう言って困ったように笑うクロヴィスに、ロレッタの頬が赤く染まる。
氷の騎士の笑顔は、まだ慣れそうにもなかった。
かつて見たクロヴィスは、守ってあげたくなるような可愛らしさがあったはずなのに、成長した彼は精悍な顔つきをした紛れもない男性になっていた。
線は相変わらず細く見えるものの、騎士なのだから筋肉が付いていることは明らかである。
一番昔と違うのは、視線に色気を感じることだろうか。
今日は前髪を上げているせいか、余計に視線が交わって恥ずかしいわ。
何だか絡めとられてしまいそうなのに怖くないし、少しも嫌だと思わないなんて不思議ね。
ロレッタの瞳に熱が帯びた気がしたクロヴィスは、浮足立つ心を抑えて彼女と出会って以降の話を始めた。
「ロレッタ嬢と出会ったあの日、俺は前髪を切ったんだ。君に顔が見えないのはもったいないと言われたからな。その後は騎士学校に入り、騎士団員となったあとも辺境領への異動を志願して、ひたすら励んできた。君と約束をしたから」
「なんだか申し訳ございません。軽い気持ちで言ってしまって。あ、でも私もそれなりに頑張ったんですよ? 淑女らしく振舞えるように」
「知っているさ。王都へ戻ってからというもの、俺は君をずっと探していたというのに、見つけることは叶わなかった。あの飛び蹴りのおかげだな」
「それは忘れてください!」
二人は同時に吹き出した。
出会ってから十年経ったが、やっとあの指切りの答え合わせができたと思うとクロヴィスは感慨深かった。
そして、リボンを手にしたクロヴィスは、ロレッタを見つめて万感の思いで切り出した。
「君に会いたかった。このリボンが心の支えだったんだ」
リボンへ一つキスを落としたクロヴィスが、今度はロレッタの手を握る。
「一目会えたらそれでいいと思っていた。でも君が欲しくなった。今日は騎士としてやってきたのではなく、君へプロポーズをしにきたんだ。ロレッタ、君を愛している。俺と結婚してくれないか?」
クロヴィスのロイヤルブルーの瞳が、真摯な光を湛えながらも情熱的に訴えてくる。
氷の騎士の冷たい視線からは考えられないような熱い眼差しに、ロレッタは頷くことしか出来なかった。
夜会会場で見つめ合った時から、この瞳に落とされていたのだ。
「ありがとう。大切にする!」
テーブルを回り込んだクロヴィスが、ロレッタを強く抱きしめた。
緊張していたのか、氷の騎士の体は熱く、彼に腕をまわしながらロレッタは思わず笑みを零した。
お義姉様との会話はそういうことだったのね。
こんな饒舌なクロヴィス様を知っているのは、きっと私だけ……。
硬い胸板に頬を寄せながら、ロレッタは幸せを感じていた。
◆◆◆
クロヴィスとロレッタの婚約はすぐに整った。
ライナルトと破局した時点で娘の結婚を諦めていた両親にとって、クロヴィスからの婚約の打診は願ってもいない話だった。
それは、浮いた話一つないクロヴィスを心配していた侯爵夫妻にとっても同じことだったらしく、何の障害もなく二人は結ばれることとなったのである。
ちなみに、元婚約者のライナルトは領地に引きこもっているらしい。
伯爵に命じられたこともあるが、社交界で『女の飛び蹴りで失神した男』と有名になってしまった彼は、メンタルをやられたのだとか。
あの場で婚約破棄を宣言するメンタルはあったのに不思議なものだ。
イヴリンも修道院へと送られたが、「氷の騎士怖い……イノシシ怖い……」と震えているそうだ。
世間知らずだっただけの彼女には、気の毒な結果だったかもしれない。
初めて二人そろって夜会へ出席した夜、婚約した彼らを周囲は温かく迎えてくれた。
クロヴィスの纏う空気が柔らかくなったからか、話しかけてくる者も多い。
すると――
「ロレッタ、いつになったら私たちにクロヴィス様を紹介してくれるのかしら?」
「そうよ。もう結婚は諦めているとか言いながら、ちゃっかりうまくやってるなんて」
「クロヴィス様、よければロレッタとの馴れ初めを教えていただけませんか?」
気付けば二人はロレッタの親友、シンシア、ジュリア、アイリーンに囲まれていた。
ずっと機会を狙っていたに違いない。
「ちょっと、そんな口々に言われても……」
「馴れ初め? それなら、ロレッタが私の前髪を掴んだからですよ。あの時から私の心は彼女に捕らわれているのです」
まさかのクロヴィスの発言に、親友たちだけでなく周囲で聞き耳を立てていた令嬢たちも「きゃーーーーっ!」という大きな歓声を上げた。
「聞いた? ロレッタはやっぱりチャンスの神様の前髪を掴んだのよ!」
「氷の騎士の前髪を掴むなんて、やっぱりロレッタはただものじゃなかったわ」
「私も掴めるかしら?」
収集がつかないほどの盛り上がりを見せる中、ロレッタは呆れたように横目でクロヴィスを見た。
「あんなことを言っちゃって……」
「本当のことだろう? 俺はあれで心を掴まれたのだから」
悪戯っぽく笑うクロヴィスに言い返すことが出来ずに、ロレッタは照れたように「もうっ」と言いながら、彼の固い胸板を叩いて見せたのだった。
この夜会以降、コバルト王国では『前髪を掴むと恋が叶う』という都市伝説がまことしやかに流れることとなるのだが――
前髪を伸ばすブームがやってくるのはまた少し未来の話。
それどころか、わかってみれば彼女にとってクロヴィスは思い出深い相手だった。
記憶の中の姿とかけ離れていたせいで、全く気付くことはなかったが。
嘘でしょう?
あの時のお兄さんは、もっと優し気というか、自信がなさそうで儚いイメージだったのに。
私ってば、優しさに付け込んで、自分の目標にお兄さんを巻き込んだのよね。
あ、前髪を掴むという暴挙までやらかしていたわ!
「あの、幼少時とはいえ、大変失礼をいたしました。気安く侯爵令息に話しかけた上に、その……前髪を……」
「ははっ、気にすることはない。俺は君との約束のおかげで今日までやってこれたんだ。感謝こそすれ、怒ることなどないさ」
「それはありがとうございます。でも随分と印象が変わっていて驚きました」
「それはどういう意味でだろう。悪くなっていなければいいが」
そう言って困ったように笑うクロヴィスに、ロレッタの頬が赤く染まる。
氷の騎士の笑顔は、まだ慣れそうにもなかった。
かつて見たクロヴィスは、守ってあげたくなるような可愛らしさがあったはずなのに、成長した彼は精悍な顔つきをした紛れもない男性になっていた。
線は相変わらず細く見えるものの、騎士なのだから筋肉が付いていることは明らかである。
一番昔と違うのは、視線に色気を感じることだろうか。
今日は前髪を上げているせいか、余計に視線が交わって恥ずかしいわ。
何だか絡めとられてしまいそうなのに怖くないし、少しも嫌だと思わないなんて不思議ね。
ロレッタの瞳に熱が帯びた気がしたクロヴィスは、浮足立つ心を抑えて彼女と出会って以降の話を始めた。
「ロレッタ嬢と出会ったあの日、俺は前髪を切ったんだ。君に顔が見えないのはもったいないと言われたからな。その後は騎士学校に入り、騎士団員となったあとも辺境領への異動を志願して、ひたすら励んできた。君と約束をしたから」
「なんだか申し訳ございません。軽い気持ちで言ってしまって。あ、でも私もそれなりに頑張ったんですよ? 淑女らしく振舞えるように」
「知っているさ。王都へ戻ってからというもの、俺は君をずっと探していたというのに、見つけることは叶わなかった。あの飛び蹴りのおかげだな」
「それは忘れてください!」
二人は同時に吹き出した。
出会ってから十年経ったが、やっとあの指切りの答え合わせができたと思うとクロヴィスは感慨深かった。
そして、リボンを手にしたクロヴィスは、ロレッタを見つめて万感の思いで切り出した。
「君に会いたかった。このリボンが心の支えだったんだ」
リボンへ一つキスを落としたクロヴィスが、今度はロレッタの手を握る。
「一目会えたらそれでいいと思っていた。でも君が欲しくなった。今日は騎士としてやってきたのではなく、君へプロポーズをしにきたんだ。ロレッタ、君を愛している。俺と結婚してくれないか?」
クロヴィスのロイヤルブルーの瞳が、真摯な光を湛えながらも情熱的に訴えてくる。
氷の騎士の冷たい視線からは考えられないような熱い眼差しに、ロレッタは頷くことしか出来なかった。
夜会会場で見つめ合った時から、この瞳に落とされていたのだ。
「ありがとう。大切にする!」
テーブルを回り込んだクロヴィスが、ロレッタを強く抱きしめた。
緊張していたのか、氷の騎士の体は熱く、彼に腕をまわしながらロレッタは思わず笑みを零した。
お義姉様との会話はそういうことだったのね。
こんな饒舌なクロヴィス様を知っているのは、きっと私だけ……。
硬い胸板に頬を寄せながら、ロレッタは幸せを感じていた。
◆◆◆
クロヴィスとロレッタの婚約はすぐに整った。
ライナルトと破局した時点で娘の結婚を諦めていた両親にとって、クロヴィスからの婚約の打診は願ってもいない話だった。
それは、浮いた話一つないクロヴィスを心配していた侯爵夫妻にとっても同じことだったらしく、何の障害もなく二人は結ばれることとなったのである。
ちなみに、元婚約者のライナルトは領地に引きこもっているらしい。
伯爵に命じられたこともあるが、社交界で『女の飛び蹴りで失神した男』と有名になってしまった彼は、メンタルをやられたのだとか。
あの場で婚約破棄を宣言するメンタルはあったのに不思議なものだ。
イヴリンも修道院へと送られたが、「氷の騎士怖い……イノシシ怖い……」と震えているそうだ。
世間知らずだっただけの彼女には、気の毒な結果だったかもしれない。
初めて二人そろって夜会へ出席した夜、婚約した彼らを周囲は温かく迎えてくれた。
クロヴィスの纏う空気が柔らかくなったからか、話しかけてくる者も多い。
すると――
「ロレッタ、いつになったら私たちにクロヴィス様を紹介してくれるのかしら?」
「そうよ。もう結婚は諦めているとか言いながら、ちゃっかりうまくやってるなんて」
「クロヴィス様、よければロレッタとの馴れ初めを教えていただけませんか?」
気付けば二人はロレッタの親友、シンシア、ジュリア、アイリーンに囲まれていた。
ずっと機会を狙っていたに違いない。
「ちょっと、そんな口々に言われても……」
「馴れ初め? それなら、ロレッタが私の前髪を掴んだからですよ。あの時から私の心は彼女に捕らわれているのです」
まさかのクロヴィスの発言に、親友たちだけでなく周囲で聞き耳を立てていた令嬢たちも「きゃーーーーっ!」という大きな歓声を上げた。
「聞いた? ロレッタはやっぱりチャンスの神様の前髪を掴んだのよ!」
「氷の騎士の前髪を掴むなんて、やっぱりロレッタはただものじゃなかったわ」
「私も掴めるかしら?」
収集がつかないほどの盛り上がりを見せる中、ロレッタは呆れたように横目でクロヴィスを見た。
「あんなことを言っちゃって……」
「本当のことだろう? 俺はあれで心を掴まれたのだから」
悪戯っぽく笑うクロヴィスに言い返すことが出来ずに、ロレッタは照れたように「もうっ」と言いながら、彼の固い胸板を叩いて見せたのだった。
この夜会以降、コバルト王国では『前髪を掴むと恋が叶う』という都市伝説がまことしやかに流れることとなるのだが――
前髪を伸ばすブームがやってくるのはまた少し未来の話。
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