【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ

文字の大きさ
1 / 13

王太子の憂鬱

しおりを挟む
ここシュナール王国は、大陸に数ある国の中でも有数の歴史ある大国である。
周辺国と比べても治安は良好、城下町も活気に溢れ、暮らし易さは折り紙付き、一見何の問題もない豊かな国に見えた。
ある一点を除いては・・・


シュナール王国の王太子フェルゼンは、俯きながら城の廊下を歩いていた。
気分はこの上なく憂鬱で、特に行くあてもなかったが、鬱屈した気分に堪えきれず、仕方なくのそのそと部屋を出てきたのである。
吹き抜けの階段から階下を覗けば、忙しなく行き交う使用人が目に入り、否応なく今夜の夜会を思い起こさせた。

今日はこの城で夜会が行われる。
初めて夜会に訪れる若者にとって、社交界での最初のお披露目となるデビュタントが開かれるのだ。
一年に一度の華やかな場にも関わらず、今夜も繰り広げられるであろう惨状を思うと、フェルゼンは無意識に溜め息を吐いていた。


フェルゼンは、生まれつき困った体質をしていた。
特異体質の一種なのだろうか、相手の性別関係なく、ところ構わずフェロモンを撒き散らしてしまうのである。
そう聞くと女性にモテる素晴らしい能力だと思われがちだが、彼の場合は度を越していた。
もはや、モテるとかモテないなどというレベルの話ではおさまらないのだ。

それはフェルゼン誕生の時まで遡る。
産声をあげてこの世に生まれ出たフェルゼンに、まず医師と産婆がやられた。
輝くような美しい赤子の姿と、祝福の鐘の音かと錯覚を起こす泣き声に、呆気なく失神したのである。
次いで、驚き慌てて駆け寄った侍女ら、喜び勇んで入室した父である国王、何が起きたのか心配して目をやった母までもがフェルゼンを見て気を失い、産声を耳にしただけの城の使用人が腰を抜かした。
嘘みたいな話だが、おかげで生まれたてのフェルゼンは、皆が意識を取り戻すまでしばらく裸のまま放置されていたそうだ。
王太子の誕生とも思えない悲惨な状況である。
この奇妙な出来事の原因はすぐに宰相を中心に調査され、あっさりと謎は解明された。
フェルゼンの美しさ、そして何よりも放たれるフェロモンに充てられた結果だと結論づけられたのである。

幸いなことに、日々顔を合わせ免疫が出来ることによって、徐々に両親や使用人はそのフェロモンに慣れていった。
おかげで、周囲の者だけは無闇に失神しなくなった。
あくまで周囲の人間だけではあるが。

困ったことに、成長するにつれてフェルゼンの美男子っぷりは加速した。
ふわりとした金色の髪は神々しいほどに輝き、神話に出てくるような鼻筋の通った美しい顔、曇りのないエメラルドの瞳、耳障りのいい声、しなやかな体躯・・・
フェロモンは成長と共にますます濃く放たれ、辺りに漂っていく。
その結果、他国の王族との交流、国内行事、私的なお茶会、貴族子息との勉強会、そのどれもが苦い思い出ばかりになってしまった。
なぜなら、フェルゼンのフェロモンに免疫のない周りの人間が、次々にバタバタと気を失っていくのである。
看護に駆け付けた者までもが失神し、まるで阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てた。

ただ辛うじて良かったのは、皆に失神する際の気分を聞くと、皆一様に気持ちが良く、花畑の中を天使に連れられていく感じだったと答えたことだろう。
しかし気を失うのは危険な行為であり、フェルゼンが行動する時はいつも医師が同行する始末である。

ああ、今年もこの日が来てしまった・・・
またあの光景が繰り広げられるのか。

フェルゼンは暗澹たる思いで、去年までのデビュタントを思い出していた。

次々と運ばれていく白いドレスの少女たち・・・
フェルゼンと初めて対面する令嬢らに、フェロモンは面白いほどに効果覿面だった。
国王への自己紹介の為に並び立つ令嬢は、国王の隣に立つフェルゼンを目にした途端に倒れてしまう。
もちろん貴族にはフェルゼンの体質は周知の事実なので、皆対策は怠らない。
フェルゼンと目は合わせない、会話もしない、距離をとるという基本の3ヶ条が存在するのだが、興味本意でつい見てしまい倒れる令嬢もいれば、香りだけで失神してしまう令嬢もいた。
もはや、一度失神を経験したい!いうチャレンジャーまで現れ、デビュタントはいつも大惨事となってしまうのである。

私は出席しない方がいいと訴えているのに、婚約者探しだからと押し切られてしまうし。
いやいや、こんな状態で婚約者など無理に決まっているではないか!!
今日もまた同じことの繰り返しに決まっている・・・

今夜もあらかじめ、失神する令嬢用の休憩室が大量に準備されているのを横目に見ながら、うっかり面識の少ない使用人と顔を合わせたら迷惑をかけてしまうと考え、フェルゼンはとぼとぼと自室へ戻っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

「股ゆる令嬢」の幸せな白い結婚

ウサギテイマーTK
恋愛
公爵令嬢のフェミニム・インテラは、保持する特異能力のために、第一王子のアージノスと婚約していた。だが王子はフェミニムの行動を誤解し、別の少女と付き合うようになり、最終的にフェミニムとの婚約を破棄する。そしてフェミニムを、子どもを作ることが出来ない男性の元へと嫁がせるのである。それが王子とその周囲の者たちの、破滅への序章となることも知らずに。 ※タイトルは下品ですが、R15範囲だと思います。完結保証。

急に王妃って言われても…。オジサマが好きなだけだったのに…

satomi
恋愛
オジサマが好きな令嬢、私ミシェル=オートロックスと申します。侯爵家長女です。今回の夜会を逃すと、どこの馬の骨ともわからない男に私の純潔を捧げることに!ならばこの夜会で出会った素敵なオジサマに何としてでも純潔を捧げましょう!…と生まれたのが三つ子。子どもは予定外だったけど、可愛いから良し!

平凡な伯爵令嬢は平凡な結婚がしたいだけ……それすら贅沢なのですか!?

Hibah
恋愛
姉のソフィアは幼い頃から優秀で、両親から溺愛されていた。 一方で私エミリーは健康が取り柄なくらいで、伯爵令嬢なのに贅沢知らず……。 優秀な姉みたいになりたいと思ったこともあったけど、ならなくて正解だった。 姉の本性を知っているのは私だけ……。ある日、姉は王子様に婚約破棄された。 平凡な私は平凡な結婚をしてつつましく暮らしますよ……それすら贅沢なのですか!?

冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~

白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…? 全7話です。

旦那様に「君を愛する気はない」と言い放たれたので、「逃げるのですね?」と言い返したら甘い溺愛が始まりました。

海咲雪
恋愛
結婚式当日、私レシール・リディーアとその夫となるセルト・クルーシアは初めて顔を合わせた。 「君を愛する気はない」 そう旦那様に言い放たれても涙もこぼれなければ、悲しくもなかった。 だからハッキリと私は述べた。たった一文を。 「逃げるのですね?」 誰がどう見ても不敬だが、今は夫と二人きり。 「レシールと向き合って私に何の得がある?」 「可愛い妻がなびくかもしれませんわよ?」 「レシール・リディーア、覚悟していろ」 それは甘い溺愛生活の始まりの言葉。 [登場人物] レシール・リディーア・・・リディーア公爵家長女。  × セルト・クルーシア・・・クルーシア公爵家長男。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

うちに待望の子供が産まれた…けど

satomi
恋愛
セント・ルミヌア王国のウェーリキン侯爵家に双子で生まれたアリサとカリナ。アリサは黒髪。黒髪が『不幸の象徴』とされているセント・ルミヌア王国では疎まれることとなる。対してカリナは金髪。家でも愛されて育つ。二人が4才になったときカリナはアリサを自分の侍女とすることに決めた(一方的に)それから、両親も家での事をすべてアリサ任せにした。 デビュタントで、カリナが皇太子に見られなかったことに腹を立てて、アリサを勘当。隣国へと国外追放した。

処理中です...