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くっつけ令嬢は今日も幸せ
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恐る恐る目を上げると……「なるほどね。赤い糸か」と、納得しているエリオット。
「エリオット様は私の話を信じるのですか?」
「夜会で君が、何か地面をじっと見つめながら移動するのを見ていたからね。確かその後に、ジェシカ嬢の婚約者が決まったのではなかったかな」
「た、確かにあの時初めて赤い糸が見えて、糸の行方を辿っていましたが……。そもそも赤い糸の伝説を知っているのですか?」
「うーん、以前そんな話を聞いたことがあるような。まさか、本当に見える人がいるとは思いもしなかったけどね」
ですよね。
私も自分の力にびっくりしましたから。
「でも不思議な力を得たとして、それを友人や侍女の為に使うなんて、アリシア嬢は優しい人だ。自分の為に力を使おうとは思わなかったの?」
「……もちろん思いました」
そこでナイフとフォークを置いたアリシアは、自分の右手の小指に目をやった。
「私には見えないのです。自分の赤い糸が」
「そうなのかい?」
驚いた表情のエリオットに一つ頷き、アリシアは自分の糸が見えない理由について、考えられることを説明した。
「運命の相手が元から存在しない可能性もありますが、もしかしたらその時は、まだ好きな人がいなかったからかもしれません」
「その時はまだ? 今は好きな人ができたということかな?」
「えっ!」
アリシアの頬が一瞬で茹で上がった。
無意識に口にしていたが、今の言い方ではまるで、好きな人ができたかのようだ。
しかも、思い当たるのはダンスを踊ってくれた、目の前に座っているエリオットで——。
慌てて誤魔化すようにパンケーキを頬張ったら、メープルシロップがさっきよりもずっと甘く感じられた。
「ふふっ。じゃあ、私も見てもらおうかな。運命の相手が気になるし」
「エリオット様の相手……」
「ああ。実は気になっている子がいるんだ」
エリオット様に気になる女性が……。
途端に甘かったはずのパンケーキの味がわからなくなってしまった。
胸が苦しくなり、心臓が嫌な音を立て始める。
『嫌です!』と言いたい気持ちを抑え、アリシアはテーブルに置かれていたエリオットの手を握り、目を瞑った。
エリオット様には幸せな時間をもらったもの。
今度は彼の幸せを願う番だわ。
彼の恋が上手くいきますように!
こわごわと目を開けると——目に映ったのは赤い糸だった。
なぜか、アリシアの小指にしっかりと巻き付いている。
「え? なんで? どうして私の指に赤い糸が……」
呆然と呟いた言葉は、身を乗り出してエリオットが抱きしめてきたせいで、かき消されてしまった。
「ははっ! 私がこれだけ恋焦がれてきたのだから当然だろう?」
「恋焦がれる? エリオット様が?」
腕を少しだけ緩めたエリオットが、アリシアの顔を覗き込みながら甘く笑う。
「そうだよ。夜会で食べている姿に惹かれてから、君に何度アプローチしたことか」
「アプローチ? されたことありましたか?」
「ほら! でもその鈍感なところがたまらなく可愛いから困るんだ」
「鈍感……」
やはりアリシアは鈍いらしい。
今となっては、こんな素敵な人をほったらかしにして、食欲を優先していた自分が信じられない。
「アリシア嬢、君を愛しているよ。私と結婚してくれないか?」
「エリオット様……喜んで!」
おでこにキスを落とされ、アリシアにとってこの上なく甘い初デートとなったのだった。
デートの翌日には、カーティス侯爵家から正式に婚約の打診があった。
アリシアの父は小躍りし、幼馴染のジェシカとミシェルも自分のことのように喜んでくれた。
後から知ったことだが、二人はクロエに頼まれ、夜会であえてアリシアを一人ぼっちにしていたらしい。
クロエは兄をけしかけ、アリシアと仲良くさせようと目論んでいたとか。
さすが世話焼き令嬢、抜かりない計画である。
「アリシア、またカップルを誕生させたんだって?」
「エリオット様! だって、私ばかり幸せじゃ申し訳なくて……」
「君が幸せなのは嬉しいけど、最近はクロエよりもアリシアのほうが『くっつけ令嬢』と呼ばれているらしいじゃないか」
「クロエ様より!? それはご勘弁を!」
「はははっ!」
エリオットは、愛おしくて仕方がないといった顔で、最愛の婚約者を腕に閉じ込めた。
赤い糸が見える『くっつけ令嬢アリシア』は、その後も運命の相手をさりげなく紹介することで、王国の成婚率に貢献したのだった。
おしまい。
「エリオット様は私の話を信じるのですか?」
「夜会で君が、何か地面をじっと見つめながら移動するのを見ていたからね。確かその後に、ジェシカ嬢の婚約者が決まったのではなかったかな」
「た、確かにあの時初めて赤い糸が見えて、糸の行方を辿っていましたが……。そもそも赤い糸の伝説を知っているのですか?」
「うーん、以前そんな話を聞いたことがあるような。まさか、本当に見える人がいるとは思いもしなかったけどね」
ですよね。
私も自分の力にびっくりしましたから。
「でも不思議な力を得たとして、それを友人や侍女の為に使うなんて、アリシア嬢は優しい人だ。自分の為に力を使おうとは思わなかったの?」
「……もちろん思いました」
そこでナイフとフォークを置いたアリシアは、自分の右手の小指に目をやった。
「私には見えないのです。自分の赤い糸が」
「そうなのかい?」
驚いた表情のエリオットに一つ頷き、アリシアは自分の糸が見えない理由について、考えられることを説明した。
「運命の相手が元から存在しない可能性もありますが、もしかしたらその時は、まだ好きな人がいなかったからかもしれません」
「その時はまだ? 今は好きな人ができたということかな?」
「えっ!」
アリシアの頬が一瞬で茹で上がった。
無意識に口にしていたが、今の言い方ではまるで、好きな人ができたかのようだ。
しかも、思い当たるのはダンスを踊ってくれた、目の前に座っているエリオットで——。
慌てて誤魔化すようにパンケーキを頬張ったら、メープルシロップがさっきよりもずっと甘く感じられた。
「ふふっ。じゃあ、私も見てもらおうかな。運命の相手が気になるし」
「エリオット様の相手……」
「ああ。実は気になっている子がいるんだ」
エリオット様に気になる女性が……。
途端に甘かったはずのパンケーキの味がわからなくなってしまった。
胸が苦しくなり、心臓が嫌な音を立て始める。
『嫌です!』と言いたい気持ちを抑え、アリシアはテーブルに置かれていたエリオットの手を握り、目を瞑った。
エリオット様には幸せな時間をもらったもの。
今度は彼の幸せを願う番だわ。
彼の恋が上手くいきますように!
こわごわと目を開けると——目に映ったのは赤い糸だった。
なぜか、アリシアの小指にしっかりと巻き付いている。
「え? なんで? どうして私の指に赤い糸が……」
呆然と呟いた言葉は、身を乗り出してエリオットが抱きしめてきたせいで、かき消されてしまった。
「ははっ! 私がこれだけ恋焦がれてきたのだから当然だろう?」
「恋焦がれる? エリオット様が?」
腕を少しだけ緩めたエリオットが、アリシアの顔を覗き込みながら甘く笑う。
「そうだよ。夜会で食べている姿に惹かれてから、君に何度アプローチしたことか」
「アプローチ? されたことありましたか?」
「ほら! でもその鈍感なところがたまらなく可愛いから困るんだ」
「鈍感……」
やはりアリシアは鈍いらしい。
今となっては、こんな素敵な人をほったらかしにして、食欲を優先していた自分が信じられない。
「アリシア嬢、君を愛しているよ。私と結婚してくれないか?」
「エリオット様……喜んで!」
おでこにキスを落とされ、アリシアにとってこの上なく甘い初デートとなったのだった。
デートの翌日には、カーティス侯爵家から正式に婚約の打診があった。
アリシアの父は小躍りし、幼馴染のジェシカとミシェルも自分のことのように喜んでくれた。
後から知ったことだが、二人はクロエに頼まれ、夜会であえてアリシアを一人ぼっちにしていたらしい。
クロエは兄をけしかけ、アリシアと仲良くさせようと目論んでいたとか。
さすが世話焼き令嬢、抜かりない計画である。
「アリシア、またカップルを誕生させたんだって?」
「エリオット様! だって、私ばかり幸せじゃ申し訳なくて……」
「君が幸せなのは嬉しいけど、最近はクロエよりもアリシアのほうが『くっつけ令嬢』と呼ばれているらしいじゃないか」
「クロエ様より!? それはご勘弁を!」
「はははっ!」
エリオットは、愛おしくて仕方がないといった顔で、最愛の婚約者を腕に閉じ込めた。
赤い糸が見える『くっつけ令嬢アリシア』は、その後も運命の相手をさりげなく紹介することで、王国の成婚率に貢献したのだった。
おしまい。
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