奇妙な物語

海藤日本

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令和の百鬼夜行

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 時刻は正午を指した。
「もう昼休みか」
 
 男が、昼ご飯を買いにコンビニに行こうとした時であった。
 会社の上司が突然、妙な事を言い出した。

「よし、今日の仕事は終わりだ。皆、早く家に帰るように」
「終わり? まだ正午だぞ?」
 
 男は、上司の発言に混乱した。
 すると職場の先輩、後輩、そして同僚が男に当たり前かのように「お疲れ様」と言い、会社を後にした。
 男は気になり、上司に尋ねた。

「あの、今日の仕事は本当に終わりなんですか?」
 
 それを聞いた上司も、当たり前かのような表情で言った。

「あぁ、そうだか? ……そんな事より、君も早く帰りたまえ。電車に乗り遅れてしまうぞ」
「電車に乗り遅れるって、まだ昼なのに」
 
 男は、疑問を抱えながら会社を出た。
 お腹が空いたので、近くの牛丼屋へ向かうと、今度は妙な張り紙が牛丼屋のドアに貼ってあった。

「オーダーストップは午後0時30分までとなっております。当店は午後1時に閉店となります。当店は午前8時に営業開始となります」
「おい、この店昨日まで24時間営業だった筈だろ? 営業時間が変わったにせよ、閉まるの早すぎではないか?」
 
 男はそう思ったが時間ギリギリであった為、店に入り、昼ご飯を食べる事にした。
 しかし、オーダーストップ間近に来たのが駄目だったのか店員の態度が悪かった。
 男は厨房のすぐ近くの席に座った為、店員達の声が微かに聞こえた。

「こんな時間に来るとか頭おかしくない? 私達これから片付けとかしないといけないのに。私達を殺す気なの? あの人……」
「殺す気? 一体あの店員達は何を言っているのか?」
 
 すると、店員が男の席に食べ物を持ってきた。
 男は思いきって尋ねた。

「すみません。私、何かあなた達にしました?」
 
 しかし、店員は何も言わずに返ってきたのは舌打ちだけであった。
 店を出て、コーヒーを飲もうとコンビニに行くと、また妙な貼り紙が店のドアに貼ってあった。

「営業開始時間午前8時。閉店時間午後2時」
「コンビニで、たったの6時間営業? やはり、何かがおかしい」
 
 男は腕時計を見ると、時刻は現在、午後1時であった。
 その時、上司が帰り際に言ったあの言葉を思い出した。

「電車に遅れるぞ」

「まさか」と思った男はコンビニでコーヒーを買い、急いで駅へと向かった。
 駅に着くと、やはり終電時間が午後2時までになっていた。
 現在、時刻は午後1時30分。
 男は、電車に乗るとまだ昼であるのに、帰宅時間並みの人の多さで、乗るのがやっとであった。
 男は、たくさん人達に押し潰されながらようやく悟った。

「そうか。日本中の勤務時間が、大幅に短縮されたのだな」
 
 しかし、男はまた妙だと思った。
 何故なら、男は毎日ニュースを見ているのだが、法で勤務時間が改正されたとかのニュースは、全く見た覚えがないからだ。
 こんな社会現象が起きれば、必ず記事にされる筈である。
 それなのに、男以外の人間はあたかもそれが当たり前かのように行動している。
 昨日までとは、生活が一変しているのにだ。

「皆、何処で知ったのだろうか?」
 
 時刻は午後2時を指し、男は電車から出ると家の帰り道にあるスーパーに寄ろうとした。
 しかし、すでに閉店していた。
 それどころか、周りにあるあらゆる店が、もう閉店しており、明かりが完全になくなっていた。

「こんな時間に閉まっていたら、女房がいる者ならまだしも、私のような独身の人達は一体、どうやって夜ご飯を食べているのだ?」
 
 男は、あまりの非現実的な現象を体験して、身体が疲れてしまった。
 その為、近くの公園のベンチに座りコンビニで買った缶コーヒーを開けて飲み始めた。
 現在、時刻は午後2時30分。
 公園には男以外、誰一人居なかった。
 それどころか、さっきまで駅にはたくさんの人が居たのに、たったの30分程で、殆んど人通りも少なくなっていた。
 車道を見てみると、車も殆んど走っていない。
 考えても仕方がない事は分かっていた。 
 しかし、男はどうしても気になってしまい、道を歩いている一人の若い男性に聞く事にした。

「あの、すみません。何故、まだこの時間なのに人通りがこんなに少ないのでしょうか?」
 
 それを聞いた若い男性は、誰が見ても分かるような嫌な顔をしてこう答えた。

「そんな事、午後5時になったら分かるよ」
 
 それだけ言い残して、若い男性は去って行った。
 男は、飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨て家に帰る事にした。
 何故か今吹いている風も、男を軽蔑しているような気がした。

「どうやら、この事は聞いてはいけないようだ。それに、あの若者は午後5時になれば分かると言っていたな」
 
 男は、その時間になるまでその答えを待つ事にした。
 男は現在、マンションの五階に部屋を借りて暮らしていた。
 しかし、それが後に後悔する事になる。
 時刻は午後5時となり突然、町中に蛍の光の音楽と共に、女性のアナウンスが聞こえ始めた。

「本日も一日お疲れ様でした。本日は、あと一時間を持ちまして終了と致します。まだ、外に居る方は速やかに家に帰宅して下さい。午後6時を過ぎますと、町の明かり、部屋の電気は全て遮断されます。午後6時以降は決して外には出ないようにしましょう。午後6時以降はテレビ、エアコン、は使用してはいけません。入浴、ご飯の支度等も厳禁となっておりますので、カーテンはしっかりと閉め、速やかに入眠しましょう。もしトイレに行く際は、懐中電灯を使用して必ず、外に光が漏れないようにして下さい。トイレをした際は、流す事は禁止されています。午前6時以降に流すよう心掛けましょう。もし、やむを得ず家の中で会話をする時は小さい声で話すようにして下さい。家の中で物音をたてる時も、細心の注意を払って下さい。決して、大きな物音をたてないように注意しましょう。睡眠中に寝言を言ってしまう方や、大きないびきを出してしまう方は、処方された薬を必ず服薬し入眠するようお願いします。午後6時以降は電話も遮断されますので注意しましょう。スマートフォン等は、マナーモードにするか、電源をお切りになるようお願い致します。スマートフォン等の明かりは決して外に漏れないようにしましょう」
 
 これが、午後5時から午後5時59分まで、繰り返し放送された。
 あまりにも奇妙なアナウンスを聞いて、驚きすぎて男はもう声すら出なかった。
 次の瞬間、女性のアナウンスは声のトーンが急に低くなり最後にこう言った。

「要は死にたくなかったら、午後6時から午前6時までの間は何もするなって事です。皆さん、決まりはしっかりと守りましょう。それではおやすみなさい」
 
 それと同時に午後6時になり、全ての光が遮断された。 
 さっきまで、夕焼け空だったのが一気に真っ暗になった。
 男の部屋の電気も消え、外のあらゆる光があらゆる音が、全て闇の中に包まれた。
 男は挙動不審になりながらも、部屋のカーテンを急いで閉めた。
 テレビはつくがどの番組も放送しておらず、「テレビの光が漏れてはまずい」と思い咄嗟にテレビの電源も消した。
 持っているスマホも起動はしているが流石に触る余裕もなかった。

「どうなっているんだこの世界は。夢ならば早く覚めてくれ」
 
 男は震えながら神に祈った。
 冷や汗が止まらず、喉が渇いたので冷蔵庫を開け、中にあるお茶を出し喉に通した。

「冷蔵庫は起動しているのか」
 
 男はお茶を飲み終え冷蔵庫を閉めた。

「バタン!」
 
 次の瞬間、部屋の窓から何者かが「ドンドンドンドン!」と叩く音が聞こえた。

「しまった! 冷蔵庫を閉める音が大きかったか!」
 
 男は必死に両手で口を抑え、息を殺した。
 一分程経つと、叩く音が鳴りやんだ。

「助かった……」
 
 男は再び喉が乾くが、恐怖で身体が痙攣してしまい全く動かない。
 男はもう分かっていた。

「今外に居るのは、人間ではない何か」だと。
「午後6時以降に外に出たら、その者達に殺されてしまうのだろう。そして音をたてれば、その者達が気付いて部屋に入って来て殺される」と。
 
 だが、人間という者は不思議な動物であり、分かっていても気になって仕方がないものである。
 男もそうであり、恐る恐る窓の方へと向かい震える手でカーテンを掴んだ。
 そして、そっとカーテンを少しだけ開き、窓の外を見るが、全てが黒に染まっており何も見えない。

「さっき、私の部屋の窓を叩いたのは誰だ?」    
 そう思い、ずっと闇に包まれた外を覗いていると何かが飛んでいるのが見えた。
 男は目を疑った。
 何故なら外には全身が炎に包まれ、あまりにも規格外な大きさの鳥のような者が空を飛んでいたからだ。

「あれはまさか、ふらり火という妖怪か?」
 
 ざっくりだが、最低でも10メートルはあるだろう。
 そして、ふらり火の光で下が見えた。
 何とそこには、聞いた事のある妖怪やら鬼やらがぞろぞろと歩いている。
 男は咄嗟にカーテンを閉め、毛布にくるまりガタガタ震える口を両手で抑えた。

「こんな事があるわけがない。私はもしかして異世界にでも飛ばされたのか?」
 
 考えても仕方がないが、頭の中が言う事を聞いてくれない。
 恐怖からなのか、男は突然トイレに行きたくなった。

「……このまま漏らすか」
 
 そう思ったが、微かに身体が動けるようになった為、男はそっと音を消して尿を足すためトイレへと向かった。
 男は普段、洋式トイレでも立って尿を足していた。しかし、これでは尿が溜まっている水に直接あたってしまい音が出てしまう。
 男は便座に座り、尿が溜まった水に、直接あたらないように慎重に尿を足した。
 もう何度自分に言い聞かせた事か。
「考えても仕方がない」と。

「だが、いい方向で考えると仕事は一日4時間だけ働けばいいのだ。ラッキーではないか。それに半日の間、何もしなれば死ぬ事はない。簡単な事ではないか」
 
 男は、今の現実を受け止め便所の水を流した。
 その瞬間、脳裏にアナウンスが言ったある言葉が甦る。

「トイレの水は決して流してはいけません」 
 
 そう、男はうっかりトイレの水を流してしまったのだ。

「まずい!」
 
 そう思った時にはもう遅かった。
「ドンドンドンドン!」と誰かが玄関のドアを強く叩く音が聞こえてきた。
 男は必死に息を殺すも、その音は男の部屋中全てが揺れる程に大きくなる。
 そして「ヴ~ヴ~」と聞いた事のない、何か猛獣のような不気味なうめき声も玄関の方から聞こえてきた。
 男は再び両手を口に抑え、目をつぶり神にひたすら祈った。
 
 気付いたら既に朝になっていた。  
 どうやら男はトイレで寝ていたようだ。
 男は額に溜まった汗を手で拭い、その後自分の部屋に戻り時計を見た。
 現在、時刻は午前6時。
 男は、どうやら一晩を生き抜いたようだ。
 しかし、全身が汗だらけであり服が水浸しであった。
 喉も極限まで渇き、男はまず冷蔵庫にあるお茶を一気飲みし、その後シャワーを浴びた。
 そして昨日と同様、午前8時に仕事が始まり、正午に仕事が終わった。
 男は昨日とは全く別の行動を取り、仕事が終わると、すぐに駅に向かい電車に乗った。
 
 現在、時刻は午後0時30分。
 電車の中は人で溢れており、息をするのも必死であった。
 男は電車から降りると、その足で近くのスーパーで夜ご飯を買い、早めに帰宅をする事にした。
 ところがスーパーから出て、早歩きで男が帰っていると、突然横から自転車に乗った初老の女性が突っ込んで来た。
 
 男は、地面で強く頭を打ってしまい気絶してしまった。
 初老の女性は気絶した男を見て、表情一つ変える事なく去って行った。
 次に男が目を覚ました時は、既に昨日聞いたアナウンスが町中に流れていた。
 咄嗟に腕時計を見ると、現在の時刻は午後5時58分であった。 
 
 男は瞬時に起きあがり、家に向かって必死に走り出した。
 頭が切れており、血が地面にぽつぽつと落ちているが、痛みなど全く感じていなかった。
 男は只ひたすら、自分のマンションのエレベーターを目指した。
 しかし、なんとエレベーターが工事中であり、使用出来ない状態であった。
 男は、考えるよりも先に足を動かし全速力で階段をかけ上がった。
 
 現在、時刻は午後5時時59分。
 あの不気味なアナウンスの声が聞こえた。

「要は死にたくなかったら、午後6時から午前6時の間は何もするなって事です」
 
 男は、部屋の鍵を開けドアの具を握った。

「間に合った!」
 
 しかし、その瞬間であった。
 ストンと男は、身体が突然落ちる感覚に襲われた。
 何が起きたのか分からないが、いつも見下ろしていたドアの具が、逆に見下ろされていた。  
 男は、下半身に何か冷たい違和感を感じ、恐る恐る下に目をやった。
 
 なんと男の下半身は完全に失くなっていた。    
 次第に地面は血で赤に染まっていった。
 それと同時に町中は闇に包まれ、男のマンションからは、肉と骨を喰いちぎる生々しい音が響くのであった。
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