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夢を語る彼氏
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午後三時を回った喫茶店には、静かなジャズが流れていた。
すると、入り口のベルが軽く鳴り、春樹が息を切らしながら飛び込んで来た。
「ごめーん、せな! 遅れた」
窓際の席で腕を組んでいたせなが、ぷいと顔を背ける。
「もう、春樹、遅いよ!」
「いや、打ち合わせがあってさ」
「言い訳はいいです!」
春樹は少し申し訳なさそうに、軽い笑みを浮かべながら向かいの席に滑り込んだ。
「ははは……。で、相談ってなに?」
その瞬間、せなの表情から怒りがすっと消え、目が暗くなった。
「……別れよう」
「……え?」
「だから、私たち、もう別れよ」
春樹は、笑顔のまま固まった。
これは、冗談の空気ではなかった。
せなは真剣で、どこか怯えていた。
「どうしたんだよ。急に……」
「だって……私は、春樹に相応しくないから」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
「だって、春樹は顔なし歌手として売れているし、お金持ちだし……。それに比べて、私はただの会社員。それにさ……春樹の奥さんにも悪いし……」
「……俺の嫁のことなんて気にすんなよ」
「もう! 簡単に言わないでよ!」
春樹はテーブルに肘をつき、少し視線を落とした。その後、何かを思い出したかのように話題を変えた。
「……それより、せなは何か夢とかないの?」
「……なに? 急に」
「だってさ、俺は顔なし歌手として今売れている。でも、せなは普通の会社員として働いている。……つまり、それが嫌なんだろ?」
「嫌っていうか……差を感じるのは確かだけど」
「だったら、せなも普通じゃない事すればいいじゃん」
「そんな事、簡単に言わないでよ」
「難しく考えるからだよ。俺なんか、歌手になったきっかけは夢だったんだから」
「夢って、どっちの夢よ?」
「眠って見る方の夢さ」
「え? ……どういうこと?」
「まぁ、とりあえず紅茶でも頼もうぜ。……マスター、レモンティ二つ」
やがて香り高い湯気が立つレモンティが運ばれ、せなは一口飲んで小さく目を見開いた。
「このレモンティ、美味しい」
「だろ?……で、夢の話だけどさ」
春樹は、カップを指先で回しながら続けた。
「俺、夢を見続けたんだ。何度も同じ夢をだ。最初は意味不明だったけど、何日も見ている内にある映像が映った。それが、歌ってる俺だった。それを信じて練習したんだ。そしたら、本当に歌手になった」
「なんか話が飛躍してる気がする……」
「夢にはヒントが隠れてるんだよ」
「そもそも私、夢なんか見ないし」
「覚えてないだけさ。人は誰でも夢を見る。起きた瞬間忘れるんだ」
「じゃあ、意味ないじゃん」
「でもね、練習すれば覚えていられるようになるんだ」
「夢を見る練習って……どうやるの?」
「一番早いのは夢日記だけど、せなはまず夢を覚える練習からだな。床に寝たり、電気つけっぱなしにしたりして、睡眠を浅くするんだ」
「なんか身体に悪そう」
「まぁ、確かに。……でも、慣れたら自然に夢を覚えられるよ」
せなはしばらく考え、そっと呟いた。
「……わかった。一応やってみる」
「せなのやりたい事、見つかるといいね」
「……うん、ありがと。……あのさ、さっき別れたいって言ったけど……取り消してくれない? 私、絶対春樹に相応しい女になるから」
「……うん、いいよ」
「なんか嫌そう」
「そんな事ないよ。俺もせなのこと大好きだし」
「ほんと? なら奥さんと別れてくれる?」
春樹は一瞬カップを持つ手を止め、苦笑した。
「まぁ、せなが夢を掴んだらね」
「もう! ……約束だからね?」
「約束だよ。……って、そろそろ行かなくちゃ。次も打ち合わせなんだ」
春樹は席を立ち、レジに向かってマスターに軽く手を振った。
「紅茶うまかったよ。じゃ!」
ベルが鳴り、店に静寂が戻る。
春樹は起き上がり、自宅のキッチンへ向かうと、蛇口からコップいっぱいに水を注ぎ、一気に飲み干した。
そして大きく息を吐き、少し疲れた表情で呟いた。
「はぁー、なんか……もう飽きたな、あの世界。……そろそろ終わりだな。……次は、メジャーリーガーにでもなってみるか」
すると、入り口のベルが軽く鳴り、春樹が息を切らしながら飛び込んで来た。
「ごめーん、せな! 遅れた」
窓際の席で腕を組んでいたせなが、ぷいと顔を背ける。
「もう、春樹、遅いよ!」
「いや、打ち合わせがあってさ」
「言い訳はいいです!」
春樹は少し申し訳なさそうに、軽い笑みを浮かべながら向かいの席に滑り込んだ。
「ははは……。で、相談ってなに?」
その瞬間、せなの表情から怒りがすっと消え、目が暗くなった。
「……別れよう」
「……え?」
「だから、私たち、もう別れよ」
春樹は、笑顔のまま固まった。
これは、冗談の空気ではなかった。
せなは真剣で、どこか怯えていた。
「どうしたんだよ。急に……」
「だって……私は、春樹に相応しくないから」
「なんで、そんなこと言うんだよ」
「だって、春樹は顔なし歌手として売れているし、お金持ちだし……。それに比べて、私はただの会社員。それにさ……春樹の奥さんにも悪いし……」
「……俺の嫁のことなんて気にすんなよ」
「もう! 簡単に言わないでよ!」
春樹はテーブルに肘をつき、少し視線を落とした。その後、何かを思い出したかのように話題を変えた。
「……それより、せなは何か夢とかないの?」
「……なに? 急に」
「だってさ、俺は顔なし歌手として今売れている。でも、せなは普通の会社員として働いている。……つまり、それが嫌なんだろ?」
「嫌っていうか……差を感じるのは確かだけど」
「だったら、せなも普通じゃない事すればいいじゃん」
「そんな事、簡単に言わないでよ」
「難しく考えるからだよ。俺なんか、歌手になったきっかけは夢だったんだから」
「夢って、どっちの夢よ?」
「眠って見る方の夢さ」
「え? ……どういうこと?」
「まぁ、とりあえず紅茶でも頼もうぜ。……マスター、レモンティ二つ」
やがて香り高い湯気が立つレモンティが運ばれ、せなは一口飲んで小さく目を見開いた。
「このレモンティ、美味しい」
「だろ?……で、夢の話だけどさ」
春樹は、カップを指先で回しながら続けた。
「俺、夢を見続けたんだ。何度も同じ夢をだ。最初は意味不明だったけど、何日も見ている内にある映像が映った。それが、歌ってる俺だった。それを信じて練習したんだ。そしたら、本当に歌手になった」
「なんか話が飛躍してる気がする……」
「夢にはヒントが隠れてるんだよ」
「そもそも私、夢なんか見ないし」
「覚えてないだけさ。人は誰でも夢を見る。起きた瞬間忘れるんだ」
「じゃあ、意味ないじゃん」
「でもね、練習すれば覚えていられるようになるんだ」
「夢を見る練習って……どうやるの?」
「一番早いのは夢日記だけど、せなはまず夢を覚える練習からだな。床に寝たり、電気つけっぱなしにしたりして、睡眠を浅くするんだ」
「なんか身体に悪そう」
「まぁ、確かに。……でも、慣れたら自然に夢を覚えられるよ」
せなはしばらく考え、そっと呟いた。
「……わかった。一応やってみる」
「せなのやりたい事、見つかるといいね」
「……うん、ありがと。……あのさ、さっき別れたいって言ったけど……取り消してくれない? 私、絶対春樹に相応しい女になるから」
「……うん、いいよ」
「なんか嫌そう」
「そんな事ないよ。俺もせなのこと大好きだし」
「ほんと? なら奥さんと別れてくれる?」
春樹は一瞬カップを持つ手を止め、苦笑した。
「まぁ、せなが夢を掴んだらね」
「もう! ……約束だからね?」
「約束だよ。……って、そろそろ行かなくちゃ。次も打ち合わせなんだ」
春樹は席を立ち、レジに向かってマスターに軽く手を振った。
「紅茶うまかったよ。じゃ!」
ベルが鳴り、店に静寂が戻る。
春樹は起き上がり、自宅のキッチンへ向かうと、蛇口からコップいっぱいに水を注ぎ、一気に飲み干した。
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