奇妙な物語

海藤日本

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水女

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 ある日の夕方の事である。
 一人の二十代の女性が、自宅で亡くなっているのが発見された。
 最初に発見したのは、アパートの大家と警察官であった。
 ここ二週間程、彼女との連絡が取れなくなり、会社の上司が不審に思い警察に連絡したのである。
 彼女は、干からびて亡くなっており、極度の水分不足が原因であった。
 
 今の時代、日本で、ましてやこの初冬の季節で、干からびる程の水分不足で亡くなるなど稀であり妙である。
 現在、日本では野生の熊が山から降りて来る事件が多発しているが、実はそれと同じくらい、この妙な事件も日本全国で起きている。
 殺された形跡は全くなく、亡くなった人は皆、一人暮らしをしていた。
 亡くなった人達の共通点は、一体何なのだろうか。
 
 今回、遺体で発見された二十代の女性の名前は「山寺せな」
 彼女は、都内でIT関連の仕事をしていた。
 彼女の性格はとても明るく、コミュニケーションもしっかり取れ、仕事も出来る。
 それに、美人であり、スタイルも良いが天狗ではない。
 上司からも、男性社員からも、女性社員からも好かれるまさに、perfectwomanであった。
 
 それもあってか、彼女の葬式には沢山の人が参列し、誰もが彼女の死を悔やんだ。
 葬儀の帰り、「三崎ゆい」という二十代の女性が下を向き帰宅していた。
 ゆいはせなと会社の同僚であり、お互いに切磋琢磨し合いとても仲が良かった。
 それが故に、ゆいにとってせなの死は受け入れがたい出来事であった。

「今までは、あの妙な事件は他人事だった。でも、まさかせなが……。一体、何がどうなってるの? せな……何かあったの? なんで私に相談してくれなかったの?」 
 
 ゆいは悲しみ、そして後悔した。

「私が、もっとしつこく言っていれば……」
 
 今から一ヶ月程前、会社の上司に一本の電話が鳴った。

「もしもし、山寺ですが……」
 
 相手は、せなからであった。

「山寺くん、どうしたんだい?」
「あの、今日は体調が悪いので休ませて下さい」
「……分かった。大丈夫なのかい?」
「はい、何とか……。もし、容体が悪化したら病院へ行きます」
「うん、その方がいい。こっちは大丈夫だからゆっくり休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
 
 こうして、せなは電話を切った。

「珍しいなぁ。山寺くんが体調を崩すなんて。……彼女は、いつも頑張っているから、少し疲れているのだろう」
 
 この時、上司はその程度としか思っていなかった。
 体調を崩した事を聞いたゆいは会社が終わり、LINEで「せな、大丈夫? 夜ご飯買って帰ろうか?」と送った。
「ゆい……ありがとう。でも、大丈夫だよ」とせなから返信が来たので、その日はそのまま帰宅した。
 
 しかし、次の日も上司に連絡があった。

「すみません。体調が良くならないので……出来れば、今週は休ませてもらえませんか?」
 
 こんなことは無論、初めてであった。
 それを聞いて上司は心配になった。

「本当に大丈夫なのかい? 病院には行ったかい?」
「いえ……外に出れなくて……。でも、来週は必ず行きますので、どうかお願いします」
「……分かった。何かあったら連絡しなさい」
 
 上司はこれしか言えなかった。いや、「今は、あんまり聞かない方がいい」と思った。   
 上司から、この事を聞いたゆいも更に心配した。
 ゆいは、LINEで「せな、何かあったの? もし、私に出来ることがあれば言って」と送った。
 すると、「ありがとう。でも、来週は必ず行くから、心配しないで」と送られてきた。

「あまり、しつこくは出来ないな。……今はそっとしておこう。せななら、来週職場に来て話してくれるだろう」
 
 ゆいは自分に言い聞かせ、これ以上LINEを送るのはやめた。
 せなが、会社を休み始めて一週間がたった頃、上司が職場へ来るとパソコンに、一通のメールが届いていた。
 それは、せなからであった。

「体調不良で入院することになりました。一時、仕事を休みます。今は、どうしても電話が出来ないのでメールで連絡しました。ご迷惑をお掛けしてすみません」
 
 具体的にどのように体調が悪いのかは書いておらず、上司はこれを見て、せなに電話をしようとした。
 しかし、次の瞬間には何かを察したかのように「いや、今、彼女に負担をかけてしまっては……それに入院しているなら、一人ではない。電話はよそう」と思い連絡するのをやめた。
 しかし、ゆいが不審に思い上司に尋ねてきた。

「あの、山寺さんはどうされたのですか?」
「……入院したそうだ」
「入院? どこか悪いのですか?」
「そこまでは分からない。……只、今はあまりしつこく連絡するのは控えようと思う」
「そんな……せなが入院。……ありえないです。」
「何故、そんな事が分かるのだ?」
「それは……」
「三崎くん……君と山寺くんが、仲が良いのは知っている。だが、今は連絡は控えてくれないか? もし、彼女が精神的に疲れているのならば、今はそっとしておくのが一番だ。それに、私は彼女がちゃんと入院して、治療を受けていると信じている。だからお願いだ」
「……分かりました」
 
 別に疑っているのではない。
 あまりに突然であったので、「何かがおかしい。せなの身に、何かが起きている」と感じたのである。

「上司は、ああ言っていたけど……やっぱりほっとくなんて無理だよ」
 
 その日、ゆいはせなの自宅へと行き、ドアのチャイムを押した。

「せな。私、ゆいだよ。居るんでしょ?」
 
 一時してせなの声が聞こえた。

「ゆい……」
「せな……」
 
 ゆいは心の中で安堵した。

「やっぱり、入院はしてなかった。来てよかった」
 しかし、せなは掠れた声で「せな……今は一人にしてほしい。お願い」と、絞るように言ってきた。

「そんな……せな、どうしたのよ? お節介なのは分かっているけど、私……せなをほっとくなんて出来ない。相談に乗るから……お願い。ドアを開けて」
「ゆい……お願い。分かって。……もう寝るね」
 
 せなの声は、これ以上聞こえる事はなかった。
 ゆいは、一日中悩んだ結果、上司にこの事を相談した。
 しかし、上司は一時、沈黙した後ゆっくりと口を開いた。

「君の声かけにも今は応じないのならば……今はやはり、そっとしておくのがいいと思う。三崎くん、君も辛いと思うが、山寺くん為だと思って分かってくれないか? 一応メールで一週間に一度は、容体の確認のメールを送るように言ってある。本人もそれは了承している」
「はい……分かりました」
 
 ゆいは、もう返事をする事しか出来なかった。
 その後、せなが亡くなったことを知らされたのである。
 ゆいは電車から降りて、コンビニで買った水を少し喉に通し、歩いて帰宅していた。

「せなはどうして死んだの? 誰の仕業なの? 
一体何があったの? お願い……誰か、教えて」
 
 ゆいは、心の中で強く願った。 
 歩いていると、ある店の前に女子高生が数人、何かを話している。
 こんな普通な光景、いつもなら気にもしないのだが、すれ違い様に女子高生達からある言葉が聞こえてきた。

「そう言えば、最近の例の事件、『水女』の仕業らしいよ」
「水女……」
 
 ゆいの脳内に、その言葉が入ってきてグルグルと回り始めた。
 ゆいは、足を止めた。
 何故なら、目の前に、一人の少女が立っていたからだ。

「まさか……せな?」
 
 ゆいは、不思議とその少女はせなだと分かった。

「せな? せななの? なんで、死んじゃったの?」
 
 ゆいが少女に歩み寄ると、ゆいの脳内に今度はある光景が過った。
 それは、生前のせなから幼少期の話を聞いた記憶である。

「そう言えば、せなはこんな事を言っていた……」

「私の家庭さ、昔めっちゃ貧乏だったの。水道もよく止まっていたから、水を飲むのもやっとだった……」
「え? 両親は仕事してなかったの?」
「うん……母親は病気で働けなくて、生活保護だったんだ。……でも、そのわずかなお金をあいつはギャンブルや、女に使ってた」
「あいつって……まさか」

「言いたくないけど……私の父親よ。あいつは私達から、お金も、食べ物も……そして水でさえも奪った。私は凄く痩せていて、お風呂もまともに入れなかったから、学校では『ミイラ』だの『汚い』だの『臭い』だのクラスから馬鹿にされていたの。先生も見てみぬふり……。私は、誓ったの。『絶対、こんな生活から抜け出してやる』ってね。私が中学生になって、あいつはどこかに消えたわ。私は中学の頃、とにかく勉強した。そして、特待生として高校に行ったから学費はいらなかった。大学に行く為に、バイトも毎日した。それで何とかいい大学に入ったんだけど、私が大学三年生の時に母親は病気で死んでしまったの……。親孝行、全く出来なかった」

「せな……どうして私に……」
「皆、私のこと『完璧』だの『優秀』だの言うでしょ? その裏にはこういう事情があった事をゆいには話したかったの。ゆいは唯一、何でも話せる存在だから。」
 
 そう言うと、せなの目の光が消えた。

「だから、ゆい……私は……両親のような人生は絶対に送らない。私はもう、誰にも支配されたくないし、馬鹿にされたくない。だから……仕事も毎日死ぬ気でやっている。あの時は水すらまともに飲めなかったけど……」
 
 そう言うと、せなは持っている水が少し入ったペットボトルの蓋をあけ、残ったわずかな水をゴミ箱に捨てた。

「今は、生活も困っていない。だから……こんな事も出来る」
 
 それを見たゆいは、言葉が出なかった。
 その後、毎晩せなが夢で魘されている光景がゆいの脳内に映った。
 せなの横には、あの少女が居た。
 少女は、せなの身体から何かを吸収していた。
 そして、水を拒絶するせなの姿も映った。
 その光景を見たゆいは、すべて悟った。

「そっか……そうだった……。せなは、完璧なんかじゃなかった」
 
 ゆいは手がぶらんとなり、持っていたペットボトルを落としてしまった。
 水が地面に溢れていく。
 それを見た少女は、ゆいに近づいて来てやがて消えた。
 その頃、上司はせなの葬儀を終え、会社のオフィスで頭を抱えていた。

「私は間違っていたのか……」
 
 すると、オフィスの扉が開いた。
 上司が振り向くと、そこにはゆいが立っていた。

「三崎くん? どうしたんだい? 帰っていなかったのか?」
 
 上司がそう問いかけると、目がどす黒く濁ったゆいは口を開いた。

「分かりました。せなが死んだ理由……。仕方がなかったんです。せなは、せなが殺したんだから」
「三崎くん? 何を言ってるんだ? 山寺くんは……自殺したって事なのか?」
「いえ、せなは殺されたんです。せなに……」
「どういう事だ? 三崎くん、大丈夫か?」
「この一連の事件で死んだ人は、全員せなに殺されたんです。……でも、せなはもう死んだので、これで終わりです。……いや」
 
 そう言ったと同時、上司は一瞬、ゆいが少女に見えた。

「なんだ?」
 
 次の瞬間、ゆいはよろよろとその場を出て行き、消息を経った。
 それから一ヶ月後、森の中で干からびたゆいの遺体が発見された。
 それ以降あの奇妙な事件は二度と起こる事はなかった。
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