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1巻
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駅の近くまできた八重倉は、つと左に方向を変える。しばらく歩くと、植木に囲まれたロータリーが視界に入った。黒塗りのタクシーが並んで停められた向こうに、一階部分が一面ガラス張りになっている建物が見える。建物の中から漏れる金色の光が、玄関前の石畳を柔らかく照らしていた。
その建物に、琴葉は目を大きく見開く。
(ここって)
昨日、琴葉が逃げ出した駅前のグランドホテルだ。
八重倉は何のためらいもなく自動ドアに向かい、中へ足を踏み入れた。緑の制服を着たポーターが、二人にお辞儀をする。
「え、あの」
真正面にあるフロントには目もくれず、八重倉はそのままエレベーターホールへと向かう。ちょうど停まっていたエレベーターに乗り込む時も、彼は無言だった。
静かにエレベーターの扉が開くと、彼はまたさっさと歩き出す。琴葉の腕は当然掴まれたままだ。一番端の部屋の前でようやく立ち止まった八重倉は、上着のポケットからカードキーを出し、さっとかざしてドアを開けた。
「あのっ、八重倉か……!?」
引っ張られて中に入り、八重倉がこちらを振り返るのを見た途端、突然琴葉の視界がぶれる。眼鏡を奪われたのだと気付いた時には、彼女の身体はふわりと浮いていた。肩から鞄が滑り落ちたが、拾い上げる余裕もない。
「きゃあ!?」
背中に柔らかいものが当たったと同時に、黒い影が琴葉の身体に圧し掛かってくる。横たわる琴葉を逃がさないようにか、八重倉が四つん這いの体勢で彼女を閉じ込めていた。ぼんやりした視界の中、間近に迫った八重倉の顔だけがくっきりと浮かび上がって見える。
彼は自分の眼鏡も外すと、手を伸ばしてどこかに置いた。鋭く光る瞳が琴葉に迫る。
眼鏡がなくても彼の表情ははっきりと見えた。
こんなに感情を露わにする八重倉を今まで見た事がない。いつも冷静で、鉄仮面のようだと噂されている彼の瞳に浮かぶ、怒りとも熱ともつかない強い光に圧倒され、琴葉の身体は痺れたように動けなくなった。
しばらくの間、八重倉は何も言わず琴葉を睨み付けていた。互いの息がかかるほどの近距離に、琴葉の唇が震える。やがて、彼は口を開いた。
「……昨夜はお前の方から、俺に抱いてくれと言ったよな?」
「っ! そ、れはっ」
意地悪な言い方に、かっと頬が熱を持った。咄嗟に顔を逸らした琴葉の左耳に、八重倉の低い声が注ぎ込まれる。
「あれは俺をからかったのか?」
「……ち、ちが、っんっ」
唇で耳たぶを引っ張られる。そのまま頬や顎のラインに沿って動く彼の仕草は優しかったが、琴葉は怖くて堪らなかった。
八重倉の声に潜む、何かが怖い。かなり怒っているのだろうか。自分に彼をからかったつもりはないけれど……
(氷川課長と間違えました、なんて言えない――)
真面目な八重倉の事だ。昨夜勝手に帰ってしまった事でさえこんなに怒っているのなら、間違えたなんて知られた時は――
きっと、もっと怒るに違いない。
(知られたくない……っ……!)
この人にだけは知られたくない。これ以上軽蔑されたくない。だけど、どうしたらいいのか分からない。
何も言えず身体を震わせている琴葉に、八重倉が無慈悲な言葉を告げた。
「だんまりを決め込む気か? まあ、それでもいい。逃げた罰として、俺の好きにさせてもらう」
「えっ……あんんんっ!?」
顎を掴まれて真正面を向かされた琴葉は、あっさりと唇を奪われた。驚く彼女が止める間もなく、唇を割って侵入してきた舌が歯茎をなぞり始める。ねっとりとした舌の感触に、ぞくりと悪寒が走った。
「んっ、むうん、んんーっ」
両手で八重倉の胸元を押しても無駄だった。
彼の舌が逃げ惑う琴葉の舌に絡められる。粘膜と粘膜が擦れ合う感触に息が止まった。そのまま舌を吸われて、粘着質な音が唇の端から漏れる。
息が出来ない。苦しい。熱い。
「やっ、あ、んんっ……」
胸元に八重倉の手の熱を感じた琴葉は、びくりと身体を震わせた。すでにジャケットの前は開かれ、その下に着ていた白いブラウスのボタンも続けて外されていく。大きな手が琴葉の右胸をブラジャーごと覆った。
八重倉の唇も琴葉の唇から首筋へと移動していき、あちこちを舐めたり吸ったりしている。その間、琴葉はただ身体を震わせる事しか出来なかった。
彼女が抵抗しないと思ったのか、彼の手がゆっくりと動き出した。
指先が胸の底辺に添えられ、そこから手のひらを閉じたり開いたりさせながら、中心に向かってゆっくりと柔肌を集め出す。
「やあっ……んんっ」
琴葉は髪を乱して首を左右に振ったが、八重倉の舌と指が止まる事はなかった。鎖骨のあたりにちくりとした痛みを感じた琴葉は、次の瞬間目をかっと見開く。
「……ひっ、あ!」
薄い布の上から硬くなってきた胸の先端を抓まれ、強い刺激が琴葉を襲った。
立ち上がった蕾を親指と人差し指で転がされているうちに、琴葉の息はどんどん荒くなり熱を帯びていく。
(八重倉、課長が、こんな事っ……!)
信じられない。真面目で堅物と評判の八重倉が、自分にこんな事をしているなんて。
あの飲み会の前までは、手に触れられた事もなかったのに。今、彼の唇も舌も手も指も、そのどれもが躊躇いなく琴葉のウィークポイントを暴いている。
ぷち、と金具が外れた音がして、胸を覆っていた白いレースの生地が上へとずらされた。ふるんと揺れる白い膨らみに、八重倉は顔を近付ける。左胸の先端が彼の口の中に吸い込まれた。
「ひゃあっ!?」
軽く乳首を噛まれた琴葉は、思わず悲鳴を上げた。
ぴりりと鋭い感覚がお腹の方へと流れていく。八重倉は薄い桃色の乳輪を舌でなぞりながら、身体を揺らす琴葉の顔をじっと見つめていた。
「あ、あんっ、やめっ、てっ、はああんっ」
八重倉の髪を思わず掴むが、彼の動きは止まらない。ぷくりと立ち上がった右胸の蕾も、未だに彼の指に扱かれている。
下腹部に今まで感じた事のない熱が溜まっていき、じわりと何かが身体の奥から流れ出てきた。こんな感覚は知らない、分からない……怖い。
「あっ、あああんっ」
琴葉は太腿を擦り合わせ、身を捩った。交代に吸われて濡れた蕾は、ますます敏感になっている。硬い蕾に舌を巻き付けられ、甘噛みされ、吸われ――そして指で揉まれの繰り返しに、琴葉は甘い呻き声を上げ続けた。
「はっ、あっ……あうっ、あああああっ」
頭の中でぱちんと光が弾けた。
身体を仰け反らせた琴葉に八重倉は顔を上げ、荒い息を吐く彼女を見下ろす。熱の籠った身体をもてあまし悶えていた琴葉は、ぼうっとしたまま八重倉の顔を見た。
彼の瞳は、どこか冷ややかな色をしていた。その表情は硬く、琴葉のように息を乱してもいない。氷のような冷たさが、琴葉の心を震わせる。
(……っ……!)
蕩けそうな身体の奥に鈍い痛みが突き刺さった。残酷な事実が琴葉に圧し掛かる。
彼はこの状況に流されてなどいない。ただ、怒っているだけだ。今こうしているのも欲望からではなく、おそらく琴葉への罰――
「や、あ……っ」
(軽蔑、されてるんだ……)
琴葉の視界が滲んだ。涙が、火照った頬を伝って零れ落ちる。身体は熱く潤んでいるのに、心はすっかり硬く冷え切ってしまった。
八重倉の舌が胸からへその辺りまで落ちてきても、琴葉は抵抗せず、ただ小さくしゃくり上げるだけ。
スカートのホックに八重倉の手が掛かっても、口からは掠れた泣き声しか出ない。
(ごめん……なさい……)
ごめんなさい。私の事情に巻き込んで、ごめんなさい。
軽蔑されたくなかった。こんな目で、見られたくなかった――
ただ、そればかりを思う。
力の抜けた琴葉の両手がベッドに落ちた。これ以上八重倉を見ていられなくて、琴葉はぎゅっと目を瞑る。ベッドに身体を投げ出した琴葉は、彼が何をしようと受け入れよう、と静かに覚悟を決めた。
「っ、くそっ!」
苛立った声に琴葉がびくんと全身を震わせると、八重倉はおもむろに身体を起こし、彼女に薄い毛布を掛けた。琴葉は反射的に八重倉に背を向け、自分を守るように毛布の下で背を丸める。
八重倉がベッドから下りた気配がしたが、琴葉は動けなかった。ベッドの上でただ静かに涙を流し続ける。
胸が苦しくて、痛くて……悲しくて、申し訳なくて。
ぐちゃぐちゃな想いを抱えた琴葉は、それ以外にどうする事も出来なかった。
数分後、再びベッドマットが少し沈む。それに気付いた琴葉が身体を強張らせると、後ろから静かな声がした。
「……済まなかった」
さっきまでの声とは雰囲気が違う。
琴葉は涙を拭き、恐る恐る声の方へと顔を向ける。そこには八重倉が、ベッドに腰かけたまま、膝に肘を乗せて俯いていた。
「嫌がる女性に無理強いするなど、男のする事じゃない。かっとなって怖がらせて済まなかった」
「や、えくらか……ちょう」
琴葉は毛布の下から顔を出し、何とか声を絞り出した。顔を上げた八重倉が、ベッドヘッドから琴葉の眼鏡を手に取って渡してくれる。それを掛け、改めてこちらを見下ろす彼を見ると、その表情は今まで見た事もない程暗かった。
「お前は昨夜、抱いて欲しいと俺に縋ってきたにもかかわらず、さっさと逃げ出してしまった。その後もそ知らぬふりをして、今だって何も弁解しなかった。抱いてくれと言ったのは、俺をからかっただけなのかと思った瞬間、理性が吹き飛んでしまった。……言い訳に過ぎないが」
「ちが……います。私、からかって、なんか」
そう、からかうつもりなんてなかった。八重倉は真面目だから、琴葉の事情に巻き込めば、きっと傷付けてしまう。だから氷川を選んだのに――琴葉が間違えたせいで、この人を怒らせてしまった。
その言葉を聞いた八重倉の瞳が鋭く光った。
「なら今、何故あれだけ嫌がった? 俺をからかってみたものの、怖くなって逃げたんじゃないのか?」
「違います!」
琴葉は毛布を胸に当てたまま、身体を起こした。まだ少し怖い。だけど――
「……だって! だって、八重倉課長、怒ってたじゃないですか! だっ、だから怖かった……!」
行為は激しいのに瞳が冷たかった。尊敬するこの人に冷たくされた事が、堪らなく怖かった。
「わ、私が、あんな事をしたからっ……だから、きっと課長は私を、軽蔑したって、そう思って……!」
再び涙がぽろぽろと零れ落ちた。八重倉の表情がぼやけて見える。
「だ、けど、今朝、会社で顔を、合わせた時、課長はいつも、と同じ態度……だった、から」
つっかえつっかえ話す琴葉の言葉を聞く八重倉は、無表情のままだった。
「……きっと、昨日の事覚えてないんだろうっ……て。それなら、そちらの方がいいって思ってた、のに」
「……」
「でも、覚えてて……それで、お、怒ってた、から……こんな、事、した、んで、しょう……?」
無言のままの八重倉を前にそれ以上何も言えず、琴葉は俯いてしまった。不自然な沈黙が、二人の間に横たわる。
(何、課長に文句を言ってるの、私……悪いのは私の方、なのに……)
そう、そもそも自分が酔っぱらっていなければ、こんな事にはならなかった。相手を間違える事もなく、逃げて八重倉を不愉快にさせる事もなく、仕事上のいい思い出だけを彼に残して、会社を去れたはずだったのに。
(それも、もう出来ない……)
「ごめん、なさ……」
次の瞬間、八重倉の胸元に顔を押し付けられていた。手を回した彼が琴葉を固く抱き締めている。いきなりの事に、琴葉は声も出なくなってしまった。
「……はあ」
八重倉が琴葉の頭の上で溜息をついた。琴葉はびくびくしながら、八重倉の次の言葉を待つ。
「なら、俺が怒っていないと言えば、怖くないのか?」
「……え?」
怒っていない? そんなはずはない。さっきまであんなに冷たい目をしていたのに。
琴葉の両肩を掴んで身体を離した後、八重倉はじっと顔を覗き込んできた。琴葉が見返すと、彼は右手で彼女の涙を拭う。
眼鏡越しに見る八重倉の瞳からは、怒りや軽蔑の雰囲気は感じなかった。
「八重倉課長……?」
どうしてこの人の手は、こんなにも優しいのだろう。ふとそんな疑問を抱いて戸惑う琴葉に、八重倉は静かに言った。
「お前は俺をからかった訳じゃない、と言った。つまり、『抱いて欲しい』という言葉は、本気だったんだな?」
罪悪感に胸がずきんと痛む。その鈍い痛みを隠して、琴葉は小さく頷いた。
「っ……は、い……」
(間違えたなんて、言えない……)
彼と仲のいい氷川と勘違いした事を伝えたら、きっとこの人は、からかわれる以上に傷付いてしまうだろう。
申し訳なくて情けなくて、心が重くなった。
「ごめん、なさい。きっと不愉快に思われたと……」
琴葉が掠れた声で謝ると、八重倉は戸惑ったような、悲しげなような、何とも言えない表情を浮かべた。
「……琴葉」
心臓が一瞬止まった。
彼に名前を呼ばれたのは初めてだ。何を言われるのかという恐怖から、琴葉はきゅっと下唇を噛み、目を伏せた。
「責任を取ってもらう」
(え?)
責任を取る……って……?
琴葉が再び顔を上げると、八重倉はいつもの無表情に戻ってこちらを見つめていた。
「責任?」
琴葉が聞くと、八重倉はああと頷く。
「お前は『抱いて欲しい』と頼んで、俺をその気にさせた。だから責任を取って、俺と付き合ってもらう」
付き合う? って、どういう、事?
「つ、きあうって……」
八重倉の口端がにいと上がった。その獣のような獰猛な笑みに、琴葉の背筋に震えが走る。
「そのままの意味だが? お前は俺の恋人になる。以上だ」
「こっ!?」
(恋人? 恋人って!? 八重倉課長の!?)
身体がかっと熱くなるのと同時に、何故か猛烈な寒気に襲われた。口を動かそうとしても声が出ない。
何がどうして、こうなったのだろう。理解出来ずに動揺する琴葉の様子を見て、八重倉はすっと目を細めた。
「どちらにせよ、もう社内では俺達は付き合っている事になっているんじゃないのか? あれだけの社員の前で、お前の腕を掴んで退社したんだからな」
「えっ!?」
琴葉は目を大きく見開いた。
そうだ、今まで女っ気なしの八重倉が、これまた男っ気なしだった琴葉を引きずるように退社するところを見た社員達は、どう思うのか。
いつも女性と一緒にいる氷川が女子社員と連れ立って帰宅しているのとは、訳が違う。きっと、いや絶対、注目を浴びたに違いない。口さがない社員達があれこれと噂しているのが、目に浮かんだ。
(どう、しよう……)
上掛けを掴む琴葉の指先を八重倉の右手が包んだ。冷たくなった指に、彼の温もりが沁み込んでいく。琴葉の強張った頬にも赤みが差した。
「公私の区別はつける。仕事中は今までと同じだ。それに我が社では、社内恋愛を禁じていないから安心しろ」
安心しろと言われても。
琴葉の頭の中で、八重倉のセリフがぐるぐると回る。
(もしかして、明日にでも課長と噂になっているかもしれない私を気遣って、付き合おうって言ってくれてるの?)
そんな事を気にする必要はないのに。だって、自分はもうすぐ会社を辞めて――
(気を遣わなくてもいいって言わなきゃ)
「八重倉、かちょ……」
心を決めた琴葉が事情を説明しようと口を開くと、軽く触れるだけのキスが落ちてきた。
そのまま固まってしまった彼女は、数センチしか離れていない彼の顔を呆然と見る。
長いまつ毛に切れ長の瞳。すっと通った鼻筋にやや鋭角の顎の線。眼鏡なしの顔を改めて見ると、八重倉も氷川に負けず劣らずの美形だった。こんなに綺麗な顔立ちだったのかと今更ながらに気付いて、琴葉の心臓が大きく跳ねた。
胸の奥で何かが蠢く感じに動揺していたその時、八重倉の口端がふっと上がった。
「まずは陸、と呼ぶところから慣れろ」
「りっ!?」
いきなり名前呼びなんて!?
(無理無理無理、無理ですーっ!)
無言でぶんぶんと首を横に振った琴葉に、八重倉はそれはそれは綺麗な笑顔を見せた。
凄味のあるそれを直視してしまい、顔から火が出そうになる琴葉に、彼はいつもとは違う甘い声で囁いてくる。
「これから恋人として鍛えてやるから、覚悟するんだな? 琴葉」
「~~~~っ!?」
続けて「逆らったら容赦しない」と言われた琴葉は、咄嗟に言い返す事も出来ず、がっくりと肩を落としたのだった。
3 ハジメテ、は今夜でした
翌日、人目を避けて早めに出社した琴葉だったが、直後に出社してきた音山にあっさりと拉致されてしまった。
「どうなってるのよ、水無さん! 八重倉課長と付き合ってるって、噂になってるわよ」
「う、は、はい……」
自動販売機前の休憩スペースで長椅子に座らされた琴葉は、かちこちに固まっていた。所有の痕を付けられた肌を隠すために、今日は長袖タートルネックのTシャツと長めのフレアスカートを着て来たものの、彼女に勘付かれやしないかとひやひやしてしまう。
しかし隣に座る彼女を眼鏡越しに見ると、好奇心丸出しというよりも心配そうな顔をしていた。そうだ、彼女は昔から、面倒見のいい先輩だった。
「だって八重倉課長って、あの通り『氷の貴公子』でしょう? いい上司だし、仕事も出来るけど、真面目すぎて女子社員のアタック、全部蹴散らしてたのに。ここに来て、自分に輪をかけて真面目な水無さんを相手に選ぶなんて」
「……う」
口籠る琴葉に、音山は「氷川課長ならまだ分かるけど」、と爆弾を落とした。
「氷川課長なら女性社員連れの退社もいつもの事だし、水無さんもすこーし憧れてたでしょ? 彼が八重倉課長のところに来る度に、ちらちら見てたし」
「……はい」
気付かれてたのか。琴葉は小さく頷いた。
一時は抱いてもらおう、とまで思い詰めた相手なのに、今にして思えば『すこーし憧れてた』という言葉がぴったりだと感じてしまう。
そう、優しい氷川に憧れてはいたけれど……
――琴葉。
八重倉の声を思い出しただけで、ずくんと身体の奥が疼く。
その建物に、琴葉は目を大きく見開く。
(ここって)
昨日、琴葉が逃げ出した駅前のグランドホテルだ。
八重倉は何のためらいもなく自動ドアに向かい、中へ足を踏み入れた。緑の制服を着たポーターが、二人にお辞儀をする。
「え、あの」
真正面にあるフロントには目もくれず、八重倉はそのままエレベーターホールへと向かう。ちょうど停まっていたエレベーターに乗り込む時も、彼は無言だった。
静かにエレベーターの扉が開くと、彼はまたさっさと歩き出す。琴葉の腕は当然掴まれたままだ。一番端の部屋の前でようやく立ち止まった八重倉は、上着のポケットからカードキーを出し、さっとかざしてドアを開けた。
「あのっ、八重倉か……!?」
引っ張られて中に入り、八重倉がこちらを振り返るのを見た途端、突然琴葉の視界がぶれる。眼鏡を奪われたのだと気付いた時には、彼女の身体はふわりと浮いていた。肩から鞄が滑り落ちたが、拾い上げる余裕もない。
「きゃあ!?」
背中に柔らかいものが当たったと同時に、黒い影が琴葉の身体に圧し掛かってくる。横たわる琴葉を逃がさないようにか、八重倉が四つん這いの体勢で彼女を閉じ込めていた。ぼんやりした視界の中、間近に迫った八重倉の顔だけがくっきりと浮かび上がって見える。
彼は自分の眼鏡も外すと、手を伸ばしてどこかに置いた。鋭く光る瞳が琴葉に迫る。
眼鏡がなくても彼の表情ははっきりと見えた。
こんなに感情を露わにする八重倉を今まで見た事がない。いつも冷静で、鉄仮面のようだと噂されている彼の瞳に浮かぶ、怒りとも熱ともつかない強い光に圧倒され、琴葉の身体は痺れたように動けなくなった。
しばらくの間、八重倉は何も言わず琴葉を睨み付けていた。互いの息がかかるほどの近距離に、琴葉の唇が震える。やがて、彼は口を開いた。
「……昨夜はお前の方から、俺に抱いてくれと言ったよな?」
「っ! そ、れはっ」
意地悪な言い方に、かっと頬が熱を持った。咄嗟に顔を逸らした琴葉の左耳に、八重倉の低い声が注ぎ込まれる。
「あれは俺をからかったのか?」
「……ち、ちが、っんっ」
唇で耳たぶを引っ張られる。そのまま頬や顎のラインに沿って動く彼の仕草は優しかったが、琴葉は怖くて堪らなかった。
八重倉の声に潜む、何かが怖い。かなり怒っているのだろうか。自分に彼をからかったつもりはないけれど……
(氷川課長と間違えました、なんて言えない――)
真面目な八重倉の事だ。昨夜勝手に帰ってしまった事でさえこんなに怒っているのなら、間違えたなんて知られた時は――
きっと、もっと怒るに違いない。
(知られたくない……っ……!)
この人にだけは知られたくない。これ以上軽蔑されたくない。だけど、どうしたらいいのか分からない。
何も言えず身体を震わせている琴葉に、八重倉が無慈悲な言葉を告げた。
「だんまりを決め込む気か? まあ、それでもいい。逃げた罰として、俺の好きにさせてもらう」
「えっ……あんんんっ!?」
顎を掴まれて真正面を向かされた琴葉は、あっさりと唇を奪われた。驚く彼女が止める間もなく、唇を割って侵入してきた舌が歯茎をなぞり始める。ねっとりとした舌の感触に、ぞくりと悪寒が走った。
「んっ、むうん、んんーっ」
両手で八重倉の胸元を押しても無駄だった。
彼の舌が逃げ惑う琴葉の舌に絡められる。粘膜と粘膜が擦れ合う感触に息が止まった。そのまま舌を吸われて、粘着質な音が唇の端から漏れる。
息が出来ない。苦しい。熱い。
「やっ、あ、んんっ……」
胸元に八重倉の手の熱を感じた琴葉は、びくりと身体を震わせた。すでにジャケットの前は開かれ、その下に着ていた白いブラウスのボタンも続けて外されていく。大きな手が琴葉の右胸をブラジャーごと覆った。
八重倉の唇も琴葉の唇から首筋へと移動していき、あちこちを舐めたり吸ったりしている。その間、琴葉はただ身体を震わせる事しか出来なかった。
彼女が抵抗しないと思ったのか、彼の手がゆっくりと動き出した。
指先が胸の底辺に添えられ、そこから手のひらを閉じたり開いたりさせながら、中心に向かってゆっくりと柔肌を集め出す。
「やあっ……んんっ」
琴葉は髪を乱して首を左右に振ったが、八重倉の舌と指が止まる事はなかった。鎖骨のあたりにちくりとした痛みを感じた琴葉は、次の瞬間目をかっと見開く。
「……ひっ、あ!」
薄い布の上から硬くなってきた胸の先端を抓まれ、強い刺激が琴葉を襲った。
立ち上がった蕾を親指と人差し指で転がされているうちに、琴葉の息はどんどん荒くなり熱を帯びていく。
(八重倉、課長が、こんな事っ……!)
信じられない。真面目で堅物と評判の八重倉が、自分にこんな事をしているなんて。
あの飲み会の前までは、手に触れられた事もなかったのに。今、彼の唇も舌も手も指も、そのどれもが躊躇いなく琴葉のウィークポイントを暴いている。
ぷち、と金具が外れた音がして、胸を覆っていた白いレースの生地が上へとずらされた。ふるんと揺れる白い膨らみに、八重倉は顔を近付ける。左胸の先端が彼の口の中に吸い込まれた。
「ひゃあっ!?」
軽く乳首を噛まれた琴葉は、思わず悲鳴を上げた。
ぴりりと鋭い感覚がお腹の方へと流れていく。八重倉は薄い桃色の乳輪を舌でなぞりながら、身体を揺らす琴葉の顔をじっと見つめていた。
「あ、あんっ、やめっ、てっ、はああんっ」
八重倉の髪を思わず掴むが、彼の動きは止まらない。ぷくりと立ち上がった右胸の蕾も、未だに彼の指に扱かれている。
下腹部に今まで感じた事のない熱が溜まっていき、じわりと何かが身体の奥から流れ出てきた。こんな感覚は知らない、分からない……怖い。
「あっ、あああんっ」
琴葉は太腿を擦り合わせ、身を捩った。交代に吸われて濡れた蕾は、ますます敏感になっている。硬い蕾に舌を巻き付けられ、甘噛みされ、吸われ――そして指で揉まれの繰り返しに、琴葉は甘い呻き声を上げ続けた。
「はっ、あっ……あうっ、あああああっ」
頭の中でぱちんと光が弾けた。
身体を仰け反らせた琴葉に八重倉は顔を上げ、荒い息を吐く彼女を見下ろす。熱の籠った身体をもてあまし悶えていた琴葉は、ぼうっとしたまま八重倉の顔を見た。
彼の瞳は、どこか冷ややかな色をしていた。その表情は硬く、琴葉のように息を乱してもいない。氷のような冷たさが、琴葉の心を震わせる。
(……っ……!)
蕩けそうな身体の奥に鈍い痛みが突き刺さった。残酷な事実が琴葉に圧し掛かる。
彼はこの状況に流されてなどいない。ただ、怒っているだけだ。今こうしているのも欲望からではなく、おそらく琴葉への罰――
「や、あ……っ」
(軽蔑、されてるんだ……)
琴葉の視界が滲んだ。涙が、火照った頬を伝って零れ落ちる。身体は熱く潤んでいるのに、心はすっかり硬く冷え切ってしまった。
八重倉の舌が胸からへその辺りまで落ちてきても、琴葉は抵抗せず、ただ小さくしゃくり上げるだけ。
スカートのホックに八重倉の手が掛かっても、口からは掠れた泣き声しか出ない。
(ごめん……なさい……)
ごめんなさい。私の事情に巻き込んで、ごめんなさい。
軽蔑されたくなかった。こんな目で、見られたくなかった――
ただ、そればかりを思う。
力の抜けた琴葉の両手がベッドに落ちた。これ以上八重倉を見ていられなくて、琴葉はぎゅっと目を瞑る。ベッドに身体を投げ出した琴葉は、彼が何をしようと受け入れよう、と静かに覚悟を決めた。
「っ、くそっ!」
苛立った声に琴葉がびくんと全身を震わせると、八重倉はおもむろに身体を起こし、彼女に薄い毛布を掛けた。琴葉は反射的に八重倉に背を向け、自分を守るように毛布の下で背を丸める。
八重倉がベッドから下りた気配がしたが、琴葉は動けなかった。ベッドの上でただ静かに涙を流し続ける。
胸が苦しくて、痛くて……悲しくて、申し訳なくて。
ぐちゃぐちゃな想いを抱えた琴葉は、それ以外にどうする事も出来なかった。
数分後、再びベッドマットが少し沈む。それに気付いた琴葉が身体を強張らせると、後ろから静かな声がした。
「……済まなかった」
さっきまでの声とは雰囲気が違う。
琴葉は涙を拭き、恐る恐る声の方へと顔を向ける。そこには八重倉が、ベッドに腰かけたまま、膝に肘を乗せて俯いていた。
「嫌がる女性に無理強いするなど、男のする事じゃない。かっとなって怖がらせて済まなかった」
「や、えくらか……ちょう」
琴葉は毛布の下から顔を出し、何とか声を絞り出した。顔を上げた八重倉が、ベッドヘッドから琴葉の眼鏡を手に取って渡してくれる。それを掛け、改めてこちらを見下ろす彼を見ると、その表情は今まで見た事もない程暗かった。
「お前は昨夜、抱いて欲しいと俺に縋ってきたにもかかわらず、さっさと逃げ出してしまった。その後もそ知らぬふりをして、今だって何も弁解しなかった。抱いてくれと言ったのは、俺をからかっただけなのかと思った瞬間、理性が吹き飛んでしまった。……言い訳に過ぎないが」
「ちが……います。私、からかって、なんか」
そう、からかうつもりなんてなかった。八重倉は真面目だから、琴葉の事情に巻き込めば、きっと傷付けてしまう。だから氷川を選んだのに――琴葉が間違えたせいで、この人を怒らせてしまった。
その言葉を聞いた八重倉の瞳が鋭く光った。
「なら今、何故あれだけ嫌がった? 俺をからかってみたものの、怖くなって逃げたんじゃないのか?」
「違います!」
琴葉は毛布を胸に当てたまま、身体を起こした。まだ少し怖い。だけど――
「……だって! だって、八重倉課長、怒ってたじゃないですか! だっ、だから怖かった……!」
行為は激しいのに瞳が冷たかった。尊敬するこの人に冷たくされた事が、堪らなく怖かった。
「わ、私が、あんな事をしたからっ……だから、きっと課長は私を、軽蔑したって、そう思って……!」
再び涙がぽろぽろと零れ落ちた。八重倉の表情がぼやけて見える。
「だ、けど、今朝、会社で顔を、合わせた時、課長はいつも、と同じ態度……だった、から」
つっかえつっかえ話す琴葉の言葉を聞く八重倉は、無表情のままだった。
「……きっと、昨日の事覚えてないんだろうっ……て。それなら、そちらの方がいいって思ってた、のに」
「……」
「でも、覚えてて……それで、お、怒ってた、から……こんな、事、した、んで、しょう……?」
無言のままの八重倉を前にそれ以上何も言えず、琴葉は俯いてしまった。不自然な沈黙が、二人の間に横たわる。
(何、課長に文句を言ってるの、私……悪いのは私の方、なのに……)
そう、そもそも自分が酔っぱらっていなければ、こんな事にはならなかった。相手を間違える事もなく、逃げて八重倉を不愉快にさせる事もなく、仕事上のいい思い出だけを彼に残して、会社を去れたはずだったのに。
(それも、もう出来ない……)
「ごめん、なさ……」
次の瞬間、八重倉の胸元に顔を押し付けられていた。手を回した彼が琴葉を固く抱き締めている。いきなりの事に、琴葉は声も出なくなってしまった。
「……はあ」
八重倉が琴葉の頭の上で溜息をついた。琴葉はびくびくしながら、八重倉の次の言葉を待つ。
「なら、俺が怒っていないと言えば、怖くないのか?」
「……え?」
怒っていない? そんなはずはない。さっきまであんなに冷たい目をしていたのに。
琴葉の両肩を掴んで身体を離した後、八重倉はじっと顔を覗き込んできた。琴葉が見返すと、彼は右手で彼女の涙を拭う。
眼鏡越しに見る八重倉の瞳からは、怒りや軽蔑の雰囲気は感じなかった。
「八重倉課長……?」
どうしてこの人の手は、こんなにも優しいのだろう。ふとそんな疑問を抱いて戸惑う琴葉に、八重倉は静かに言った。
「お前は俺をからかった訳じゃない、と言った。つまり、『抱いて欲しい』という言葉は、本気だったんだな?」
罪悪感に胸がずきんと痛む。その鈍い痛みを隠して、琴葉は小さく頷いた。
「っ……は、い……」
(間違えたなんて、言えない……)
彼と仲のいい氷川と勘違いした事を伝えたら、きっとこの人は、からかわれる以上に傷付いてしまうだろう。
申し訳なくて情けなくて、心が重くなった。
「ごめん、なさい。きっと不愉快に思われたと……」
琴葉が掠れた声で謝ると、八重倉は戸惑ったような、悲しげなような、何とも言えない表情を浮かべた。
「……琴葉」
心臓が一瞬止まった。
彼に名前を呼ばれたのは初めてだ。何を言われるのかという恐怖から、琴葉はきゅっと下唇を噛み、目を伏せた。
「責任を取ってもらう」
(え?)
責任を取る……って……?
琴葉が再び顔を上げると、八重倉はいつもの無表情に戻ってこちらを見つめていた。
「責任?」
琴葉が聞くと、八重倉はああと頷く。
「お前は『抱いて欲しい』と頼んで、俺をその気にさせた。だから責任を取って、俺と付き合ってもらう」
付き合う? って、どういう、事?
「つ、きあうって……」
八重倉の口端がにいと上がった。その獣のような獰猛な笑みに、琴葉の背筋に震えが走る。
「そのままの意味だが? お前は俺の恋人になる。以上だ」
「こっ!?」
(恋人? 恋人って!? 八重倉課長の!?)
身体がかっと熱くなるのと同時に、何故か猛烈な寒気に襲われた。口を動かそうとしても声が出ない。
何がどうして、こうなったのだろう。理解出来ずに動揺する琴葉の様子を見て、八重倉はすっと目を細めた。
「どちらにせよ、もう社内では俺達は付き合っている事になっているんじゃないのか? あれだけの社員の前で、お前の腕を掴んで退社したんだからな」
「えっ!?」
琴葉は目を大きく見開いた。
そうだ、今まで女っ気なしの八重倉が、これまた男っ気なしだった琴葉を引きずるように退社するところを見た社員達は、どう思うのか。
いつも女性と一緒にいる氷川が女子社員と連れ立って帰宅しているのとは、訳が違う。きっと、いや絶対、注目を浴びたに違いない。口さがない社員達があれこれと噂しているのが、目に浮かんだ。
(どう、しよう……)
上掛けを掴む琴葉の指先を八重倉の右手が包んだ。冷たくなった指に、彼の温もりが沁み込んでいく。琴葉の強張った頬にも赤みが差した。
「公私の区別はつける。仕事中は今までと同じだ。それに我が社では、社内恋愛を禁じていないから安心しろ」
安心しろと言われても。
琴葉の頭の中で、八重倉のセリフがぐるぐると回る。
(もしかして、明日にでも課長と噂になっているかもしれない私を気遣って、付き合おうって言ってくれてるの?)
そんな事を気にする必要はないのに。だって、自分はもうすぐ会社を辞めて――
(気を遣わなくてもいいって言わなきゃ)
「八重倉、かちょ……」
心を決めた琴葉が事情を説明しようと口を開くと、軽く触れるだけのキスが落ちてきた。
そのまま固まってしまった彼女は、数センチしか離れていない彼の顔を呆然と見る。
長いまつ毛に切れ長の瞳。すっと通った鼻筋にやや鋭角の顎の線。眼鏡なしの顔を改めて見ると、八重倉も氷川に負けず劣らずの美形だった。こんなに綺麗な顔立ちだったのかと今更ながらに気付いて、琴葉の心臓が大きく跳ねた。
胸の奥で何かが蠢く感じに動揺していたその時、八重倉の口端がふっと上がった。
「まずは陸、と呼ぶところから慣れろ」
「りっ!?」
いきなり名前呼びなんて!?
(無理無理無理、無理ですーっ!)
無言でぶんぶんと首を横に振った琴葉に、八重倉はそれはそれは綺麗な笑顔を見せた。
凄味のあるそれを直視してしまい、顔から火が出そうになる琴葉に、彼はいつもとは違う甘い声で囁いてくる。
「これから恋人として鍛えてやるから、覚悟するんだな? 琴葉」
「~~~~っ!?」
続けて「逆らったら容赦しない」と言われた琴葉は、咄嗟に言い返す事も出来ず、がっくりと肩を落としたのだった。
3 ハジメテ、は今夜でした
翌日、人目を避けて早めに出社した琴葉だったが、直後に出社してきた音山にあっさりと拉致されてしまった。
「どうなってるのよ、水無さん! 八重倉課長と付き合ってるって、噂になってるわよ」
「う、は、はい……」
自動販売機前の休憩スペースで長椅子に座らされた琴葉は、かちこちに固まっていた。所有の痕を付けられた肌を隠すために、今日は長袖タートルネックのTシャツと長めのフレアスカートを着て来たものの、彼女に勘付かれやしないかとひやひやしてしまう。
しかし隣に座る彼女を眼鏡越しに見ると、好奇心丸出しというよりも心配そうな顔をしていた。そうだ、彼女は昔から、面倒見のいい先輩だった。
「だって八重倉課長って、あの通り『氷の貴公子』でしょう? いい上司だし、仕事も出来るけど、真面目すぎて女子社員のアタック、全部蹴散らしてたのに。ここに来て、自分に輪をかけて真面目な水無さんを相手に選ぶなんて」
「……う」
口籠る琴葉に、音山は「氷川課長ならまだ分かるけど」、と爆弾を落とした。
「氷川課長なら女性社員連れの退社もいつもの事だし、水無さんもすこーし憧れてたでしょ? 彼が八重倉課長のところに来る度に、ちらちら見てたし」
「……はい」
気付かれてたのか。琴葉は小さく頷いた。
一時は抱いてもらおう、とまで思い詰めた相手なのに、今にして思えば『すこーし憧れてた』という言葉がぴったりだと感じてしまう。
そう、優しい氷川に憧れてはいたけれど……
――琴葉。
八重倉の声を思い出しただけで、ずくんと身体の奥が疼く。
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