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ミセイエルの謀略 その1
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アサファが、廊下ですれ違った自分を気にも留めず、クローゼットの中にしまっていた傘をもって庭に飛び出していく。
自分には向けられたことのない恋する男の熱い眼差し。
常には凪いでいる黒目が、沸き上がる情熱を開放していた。
宝物をしまい込むように自分のコートの中に彼女を入れ、抱きしめたその顔が喜びに輝き、とろけそうに緩む。
子供の頃から大好きだった初恋の人は穏やかな桜色のオーラを無色に輝かせて、彼女を抱いたまま一瞬で自分の視野から姿を消した。
思い出したんですね、彼女が何者であるか。
初恋は実らないもの。わかっていても切ない。でも大好きな人の心から喜ぶ顔は切ない心を温めてくれる。
リンは泣き笑いの顔で彼らが戻って来るであろう自分の私室へと向かった。
***
タカネ・コートに朝が来た。
昔から神の居場所といわれるタカネ・コートの奥にある、カンナ殿の大広間では、新作のオードトワレが次々と発表されていた。
天・地のセレブや資産家と呼ばれる人達がにこやかに言葉を交わし、ここでの情報収集に目の色を変える。
「今年はどれも上出来で、最後にお披露目される貴品にも期待が持てますわね。どんなお名前がつくのかしら」
「オーク様から世代交代されて、オウカへのこだわりも無くなり、冠がつくかもしれないという噂ですね」
「もし冠が頂けたら、今年の貴品関連の収益は5倍にはなるでしょうね」
「そうなると他の事業にも拍車がかかって手持ちの資産が炎家を抜くかもしれませんわ。何しろ桜家の次期当主代行はやり手との評判ですもの」
「今年はその次期の奥様が大役を果たされるそうだから、桜家の望みは貴品にオウカ・リンの名前を頂くことでしょうね」
「17才とお若くて可愛らしいし、健康的なイメージの方だから、若い娘はもちろん、アサファ様のような優良株に嫁がせたい娘を持つ人達はこぞって買いあさるわね。」
「次期もかわいい奥様の名前の付いたオードトワレの販売戦略を練っているって噂ですものね」
「本当に仲がよくていらっしゃるのよ。リン様のアサファ様を見るキラキラ視線とそれ見返す優しいオーラにいつも当てられてしまいますもの」
「でも、ミセイエル様は、サクラがお嫌いだという噂もございますわよ」
概ね良好な前評判にチラリと水を差す一言もあったりして。
***
いつもは下ろしているブルーブラックの前髪をキッチリ後ろになでつけて、ディナージャケットに身を包んだアサファが、穏やかな顔で招待客に対応している。
完璧な容姿と、綺麗な所作、ウイットに富んだ話術を披露しているのだろう、彼の行く先々で笑顔の花が咲く。
はあ~。やっぱり素敵!
完全な片思いをこれまで以上に自覚させられて、気持ちが落ち込んだリンだったが、一晩寝て目覚めると案外普通でいられることに彼女自身が驚いている。
そんなリンを見てアサファが穏やかに微笑む。
「ため息なんかつかないで。とてもきれいだよ。リン、もしオウカの冠が頂けなくても落ち込むことは無い。
家は皇家とは色々あったし、なぜかミセイエル様と相性が良くないようだからね。
リンは清楚で溌剌として元気なイメージがあるから、○○・リンという名前さえ頂ければ十分に戦略は立つ。きっとヒット商品になるさ」
リンが優しく語るアサファを遮るように見据えて息を吐く。
「この献上式典で私が頂きたいのは自分の名前じゃないわ」
「?」
「私の名前にオウカの冠を頂いても1番上にはなれない。欲しいのは1番上の高貴な方の名前、桜花・オウカ」
・・・オウカ・オウカ・・・
優しく凪いでいたアサファの瞳に青い炎がともる。
「その名前を頂く必要はない!それは(彼女の名前だ)・・・。オウカ・リンで十分だよ。リンの方が可愛くていい」
そうね。この名前は特別な人を呼ぶものだもの。
「ありがとう。でも、2番なのよね」
切ない気持ちをかくして、わざと拗ねたような為口をきく。
昨日、ロビーに座るハナの中に桜家の色を感じて声を掛けた。
あちらの世界から来たと聞いて、ひょっとして?と思った。
そして、シオンの前に佇むハナを見つけたアサファが、何年もしまってあった傘を持って飛び出していった昨日の光景が鮮やかに浮かび上がる。
氷心を持つと言われた彼が沸き上がる情熱のままに、まるで宝物をしまうように彼女を腕にしまい込んで、空間移動した時の驚きと、やっぱりという思い。
望んだものを手の中にしまい込んだ時の喜びに輝くとろけそうな顔。
彼の中にいたのは、やはり万色のオーラを持つ彼女だった。
ハナに貸した私室で待つ自分の目の前に、彼らは突然現れた。
意識のない彼女をお姫様抱っこしているアサファが気づいて、驚愕の息をのむ。
「封印した記憶を取り戻したの?それでゼウスの能力も解放したの?」
彼の珍しい反応を無視して尋ねると、驚いたように瞬く。
そんなアサファにリンは少しだけ微笑んだ。
「だって小さな頃からずっと見てきたのにあなたの心が一度も読めないのよ。それで気がついたの。読めないのはゼウスの能力者だからなんだと。
あなたの心はミセイエル様やヨンハ様と同じ透明で、あなたが隠してきた人の心は万色の輝きを持つダイヤモンドのようだった」
彼女を天界人から隠すため、自分がゼウス候補にならないためにアサファはハナに関する記憶と、強すぎる自分の能力を封印したという自分の推測は100%当たっているだろう。
「それにしてもミセイエル様は意地悪だわ。いつもは天界の年中行事になっているから参加者も少ないのに。突然こっちで行うって言い出すんだもの。おかげで気を使わなくちゃいけない天界人がワンサカ増えて大迷惑」
2,3日前から泊まり込んでうろつく天界人達を眺めまわしてうんざりのため息を吐く。
「キョロキョロしていると、手順を間違えて天界の皆様の前で恥をかくよ」
優しくたしなめられて、おどけて舌を出す。
***
リンが朝起きて思ったことは、思ったより落ち込んでいないことと、それでもハナに魅せられていて、彼女の纏う空気に触れていたい、だった。
しかしハナのもとに行く時間はなく、私のお友達は今頃サロンで準備中かしらと思いをはせる。
背が少々低めだから私の小学生時代の衣装の中からお洋服を選んでいただいたらきっと可愛いく仕上がるわね。
想像しながらフフフと笑い、自分の衣裳部屋に案内してハナの支度をするように申しつけた侍女に尋ねる。
「私のお友達はもう起きて着替えたかしら?」
「はい」
「どんな風に仕上がった?何色のドレスを選んだの?」
「シンプルこの上ない綿シャツとズボンをお召しになって・・・」
綿シャツとズボン?そんなものがあの部屋にあったかしら?
考え込むリンに、困り顔の侍女がおそるおそる言いよどむ。
「早朝に厨房主任を尋ねられて、リン様に手伝いを頼まれたから、白衣を貸してほしいとおっしゃられたそうです」
なんですって~!
聞いたことないリンの絶叫がその場に響き渡ったが。
それを凌駕し、桜家全員の顔色を変えさせる出来事がまっていた。
***
ミセイエルはハナに付けてあるSPからリュウオンとユークシャスに出かける予定があると報告を受けた。
自分以外の男との一泊旅行なんて認められるわけがない。
第一あそこにはあの男がいる。
これ以上彼女を離してはおけないと即決すると、ハナの一泊予定に合わせて指示を出した。
天界での献上セレモニーは不要。自分が直接タカネ・コートに行く。
初めて会った時から、いや彼女があの男を〝私の王子様”と呼んだ時からミセイエルの中に生まれた嫉妬は密かにくすぶり続けている。
そして、更なる報告は、くすぶっていた嫉妬を火柱ほどの怒りに変えた。
二度とアサファ・オーツが彼女を抱きしめることを許すつもりはない。
彼女がすでに自分の妻だと知った時、あの男はどんな顔をするのか。
それに彼女にも、あの男が他人のものだと知らせて釘を刺さなければ。
温度のない視線がカンナ殿に集まった天界人をもてなすアサファ・オーツを捉えて微動だにしない。
そんなミセイエルの冷たく刺すような視線に気がついたヨンサンが声を掛ける。
「おい、ミセイエル。お前とヤツの間に何かあるのか?」
ミセイエルがこんな目をしている時は、周りを巻き込んで大変な事が起こる。
ゼウスの力を使ってここからでは聞くことの出来ない会話を読み、心の声までも聴いている。
それらの人間が、今どんな心理状態で何を考えて、次にどんな行動に出るかを瞬時にしかも正確に判断する。
必要とあらば、誰を傷つけようと気にすることなく、相手のウィークポイントを鋭く抉る冷酷さを前面に出す。
リークグループの総帥として君臨し、天界の覇者であるために必要な資質なのだが、それは時として自分をも深く傷つけることを彼はまだ知らない。
「たかが名前の献上式に君まで来ることはなかったのに」
掛けられた声の冷たさにヨンサンの手先が震える。
穏やかに聞こえる声だが、それは内から出ようとするエネルギーを無理からに抑え込んでいるようで。
「総帥殿が超人的なスケジュールを割いて、突然ここに来た本当の目的が知りたくてね。いったい何を狙っている?」
震えを抑えてした質問に彼はサラリと答えた。
「僕に隠しているものを返してもらおうと思ってね。あれは僕のものだから」
「お前のものを無断で隠し持ってる?そんな恐ろしいことするヤツなんていないだろ?」
次にした質問には答えず、氷冷な微笑だけを返してくる。
「いったい何を考えているんだ?ん?突然結婚したと思ったら女の名前も素性も明かさない。こんなところまでやって来て献上命名式を行うと言い出す。いったいどんな名前を付けるつもりなんだ?まさかコウレイを退けるために使った捨て石の名前じゃないだろうな!
今ここで桜家の姫以外の名前を付けたら桜家は終わりだ。サクラがお前にとって鬼門だという事は理解しているが。桜家を潰すほどに憎んでいるのか!?
「捨て石?潰す?いったい何のことだ?」
「とぼけるなよ。お前がこんなところにまでシャシャリ出てきて貴品に名前を付けることに天界人の誰もが注目している。その名前が、そこら辺のつまらない女の名前だってみろ。当主の存在しない桜家の存続に関わってくる。それを見越して桜家を揺さぶるつもりなんだろうが、そうまでして、いったい何を手に入れたいんだ?」
「そこまで読んでくるとはさすが僕の右腕。でもまだ秘密だ。ちゃんとこの手に落ちてくるまでは用心が必要だからね」
砕けた言い回しは楽しそうで、まるで落ちてくるものを受け止めるように上を向けて広げられた手のひらを見つめる視線が柔らかく緩む。
やれやれ・・・
最近の天界の氷心の3麗人は、どうしたのか?とヨンサンは首を傾げる。
こいつは突然得体のしれない女と籍を入れる。
次期はあちらから取り寄せた女を天界に連れ込んだあげく女が消えたと言って大騒ぎだ。
これで、桜模様の黒目をもつ男の隠したものが女だったら・・・天地がひっくり返りそうだ。
同じ花を指してサクラ、オウカ、ハナ、と呼ぶ。
それぞれに言い方は違うけれど同じものの名称だ。
自分には向けられたことのない恋する男の熱い眼差し。
常には凪いでいる黒目が、沸き上がる情熱を開放していた。
宝物をしまい込むように自分のコートの中に彼女を入れ、抱きしめたその顔が喜びに輝き、とろけそうに緩む。
子供の頃から大好きだった初恋の人は穏やかな桜色のオーラを無色に輝かせて、彼女を抱いたまま一瞬で自分の視野から姿を消した。
思い出したんですね、彼女が何者であるか。
初恋は実らないもの。わかっていても切ない。でも大好きな人の心から喜ぶ顔は切ない心を温めてくれる。
リンは泣き笑いの顔で彼らが戻って来るであろう自分の私室へと向かった。
***
タカネ・コートに朝が来た。
昔から神の居場所といわれるタカネ・コートの奥にある、カンナ殿の大広間では、新作のオードトワレが次々と発表されていた。
天・地のセレブや資産家と呼ばれる人達がにこやかに言葉を交わし、ここでの情報収集に目の色を変える。
「今年はどれも上出来で、最後にお披露目される貴品にも期待が持てますわね。どんなお名前がつくのかしら」
「オーク様から世代交代されて、オウカへのこだわりも無くなり、冠がつくかもしれないという噂ですね」
「もし冠が頂けたら、今年の貴品関連の収益は5倍にはなるでしょうね」
「そうなると他の事業にも拍車がかかって手持ちの資産が炎家を抜くかもしれませんわ。何しろ桜家の次期当主代行はやり手との評判ですもの」
「今年はその次期の奥様が大役を果たされるそうだから、桜家の望みは貴品にオウカ・リンの名前を頂くことでしょうね」
「17才とお若くて可愛らしいし、健康的なイメージの方だから、若い娘はもちろん、アサファ様のような優良株に嫁がせたい娘を持つ人達はこぞって買いあさるわね。」
「次期もかわいい奥様の名前の付いたオードトワレの販売戦略を練っているって噂ですものね」
「本当に仲がよくていらっしゃるのよ。リン様のアサファ様を見るキラキラ視線とそれ見返す優しいオーラにいつも当てられてしまいますもの」
「でも、ミセイエル様は、サクラがお嫌いだという噂もございますわよ」
概ね良好な前評判にチラリと水を差す一言もあったりして。
***
いつもは下ろしているブルーブラックの前髪をキッチリ後ろになでつけて、ディナージャケットに身を包んだアサファが、穏やかな顔で招待客に対応している。
完璧な容姿と、綺麗な所作、ウイットに富んだ話術を披露しているのだろう、彼の行く先々で笑顔の花が咲く。
はあ~。やっぱり素敵!
完全な片思いをこれまで以上に自覚させられて、気持ちが落ち込んだリンだったが、一晩寝て目覚めると案外普通でいられることに彼女自身が驚いている。
そんなリンを見てアサファが穏やかに微笑む。
「ため息なんかつかないで。とてもきれいだよ。リン、もしオウカの冠が頂けなくても落ち込むことは無い。
家は皇家とは色々あったし、なぜかミセイエル様と相性が良くないようだからね。
リンは清楚で溌剌として元気なイメージがあるから、○○・リンという名前さえ頂ければ十分に戦略は立つ。きっとヒット商品になるさ」
リンが優しく語るアサファを遮るように見据えて息を吐く。
「この献上式典で私が頂きたいのは自分の名前じゃないわ」
「?」
「私の名前にオウカの冠を頂いても1番上にはなれない。欲しいのは1番上の高貴な方の名前、桜花・オウカ」
・・・オウカ・オウカ・・・
優しく凪いでいたアサファの瞳に青い炎がともる。
「その名前を頂く必要はない!それは(彼女の名前だ)・・・。オウカ・リンで十分だよ。リンの方が可愛くていい」
そうね。この名前は特別な人を呼ぶものだもの。
「ありがとう。でも、2番なのよね」
切ない気持ちをかくして、わざと拗ねたような為口をきく。
昨日、ロビーに座るハナの中に桜家の色を感じて声を掛けた。
あちらの世界から来たと聞いて、ひょっとして?と思った。
そして、シオンの前に佇むハナを見つけたアサファが、何年もしまってあった傘を持って飛び出していった昨日の光景が鮮やかに浮かび上がる。
氷心を持つと言われた彼が沸き上がる情熱のままに、まるで宝物をしまうように彼女を腕にしまい込んで、空間移動した時の驚きと、やっぱりという思い。
望んだものを手の中にしまい込んだ時の喜びに輝くとろけそうな顔。
彼の中にいたのは、やはり万色のオーラを持つ彼女だった。
ハナに貸した私室で待つ自分の目の前に、彼らは突然現れた。
意識のない彼女をお姫様抱っこしているアサファが気づいて、驚愕の息をのむ。
「封印した記憶を取り戻したの?それでゼウスの能力も解放したの?」
彼の珍しい反応を無視して尋ねると、驚いたように瞬く。
そんなアサファにリンは少しだけ微笑んだ。
「だって小さな頃からずっと見てきたのにあなたの心が一度も読めないのよ。それで気がついたの。読めないのはゼウスの能力者だからなんだと。
あなたの心はミセイエル様やヨンハ様と同じ透明で、あなたが隠してきた人の心は万色の輝きを持つダイヤモンドのようだった」
彼女を天界人から隠すため、自分がゼウス候補にならないためにアサファはハナに関する記憶と、強すぎる自分の能力を封印したという自分の推測は100%当たっているだろう。
「それにしてもミセイエル様は意地悪だわ。いつもは天界の年中行事になっているから参加者も少ないのに。突然こっちで行うって言い出すんだもの。おかげで気を使わなくちゃいけない天界人がワンサカ増えて大迷惑」
2,3日前から泊まり込んでうろつく天界人達を眺めまわしてうんざりのため息を吐く。
「キョロキョロしていると、手順を間違えて天界の皆様の前で恥をかくよ」
優しくたしなめられて、おどけて舌を出す。
***
リンが朝起きて思ったことは、思ったより落ち込んでいないことと、それでもハナに魅せられていて、彼女の纏う空気に触れていたい、だった。
しかしハナのもとに行く時間はなく、私のお友達は今頃サロンで準備中かしらと思いをはせる。
背が少々低めだから私の小学生時代の衣装の中からお洋服を選んでいただいたらきっと可愛いく仕上がるわね。
想像しながらフフフと笑い、自分の衣裳部屋に案内してハナの支度をするように申しつけた侍女に尋ねる。
「私のお友達はもう起きて着替えたかしら?」
「はい」
「どんな風に仕上がった?何色のドレスを選んだの?」
「シンプルこの上ない綿シャツとズボンをお召しになって・・・」
綿シャツとズボン?そんなものがあの部屋にあったかしら?
考え込むリンに、困り顔の侍女がおそるおそる言いよどむ。
「早朝に厨房主任を尋ねられて、リン様に手伝いを頼まれたから、白衣を貸してほしいとおっしゃられたそうです」
なんですって~!
聞いたことないリンの絶叫がその場に響き渡ったが。
それを凌駕し、桜家全員の顔色を変えさせる出来事がまっていた。
***
ミセイエルはハナに付けてあるSPからリュウオンとユークシャスに出かける予定があると報告を受けた。
自分以外の男との一泊旅行なんて認められるわけがない。
第一あそこにはあの男がいる。
これ以上彼女を離してはおけないと即決すると、ハナの一泊予定に合わせて指示を出した。
天界での献上セレモニーは不要。自分が直接タカネ・コートに行く。
初めて会った時から、いや彼女があの男を〝私の王子様”と呼んだ時からミセイエルの中に生まれた嫉妬は密かにくすぶり続けている。
そして、更なる報告は、くすぶっていた嫉妬を火柱ほどの怒りに変えた。
二度とアサファ・オーツが彼女を抱きしめることを許すつもりはない。
彼女がすでに自分の妻だと知った時、あの男はどんな顔をするのか。
それに彼女にも、あの男が他人のものだと知らせて釘を刺さなければ。
温度のない視線がカンナ殿に集まった天界人をもてなすアサファ・オーツを捉えて微動だにしない。
そんなミセイエルの冷たく刺すような視線に気がついたヨンサンが声を掛ける。
「おい、ミセイエル。お前とヤツの間に何かあるのか?」
ミセイエルがこんな目をしている時は、周りを巻き込んで大変な事が起こる。
ゼウスの力を使ってここからでは聞くことの出来ない会話を読み、心の声までも聴いている。
それらの人間が、今どんな心理状態で何を考えて、次にどんな行動に出るかを瞬時にしかも正確に判断する。
必要とあらば、誰を傷つけようと気にすることなく、相手のウィークポイントを鋭く抉る冷酷さを前面に出す。
リークグループの総帥として君臨し、天界の覇者であるために必要な資質なのだが、それは時として自分をも深く傷つけることを彼はまだ知らない。
「たかが名前の献上式に君まで来ることはなかったのに」
掛けられた声の冷たさにヨンサンの手先が震える。
穏やかに聞こえる声だが、それは内から出ようとするエネルギーを無理からに抑え込んでいるようで。
「総帥殿が超人的なスケジュールを割いて、突然ここに来た本当の目的が知りたくてね。いったい何を狙っている?」
震えを抑えてした質問に彼はサラリと答えた。
「僕に隠しているものを返してもらおうと思ってね。あれは僕のものだから」
「お前のものを無断で隠し持ってる?そんな恐ろしいことするヤツなんていないだろ?」
次にした質問には答えず、氷冷な微笑だけを返してくる。
「いったい何を考えているんだ?ん?突然結婚したと思ったら女の名前も素性も明かさない。こんなところまでやって来て献上命名式を行うと言い出す。いったいどんな名前を付けるつもりなんだ?まさかコウレイを退けるために使った捨て石の名前じゃないだろうな!
今ここで桜家の姫以外の名前を付けたら桜家は終わりだ。サクラがお前にとって鬼門だという事は理解しているが。桜家を潰すほどに憎んでいるのか!?
「捨て石?潰す?いったい何のことだ?」
「とぼけるなよ。お前がこんなところにまでシャシャリ出てきて貴品に名前を付けることに天界人の誰もが注目している。その名前が、そこら辺のつまらない女の名前だってみろ。当主の存在しない桜家の存続に関わってくる。それを見越して桜家を揺さぶるつもりなんだろうが、そうまでして、いったい何を手に入れたいんだ?」
「そこまで読んでくるとはさすが僕の右腕。でもまだ秘密だ。ちゃんとこの手に落ちてくるまでは用心が必要だからね」
砕けた言い回しは楽しそうで、まるで落ちてくるものを受け止めるように上を向けて広げられた手のひらを見つめる視線が柔らかく緩む。
やれやれ・・・
最近の天界の氷心の3麗人は、どうしたのか?とヨンサンは首を傾げる。
こいつは突然得体のしれない女と籍を入れる。
次期はあちらから取り寄せた女を天界に連れ込んだあげく女が消えたと言って大騒ぎだ。
これで、桜模様の黒目をもつ男の隠したものが女だったら・・・天地がひっくり返りそうだ。
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