優しい時間

ouka

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桜家と家宝とアサファの選択

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 あの男が、自分に見せつけるようにハナを抱きしめてその黒髪にキスを落す。
 ”今年の貴品にはオウカ・オウカの名前を与える”
 多くの天界人を集めたタカネ・コートのカンナ殿にゼウスであるあの男の朗々とした声が渡る。
 彼がタクトを振るように胸の前で人差指を動かすと皆が一斉に膝をつき跪拝の礼をとった。
 おそらくゼウスの力を使ったのだろうと推測し、皆に倣い術にかかったふりで跪拝の礼をとる。
 目の前であの男が楽しそうにハナの顔を覗き込んで何かささやくと、ハナがプイっと顔を背けた。
 どうやらゼウスの力を開放した自分とハナにはあの男の力は及ばないらしい。
 「命名式は終わりだ。ハナ、帰るよ」
 それはそれは甘い声で彼女の肩を抱き、新婚の夫のような言葉を掛ける。
 見せつけられて奥歯をかみしめると自分の気持ちが読まれたのか次の攻撃が来た。
 「新婚の夫のような、ではなくて、僕たちは新婚の夫婦だ。君も仮面夫婦なんかやってないでいい加減リンと子作りをしたらどうだい?家宝が認める子供が出来るかもしれないよ」
 ハナが息をのみ、黒曜石の瞳が見開かれて視線が僕とリンを行ったり来たりする。
 リンの、片思いの人って、アサオだったの?
 アサオは、リンと結婚したの?
 衝撃に絞られて縮んだハナの心が見えた。
 まって!事情があるんだ!ちゃんと説明するから!
 焦る自分に目の前の男が不敵な笑みを投げる。
 「説明?言い訳なんか必要ないよ。アサファ」
 僕の、思いを知ってほしいという気持ちを一刀両断にした。
 男は揺れる心を抱え項垂れたハナをギュッと抱きしめて一瞬で姿を消した。
 2人が空間移動した先はおそらく彼のペントハウス・・・ 
                   
                  ***

 天界の5族にはそれぞれの家に家宝が存在する。
 家宝は主を選び、家宝に認められなければ家宝を身に着けることが出来ず、当主の椅子にも座れない。 
 先代桜家の当主には長兄のカテル、長姫のオウカ、次弟のカルトマという3人の子供がいたが、家宝はその中で最も能力の高いオウカを早い時期から次期当主に選んでいた。
 彼女は17才という若さで当主の座に着くと、優れた統治者の資質とカリスマ性を発揮し桜家一族を手中に収めた。
 傾きかけていた財政を立て直して、行政の一角に食い込むと桜家の特殊能力を使い人と成りを見極めて5家の諜報に先手を打ち続けた。
 兄妹の仲もよく、その両脇を兄弟が固めたことで桜家は短期間で天界の権力を握り、地上においては資金面で急成長を遂げた。
 桜家一族は大いに喜んだが、憂いもあった。
 オウカが当主に立って10年以上経っても家宝のピアスはオウカから離れず、他の者が家宝を着けると、頭痛や嘔気を起こしてしまう。
 家宝のピアスはオウカ以外の当主を認めず、次期当主がいつまでたっても決まらないのだ。
 このままでは継承に波風が立つ、と一族は頭を抱えた。
 誰が次の当主の座に就くのか?果たして当主の椅子に座れるものが生まれてくるのか?という不安は年が経つごとに大きくなる。
 いずれ生まれてくるであろうオウカの子に期待が高まるのは当然だろう。
 一族は27才になった彼女に一刻も早く優良な結婚相手をあてがいたいと、色々な出会いを画策した。
 結果、彼女が選んだのは桜家にとって最悪の相手だった。
 ゼウスが夫では子は望めない。
 皇家に桜家の至宝を取られるだけでなく、オウカに子を望めない事に落胆し、後継の不安は益々大きくなる。
 一族はこぞってオウカの結婚に反対し、結婚後も裏で離婚を示唆し続けたため皇家との関係はギクシャクしたものとなった。
 そんななか、長兄であるカテルの妻が妊娠した。
 もし、生まれてくる子の能力が高ければ当主の椅子に座れるかもしれない。
 一族は能力の高い女子の誕生を期待した。
 桜家はどういう訳か女子に能力の高いものが多い。
 男子には飛び抜けた能力を持ったものが非常に少なく当主は代々女性が努めている。
 さらに、女子は他家に嫁いでしまい、桜家を繁栄させにくいという裏事情も存在した。
 しかし、難産の末に生まれたのは男子。
 おそらく男子の能力では次期当主には選ばれない、と、一族皆が肩を落とした。
 アサファの人生は、生まれる前から一族の期待を背負い、生まれた瞬間にその期待を裏切るという始まり方をした。
 他人の事情に巻き込まれて波乱万丈な道を歩く星の下に生まれたと言っていいだろう。
 他家より能力の高い男子が少なければ、当然皇家の重要ポストについて行政手腕を振るう人間にも限りがあり、桜家が5族の第5の位置に甘んじている所以でもある。
 そんなお家事情の中でアサファは生まれた。
 持って生まれた潜在能力は男子とは思えないほど高いどころか突き抜けている。
 もの心がつく前から他人の心を読むのはもちろん、欲しいものを動かし、行きたいところに瞬間移動する。
 桜家に飛び抜けて潜在能力の高い男児が誕生したことを一瞬喜んだ一族だったが、あまりにも高すぎる特殊能力に慌てふためいた。
 大変だ!5家の特殊能力がすべて高い?!
 それはゼウス候補になるという事で?
 天界人に露見すればすぐさま次期ゼウス候補として皇家に召し上げられてしまう。
 皇家にオウカばかりか能力の高い男児までも取られるわけにはいかない。
 桜家の重鎮達はアサファを高位の天界人の目に留まらぬように、桜家の末席の家に隠した。
 そして赤ん坊の彼に言い聞かせる。
 人前では、決して5族の力を使わぬように、と。
 桜家の末席に養子に出た10年間だけがアサファにとって桜家の直系の嫡男という縛りを解かれ、よく遊びよく学ぶ天真爛漫な子供時代を過ごせる貴重な時間だった。
 大きな期待を寄せる者もなく、桜家を率いていく自覚も責任も意識せず、望むままに進んでいける自由があった。
 しかし、彼が10才になった時に事件は起きた。
 叔母であるオウカが不倫疑惑をかけられた末に入水事件を起こしたのだ。
 その責任を取って、長兄夫婦は自害、オウカを無くし皇家での足がかりを失った桜家は転がり落ちた。
 もとより皇家との関係はイマイチで飛び抜けた能力を持つ男子が少ないために、天界で権力を持つポストに就く者も少なく踏ん張りきれずに急墜した。
 地上においても跳ね返りを見せて桜家の財政を悪化させた。
 
 桜家が窮地に立って3年が過ぎアサファが13才の時に、皇家では10才前後の侍従候補を何人か選定した。
 何をやらせてもそつなくこなし、何事にも優秀で機転もきいて何よりその穏やかな性格に定評があったアサファは、当然候補者に上がり、ゼウスとリオンの面接を受けることとなる。
 せっかく10年以上隠している手中の玉を晒したくはないが、無下に断っては益々皇家の反感や不信感をかう。
 面接ぐらいは受けなければ。
 またしても一族は頭を抱えた。 
 アサファには、決して桜家以外の潜在能力を使ってはならぬ、必ず落ちて来い!と言い渡してて面接に臨ませた。
 もとより堅苦しい宮廷生活などごめんだ。
 仏頂面で面接官の前に立ち説明を受けた。
 聞けばゼウスが寵姫リオンのためにあちらに住む姪を呼び寄せて花見の会を開きたいので、あちらの世界にいる彼女の姪の送迎係が必要なのだと言う。
 結果、誠実で寡黙な彼はリオンに気に入られ、少しの手助けであちらの世界に飛べる能力をオークに認められ、なにより小さな少女が自分を指名した。
 ニコニコ顔でかわいいお辞儀をして名前を尋ねてくる。
 「こんにちわ。お名前はなあに?」
 「アサファ・オーツです」
 「よろちくお願いしましゅ。アサオ」
 「ちがいます。アサファです」
 「あさ、お?」
 ・・・
 またしても一族の思いと自分の意志を裏切ってこのおもり役に立つことになた。
 ただこの選択の誤審は彼がゼウスの資質もちで彼女がダイヤモンド・オウカだったこと。
 アサファがダイヤモンド・オウカに魅せられて何度もあちらの世界に飛んで行ってしまう。
 加えて、彼女が小学校へ上がった頃よりなぜか次期ゼウス候補のミセイエルがハナを執拗に詮索し始めた。
 いくらゼウスのオークがその能力で彼女を隠しているとはいえ、このままではハナの存在が天界に知らてしまう。
 アサファは人生におけるターニングポイントの選択を迫られた。
 全能が露見してゼウス候補となり桜家の期待を裏切る苦しみや、妊孕能力を失ってハナとの約束が守れなくなる可能性への不安、何より子供のハナが何の選択権も与えられずに天界の荒波に巻き込まれる恐怖。
 それらを避けるために、21才のアサファは脳内のハナの記億を消し、己の特殊能力を封印し、桜家の末席の者として次期ゼウスミセイエルの近衛のポジションに着くことを選択した。 
 記憶を失うのは一時だけだ!
 彼女が結婚や生きる場所を自分で選ぶことが出来る権利を持つ18才になるまでだ!
 7年後には封印は解け記憶は戻り、またハナとの生活が返ってくる!
 離れることを嫌がる心にそう言い聞かせた。
 しかし、離れてはいけなかったのだ!
 自分はあの時、大事な選択を間違えた。
 自分はリンの夫で、彼女はミセイエル・イーツの妻になっている。
 ハナと家族になるために、ミセイエルから彼女を隠すために選んだ選択肢は、彼女をゼウスに引き渡す最悪な結果を生んでいた。
 気に入らない現状と未来を変えるために、もう一度新たに人生の選択をし、選択した未来に向かって一歩踏み出す勇気を持たなければ。
 7年前のあの日のように。
 深い思考から意識を浮上させれば、目の前に紫の小花を付けたシオンが風に揺れていた。
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