優しい時間

ouka

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オレの弟 

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 家族にさえ一度も心を動かさなかったアイツがハナちゃんに言われ茶の練習をするなんて、答えは1つしかない。
  自分に向かって、兄上、あちらの世界の茶会の練習を手伝ってください、と弟が頭を下げたのを見てヨンサンはハナの正体に確信をもった。
 
 ヨンサンが、静かに話し始め、ミセイエルは、ただ黙って聞いた。
 「オレの弟は、な・・・」

 ノアが生まれた時、家族全員が万歳三唱をし親戚一統が祝砲を上げた。
 10年ぶりに生まれたノアは嶺家の直系にはない天使の柔らかさと嶺家の直系を表わすブルーブラックの髪とサファイヤブルーの瞳を持っていた。
 そのかわいらしさに誰もが猫かわいがりし、下にも置かず、家じゅうが抱っこするために奪い合った。
 しかし1月もすると違和感を感じて首を傾げる者がチラホラと。
 その誰もが、不思議な子供だ、という。
 たとえばある日、母がノアはまだお腹がすいてないから授乳は1時間後にするわ、といった。 
 乳母がどうしてわかるのかと尋ねたら、なぜかそう思ったと母は首を傾げた。
 そうしてよくよく観察してみると赤ん坊のくせに自分からは何も要求しない。
 なぜか不定期で母は乳を飲ませたくなり、乳母はおむつを替えたくなる。
 泣くこともなく、笑うこともない天使の人形だとノアに付いた侍女が零す。
 幼児になっても言葉もしゃべらず、めったに歩くこともしない。
 家族の者はノアをどう扱っていいのかわからずにに途方に暮れた。
 だって考えてみろよ!
 ノアが2歳の時なんか、10も上のオレが読む本を父が2冊買ってきて、なぜだかノアが欲しがっていると思ったと言うんだぞ。
 その本の1冊が空間移動して、ノアの手元にポトリと落ちた時には空気が固まったね。
 呆然自失になった俺たちを見たノアの顔がドヤ顔に見えたのはオレの僻みだよ。
 その上、それまで発語のなかったノアが本の内容を質問してきやがった。
 驚きで家族中が大パニックさ。
 よくよく観察してみると、必要な物は空間移動で取り寄せて、関わる人間と衝突しないように心を読んだノアが念話を送って上手に周りを動かしていたという訳さ。
 気が向かないと歩かないし、しゃべらない。
 念じるだけで他人が思いどうりに動き、欲しいものが手に入るのだから目に見える動きをする必要はない。
 指令という一方通行の思念だけで言葉も感情も相手とのキャッチボールをしないのだから、苦労も、喜びも、感謝もない。
 手に入らない悲しみも、思いどうりにいかない悔しさもない。
 他人に心を覗かれないための防御力を持たない人間には、ノアが天使から悪魔の人形に変わった感覚を味わったと思うよ。
 自分の心を覗かれて、気がついたら目の前の赤ん坊にいいように動かされているなんて周りの人間にとっては恐怖以外のなにものでもないだろうから。
 だから生まれた時にはあれほど喜んで集まった一族はノアが呼ばない限り誰も来ないし、用事を済ませるとすぐにいなくなった。 
 ノアがもの心つく前からゼウス張りに5家の力をすべて使えると気がついた時、嶺家は家宝が誰を選ぶかを巡って大いに揺れた。
 いや、家宝が感情のないノアを選びはしないかと戦々恐々としていたというのが本音だろう。
 「ヨンサン様はすでに家宝に次期当主として認められております。これでもしノア様までもとなりましたら、嶺家が2つに割れるかもしれません」
 「その心配はノア様が生まれた時からございました。せめてノア様の能力が人並みでありましたら波風も立ちませんでしたのに」
 「能力の高い者が2人とは、いやはや困りましたな」
 「あのように能力の高い子供などいっそ、生まれない方が良かったかもしれません」
 などとノアの存在を否定するものまで現れた。
 
 5年前のあの事件は、そんな環境に置かれたノアが必要な物を手に入れるべく起こした事だと今は思える。
   
 ノアが12才になった時、突然屋敷内の空気が揺れた。
 何か大きなものをあちらの世界から取り寄せた時に起こる波動だとすぐに気がついたが、それがまさかノアの仕業で、しかも人間だとは思いもしなかった。
 皇家で訓練を受けたオレがようやくできそうだという感覚を得たばかりの人間を異次元移動する能力を、一瞬で使ったんだから。
 波動の根源をたどって部屋に向かったオレは、気を失ったノアとあちらの世界からやって来たらしい人間が倒れているのを見つけて目を剥いた。
 ノアが人間を異次元から取り寄せたことに気がついて、慌てて家宝のブレスレットで衝撃予防を張ろうとしたのだがこれがうんともすんとも反応しない。
 親父が炎家に天候干渉を依頼し、大きな災害を起こさずに済んだのだが。
 この時からしばらく、家宝のブレスレットはオレと親父を拒絶して力を使うことを許さなかった。
 その上ノアを当主に選んだのか衝撃で意識を無くしたノアから離れない。
 それを知った親戚たちが、ノアを亡くしたら嶺家は桜家のように当主を失うかもしれないと騒ぎだしたんだ。
 12才の天才があちらの世界から人間を引き込んだ動機は何だと思う?
 1週間意識不明の仮死状態から目覚めたノアが親父に呟いた一言は。
 「誰かと話しがしたかった」と。
 オレ達家族はその言葉に打ちのめされた。
 生まれた時にはあんなに喜んで取り合ったのに、気がつけば厄介者扱いしていてノアに話しかけることをしなかったんだ。
 本人が望んだ異能でもなく、途中から変わったわけでもなく、周りに何をしたわけでもない。
 ただ、周りがその才を理解できずに能力をやっかみ恐れ避けていたのだと気がついた。
 自分の価値観だけでノアの扱い方を変えるオレを含め嶺家の一族は何と勝手なことか。
 
 それがあちらの世界からサユリ様がやって来た真相だ。
 あの時はノアの能力に一族こぞって慌てたね。
 何の訓練も受けていない12才の少年が異世界から人間を引っ張り込んで、暴走も起こさず炎家の波動干渉で納まったなんて今でも信じられない。 
 親父は必死で隠しているが、サユリ様のことは、おそらく隠せてないだろう。
 今やサユリ様があちらの世界から来たことは公然の事実だし、ノアの入れ込みようを見れば何かの拍子に弟が引き起こした出来事だと大抵の天界人が思っているから。
 でも、公になってないこともあるんだ。
 実は、あの時引き入れた人間はサユリ様だけじゃない。
 彼女の兄上達も一緒に引き入れたんだ。
 何の訓練も受けてないのに、3人動かしてあの程度の空間の衝撃で済んだって、どんだけの力持ってるんだよ?って、もはや驚愕さえ起きないね。
 もしそれが公になったら天界は大騒ぎになるからオレと親父は必死で隠したんだ。
 先に気がついたサユリ様の兄上達をオレと親父であちらに送り返して。
 余波なしで人間を異次元に移動するなんて、家宝に認められたオレ達でも一人動かすのが限界だからな。
  
 異世界から取り寄せたサユリ様は1カ月ほどで意識を取りもどしたが、一言も言葉を話さなかったし動かなかった。
 ノアが念話を送っても彼女には受け取る心が残ってなかったんだと思う。
 オレと親父は黙って泣き続けるサユリ様に異次元移動の同意を取り付けられないから、送る事も出来ず悶々とし、ノアは彼女に寄り添ってただごめんなさいと謝り続ける日々を過ごして。
 気がつくとノアの目が赤色に変わっていた。
 そして人を異次元に飛ばすことも、他人の心を読むことも、思念を送ることも出来なくなっていた。
 5族の力を自らで封印した印に一族にない赤を潜在的にノアが選択して、目の色を変えたんだとオレは考えている。 
 心を空にして泣き続けるサユリ様をみて、12才のノアは自分のしたことを心底後悔したんだ。
 自分の意向だけで他人を動かす力を使うことへの恐怖、自分がしたことで他人が悲しむ姿を見る心の痛みを初めて知ったのだと思う。
 只々、サユリ様に寄り添い、自ら声を出して謝り、言葉を教える日々。
 ノアだけが一日中単語をしゃべっている日が何日も続いたある日、サユリ様がしゃべったんだ。
 「花火が見たい」って。
 あの時のうれしような泣きたいような何とも言えず歪んだノアの顔をオレは一生忘れないと思う。
 高度の特殊能力と引き換えに感情を忘れて生まれて来たノアに、家族が教えてやれなかったものをサユリ様だけが教えられた。 
 5年前のあの事件はノアが必要な感情を手に入れるために私を呼んだのよと、サユリ様が言うんだ。
 ノアが私を必要としなくなるまではこっちにいると。
 ノアが、自己能力を取り戻して私を送ってくれるまで私は帰らないと。
 それがノアの責任だと笑われては、とても敵わない。
 だから、あれから5年、俺たちは、待ってるんだ。
 ノアが、あの事件を起こすまで持っていた天界一の特殊能力を取り戻して、サユリ様をあちらの世界に送り、オレと同じサファイアブルーの目にもどる日を。

 (結構苦労人のヨンサンさんです) 
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