優しい時間

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夏祭り後半戦 その3

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 中央広場にある救護所の中を覗くと、暑さに当てられた壮年の男性と、転倒した子供が膝をすりむいて手当を受けているのが目に入ったが、やはりハナの姿は無かった。
 少し前に、食あたりをしたと言って若い男が運ばれてこなかったか?と尋ねてみたがそんな覚えはないという。
 念のために診療日誌を確認してもらったが、セネガルドという名前は何処にもなかった。
 くっそ!
 分かってはいたが思わず漏れるののしり言葉。
 異空間の中にハナの気配を探ろうとしたが、誰かがカバーをかけているのか真っ白スクリーンの映像しか映らなかった。
 ユウを見てみるがやはり同じで、さて、どうしたものかと思案していると、ふと、朝からセネガルドの姿が見えないが何処にいちゃったんだろう、と気にするハナの言葉が頭に響いた。
 声ではなく微かな息のような思念に、全身が硬直する。
 これ程弱い思念を受け取ったのは、心をなくしたサユリ依頼だった。
 いったいどこで、どんな扱いを受けている?
 まさか暴力や、凌辱が行われていることはあるまいな!?
 ハナの心身が壊れかけているかもしれないという恐怖に、交感神経が全開で働くのか全身から嫌な汗が噴き出すと同時に腹の底から声が出た。
 ウオォ~!
 天に向かって吐いた咆哮が、空気の槍となり天界に突き上がる勢いで響き渡る。
 ノアは体中に異能を充満させると、細い糸を手繰り寄せるようにセネガルドの気配をたどて空間移動した。

                  ***

 「ハナ様を見失いました。先ほどから探しているのですが見つけられません」

 天界から動けないことに文句と愚痴を並べ立ていたミセイエルのもとにハナに付けたSPの統括者が突然何もない空間から現れて信じられない報告をした。
 ミセイエルの前に跪き頭を床にこすりつけた状態でそう告げた彼は息を殺したまま微動だにしない。
 「何だと、もう一度言え!」
 「ハナ様の気配を見つけられません」
 元々機嫌のよくないミセイエルはその報告に怒気の充満した怒号を上げた。
 「そんな報告が通用するか!それでも皇家のSPトップ5か!」 
 部屋の空気は揺れ、棚に乗った物は落ち、花瓶が割れ水たまりが広がる。
 瞬時に容姿は短髪黒髪から流れる銀糸に変わり、虹彩はこの上なく透明に近いクリスタルのゼウス仕様に変化した。
 体中に特殊能力を充満させて戦闘モードの今の彼なら、メルタ全土を指一本で破壊できそうだ。
 あまりの剣幕にヨンサンでさえ声を掛けるのを躊躇うほどだ。
 まさに全知全霊の神が怒気を纏って目の前に君臨していた。
 いかなマブダチを自負するヨンサンといえども決してミセイエルなどと呼び掛けられる状態ではない。
 「ゼウス様」
 彼もまたすぐさまソファーから降りて頭を垂れ床の上に跪く。
 「何事が起こりましたか私も同席してお聞かせ願ってもよろしいでしょうか」
 今にも目の前の男を射殺してしまいそうなオーラを醸しだしているミセイエルと彼を2人だけにすることだけはどうしても避けたかった。
 これ程の怒りを身に纏っているゼウスなど見たことがない。
 つい数時間前までオマエと呼び、色ボケと軽口を叩いたことが夢のように思える。
 天界の空気が、時間が、ありとあらゆる流れが停止し、目に見えない圧力だけが精神と肉体を圧迫し押しつぶされるような感覚に必死で耐える。
 幸いに今天界に残った者はヨンサンをはじめとする5家の強者ばかりのため、惨事には至らないだろうが、日頃の鍛錬を怠っているものや、能力の低い者はおそらく瞬殺されていただろう。
 どれだけの時間そうしていたかはわからないが、ふと空気が緩み、締め付けが弱くなる。
 「どうやら、日頃の鍛錬をサボっていたわけではなさそうだな」
 零下の声でそう呟くと、ミセイエルはその容姿を地上仕様にもどして、長い息を一つ吐いた。
 「経緯を聞こう」
 「は」
 
 ミセイエル様への土産を探しているところにユウという娘が現れて、とSPが経緯を説明する。
 「それまでノア様は、はぐれないために人込みの中ではすっとハナ様と手を繋いでおられました。攫われないための警戒心が働いたのだと思われます」
 状況を想像しただけで沸いて来る嫉妬の波を何とか抑え込みミセイエルは話を進めさせる。
 「ですが娘がハナ様の横で、早くしないと店番をしているイマリさんが心配です、を繰り返し言い続け、ハナ様の焦燥感を煽ったのです」
 「それで、ハナはノアと離れてその娘と救護所に向かったというのだな」
 にしてもだ、赤目にはハナの護衛という自覚があったはずだ。
 「なぜ、ノアはハナの側を離れた?」
 「ノア様は離された観がございます」
 「離された?どういうことだ!」
 「娘に屋台前の騒ぎを片付けて欲しいと懇願されても、嶺家の手代をすぐさまよこすと主張されて頷かなかったノア様を説き伏せたのはハナ様です。あなたが適任だと言い張り、最後は笑顔一つで押し切られてしまわれた。あの顔を見せられて逆らえる者など天界にはおりません」
 そうだ、ハナのことが取りざたされるようになって、ちょくちょく登るこの話題。
 冷人ヨンハをメロメロにしたとか、リークビルの受付嬢を意のままに動かしたとか、何よりミセイエル自身が一番の体験者だった。
 たった3才の彼女の願いを叶えたくて、異能を使い人生を変えることになったのだから。
 あの時から、自分は15年もの間、ひたすら見えぬ彼女を探し求めたのだ。
 やっと、やっと、手にいれて、2度と手放さないと誓ったばかりなのに。
 「娘はノア様の説得が不可能だと悟ると、一秒でも早くイマリ様を救ってほしいとハナ様に訴えたのです。ハナ様が自分の事よりも他人の安寧を優先させる性格を見極めた誰かに入知恵されたのではないかと。」
 確かにお人よしの彼女は後先考えずに親切の押し売りをして窮地に立つことがしょっちゅうあったと、ミセイエルが過去を振り返る。
 「それに、15歳の小娘が仕組んだにしては用意周到です。込み合った時間帯を選んでいることや、その上でノア様を切り離す手腕などに加えて、私共にさえ辿れないような気配の消し方など、隠匿された高い能力者が裏で糸を引いているとしか考えられません」
 隠匿者・・・
 それは顔無しとも呼ばれ、高い異能を持つが、倫理観や正義感が極めて低いために世には出せない者を指す。
 顔の無い能力者がハナを腕の中に囲い込んで、不気味に笑む映像が頭を流れ全身が総毛立つ。
 得体の知れないものによって誘拐された懸念を示唆されて、またハナを見失ってしまう恐怖がミセイエルの身を焼く。
 無くなりそうな理性を必死で繋ぎ止めて、噛みつくように疑問を投げつける。
 「その、ユウとかいう娘の身元は調べてあるのだろうな!」
 SPが投げられた質問に何とか答える。
 「炎州のクオン生まれの地上人で、15才、3年前に父親をなくして、家族はおりません。今は家業の団子屋を一人で切り盛りして、何とか生計を立てております」
 「一人でか?」
 「はい、炎家の先々代に贔屓にされているようで、ちょくちょく屋敷にも出入り致しております」
 炎家の先々代と聞いてミセイエルをはじめ、そこにいる男たちの顔が歪む。
 一旦炎家当主の座に着いたものの、すぐに自己研鑽をやめ民臣を蔑ろにしたために家宝に見放されその座から転がり落ちた男の顔が浮かぶ。
 実力もないのにプライドだけが高い赤い髪が少しだけ残る頭をした初老の男だ。
 そしてそこにいた天界人は、今のゼウスが隠匿者に負けないほどの負の感情を持っていることに戦慄する。
 もしハナに何かあればメルタ全土を滅茶苦茶に破壊ししそうなオーラに身を固くして話を聞いている途中で、すざまじい怒りの波動が地上から突き上げるように天界の床を叩き上げた。
 今まで感じたことのないあまりにも大きいエネルギーの破裂に、いったい誰の!?と、皇家宮にいる天界人達は目を剥いた。
 が、ヨンサンだけは嶺家特有の青く静かな瞳を細めた。
 「おそらくは、ノアでしょう。目の前で護衛のお姫様をかっ攫われて、あれの怒りも尋常ではないはずですから」
 頼む。お前の力で収めてくれ。ノアこの騒動にゼウスを引っ張り出さないでくれ!メルタが消滅してしまう。
 
                  ***
 
 「おい、そうじゃない。何度言ったらわかるんだ」
 「へ~い」
 「火薬を扱う時に、気を抜くんじゃない!」
 「ハイ、ハイ」
 「導火線をそんなところにおくな!」
 「そうですか~」 
 飛ぶ怒号に対し、返ってくるのは気の抜けた返事ばかり。
 いうことを聞かずモゾモゾと動き回る男の意図を感じ取って指導者らしい男が息を飲みもう一人の相棒を呼んだ。
 「兄貴、ちょっと来てくれ!セネガルドがおかしなことをしでかしてるんだ」
 弟に呼ばれてやって来たのはこの日の花火を任せれている長兄とその妹サユリだった。
 身の前に広がる光景に長兄の寛治が目を剥いた。
 「おい、何やっている!そんな大量の火薬をどこから持ってきやがった!もしなんかの拍子に引火でもしたら、みなの集まる河川敷一帯が大惨事になるじゃねえか!」
  その様子におどけた調子で、これはこれは、サユリ様までお出ましですかと、体を傾げる。
 あんたらと同じようにあちらの世界からやって来たお姫様がまやかしじゃなきゃぁ、と心で呟きフフと笑う。
 「大丈夫だろう~?多分な~?」
 呆然とする3人をしり目にニヤリと笑った顔は身の毛もよだつ猟奇的なものだった。
 そしてどこからとなく現れた、初老の男に向かって命令する。
 「ほら、オッサンの出番だ。今年の夏祭りをぶっ潰したいんだろ。見学なんて言ってないで一肌脱げよ。ここに雷を一発落として欲しいんだわ。先々代のあんたなら出来んだろ?」
 そう言って積み上げた火薬の山を顎でしゃくる。
 そんなことをしたら花火見物に来た客に爆風と火の粉が当たって大惨事になるのは目に見えている。
 「オッサン?雇用主に対して何て言い草だ!」
 今まで一度もそんな風に呼ばれた覚えのない男は薄い頭から湯気を上げそうな勢いで怒鳴ったが言われた少年は特大のフン引っ掛けただけで主導権を渡すつもりはない様だ。
 「何?今頃になって怖気づいたの?今更、遅いんだよ。オッサン」
 「わしは、そんな事を指示した覚えは・・・ただ花火の打ち上げが失敗すればそれで・・・」
  少年は、そんな老人の世迷言など無視だとばかりに猟奇的な視線を真っ直ぐに伸ばした。
 人差指が空を切ると、目の前に立っていた男の少ない赤い髪がパサリと床に落ちた。
 ヒィ!
 短い悲鳴を上げて頭に手をやる男に向かって楽しそうな声を投げる。
 「やるの?やらないの?オレはどっちでもいいけど。やらないとなると」
 そこまで言って言葉を切り、改めて冷酷な視線を禿げた頭に向けた。
 「次に落ちるのは、首かな」
 
 (どうなる!夏祭り!)
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