優しい時間

ouka

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夏祭り後半戦 その4

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 ゴクリ・・・
 あなた・・・
 おまえ・・・
 ・・・
 息を飲む音、震える声、掠れる声、驚愕に言葉も出ない反応を見せた4人の声が重なった。
 
 「おまえ(あなた)誰?」

                  ***
          
 ここに雷を・・・。あんたなら出来んだろ。
 ・・・した覚えは・・・ただ花火の・・・が失敗すればそれで・・・
 ・・・やらないの?
 半覚醒の意識の中で壁を隔ててぶつ切りされたような声がボソボソと耳に届く。
 「次に落ちるのは、首かな」
  はっきりと捉えた狂喜の混じる残酷な言葉に、胃がせり上がるような嘔気に襲われた。
 グッゥ
 無意識に口元に手を当てて吐物を受け止めようとするが、出たものは湿った空気音のみだった。
 意識の浮上と共に次々と5感が目覚めていく。
 視覚が漆黒とは違う薄墨を流したような大きな空間にゴチャゴチャと置かれた物の影を捉える。 雑然と物が置かれたただだっ広い倉庫のような埃っぽい場所。
 コンクリートの堅い地面に着く皮膚が冷たく湿気た感覚を脳に伝えた。
 鼻が微かな火薬の匂いを感じ取ると、思わず言葉が出た。
 「ここ、どこ?」
 ハッキリと意識を取り戻したハナは、自分が寝かされているところに愕然とする。
 やっと思考回路が動き始めて、次に耳が拾ったものは自分から漏れたものと同じ空気が喉を動く音だった。
 「グゥゥ」
 同じような状況で誰かが近くにいる?
 状況を把握しようと上体を上げ薄墨の闇を見渡すと雑然とした空間の隅にボロボロの塊が身じろぐのが見えた。
 塊の先端に薄汚れてくすんだ赤色の髪がある。
 「セネガルド?」
 呟くように呼び掛けると丸めた体躯の顔の部分だけが声の出所を探してギギギと音を立てるように軋んだ動きを見せる。
 向けられた顔の残酷さにハナは息を飲んだ。
 夏の夜にお化け大会に行ってもこれ程は驚かないだろうと思う。
 左半分は腫れ上がり、右半分が火傷をしたように爛れ落ちている。
 目は腫れ上がり開ける事も出来ず、鼻は軟骨が折れ形を保っておらず、口は裂けてしゃべれない状態で、微かに荒い息づかいだけが見える。
 見れば手も足もあらぬ方向に曲がっていて右手の指先が5本ともスッパリと切られて無い。
 体の下にはどす黒いシミが広がっていた。
 いったいどこまで人間の心を失えばここまで残虐な行為に及べるのか。
 ハナは、痺れの残る手足を必死に動かしてほふく前進の形で何とか彼の側まで進む。
 薬を嗅いだせいか手足に痺れがあり、放り投げられて打ち捨てられたのか体を動かすたびに痛みが走る。
 もどかしい思いでじりじりと進み痛々しいセネガルドの身体を上から覆いかぶさるように抱きしめた。
 だが、もはや体を動かすエネルギがないのか彼の身体はピクリとも動かなかった。
 言葉が出てこない。
 セネガルドのマネキンのように動かなくなった体を抱きしめてボロボロ涙を零す。
 大きな瞳から溢れる訳の分からない涙は、悲しいのでもなく、苦しいのでもなく、ましてや嬉しさや感激から出るものとも違う。
 心の中に充満するのは、腕の中の少年の痛みや苦しみが消えて無くなり癒されて楽になりますようにと祈る思いだけ。
 幾つもの涙がセネガルドの顔に落ち目や頬や唇に跡を残して床に零れる。
 柔らかな金色の生体エネルギーで彼を包み込むイメージで呼び掛ける。
 セネガルド。
 すると薄っすらと瞼が上がりわずかに緑の虹彩が見えた。
 細く開いた目はやっぱり柔らかく優しく穏やかで4日間一緒に過ごした彼だ。
 心の中に弱々しい彼の思念が返ってくる。
 ハナさんと一緒にいられて楽しかった。
 優しい時間をありがとう。
 何度も何度も繰り返されるありがとうと楽しかったの思念が徐々に弱まっていく。
 堪らずに喉を搾り上げて声を出した。
 「セネガルド!しっかりして!」
 そして返って来たのは弱いながらも穏やかな思念だった。
 ぼくね。初めて満足できる仕事が出来たんだよ。
 「これからだって、一杯できるから」
 しかし彼はゆっくりと首を横に振り、独特の柔らかい笑みで応える。
 あなたの腕の中で終われるこんな幸せな最後が待っていたなんて思わなかった。
 アリガトウ
 「だめぇぇぇ!」

 息も止めて消えて行く命を逃がさないようにセネガルドを力の限り抱きしめて叫ぶハナの前に、ガサリという雑音と共に薄っすらと2本の足が目の前に浮かび上がる。
 「うるさいわね」 
 ヒステリックな声と同時にお腹を蹴られ息が詰まる。
 ウグゥ
 一泊遅れて飛んできた声を耳が疑う。
 「売れないAV女優のような格好でボロ雑巾なんか抱きしめちゃって、あなたの今の格好を天界の皆様に見せてあげたいわ」
 結い上げた漆黒の髪が解け花火の簪も抜けかけて、浴衣の胸元や裾は乱れて鎖骨や膝から下がまるだしのわが身をかまう気力も羞恥心も今は沸かない。
  聞き覚えのある声に信じられない思いで痛みを忘れて聞き返す。
 「まさか?ユウちゃん?」 
 声をたどって視線を上げるが採光のない暗い部屋では目の前の人物の顔の判別は難しかった。
 「頭を上げるんじゃないわよ」
 言うが早いか、すぐさま顔に足がかかりそのまま踏みつけられる。
 どうしてこんなひどいこと・・・と漏れた呟きをフンと鼻で嘲笑われた。
 「もちろんあなたが大嫌いだからに決まっているでしょ」
 面と向かって拒絶の言葉を初めて聞いて愕然となる。
 「そのバカも、あなたに味方して力もないのにセルドルド様に逆らったのよ」
 「力?」
 言われてる意味がまるで分からない。
 「セルドルド様はそのボロ雑巾の双子の弟ですごい力を持っているの。そいつが持ってない力をね」
 言ってハナの腕の中を顎でシャクル。
 「今までセルドルド様はその男の影だったの。でもそいつが死んだら表に出て先々代様の下で活躍することになるわ」
 夢見るようにそういうユウはもはや現実を見ていないようだ。
 「先々代様が、異世界から来た人を追い出して、もう一度当主の座に着いたら昔どおりにウチを盛り上げて下さるの」
 そして、そのバカがとセネガルドの事を語った。
 そのバカがセルドルドの計画を邪魔しようとしてそのザマよとおかしそうに笑う。
 「計画って?」
 「この夏祭りをぶっ潰す計画」
 「えっ?」
 今晩の花火大会を無茶苦茶にして、現当主様たちの顔を潰し、あちら来た人たちはお帰りいただいて、セルドルド様がそのバカに代わって世に出る計画だと嬉しそうに話す。
 それを正義感や倫理観だけで止めに入った力を持たないセネガルドは特殊能力を持つセルドルドに指一本で傷めつけられたようだ。
 「大体、伝統を蔑ろにして、あちらの夏祭りをするだけでも腹が立つのに、当主様まで抱き込んで年々派手にするんだから我慢も限界よ。
 5年前までは誰もが同じでいつもどうりにしているだけでよかったのに、あちらの世界から来た人のせいでどんどん新しいものが増えて客を取られて、ウチは何か考えなければ店も立ち行かなくなった」
 諦めたような寂寥感が滲む。
 「私だって色々、考えたわよ。工夫もした。あなたのアイデアだと褒める笹串団子だって売ったことある。
 でも、さっぱり売れなかったわ」
 言葉を切って気持ちのギアを入れ替えるように息を吐いた。
 直後、諦め感は一転怒りの叫び声に変わった。
 「なぜだかわかる!私には助けてくれる特殊能力を持った天界人に知り合いがいなかったからよ!
 先々代様の屋敷に何度も通って、やっとセルドルド様と知り合いになって今年こそはと意気込んでいた時に、あなたがやって来て横から手柄を掻っ攫わられた私の惨めさがわかる?!」
 ニヤリと笑ったユウの顔に毒々しい色が浮かぶ。
 「だから、あなたをかどわかすことに協力を惜しまなかった。  
 あなた、特別なお姫様なんだってね。あちらの世界からやって来て、たった一言でノア様を動かしたんだってね。ゼウス様の奥方に納まってやりたい放題できるんでしょ。
 私が3年間汗水たらして餡団子を売るために必死で努力して、悪戦苦闘して、それでも売れなくて、売り場がどんどん追いやられていって、臍を噛むほど悔しい思いをしたのに。
 あなたは言葉一つで、私の努力を、汗を、飛び越えて行ってしまう。
 飛び越えられた私の悔しい気持ちなんてあなたにはわからないわよね。
 言葉一つで、天界人を動かせる特別なハナさんには、力のない者の悲しみや、惨めさなんてわからないんでしょうね。
 ねえ、団子が売れて鼻高々だった?天界人をワンサカ集めることが出来て優越感にひたた?」
 ユウがハナの顔に掛けた足に力を入れるて再びヒステリックに叫ぶ。
 「答えなさいよ!」
 「・・・」
 そんな事は決してないと大声でいいたかった。
 でもそれ以上に自分が好意でしたことがこれ程相手を傷つけた衝撃を受け止められなかった。
 「あちらから来たひとの仕掛けた花火大会で、死傷者が出たらこの夏祭りはどうなるかしら」
 ユウの目の中にセルドルドと同じ狂喜を見た瞬間にハナは胸に溜まったものを力の限り吐き出した。
 イヤー!
 
 「サユリ様たちと一緒に消えてよ。目障りだから」

 耳に届いた棒読みの言葉と同時に、薄墨色の闇に一瞬閃光が走る。
 遅れてドドーンと腹に響く低い音とパラパラと何かが降ってくる音。
 続く悲鳴と怒号と人々の逃げ回る気配。
 「始まったわね」
 
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