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夏祭り後半戦 その5
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薄墨色の闇に一筋の閃光が走る。
遅れてドドーンと腹に響く低い音とパラパラと何かが降ってくる音。
続く悲鳴と怒号と人々の逃げ回る気配。
そしてその場の空中に浮かぶ万色の光を放つ見知った顔の若い女性。
セネガルドの消えそうな気配をたどって空間移動したノアは打ち上げ花火が仕掛けられている河口で彼の気配を見失って降り立った場所に広がる光景に目を見張った。
***
もはや威厳の欠片もない小柄な老人が弱々しい声で何かを唱えると同時に目の前に閃光が落ちた。
ドーンという音と共にボアとあたりがオレンジ色一色に染まる。
河口付近の河川敷に火の帯ができ、川の上では盛大な花火の花が咲く。
きれい、と感嘆の声を上げて夜空を見上げた観客達は突然感じた熱風に背面を振り返り、息を止めた。
背面に一瞬にして長く伸びた炎の帯が迫ってくる。
ドドーン!バラバラバラ。
光よりも遅れてそこここで体を揺するような連打が響き、空中で炸裂した花火の燃えカスが叩きつける勢いで降ってくる。
上に上がるはずの煙が爆風と共に観客めがけて吹き降りる。
熱い!熱い!
助けてくれ~
退いてくれ!
ギャー
ゲホゲホ
ドスン
逃げ惑う人、押されて倒れる人、服に火がついて泣き叫ぶ人、その火を消そうと持った荷物で火を払う人、転倒や落下物でケガをしてうめく人。
そんな光景をセルドルドと呼ばれる男が、ワクワク顔で呟く。
「楽しみにしていた舞台がやっと始まった」
見慣れたセネガルドと同じ緑色の目の中にあるはずの穏やかさの代わりに狂喜を纏ったその眼がハナを見つけて喜々と輝き、自分を捉えて大げさにお辞儀をして見せる。
やっと、お目覚めですね。ダイヤモンドオウカ姫。
頭の中に響く念話にハナの意識が覚醒する。
そこはまるで地獄絵だった。
気がついたら、地獄絵の中に立っていた。
いや、立っているというのとは少し違う。
逃げ惑う人々頭上に浮いているというのが適切だろう。
自分がどうやってここに来たのか?抱えていたセネガルドがどうなったのかは記憶にない。
自分の姿に目をやれば、淡い桜色の髪が解けて胸元で揺れている。
水に映った顔を覗けば瞳の色は八重の桜よりも濃い緋色になっていて。
身体全体が柔らかかく発光していた。
心のどこかで誰かが問う。
なに?これ?
だが今はそんなことには構ってはいられない。
ただここに集う全ての人にケガなく夜空に広がる色とりどりの花火を楽しんでほしかった。
そのためなら、何でもする。
が、どうしたらこの場を元の楽しい空間に戻せるかがわからなかった。
途方に暮れ奥歯を噛むハナを見てセルドルドが小ばかにしたように鼻で笑う。
「何?お姫様、力の使い方がわからないの?それは宝の持ち腐れだね」
私にも、特殊な力が使えると言うの?
「残念だね。あなたが願えばこのメルタで思いどおりにならないことなんてないのに」
強く願えばいいと言うの?
ハナは無心でこの場にいる人たちの安全を願う。
例えば、セルドルドの指の一振りで客席に飛んでくる花火の燃えカスや、煙が観客に当たらないように、向かってくる強風を強く押し返して川に落ちるように強く念じると花火柄は川に落ち、煙は空に昇る。
セルドルドの呟きで大きくなった背面の炎が迫ってこないために大きな障壁が欲しいと思えば観客と炎の間にたちまち防火壁のバリアが立ち上がり長く延びる。
そしてその壁から熱対策に冷たいミストが観客のいる空間に降るオマケ付き。
熱風から逃れるために川に落ちた人を川岸まで寄せて、濡れた人には巨大ドライヤーのような温風をあてて衣服を乾かした。
この場に次々と起こるアクシデントに考えられる対策を施し、こうなればいいなと思うことを頭の中で想像すると、それらがすべて現実のものとなって現れて、セルドルドの顔が歪む。
「やっぱり、特殊能力ではあなたには敵わないか。なんたって天界一だものね。でも、もう一つ仕掛けがあるんだ」
取り出したのは、遠隔操作の爆破装置。
「これを押すとね、河口の地面が崩れて海水が川に逆流するんだ。特殊能力で起こす風や、炎の拡大や、熱風は簡単に抑え込めても、現実に起こる現象に干渉するのにはそれなりの制御力もいるよ。一方に制御を施しながら干渉し、もう一方を最大限の力を使って抑え込むのって訓練を受けてないと難しいんだ。さて、その力を同時に使えるか試してみてよ。伝説のお姫様」
ニヤリと笑い挑戦的な眼差しを真っ直ぐに向けられて、慣れぬ呼び名で呼び掛けやれた。
伝説のお姫様?勝手に私を変な風に呼ばないで!
「なに?気に入らないの?想像を絶する特殊能力の持ち主でゼウスの資質持ちまでも思いどうりに操れる特別な存在なんでしょ?」
こちらの世界では何でも私の思いどおりになるというの?
好きな人と家族になりたいというたった一つの平凡な願いも叶わなかったのに・・・
自分に特殊能力が使えることだってまだ信じられないのに・・・
混乱するハナにセルドルドが追い打ちをかける。
「なに、ボーとしてるの?次のテストに移るよ」
次のテスト?って何?
チッ!
「だぁかぁらぁ」
一向に要領を得ないハナに苛立った舌打ちを引っ掛けて。
「これを押すとね。一瞬で海水が溢れて堤防決壊と氾濫を起こすからあなたが一瞬でプラスとマイナスの力を使えないと河川敷にいる観客に逃げ道は無いよ。あなたが伝説のお姫様なら、一方の力を制御しながらもう一方を最大限に使う事なんて簡単でしょ?」
出来ないよ!そんなこと!無理だ!
「救いたいんでしょ?ここにいる人たち」
悲鳴にも似た声が川を走る。
「やめてー」
そんな声など聞こえないかのようにニヤリと笑ってボタンを押そうとする。
やめて!やめて!やめて~!
ボタンを押そうとする指が数ミリ浮いたままで止まっていて、セルドルドが首を傾げている?
掛けた指をいったん放し、再度挑戦したがどうも押せないようだった。
???ハナが息を止めたままセルドルドの指を注視する。
あなたのせいか?と呟いてい睨みつけられたが身に覚えは無い。
その時ハナの脳内に鮮やかに浮かんだのは少し前に見た穏やかに笑むセネガルドの顔と消え入りそうな思念だった。
ぼくね、初めて満足な仕事ができたんだよ。
そして、鮮やかによみがえるセネガルドのした仕事。
指の一振りで傷ついてゆくセネガルドが懲りもせずに一歩また一歩とセルドルド近寄って抱き付き、彼の背中の肉を掴む。
まるで指を埋め込むような握り方でどんなに攻撃を受けても彼を腕の中に拘束したまま決して離さない。
業を煮やしたセルドルドがまるで剣を振るうように片手を振り下ろすとセネガルドが崩れ落ちる。
見るとその右手の指先がなかった。
どうやらしがみ付くセネガルドを振り払うためにセルドルドが掴んだ指を切り落としたようだ。
自由を取り戻したセルドルドがぐずれ落ちた彼を踏みつる。
だがなぜか倒れたセネガルドは満足そうに微笑んだ。
「これでやっと暴走するセルドルドを止められる」
声の出ない唇が動く。
「無理だよ。指に込めた僕の倫理観と正義感を君の背中に埋め込んだから。どんなに頑張っても罪のない人を傷つけることは出来ない。ぼくの指と同化した今の君にそのボタンは押せない。ぼくになりたかったんだろ?セルドルド」
穏やかで満足げなセネガルドの声がハナの脳内に響く。
それはセルドルドにも映像と声で流れたようで、荒々しい顔で憎々しげに吐き捨てた。
「くっそ!何の力もない虫けらのくせに、よくも僕の邪魔を!」
大声で叫んだあと悔しそうに何やらブツブツ呟いている。
そんなセルドルドを打ち捨ててハナは次の作業に移った。
この夏祭りに来た人たちに楽しい思い出を残してあげたかった。
だからそこにいる人たちの痛い苦しい怖いといった負の記憶を操作して、楽しい思い出を埋め込んだ。
7年前にアサオと行った夏祭りの花火大会の記憶だ。
大好きな人と夜店を回り、焼きもろこしにかぶりつき、お面を買って変顔を作って笑い転げ、金魚すくいで喜声を上げ、疲れておぶられて帰った温もり。
自分の持つ楽しい夏祭りの思い出をすべて放出しつくした。
自分の中の思い出が空になってもよかった。
ここに集うその人たちの中に残れば。
力尽きるまでこちらの世界の人の安寧を願う。
「手伝うよ」
気がつくと、ノアが目の前で微笑んでいた。
「オレが覗いたあんたの幸せいっぱいの花火大会の記憶を、この場に集う人々に埋めればいいんだろ」
「ありがとう」
素直に礼をいうとノアが片目を瞑って、でもちょっと編集してもいい?と問いかける。
「どんな?」
「それは、内緒。だって許可が下りそうもない」
ちょっとぉ~
顰めた顔で視線を移して映ったのは、河畔の倉庫に向かって火炎放射器のような巨大な火炎を放つセルドルドだった。
このままでは悔しすぎるから、あちら側の3人はこちらの世界で終わってもらう。
えっ?
届いた念話にギョッとした。
爆音と共に倉庫にかかる火の手が目に飛び込んできた。
たちまち脳内の映像が倉庫内に切り替わる。
火の手に巻かれて倒れている3人の姿と、膝をついて座り込んでいるユウ、転がって動かないセネガルド。
「!」
ハナとノアが同時に姿を消した。
「ノア!サユリさん達をあちらの世界に今すぐ送ってっ!」
倉庫内は火の海でハナは直ちに中の5人にすぐさまバリアを張る。
ノアはサユリたち3人を一つの大きなカプセルに融合したあと、左手を上げて家宝のサファイヤブルーのブレスレットを呼び出した。
3人が、長岡の花火会場で花火を眺めている情景を思いうかべる。
「腕輪の力と、私の能力でこの3人をここに帰する」
言うとカプセルの中の映像が揺れ始め、ぼんやりと光りその輪郭がぼやけ始める。
だんだんと映像全体が形をなさなくなり色もなくなりグレイに変わりやがて白のキャンバスに変わった。
よかった。サユリさん達は無事あちらの世界に帰れたのね。
ハナが念話を送るとノアが力強く頷いた。
呆然と膝立ちのままピクリともしないカプセル内のユウに向かってハナが話しかける。
「あなたを傷つけるつもりは無かったの。ごめんなさい。私もこんな力なんて欲しくは無かったわ。わたしの子供の頃からの望みはね、地上人として平凡に愛する人と家族になって彼の子供をポンポン生んで普通に生活する事だったのよ」
何とも言えない寂しそうに笑む。
「どんなに頑張っても・・・叶わない望みだけど」
「叶わない?ハナさんにそんなことがあるの?」
ユウに問いかけられて、しっかりと頷く。
だから・・・。
ハナが、足元に横たわるセネガルドを抱きしめる。
「セネガルドと一緒にあちらの世界に帰るね」
そういうハナの身体は薄っすらと発光し始めた。
(ハナ、こちらに戻ってくるの?そうなるとミセイエルは・・・?)
遅れてドドーンと腹に響く低い音とパラパラと何かが降ってくる音。
続く悲鳴と怒号と人々の逃げ回る気配。
そしてその場の空中に浮かぶ万色の光を放つ見知った顔の若い女性。
セネガルドの消えそうな気配をたどって空間移動したノアは打ち上げ花火が仕掛けられている河口で彼の気配を見失って降り立った場所に広がる光景に目を見張った。
***
もはや威厳の欠片もない小柄な老人が弱々しい声で何かを唱えると同時に目の前に閃光が落ちた。
ドーンという音と共にボアとあたりがオレンジ色一色に染まる。
河口付近の河川敷に火の帯ができ、川の上では盛大な花火の花が咲く。
きれい、と感嘆の声を上げて夜空を見上げた観客達は突然感じた熱風に背面を振り返り、息を止めた。
背面に一瞬にして長く伸びた炎の帯が迫ってくる。
ドドーン!バラバラバラ。
光よりも遅れてそこここで体を揺するような連打が響き、空中で炸裂した花火の燃えカスが叩きつける勢いで降ってくる。
上に上がるはずの煙が爆風と共に観客めがけて吹き降りる。
熱い!熱い!
助けてくれ~
退いてくれ!
ギャー
ゲホゲホ
ドスン
逃げ惑う人、押されて倒れる人、服に火がついて泣き叫ぶ人、その火を消そうと持った荷物で火を払う人、転倒や落下物でケガをしてうめく人。
そんな光景をセルドルドと呼ばれる男が、ワクワク顔で呟く。
「楽しみにしていた舞台がやっと始まった」
見慣れたセネガルドと同じ緑色の目の中にあるはずの穏やかさの代わりに狂喜を纏ったその眼がハナを見つけて喜々と輝き、自分を捉えて大げさにお辞儀をして見せる。
やっと、お目覚めですね。ダイヤモンドオウカ姫。
頭の中に響く念話にハナの意識が覚醒する。
そこはまるで地獄絵だった。
気がついたら、地獄絵の中に立っていた。
いや、立っているというのとは少し違う。
逃げ惑う人々頭上に浮いているというのが適切だろう。
自分がどうやってここに来たのか?抱えていたセネガルドがどうなったのかは記憶にない。
自分の姿に目をやれば、淡い桜色の髪が解けて胸元で揺れている。
水に映った顔を覗けば瞳の色は八重の桜よりも濃い緋色になっていて。
身体全体が柔らかかく発光していた。
心のどこかで誰かが問う。
なに?これ?
だが今はそんなことには構ってはいられない。
ただここに集う全ての人にケガなく夜空に広がる色とりどりの花火を楽しんでほしかった。
そのためなら、何でもする。
が、どうしたらこの場を元の楽しい空間に戻せるかがわからなかった。
途方に暮れ奥歯を噛むハナを見てセルドルドが小ばかにしたように鼻で笑う。
「何?お姫様、力の使い方がわからないの?それは宝の持ち腐れだね」
私にも、特殊な力が使えると言うの?
「残念だね。あなたが願えばこのメルタで思いどおりにならないことなんてないのに」
強く願えばいいと言うの?
ハナは無心でこの場にいる人たちの安全を願う。
例えば、セルドルドの指の一振りで客席に飛んでくる花火の燃えカスや、煙が観客に当たらないように、向かってくる強風を強く押し返して川に落ちるように強く念じると花火柄は川に落ち、煙は空に昇る。
セルドルドの呟きで大きくなった背面の炎が迫ってこないために大きな障壁が欲しいと思えば観客と炎の間にたちまち防火壁のバリアが立ち上がり長く延びる。
そしてその壁から熱対策に冷たいミストが観客のいる空間に降るオマケ付き。
熱風から逃れるために川に落ちた人を川岸まで寄せて、濡れた人には巨大ドライヤーのような温風をあてて衣服を乾かした。
この場に次々と起こるアクシデントに考えられる対策を施し、こうなればいいなと思うことを頭の中で想像すると、それらがすべて現実のものとなって現れて、セルドルドの顔が歪む。
「やっぱり、特殊能力ではあなたには敵わないか。なんたって天界一だものね。でも、もう一つ仕掛けがあるんだ」
取り出したのは、遠隔操作の爆破装置。
「これを押すとね、河口の地面が崩れて海水が川に逆流するんだ。特殊能力で起こす風や、炎の拡大や、熱風は簡単に抑え込めても、現実に起こる現象に干渉するのにはそれなりの制御力もいるよ。一方に制御を施しながら干渉し、もう一方を最大限の力を使って抑え込むのって訓練を受けてないと難しいんだ。さて、その力を同時に使えるか試してみてよ。伝説のお姫様」
ニヤリと笑い挑戦的な眼差しを真っ直ぐに向けられて、慣れぬ呼び名で呼び掛けやれた。
伝説のお姫様?勝手に私を変な風に呼ばないで!
「なに?気に入らないの?想像を絶する特殊能力の持ち主でゼウスの資質持ちまでも思いどうりに操れる特別な存在なんでしょ?」
こちらの世界では何でも私の思いどおりになるというの?
好きな人と家族になりたいというたった一つの平凡な願いも叶わなかったのに・・・
自分に特殊能力が使えることだってまだ信じられないのに・・・
混乱するハナにセルドルドが追い打ちをかける。
「なに、ボーとしてるの?次のテストに移るよ」
次のテスト?って何?
チッ!
「だぁかぁらぁ」
一向に要領を得ないハナに苛立った舌打ちを引っ掛けて。
「これを押すとね。一瞬で海水が溢れて堤防決壊と氾濫を起こすからあなたが一瞬でプラスとマイナスの力を使えないと河川敷にいる観客に逃げ道は無いよ。あなたが伝説のお姫様なら、一方の力を制御しながらもう一方を最大限に使う事なんて簡単でしょ?」
出来ないよ!そんなこと!無理だ!
「救いたいんでしょ?ここにいる人たち」
悲鳴にも似た声が川を走る。
「やめてー」
そんな声など聞こえないかのようにニヤリと笑ってボタンを押そうとする。
やめて!やめて!やめて~!
ボタンを押そうとする指が数ミリ浮いたままで止まっていて、セルドルドが首を傾げている?
掛けた指をいったん放し、再度挑戦したがどうも押せないようだった。
???ハナが息を止めたままセルドルドの指を注視する。
あなたのせいか?と呟いてい睨みつけられたが身に覚えは無い。
その時ハナの脳内に鮮やかに浮かんだのは少し前に見た穏やかに笑むセネガルドの顔と消え入りそうな思念だった。
ぼくね、初めて満足な仕事ができたんだよ。
そして、鮮やかによみがえるセネガルドのした仕事。
指の一振りで傷ついてゆくセネガルドが懲りもせずに一歩また一歩とセルドルド近寄って抱き付き、彼の背中の肉を掴む。
まるで指を埋め込むような握り方でどんなに攻撃を受けても彼を腕の中に拘束したまま決して離さない。
業を煮やしたセルドルドがまるで剣を振るうように片手を振り下ろすとセネガルドが崩れ落ちる。
見るとその右手の指先がなかった。
どうやらしがみ付くセネガルドを振り払うためにセルドルドが掴んだ指を切り落としたようだ。
自由を取り戻したセルドルドがぐずれ落ちた彼を踏みつる。
だがなぜか倒れたセネガルドは満足そうに微笑んだ。
「これでやっと暴走するセルドルドを止められる」
声の出ない唇が動く。
「無理だよ。指に込めた僕の倫理観と正義感を君の背中に埋め込んだから。どんなに頑張っても罪のない人を傷つけることは出来ない。ぼくの指と同化した今の君にそのボタンは押せない。ぼくになりたかったんだろ?セルドルド」
穏やかで満足げなセネガルドの声がハナの脳内に響く。
それはセルドルドにも映像と声で流れたようで、荒々しい顔で憎々しげに吐き捨てた。
「くっそ!何の力もない虫けらのくせに、よくも僕の邪魔を!」
大声で叫んだあと悔しそうに何やらブツブツ呟いている。
そんなセルドルドを打ち捨ててハナは次の作業に移った。
この夏祭りに来た人たちに楽しい思い出を残してあげたかった。
だからそこにいる人たちの痛い苦しい怖いといった負の記憶を操作して、楽しい思い出を埋め込んだ。
7年前にアサオと行った夏祭りの花火大会の記憶だ。
大好きな人と夜店を回り、焼きもろこしにかぶりつき、お面を買って変顔を作って笑い転げ、金魚すくいで喜声を上げ、疲れておぶられて帰った温もり。
自分の持つ楽しい夏祭りの思い出をすべて放出しつくした。
自分の中の思い出が空になってもよかった。
ここに集うその人たちの中に残れば。
力尽きるまでこちらの世界の人の安寧を願う。
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気がつくと、ノアが目の前で微笑んでいた。
「オレが覗いたあんたの幸せいっぱいの花火大会の記憶を、この場に集う人々に埋めればいいんだろ」
「ありがとう」
素直に礼をいうとノアが片目を瞑って、でもちょっと編集してもいい?と問いかける。
「どんな?」
「それは、内緒。だって許可が下りそうもない」
ちょっとぉ~
顰めた顔で視線を移して映ったのは、河畔の倉庫に向かって火炎放射器のような巨大な火炎を放つセルドルドだった。
このままでは悔しすぎるから、あちら側の3人はこちらの世界で終わってもらう。
えっ?
届いた念話にギョッとした。
爆音と共に倉庫にかかる火の手が目に飛び込んできた。
たちまち脳内の映像が倉庫内に切り替わる。
火の手に巻かれて倒れている3人の姿と、膝をついて座り込んでいるユウ、転がって動かないセネガルド。
「!」
ハナとノアが同時に姿を消した。
「ノア!サユリさん達をあちらの世界に今すぐ送ってっ!」
倉庫内は火の海でハナは直ちに中の5人にすぐさまバリアを張る。
ノアはサユリたち3人を一つの大きなカプセルに融合したあと、左手を上げて家宝のサファイヤブルーのブレスレットを呼び出した。
3人が、長岡の花火会場で花火を眺めている情景を思いうかべる。
「腕輪の力と、私の能力でこの3人をここに帰する」
言うとカプセルの中の映像が揺れ始め、ぼんやりと光りその輪郭がぼやけ始める。
だんだんと映像全体が形をなさなくなり色もなくなりグレイに変わりやがて白のキャンバスに変わった。
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ハナが念話を送るとノアが力強く頷いた。
呆然と膝立ちのままピクリともしないカプセル内のユウに向かってハナが話しかける。
「あなたを傷つけるつもりは無かったの。ごめんなさい。私もこんな力なんて欲しくは無かったわ。わたしの子供の頃からの望みはね、地上人として平凡に愛する人と家族になって彼の子供をポンポン生んで普通に生活する事だったのよ」
何とも言えない寂しそうに笑む。
「どんなに頑張っても・・・叶わない望みだけど」
「叶わない?ハナさんにそんなことがあるの?」
ユウに問いかけられて、しっかりと頷く。
だから・・・。
ハナが、足元に横たわるセネガルドを抱きしめる。
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