優しい時間

ouka

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戻りました?

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 目の前にあるものをすべてぶち壊してしまいたい!
 メルタなんか無くしてしまってハナのいるあちらの世界に異次元移動したい!
 目の前からハナが消えて荒れ狂うミセイエルの感情をミクロの糸で理性側に繋ぎ止めているのは、ユウと名乗る少女の心の中に存在するハナの思いだった。

 『権力も絶大だけれども、特別な力を持つということは同時に重荷を背負うことだと思うの。自由なようでそれはとっても不便な事だわ。力を持った者はメルタを収めていく責任があるし、ここに住む人たちのことを第一に考えて行動しなければならない。ゼウス様や5族の当主様たちに自分の幸せを優先することは許されないわ。メルタの安寧を考て行動を取る義務がある』
 切々と訴えた後、ハナの顔がクシャリと歪み悲しい笑みが浮かぶ。
 『私にはそんな重責を背負う自信はないから・・・力の使えないあちらの世界に戻るわね』
 君にそんな悲しい顔なんかさせたくはなかった。
 僕は君の笑顔が見たいんだ。
 そのために15年前に人前では決して使わなかった力を使て、なりたくもないゼウスになって。
 ゼウスの義務のせいで君と離れなければならないなら力なんてぶち捨ててゼウスなんてやめるよ!
 君を失ってまでメルタの安寧を支えるつもりもない。 
 なのに君はこんな僕を置いて1人あちらの世界に帰ってしまったのかい?
 半年前と違ってハナのいたあちらの世界の住所はわかっている。
 だが、いくらあちらの世界の日本の○○県神の山町を覗いても山里にひっそりと建つ古い屋敷とその村の住人が見えるだけで。
 サクラちゃん、帰ってこないけれど、里桜さんには会えたのかね?と首を傾げて心配する姿だった。 
 ハナ、いったい君は何処に帰ってしまったんだい?
 自分の正体を否定して、気配を辿れないぐらいに隠れてしまうほど特殊能力を持ってることが嫌だったのかい?
 もう特殊能力を持つ僕とも関わらないつもりかい?
 だったら僕は・・・

                  ***

 胸いっぱいに詰まった幸せな気分で夜空に広がった色とりどりの花火を見上げ、横に立つ男性を見て思わずニンマリと笑う。
 「長岡の花火に連れてきてくれてありがとう。ずっと見たいと思っていたから嬉しい」
 その人は背が高く漆黒の髪と黒檀の瞳を持っていた。
 何より人を惹きつけるカリスマ性と近寄りがたい威厳を醸しだしていて。
 そんな人が、自分を見て事ある事に『僕の愛する奥さん』と呼びかける。
 「どういたしまして。可愛い僕の奥さんがお望みならどこにでも連れて行くよ」
 微笑みながら返って来る声もなんとも色気のある魅力的なバリトンだ。
 お互いの左手の薬指には指輪があって、実感はないが、どうやら彼は自分の夫らしい。
 そんな彼と手を繋いで笑いながら歩く。
 が!
 突然ドーンという音に振り返ると景色が一変した。 
 爆風に振り向くと赤い髪の少年が倒れていてピクリとも動かない。
 「早く救急車を呼んで!」
 叫びながら駆け寄って、これ以上爆風が当たらないように覆いかぶさって軽く揺すりながら何度も声を掛けた。
 「大丈夫、大丈夫だから、頑張って!」
 そうしているうちに揺すっている自分が揺すられていることに気がついた。
 しかも、大丈夫、大丈夫だから、頑張って!と声を掛けられている。
 あれ?夢を見ている?
 意識の混濁がゆっくりと鮮明になり、少年の映像はぼんやりとなり消えていく。
 やっとの思いで瞼を上げると周りの視野が広がっていき、低い天井が見えた。
 薄暗い屋根裏部屋のような空間に寝かされているようだ。
 あれれ?ここ何処?
 それよりも。
 赤い髪の少年はどうなったの?
 思わず飛び起きて、体の痛みに顔を顰める。
 イタタタ。
 すると白いエプロンをしたふくよかで肝っ玉母さんといった感じの女性が慌てて飛んできた。
 どうやら部屋の隅で椅子に座りウトウトしていたようだ。
 「動くんじゃないよ。肋骨にヒビが入っているんだから。それに顔を打ったのか右側が随分腫れてるから目だって開けにくいだろ?」
 顔を覗かれて、背中に手を当ててもう一度横になるように勧められたが、赤い髪の少年がどうなったのか気になってあたりを見渡した。
 その様子に気がついた女性に低い声で尋ねられた。
 「一緒にいた少年を探しているのかい」
 同情の混じる沈んだ声に頷く。
 すると壮年の女性はしていたエプロンの端で目じりを拭き顔を横に振った。
 えっ?それって?
 「残念だけれど助からなかったよ。真っ暗な豪雨の中に突然飛び出して来るなんて何があったんだい?」
 豪雨の中に飛び出したって?どういうこと?
 訳がわからず不安感が露わになった顔を見た女性はこれまでの経緯を説明してくれた。
 「何だい?事故に遭ったことを覚えてないのかい?」
 コクリと頷く。
 「商品を本土まで届けに行った帰り道で突然車の前にあんたらが飛び出して来たんだよ。深夜で豪雨だったから運転歴30年で無事故の私も避けられなくてね。・・・轢いちまったようだ」
 轢いちまったようだ?何だかへんな表現だと思う。
 「私、事故に遭ったんですか?」
 そう尋ねると、目の前の女性は頷きはしたが探るような目を向けた。
 「轢いてくださいって感じで急に飛び出してきて、自殺者かと思った。まさか、そうなのかい?」
 自殺?と聞かれて即座に首を振ると、女性はホッとしたような息を漏らした。
 「残念だけど、もう1人の方は強く当たったようで即死だったんだ。あんたは1週間眠り続けて今気がついたって訳さ」
 一週間意識がなかったという事実に呆然となる。
 「自殺じゃないなら、どうして急に車の前に飛び出したんだい?」
 どうして?と聞かれてもわからない。
 主人と手を繋いで花火大会を見に行っていたのに、突然ドーンという音がして振り返ったら赤い髪の少年が倒れていて、その後は記憶があいまいで気がついたらここにいたのだと説明した。
 「何だい?そのよくわからない説明は?」
 そういわれても・・・
 「バカだねぇ。疑ってるわけじゃないさ。実を言うと私もあんたらを轢いた自覚がないのさ。ドーンという音がして驚いて車から降りると、2人が倒れていたって訳さ。何かに当たった感触は全くないんだけどね。でも車には凹みがあったし警察が調べてくれているよ」
 ああだから、轢いちまったようだ、という不確かな言い回しをしたんだ。
 「で、名前は何というんだい?年は幾つだい?」
 名前は、ええっと、あれ?年は幾つだった?かな?
 これが全く思い出せなかった。
 「どうしたんだい?まさか忘れちまったのかい?」
 目を白黒させて押し黙る。
 女性に心配そうな目を向けられて一気に不安がこみ上げると同時に涙もこみ上げた。
 ハナの白い頬に涙が伝うと肝っ玉母さんはエプロンでそれを優しく拭ってくれる。
 「バカだねぇ。泣かなくったって名前なんてなけりゃ付ければいいんだよ。あたしが可愛い名前を考えてやるよ」
 そう言って目の前の女性は考え込む。
 「そうだねぇ。あんた今炎州で流行っているという珍しい服着てたし、異世界から来た人にちなんだ流行りの名前がいいよ」
 「異世界から来た?」
 「うん。サクラちゃんってのはどうだい?」
 「サクラ?」
 「そう。祇家のヨンハ様の婚約者で彼女は異世界から来た人だそうだよ。人気俳優のヨンハ・ギーツのハートを射止めたっていうんで最近女の子が生まれたらサクラって名前を付けるのが流行ってるのさ。あちらのサクラ様は黒目黒髪だというけれど、あんたのチョコレート色の髪や目だってなかなか綺麗だ」
 んんん?私ってそんな髪や目の色だっけ?何か違和感あるな~
 首を傾げると手鏡を渡された。
 「ほら、可愛い顔が台無しだろ。安静にして早く良くならないといけないよ」
 渡された手鏡に映る少女の目と髪は確かに濃い茶色だった。

                  ***

 かくして、ハナはサクラの名前に戻って彼女の望んだ平凡な地上人として生活を始めた。
 
 ここは、祇家に帰属する小さな島国でキヌア国というそうだ。
 その主要産業は農業や酪農、漁業が盛んなほぼ自給自足の田舎国家だ。
 キヌアの住人は基本全員が地上人で、祇家の収める本土からはかなり離れていて交通手段は週に一度出航して翌日にもどる連絡船のみ。
 天界人などお目にかかったことはないそうだ。
 この肝っ玉母さんの名前はキリ、豊富に取れる質の良い乳製品を利用して洋菓子店を営んでいて、記憶の無いサクラを自分の娘として手元に置くと宣言した。
 朝早くから起き出して畑を一周し、鶏舎で鶏に睨まれながら卵を取り、乳牛に餌をやり乳を搾る。
 それからキリを手伝って得意なケーキを焼き、洋菓子店の売り子をして、お客と他愛もない会話を楽しむ。
 「キリさん、あなたにこんな出来のいい娘さんがいるなんて知らなかったわ。気立てが良くて働き者で愛想よしで。サクラちゃんの作るお菓子、どれも評判よくて、手土産にするととても喜ばれるのよ」
 「当り前さ。私の娘だもの、キヌアいちに決まってるだろ」
 クスクスと楽しそうに笑うリキにすかさずサクラが反論した。
 「お母さん、それは褒めすぎです」
 キリを、お母さんと呼び、忙しく働く生活はサクラの望むものだった。
 それになんだかとても体に馴染んでいて、記憶をなくす前ももしかしたらこんな生活だったのかな?と思う。
 「あら、そんな事ないわよ。そのうち評判を聞きつけて島じゆうの独身男が嫁に欲しいと言ってやって来るかも」
 馴染みの客が半ば本気でそう口にすると。
 「天界5家の直系様が来ようと、たとえゼウス様が来ようと私の目にかなわなければ娘は嫁には出さないよ」
 そう言ってキリが、ガハハと豪快に笑う。
 
「サクラちゃんには、素敵な夫がいるみたいだから。きっとそのうち迎えにくるさ。だからしばらくここで待ってなよ」
 内緒話をするように囁かれてサクラが左手の薬指に視線を落とす。
 そこにある指輪に刻まれた文字はMtoH
            
 (自分の力を封印して、気配を消して、トレードマークの黒目黒髪を変えて、サクラとして生き始めた彼女を最初に見つけるのは、果たして誰でしょうね)
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