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曰くの栗ようかん
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「キリで幻のチーズタルトよりいいものを貰ってきたからお茶にしようよ。イマリが喜びそうな土産話もあるから、ね」
イマリの部屋の前で声をかけるが返事がない。
ハナがいなくなてからのイマリの落ち込みようは相当で、仕事終わりの茶話会もハナを思い出して辛いからと断られる。
ルチカがキヌアから帰った日も仕事が早々に終わったイマリは自室に引っ込んでしまっていた。
自分が騙されたせいでハナを誘拐され窮地に立たせた後の彼女の失踪は、しなくてもいい自責の念をイマリに与えているらしい。
「ねえイマリ、一緒に奪還作戦を練ろうよ。もしかしたらまた4人でお茶が出来るかもしれないよ」
ドアの外でもう一度声を掛けると中でガタリと音がした。
ルチカは笑いをかみ殺す。
そうでしょ、今のセリフはイマリにとって殺し文句のはず。
慌てて自室から飛び出て来たイマリが叫んだ。
「奪還作戦って?4人で!って、どういうことですか!」
ピリピリムードのイマリにまったりとした口調でランが答える。
「まあまあ、座ってお茶にしましょ。キリの菓子店で会った娘さんがこれを持たせてくれたそうよ。先ずはそれを味わって真偽を確かめましょ」
土産の箱をテーブルの上に置くと、ランが箱を開けて栗ようかんを切り分ける。
その1切れをイマリに差し出してニヤリと笑うと彼女の目が零れんばかりに見開かれた。
「どれ?お味はどうかしら?」
茶を入れたランがそういったのを合図に3人同時に頬張る。
甘さ控えめでもっちりと不思議な触感で後に残る栗の風味が何とも上品な味わいだった。
「それでこの栗ようかんを食べた感想は?」
言い出しっぺのルチカが尋ねると、ゆっくりと味わいお茶を飲んだ上司がまず口を開いた。
「ここでこれを食べたのはいつが最後だったかしらね」
隣に座るイマリも涙ぐみながらもしっかりと答えた。
「間違いなくハナ様の味です」
ウンウンと頷いてルチカが同意するとイマリが噛みつかんばかりにたたみかけてきた。
「ルチカさん、これ何処で手に入れたんですか?あ?もしかしてハナ様が見つかったんですか?だから奪還作戦?だったらこんなところでグズグズしてないで今すぐ行きましょう」
帰宅してすぐに今日起こった事を上司のランには話してあった。
今日の出来事を早く話せとせっつくイマリにルチカが、一部始終を話して聞かせると、今すぐ行きたいとミセイエルに直談判でもしそうな勢いが急にしぼんだ。
「そうですか。ハナ様は私たちの事はおろかご自分の事も覚えておいでにならないのですね」
夏祭りの終焉を思い出してルチカの声も沈む。
「良かれと思ってしたことが他人を傷つけた事もショックだったんだろうけど、あちらの世界で平凡な地上人としてお育ちになったハナ様には特別な存在や特殊な能力を持っている事が受け入れがたかったのでしょうね。だからすべてを忘れて力を使うことを良しとしないキヌアにいかれたんだと思うの。今はキリ洋菓子店の娘として活き活きと生活しているわ」
だまって意見を聞いていたイマリが不思議顔になって。
「でも、どうしてあちらの世界ではなくてキヌアなんでしょう?」
聞くとルチカも眉を寄せて考え込み、頭に浮かんだ映像を口にした。
「私もよくわからないんだけど、あったのよね。薬指に」
「何がですか?」
「ミセイエル様と同じエンゲージリング。そのあたりがハナ様がこちらの世界に残った理由だったらいいな~。なんていうのは私の希望的観測」
意気消沈し涙声の彼女をこの希望的観測で宥め、上司のランが言葉を足す。
「ハナ様が私たちをお忘れだというのなら、また一から関係を作り直せばいいのです。私達は侍女ではなくお友達として。ミセイエル様は夫ではなく一目惚れをした男性として。あ、ヨンハ様ももちろんそのポジションから参戦して来ると思いますよ」
「あ、そこを忘れてました」
大事なポイントですよ、とすぐにも飛んでいきそうな若い二人をランが諌める。
「ここですぐに私たちが動くとそれこそ祇家の密偵に嗅ぎつけられて、ハナ様をあちらに攫われればそれこそ潔癖のガードを作られてしまいますよ」
「キヌアは祇家の帰属国ですから祇家の多少の無理なら飲みますしね」
「では、どうやってハナ様に会うんですか」
すぐに飛んでいきたいイマリは動くなと釘を刺されてすでにウルウルの涙目で訴える。
そんなイマリをランがフフフと笑う。
「私ね。キヌアの領主様とは面識があったからルチカから話を聞いてすぐに電話を入れて、正式にヌキアに就業留学出来ないか打診してあるの。キリの店でお菓子作りを学ぶ許可が下りればキヌアに移住出来るからハナ様と一緒にいられるわよ。もうすぐ返事が頂けると思うけど」
そういうそばからランの携帯が鳴った。
『もしもし、はい、ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします』
ルチアとイマリがキラキラおめめで食い入るようにガン見する中、話を終えたランが重要な一言を付け加えた。
「了承のお返事がいただけてよかったわね。ただし、1人だけだそうよ。ジャンケンでもしてどちらが行くか決めておいてね。」
その一言に2人が同時に唸る。
「「うぅ~」」
***
その日の祇家のディナーに集まったメンツは、当主、婦人、ヨンハ、ヨンジュンと久々の豪華メンバーだった。
その食卓の話題は、今日出したクルーザーに行にはいなかった嶺家の男がゼウスのハウスメイドと一緒に乗り込んできたという話題で盛り上がっていた。
メイドが最近話題の例のタルトを買いに行った先で牛の難産に遭遇して、ゼウスの命で嶺家の獣医長が空間移動で派遣されたというのだ。
「何でもキリの店の牛だったようでそこの娘に頼まれてメイドがゼウス様にSOSを出したようですよ」
「しかしゼウスがハウスメイドごときの頼みをあっさり受け入れるとは驚きですよ。あそこは天界人が特殊能力を使うことを特に嫌いますからね。空間移動で侵入したとなれば外交問題に発展する可能性だってありますしね」
「そのメイド、よほど魅力的なんですかね」
「どんなに魅力的でもミセイエル様が心を動かされるのはお一人だよ」
「じゃあ、そのメイドさんがハナちゃんが困ってるぞ~って叫んだのかしら?」
「もしそうならゼウス様がおとなしくデリカで仕事をしているなんてありえませんよ。それにキリの娘は茶色の髪と目だそうです」
「あら、残念。じゃあ、なぜ助け舟をお出しになったのかしら?」
「今のゼウスは、サクラに似ている女が困っていても助けるんじゃないか。おおかたそのメイドが似ている娘が困ってる~とでも叫んだんだよ」
あえて娘をサクラと呼ぶこの男も、人のことは言えないのだが。
という意見に落ち着いて本日のデザートが運ばれた。
見慣れない物体にそこに集う一同の視線が集中する。
「この物体は?なにか?な?」
チカハが尋ねると給仕長が恭しく頭を下げた。
「栗ようかん、というものだそうです。キリの洋菓子店の裏メニューだそうで、嶺家の獣医長が嬉しそうに下げているのをうちのキャプテンがクルーザーの乗船券と交換でブン捕った、いえ、頂いたようです」
初めて見るわね、とマルチナが声を上げると、給仕長が栗ようかんの知識を披露する。
「皇家の料理人に尋ねてみたところ、あちらの世界のお菓子ではないかということでした。炎家においでになったサユリ様に頂いたことがあるそうで、試食してみたところ甘さ控えめで上品な味わいです。これなら旦那様も召し上がれるのではないかとお出しいたしましたが、必要とあれば差し替える事も出来ます」
「どうしてキリ洋菓子店があちらの世界の菓子を作ることになってるの?」
「娘が作るようで、ここ最近のヒット商品は彼女の考案だと聞いております」
「その娘、急に母親の店を手伝い始めたのかい?」
「いえ、娘は2カ月前に突然キリの養女になられたようで、その時記憶が無かったものですから名前も今の流行りをキリが付けたとか」
2か月前という言葉にその場に緊張が走る。
「で、何という名前を付けたんだい」
「はい、ヨンハ様の婚約者でいらっしゃるサクラ様のお名前を頂いたということでした」
サ・ク・ラ
ヨンハが喉の奥でその名を呼び、チカハが指令を出す。
「すぐに当家の密偵をキリの店に放て。キヌアの領主に手紙を書くから誰か腕の切れるものをリキの店に修行に出してサクラという娘の人と成りを探らせろ」
「父上、僕が直接その娘に会ってみます」
***
同じく嶺家の食卓でもひと騒動が起きていた。
ここ、嶺家では祇家と違って当主が甘い物好きで有名だ。
だから嶺家のパティシエは何処よりもデザートに気を遣う。
いつも新しいものは無いかとアンテナを張り当主に出すものの創意工夫に余念がない。
それでも限界というのはあるもので、獣医長が今話題のキリ洋菓子店の裏メニューの栗ようかんを祇家に横取りされたと知って怒り心頭となった。
その腹いせに選んだ本日のデザートは祇家を表わす白一色だった。
当主家族が目を白黒させると、ここも給仕長が頭を下げた。
「本日のテーマは祇家の方々を食い尽くす、でございます」
皆が絶句する中、急にその中の1人が笑い出した。
「ああ、そういうこと」
見ればノアが納得した様子でニヤついている。
「そういうこととは、どういうことだ?」
当主がサファイヤブルーの瞳を向ければ、同じ色の目が当主を捉え視線が返って来る。
「つまりですね。今日ゼウス様の所用でサンティーノがキヌアに飛んだのですが、その用事の御礼にと貰ったキリの裏メニューの栗ようかんなるものを祇家の者に奪われたものですから、うちのパティシエが腹立ちまぎれに祇家を表わす白一色を本日のデザートにしたという訳です」
顎でしゃくって白いお皿の白一色のデザートを指し示す。
ああなるほど、と誰もが納得したのち当主がぼそりと一言呟いた。
「しかし、その栗ようかんというものを食べてみたかったな」
後でそれを聞いた嶺家のパティシエはすぐにでも自分が行って栗ようかんの作り方を教わって来ると息巻いた。
慌てた料理長がキヌアの領主に手紙を書いてキリ洋菓子店へ弟子入りしたい者がいるが可能だろうか?と打診してみるということでその場は何とか納まった。
***
桜家の厨房ではエプロンを付けたアサファが小豆を煮ていた。
その周りを料理人達がぐるりと囲んでいて、料理長がおもむろに質問をした。
「アサファ様、何を作っておられるんですか?」
「出来てからのお楽しみといいたいところだけど、それじゃ皆さんが落ち着かないみたいだから」
アサファがそういうと彼を囲む全員が首を縦に振る。
「今、話題になっているキリの栗ようかんですよ。本家本元ととまではいきませんが、かなり近いものに仕上がると思いますよ」
誰かがすかさずツッコミを入れる。
「アサファ様はいったいどちらで、誰から栗ようかんの作り方を習われたのですか?」
「それは、・・・ 内緒です」
空かさず答えたアサファが遠い目で何かを懐かしむように柔らかく笑い胸の中でその人の名を呼ぶ。
ハナ
(こんな感じでふたを開ければリキ洋菓子店への弟子入り志願者が殺到していまして、キヌアの領主様は大慌てです)
イマリの部屋の前で声をかけるが返事がない。
ハナがいなくなてからのイマリの落ち込みようは相当で、仕事終わりの茶話会もハナを思い出して辛いからと断られる。
ルチカがキヌアから帰った日も仕事が早々に終わったイマリは自室に引っ込んでしまっていた。
自分が騙されたせいでハナを誘拐され窮地に立たせた後の彼女の失踪は、しなくてもいい自責の念をイマリに与えているらしい。
「ねえイマリ、一緒に奪還作戦を練ろうよ。もしかしたらまた4人でお茶が出来るかもしれないよ」
ドアの外でもう一度声を掛けると中でガタリと音がした。
ルチカは笑いをかみ殺す。
そうでしょ、今のセリフはイマリにとって殺し文句のはず。
慌てて自室から飛び出て来たイマリが叫んだ。
「奪還作戦って?4人で!って、どういうことですか!」
ピリピリムードのイマリにまったりとした口調でランが答える。
「まあまあ、座ってお茶にしましょ。キリの菓子店で会った娘さんがこれを持たせてくれたそうよ。先ずはそれを味わって真偽を確かめましょ」
土産の箱をテーブルの上に置くと、ランが箱を開けて栗ようかんを切り分ける。
その1切れをイマリに差し出してニヤリと笑うと彼女の目が零れんばかりに見開かれた。
「どれ?お味はどうかしら?」
茶を入れたランがそういったのを合図に3人同時に頬張る。
甘さ控えめでもっちりと不思議な触感で後に残る栗の風味が何とも上品な味わいだった。
「それでこの栗ようかんを食べた感想は?」
言い出しっぺのルチカが尋ねると、ゆっくりと味わいお茶を飲んだ上司がまず口を開いた。
「ここでこれを食べたのはいつが最後だったかしらね」
隣に座るイマリも涙ぐみながらもしっかりと答えた。
「間違いなくハナ様の味です」
ウンウンと頷いてルチカが同意するとイマリが噛みつかんばかりにたたみかけてきた。
「ルチカさん、これ何処で手に入れたんですか?あ?もしかしてハナ様が見つかったんですか?だから奪還作戦?だったらこんなところでグズグズしてないで今すぐ行きましょう」
帰宅してすぐに今日起こった事を上司のランには話してあった。
今日の出来事を早く話せとせっつくイマリにルチカが、一部始終を話して聞かせると、今すぐ行きたいとミセイエルに直談判でもしそうな勢いが急にしぼんだ。
「そうですか。ハナ様は私たちの事はおろかご自分の事も覚えておいでにならないのですね」
夏祭りの終焉を思い出してルチカの声も沈む。
「良かれと思ってしたことが他人を傷つけた事もショックだったんだろうけど、あちらの世界で平凡な地上人としてお育ちになったハナ様には特別な存在や特殊な能力を持っている事が受け入れがたかったのでしょうね。だからすべてを忘れて力を使うことを良しとしないキヌアにいかれたんだと思うの。今はキリ洋菓子店の娘として活き活きと生活しているわ」
だまって意見を聞いていたイマリが不思議顔になって。
「でも、どうしてあちらの世界ではなくてキヌアなんでしょう?」
聞くとルチカも眉を寄せて考え込み、頭に浮かんだ映像を口にした。
「私もよくわからないんだけど、あったのよね。薬指に」
「何がですか?」
「ミセイエル様と同じエンゲージリング。そのあたりがハナ様がこちらの世界に残った理由だったらいいな~。なんていうのは私の希望的観測」
意気消沈し涙声の彼女をこの希望的観測で宥め、上司のランが言葉を足す。
「ハナ様が私たちをお忘れだというのなら、また一から関係を作り直せばいいのです。私達は侍女ではなくお友達として。ミセイエル様は夫ではなく一目惚れをした男性として。あ、ヨンハ様ももちろんそのポジションから参戦して来ると思いますよ」
「あ、そこを忘れてました」
大事なポイントですよ、とすぐにも飛んでいきそうな若い二人をランが諌める。
「ここですぐに私たちが動くとそれこそ祇家の密偵に嗅ぎつけられて、ハナ様をあちらに攫われればそれこそ潔癖のガードを作られてしまいますよ」
「キヌアは祇家の帰属国ですから祇家の多少の無理なら飲みますしね」
「では、どうやってハナ様に会うんですか」
すぐに飛んでいきたいイマリは動くなと釘を刺されてすでにウルウルの涙目で訴える。
そんなイマリをランがフフフと笑う。
「私ね。キヌアの領主様とは面識があったからルチカから話を聞いてすぐに電話を入れて、正式にヌキアに就業留学出来ないか打診してあるの。キリの店でお菓子作りを学ぶ許可が下りればキヌアに移住出来るからハナ様と一緒にいられるわよ。もうすぐ返事が頂けると思うけど」
そういうそばからランの携帯が鳴った。
『もしもし、はい、ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします』
ルチアとイマリがキラキラおめめで食い入るようにガン見する中、話を終えたランが重要な一言を付け加えた。
「了承のお返事がいただけてよかったわね。ただし、1人だけだそうよ。ジャンケンでもしてどちらが行くか決めておいてね。」
その一言に2人が同時に唸る。
「「うぅ~」」
***
その日の祇家のディナーに集まったメンツは、当主、婦人、ヨンハ、ヨンジュンと久々の豪華メンバーだった。
その食卓の話題は、今日出したクルーザーに行にはいなかった嶺家の男がゼウスのハウスメイドと一緒に乗り込んできたという話題で盛り上がっていた。
メイドが最近話題の例のタルトを買いに行った先で牛の難産に遭遇して、ゼウスの命で嶺家の獣医長が空間移動で派遣されたというのだ。
「何でもキリの店の牛だったようでそこの娘に頼まれてメイドがゼウス様にSOSを出したようですよ」
「しかしゼウスがハウスメイドごときの頼みをあっさり受け入れるとは驚きですよ。あそこは天界人が特殊能力を使うことを特に嫌いますからね。空間移動で侵入したとなれば外交問題に発展する可能性だってありますしね」
「そのメイド、よほど魅力的なんですかね」
「どんなに魅力的でもミセイエル様が心を動かされるのはお一人だよ」
「じゃあ、そのメイドさんがハナちゃんが困ってるぞ~って叫んだのかしら?」
「もしそうならゼウス様がおとなしくデリカで仕事をしているなんてありえませんよ。それにキリの娘は茶色の髪と目だそうです」
「あら、残念。じゃあ、なぜ助け舟をお出しになったのかしら?」
「今のゼウスは、サクラに似ている女が困っていても助けるんじゃないか。おおかたそのメイドが似ている娘が困ってる~とでも叫んだんだよ」
あえて娘をサクラと呼ぶこの男も、人のことは言えないのだが。
という意見に落ち着いて本日のデザートが運ばれた。
見慣れない物体にそこに集う一同の視線が集中する。
「この物体は?なにか?な?」
チカハが尋ねると給仕長が恭しく頭を下げた。
「栗ようかん、というものだそうです。キリの洋菓子店の裏メニューだそうで、嶺家の獣医長が嬉しそうに下げているのをうちのキャプテンがクルーザーの乗船券と交換でブン捕った、いえ、頂いたようです」
初めて見るわね、とマルチナが声を上げると、給仕長が栗ようかんの知識を披露する。
「皇家の料理人に尋ねてみたところ、あちらの世界のお菓子ではないかということでした。炎家においでになったサユリ様に頂いたことがあるそうで、試食してみたところ甘さ控えめで上品な味わいです。これなら旦那様も召し上がれるのではないかとお出しいたしましたが、必要とあれば差し替える事も出来ます」
「どうしてキリ洋菓子店があちらの世界の菓子を作ることになってるの?」
「娘が作るようで、ここ最近のヒット商品は彼女の考案だと聞いております」
「その娘、急に母親の店を手伝い始めたのかい?」
「いえ、娘は2カ月前に突然キリの養女になられたようで、その時記憶が無かったものですから名前も今の流行りをキリが付けたとか」
2か月前という言葉にその場に緊張が走る。
「で、何という名前を付けたんだい」
「はい、ヨンハ様の婚約者でいらっしゃるサクラ様のお名前を頂いたということでした」
サ・ク・ラ
ヨンハが喉の奥でその名を呼び、チカハが指令を出す。
「すぐに当家の密偵をキリの店に放て。キヌアの領主に手紙を書くから誰か腕の切れるものをリキの店に修行に出してサクラという娘の人と成りを探らせろ」
「父上、僕が直接その娘に会ってみます」
***
同じく嶺家の食卓でもひと騒動が起きていた。
ここ、嶺家では祇家と違って当主が甘い物好きで有名だ。
だから嶺家のパティシエは何処よりもデザートに気を遣う。
いつも新しいものは無いかとアンテナを張り当主に出すものの創意工夫に余念がない。
それでも限界というのはあるもので、獣医長が今話題のキリ洋菓子店の裏メニューの栗ようかんを祇家に横取りされたと知って怒り心頭となった。
その腹いせに選んだ本日のデザートは祇家を表わす白一色だった。
当主家族が目を白黒させると、ここも給仕長が頭を下げた。
「本日のテーマは祇家の方々を食い尽くす、でございます」
皆が絶句する中、急にその中の1人が笑い出した。
「ああ、そういうこと」
見ればノアが納得した様子でニヤついている。
「そういうこととは、どういうことだ?」
当主がサファイヤブルーの瞳を向ければ、同じ色の目が当主を捉え視線が返って来る。
「つまりですね。今日ゼウス様の所用でサンティーノがキヌアに飛んだのですが、その用事の御礼にと貰ったキリの裏メニューの栗ようかんなるものを祇家の者に奪われたものですから、うちのパティシエが腹立ちまぎれに祇家を表わす白一色を本日のデザートにしたという訳です」
顎でしゃくって白いお皿の白一色のデザートを指し示す。
ああなるほど、と誰もが納得したのち当主がぼそりと一言呟いた。
「しかし、その栗ようかんというものを食べてみたかったな」
後でそれを聞いた嶺家のパティシエはすぐにでも自分が行って栗ようかんの作り方を教わって来ると息巻いた。
慌てた料理長がキヌアの領主に手紙を書いてキリ洋菓子店へ弟子入りしたい者がいるが可能だろうか?と打診してみるということでその場は何とか納まった。
***
桜家の厨房ではエプロンを付けたアサファが小豆を煮ていた。
その周りを料理人達がぐるりと囲んでいて、料理長がおもむろに質問をした。
「アサファ様、何を作っておられるんですか?」
「出来てからのお楽しみといいたいところだけど、それじゃ皆さんが落ち着かないみたいだから」
アサファがそういうと彼を囲む全員が首を縦に振る。
「今、話題になっているキリの栗ようかんですよ。本家本元ととまではいきませんが、かなり近いものに仕上がると思いますよ」
誰かがすかさずツッコミを入れる。
「アサファ様はいったいどちらで、誰から栗ようかんの作り方を習われたのですか?」
「それは、・・・ 内緒です」
空かさず答えたアサファが遠い目で何かを懐かしむように柔らかく笑い胸の中でその人の名を呼ぶ。
ハナ
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