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お月見の後半は?
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「ステキ!ステキ!ステキ!」
甘く優しく、それでいて溢れ出すエネルギーを感じる音に魂を揺さぶられる。
音を探して走った先にいた人は目の覚めるような美形だった。
テレビでしかお目にかかれないその人物は画面で見るよりずっと中世絵画から抜け出たような見事な容姿を持っていて。
月光のように輝くプラチナブロントのくせ毛が風に揺れ、アイスブルーの眼差しに人を惹きつける情熱が宿っている。
目の前の人の名はたしかヨンハ・ギーツ。
「こんにちわ。もしかしてヨンハ・ギーツさんですか」
問うと、ナマヨンハ様に優しい音色で聞き返された。
”そう。君はだれ?”
「初めまして。サクラ・キリです」
コンマ一秒途切れた音に続き ”キリ洋菓子店の?娘さん?”と響く。
バイオリンの音がちゃんと言葉で聞こえるのが不思議。
音で表現する言葉は声以上に彼の中にある感情を伝えてくる。
例えば好意とか憧憬とか?
自分に向けられた思いに、エヘンと胸を張る。
「はい。あなたが気に入ってくれた栗ようかんの制作者です」
ヨンハの奏でる音色はサクラ以外が聞けば恋人に囁く情熱や優しさや幸福感が溢れている音なのだが、恋愛経験が未熟な彼女には栗ようかんへの憧れにしか聞こえないのが悲しい・・・
”ああ、あれは僕の大好物です”
「楽器で会話できるなんてすご~い。やっぱりヨンハさんは凄いです。超人気者の実力派若手俳優さんですよね。なのに見目もよくて楽器の演奏も超超超一流なんてずるいです」
それに加えて彼は天界人の中でも高位の身分と高い特殊能力を持っていると聞く。
やっぱり、天界人は別世界の人だと、つくづく自分との違いを感じる。
その才能にキラキラ星を目の中に飛ばして憧憬の眼差しで彼を眺めていると、ヨンハ様が背筋を伸ばし姿勢を正してから流れるように重心を移動し片膝を付いてお辞儀をした。
”僕は今妻になってくれる人を探していて、君をスカウトしているんだけれど、勿論OKだよね”
???・・・急にバイオリンの音が意味不明のものに変化した?
訳のわからないプロポーズバリの?長いメロディーに続いて結婚行進曲まで奏でている。
聞き取りが悪かったのか?あるいは天界人の思考に自分がついて行けないのか?
全くもって意味不明の問いかけのメロディーにしか聞こえない。
鳩豆の顔で驚き、理解不能者を見る目を向けてしまった自覚が十分あるにもかかわらず、彼から感じるのは飛び跳ねそうなぐらいの歓喜だった。
益々つのる不信感に眉が顰み、胡乱な視線を投げたにもかかわらず、手に持ったバイオリンを放り投げて私を抱きしめようとしてくる。
うぎゃ!ちょっとまった!気は確か?!!
引き攣った制止の声を上げる寸前でイマリの声が飛び込んでくる。
「おやめください!ヨンハ様!サクラ様は既婚者です」
叫んだイマリが自分の前に進み出てとおせんぼのように手を広げてたちはだかる。
展開の速さに思考が追い付かないサクラの聴覚が拾ったのは影のようにヨンハの側に控える男の冷たい声だった。
「引っ込んでいてください。炎家の末席の小娘が次期に意見するなど無礼千万です」
え?この人誰?何時からいた?
イマリさんも天界人なの?そういえば最初に向けられた確認の眼差しが摩訶不思議だったような?
剣呑な眼差しで睨みあう2人は、後からやって来た領主の息子のあさお様に諌められてその場は一隅即発状態を回避したのだが、縁側に座ってからも表情が硬い。
いやはや、天界人様たちは縛られる身分制度と、地上人には理解できない複雑な思考回路をお持ちのようだ。
やれやれ、すごい顔ぶれがお月見に混じっちゃったよう。
天界人3名様と領主様のご子息の顔を眺めて嘆息した後、ぺろりと小さな舌を出す。
ま、私には関係ないねどね。
天界のことは範疇外と決め込んで、何処までも空気を読もうとしないサクラである。
なので、われ関せずで、一人月を見てお茶を飲んで団子を食べているとヨンハ様が聞いてきた。
「サクラの、理想の恋人はどんな男?」
呼び捨てですか?と異議を唱えるとダメかな?と聞き返されたのでダメですと答える。
じゃあ、サクラさんと言い直した。
「じゃあ、サクラさんはどんな男がタイプなのかな?」
改めて聞かれて瞬時に頭に浮かんだのは、自分をとろけるような目で見つめてくる黒髪の男性だった。
大層な自信家で、強引だけどこうと決めたら何があってもやり抜く意志の強さと行動力のある頭の良い策士。
超多忙な日々をこなし努力は惜しまない勤勉家の一面も持つ。
春の花見しかり、結婚しかり、長岡の花火大会しかりだ。
超過密スケジュールをこなしながら夢の中の夫はいつも強引に話を進めていく。
そして自分の望みや好みにドストライクのボールを投げてくるのだ。
しかしそれは現実にはあり得ない夢の中の男性の話だ。
自分の想像の中の存在でしかないのはわかっているので、無難な答えを用意する。
「よくわかりません」
その答えに、首を傾げたあさお様が一つ踏み込んだ質問を投げてきた。
「ではエンゲージリングの送り主はどんな人ですか」
いつもいつも、聞くのが恥ずかしくなるような甘いセリフを惜しげなく囁いてくる精悍な男。
思い出すとこっ恥ずかし過ぎてたちまち頬が赤く染まり、ムキになって言い返す。
「現実にはいませんから!」
そんな自分を見たあさお様が人の悪い笑みを浮かべた。
「権力と実力とカリスマ性を持つ傲慢な自信家で策士な上に冷血漢。もちろん金持ちでそこそこの男前。私も会ったことはありませんが、現ゼウスがまさにそんな男だとか。似てますか?あたなの記憶に残るご主人に」
自分の頭の中にだけ存在する男性が天界のトップの現ゼウスに似てる?
予期せぬ質問に食べかけた団子が喉に詰まりそうだ。
ゲホ、ゲホ、ゲホ
お茶を差し出し、背中を擦るイマリがこの話題は終わりだというようにお月見会の幕を引く。
「サクラ様、明日も早いですし、そろそろ部屋に帰りましょうか」
幕を引かれた彼らは用意してあった言葉を口にした。
「今日の月見の御礼に今月末に当家で行われる五穀豊穣祭にお二人を招待しますよ」
「サクラさんが出席するなら僕もパートナーとして出るから」
なんですと?領主鄭の五穀豊穣祭といったらキヌアでは知らないものはない程有名な仮装パーティーではないか。
そんなところに顔を出して上流階級の恋愛話なんて聞かされたら人間資質のレベルが高すぎてもう無理!ついて行けません。
しかも、天下のヨンハ・ギーツ様がパートナー?
敷居が高すぎて絶対無理。
即座に頭を下げて丁重なお断りを入れた。
三十路前の男は縁側に座って茶をすすりながら、どんな女にも決して靡かないと言われる天界の次期ゼウスが自分の後ろをおとなしく付いて来た理由を考えていた。
天界人3人が身分制度のなかでギクシャクとした空気を醸し出すなか、キリの娘は天界人の身分制度など範疇外といわんばかりにキョトンとしたあと、われ関せずで縁側に座り大口を開けて団子にぱくついている。
まるで自分には関係ないと言わんばかりだ。
ここキヌアで育った地上人なら至極当然の反応なんだろうが、天界自体を拒絶しているようにも見える。
「私、天界人に会ったのは初めてです。イマリさんも天界人だったなんてもうびっくりです。もう絶対に私のこと様付けで呼ばないでくださいね」
サクラがいえば硬い表情のイマリは少しだけ切なそうに笑む。
「サクラさんのことが知りたい」
次期ゼウスが熱い視線を注ぎながら一目惚れをした男のセリフを吐いても、そんな男心など全く通じない。
「私の生い立ちに面白いネタはありませんよ」
すっとぼけた返事がこれ以上ない程の素っ気なさで返される。
オイオイ、天下のヨンハ、ギーツに、君のことが知りたいといわれてその反応?どんな感性しているんだ?鈍すぎるだろう?
この目の前にいる男前の目に留まろうとここキヌアの独身女性達がどれほど頑張っていると思っている?
現に屋敷ですれちがう娘たちは肌や髪の手入れに余念がないし、オシャレはもちろん言葉遣いや一挙手一投足にだって気を使っている。
そしてふと頭に浮かんだのは今日の昼に屋敷に着いて自分のところに挨拶に来た娘の顔だった。
「はなと申します。お世話をおかけい致しますがどうぞよろしくお願いします」
親友のセシルから預かった小柄な娘は、肩まであるストレートの黒髪を一つにまとめ、清潔感はあるものの大した美人ではなかった。
それまでに挨拶に来た娘はどれも目を引く美人で、他人より一歩前への自信家ばかりだったが、この娘はいわば普通で、どちらかといえば控えめだった。
ああ、これでは勝ち目はないな、と瞬時に思った。
聞けば、次期ゼウスの目に留まってこいと琉家の当主に言われ、髪の色まで黒に染めたのだという。
もはや同情しか浮かばなかったのだが、次期ゼウスの好みが普通ならいけるかもしれない。
そういえばあのはなという娘、顔立ちや背格好がサクラに似ていたような。
しばらく、物思いにふけっていて、気がつけば次期がサクラの理想の男性について質問していた。
問われた彼女が夢見るような柔らかい表情をしたのはおそらく頭の中にいる夫を思い描いているに違いない。
にも関わらず、答えはわかりません、だった。
ならばと、夢に出てくる夫のことを聞いてみるが、現実にはいませんから、とかわされた。
余程現実離れした男なのか?
だったら、噂に聞く天界に君臨する男はどうだ?と話を振ると、関係ないと笑い飛ばされると思ったのだが、ゲホゲホとむせるまさかの反応。
マジ?ドンピシャ?
信じられない思いで上から下までまじまじと眺めているとイマリに幕引きをされた。
ランが送り込んだ目付け役はなかなかの強者のようだが、私も負けずに勧誘する。
「今日の月見の御礼に今月末に当家で行われる五穀豊穣祭にお二人を招待しますよ」
一瞬固まったサクラがぺこりとお辞儀をした。
「私、領主鄭で行われるパーティーの礼儀作法も知りませんし、お店のイベントもありますので、お断りさせてください」
当家の五穀豊穣祭といったら本土からも招待状の催促が引っ切り無しにやって来る超人気な仮装パーティーなのだが、その招待を断られるとは思ってもみなかった。
やはりつかみどころのない彼女を捕えるのは一筋縄ではいかないようだ。
でも、ここで諦めるわけにはいかないよ。
婚約者に逃げられて、新しい恋人を探しにこのキヌアにやって来るらしいだの、キヌアを気に入ってこちらに引っ越してきた婚約者に会いに来るらしいだのと、色々な噂はあった。
まさか?と鼻で笑っていたのだが。
彼女に抱き付かんばかりの様子や、穴が開かんばかりの熱い視線を送る姿を見せられると、どうやら幻のごとく消えたべた惚れの婚約者を探しに来たというのは本当らしい。
その幻さんが少し前にここキヌアに現れた目の前の女性なのか。
ならばその幻の婚約者が現ゼウスの妻だというのは真実なのか?
五穀豊穣祭りにもう一方を招待したら面白いかもしれないな。
そうそう、天界人様たちが楽しめるように大事なエッセンスも入れて差し上げます。
そう思うあさおの顔には意地悪な笑みが浮かんでいる。
(ミセイエルさん、随分出遅れていますよ。それにあなたの奥さん名前も変更していますから 立場は不利ですし、何やら陰謀の匂いもします。お気お付けあそばして!)
甘く優しく、それでいて溢れ出すエネルギーを感じる音に魂を揺さぶられる。
音を探して走った先にいた人は目の覚めるような美形だった。
テレビでしかお目にかかれないその人物は画面で見るよりずっと中世絵画から抜け出たような見事な容姿を持っていて。
月光のように輝くプラチナブロントのくせ毛が風に揺れ、アイスブルーの眼差しに人を惹きつける情熱が宿っている。
目の前の人の名はたしかヨンハ・ギーツ。
「こんにちわ。もしかしてヨンハ・ギーツさんですか」
問うと、ナマヨンハ様に優しい音色で聞き返された。
”そう。君はだれ?”
「初めまして。サクラ・キリです」
コンマ一秒途切れた音に続き ”キリ洋菓子店の?娘さん?”と響く。
バイオリンの音がちゃんと言葉で聞こえるのが不思議。
音で表現する言葉は声以上に彼の中にある感情を伝えてくる。
例えば好意とか憧憬とか?
自分に向けられた思いに、エヘンと胸を張る。
「はい。あなたが気に入ってくれた栗ようかんの制作者です」
ヨンハの奏でる音色はサクラ以外が聞けば恋人に囁く情熱や優しさや幸福感が溢れている音なのだが、恋愛経験が未熟な彼女には栗ようかんへの憧れにしか聞こえないのが悲しい・・・
”ああ、あれは僕の大好物です”
「楽器で会話できるなんてすご~い。やっぱりヨンハさんは凄いです。超人気者の実力派若手俳優さんですよね。なのに見目もよくて楽器の演奏も超超超一流なんてずるいです」
それに加えて彼は天界人の中でも高位の身分と高い特殊能力を持っていると聞く。
やっぱり、天界人は別世界の人だと、つくづく自分との違いを感じる。
その才能にキラキラ星を目の中に飛ばして憧憬の眼差しで彼を眺めていると、ヨンハ様が背筋を伸ばし姿勢を正してから流れるように重心を移動し片膝を付いてお辞儀をした。
”僕は今妻になってくれる人を探していて、君をスカウトしているんだけれど、勿論OKだよね”
???・・・急にバイオリンの音が意味不明のものに変化した?
訳のわからないプロポーズバリの?長いメロディーに続いて結婚行進曲まで奏でている。
聞き取りが悪かったのか?あるいは天界人の思考に自分がついて行けないのか?
全くもって意味不明の問いかけのメロディーにしか聞こえない。
鳩豆の顔で驚き、理解不能者を見る目を向けてしまった自覚が十分あるにもかかわらず、彼から感じるのは飛び跳ねそうなぐらいの歓喜だった。
益々つのる不信感に眉が顰み、胡乱な視線を投げたにもかかわらず、手に持ったバイオリンを放り投げて私を抱きしめようとしてくる。
うぎゃ!ちょっとまった!気は確か?!!
引き攣った制止の声を上げる寸前でイマリの声が飛び込んでくる。
「おやめください!ヨンハ様!サクラ様は既婚者です」
叫んだイマリが自分の前に進み出てとおせんぼのように手を広げてたちはだかる。
展開の速さに思考が追い付かないサクラの聴覚が拾ったのは影のようにヨンハの側に控える男の冷たい声だった。
「引っ込んでいてください。炎家の末席の小娘が次期に意見するなど無礼千万です」
え?この人誰?何時からいた?
イマリさんも天界人なの?そういえば最初に向けられた確認の眼差しが摩訶不思議だったような?
剣呑な眼差しで睨みあう2人は、後からやって来た領主の息子のあさお様に諌められてその場は一隅即発状態を回避したのだが、縁側に座ってからも表情が硬い。
いやはや、天界人様たちは縛られる身分制度と、地上人には理解できない複雑な思考回路をお持ちのようだ。
やれやれ、すごい顔ぶれがお月見に混じっちゃったよう。
天界人3名様と領主様のご子息の顔を眺めて嘆息した後、ぺろりと小さな舌を出す。
ま、私には関係ないねどね。
天界のことは範疇外と決め込んで、何処までも空気を読もうとしないサクラである。
なので、われ関せずで、一人月を見てお茶を飲んで団子を食べているとヨンハ様が聞いてきた。
「サクラの、理想の恋人はどんな男?」
呼び捨てですか?と異議を唱えるとダメかな?と聞き返されたのでダメですと答える。
じゃあ、サクラさんと言い直した。
「じゃあ、サクラさんはどんな男がタイプなのかな?」
改めて聞かれて瞬時に頭に浮かんだのは、自分をとろけるような目で見つめてくる黒髪の男性だった。
大層な自信家で、強引だけどこうと決めたら何があってもやり抜く意志の強さと行動力のある頭の良い策士。
超多忙な日々をこなし努力は惜しまない勤勉家の一面も持つ。
春の花見しかり、結婚しかり、長岡の花火大会しかりだ。
超過密スケジュールをこなしながら夢の中の夫はいつも強引に話を進めていく。
そして自分の望みや好みにドストライクのボールを投げてくるのだ。
しかしそれは現実にはあり得ない夢の中の男性の話だ。
自分の想像の中の存在でしかないのはわかっているので、無難な答えを用意する。
「よくわかりません」
その答えに、首を傾げたあさお様が一つ踏み込んだ質問を投げてきた。
「ではエンゲージリングの送り主はどんな人ですか」
いつもいつも、聞くのが恥ずかしくなるような甘いセリフを惜しげなく囁いてくる精悍な男。
思い出すとこっ恥ずかし過ぎてたちまち頬が赤く染まり、ムキになって言い返す。
「現実にはいませんから!」
そんな自分を見たあさお様が人の悪い笑みを浮かべた。
「権力と実力とカリスマ性を持つ傲慢な自信家で策士な上に冷血漢。もちろん金持ちでそこそこの男前。私も会ったことはありませんが、現ゼウスがまさにそんな男だとか。似てますか?あたなの記憶に残るご主人に」
自分の頭の中にだけ存在する男性が天界のトップの現ゼウスに似てる?
予期せぬ質問に食べかけた団子が喉に詰まりそうだ。
ゲホ、ゲホ、ゲホ
お茶を差し出し、背中を擦るイマリがこの話題は終わりだというようにお月見会の幕を引く。
「サクラ様、明日も早いですし、そろそろ部屋に帰りましょうか」
幕を引かれた彼らは用意してあった言葉を口にした。
「今日の月見の御礼に今月末に当家で行われる五穀豊穣祭にお二人を招待しますよ」
「サクラさんが出席するなら僕もパートナーとして出るから」
なんですと?領主鄭の五穀豊穣祭といったらキヌアでは知らないものはない程有名な仮装パーティーではないか。
そんなところに顔を出して上流階級の恋愛話なんて聞かされたら人間資質のレベルが高すぎてもう無理!ついて行けません。
しかも、天下のヨンハ・ギーツ様がパートナー?
敷居が高すぎて絶対無理。
即座に頭を下げて丁重なお断りを入れた。
三十路前の男は縁側に座って茶をすすりながら、どんな女にも決して靡かないと言われる天界の次期ゼウスが自分の後ろをおとなしく付いて来た理由を考えていた。
天界人3人が身分制度のなかでギクシャクとした空気を醸し出すなか、キリの娘は天界人の身分制度など範疇外といわんばかりにキョトンとしたあと、われ関せずで縁側に座り大口を開けて団子にぱくついている。
まるで自分には関係ないと言わんばかりだ。
ここキヌアで育った地上人なら至極当然の反応なんだろうが、天界自体を拒絶しているようにも見える。
「私、天界人に会ったのは初めてです。イマリさんも天界人だったなんてもうびっくりです。もう絶対に私のこと様付けで呼ばないでくださいね」
サクラがいえば硬い表情のイマリは少しだけ切なそうに笑む。
「サクラさんのことが知りたい」
次期ゼウスが熱い視線を注ぎながら一目惚れをした男のセリフを吐いても、そんな男心など全く通じない。
「私の生い立ちに面白いネタはありませんよ」
すっとぼけた返事がこれ以上ない程の素っ気なさで返される。
オイオイ、天下のヨンハ、ギーツに、君のことが知りたいといわれてその反応?どんな感性しているんだ?鈍すぎるだろう?
この目の前にいる男前の目に留まろうとここキヌアの独身女性達がどれほど頑張っていると思っている?
現に屋敷ですれちがう娘たちは肌や髪の手入れに余念がないし、オシャレはもちろん言葉遣いや一挙手一投足にだって気を使っている。
そしてふと頭に浮かんだのは今日の昼に屋敷に着いて自分のところに挨拶に来た娘の顔だった。
「はなと申します。お世話をおかけい致しますがどうぞよろしくお願いします」
親友のセシルから預かった小柄な娘は、肩まであるストレートの黒髪を一つにまとめ、清潔感はあるものの大した美人ではなかった。
それまでに挨拶に来た娘はどれも目を引く美人で、他人より一歩前への自信家ばかりだったが、この娘はいわば普通で、どちらかといえば控えめだった。
ああ、これでは勝ち目はないな、と瞬時に思った。
聞けば、次期ゼウスの目に留まってこいと琉家の当主に言われ、髪の色まで黒に染めたのだという。
もはや同情しか浮かばなかったのだが、次期ゼウスの好みが普通ならいけるかもしれない。
そういえばあのはなという娘、顔立ちや背格好がサクラに似ていたような。
しばらく、物思いにふけっていて、気がつけば次期がサクラの理想の男性について質問していた。
問われた彼女が夢見るような柔らかい表情をしたのはおそらく頭の中にいる夫を思い描いているに違いない。
にも関わらず、答えはわかりません、だった。
ならばと、夢に出てくる夫のことを聞いてみるが、現実にはいませんから、とかわされた。
余程現実離れした男なのか?
だったら、噂に聞く天界に君臨する男はどうだ?と話を振ると、関係ないと笑い飛ばされると思ったのだが、ゲホゲホとむせるまさかの反応。
マジ?ドンピシャ?
信じられない思いで上から下までまじまじと眺めているとイマリに幕引きをされた。
ランが送り込んだ目付け役はなかなかの強者のようだが、私も負けずに勧誘する。
「今日の月見の御礼に今月末に当家で行われる五穀豊穣祭にお二人を招待しますよ」
一瞬固まったサクラがぺこりとお辞儀をした。
「私、領主鄭で行われるパーティーの礼儀作法も知りませんし、お店のイベントもありますので、お断りさせてください」
当家の五穀豊穣祭といったら本土からも招待状の催促が引っ切り無しにやって来る超人気な仮装パーティーなのだが、その招待を断られるとは思ってもみなかった。
やはりつかみどころのない彼女を捕えるのは一筋縄ではいかないようだ。
でも、ここで諦めるわけにはいかないよ。
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まさか?と鼻で笑っていたのだが。
彼女に抱き付かんばかりの様子や、穴が開かんばかりの熱い視線を送る姿を見せられると、どうやら幻のごとく消えたべた惚れの婚約者を探しに来たというのは本当らしい。
その幻さんが少し前にここキヌアに現れた目の前の女性なのか。
ならばその幻の婚約者が現ゼウスの妻だというのは真実なのか?
五穀豊穣祭りにもう一方を招待したら面白いかもしれないな。
そうそう、天界人様たちが楽しめるように大事なエッセンスも入れて差し上げます。
そう思うあさおの顔には意地悪な笑みが浮かんでいる。
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