優しい時間

ouka

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ヨンサンの観察

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 『キリ菓子工房の娘をエスコートすることになった』
 『へえ、お前が初対面の女をエスコートだなんて珍しいな』
 『ハナ、・・・、なんだ』
 『えっ?ハナちゃん?よかっーーー』
 『直接話す』
 
 その後『おい、ちょっと、待て!』と呼び掛けても応答なし。
 全く、オレが話してる途中に割り込んで一方的に念話を切るなん失礼なヤツだ。
 直接、惚気話を聞かせるつもりならマジ勘弁だよ。
 しかし、ハナちゃんが見つかったってのに、どんより暗くないか?アイツ。
 
 ほんの1時間ほど前の念話に首を捻ったヨンサンだったが、領主鄭の大広間に映し出された映像を見て、バンザイを唱え駆け回りたい気分になった。
 俺とその他大勢のおまえの側近たちの分もバンザイをさせて頂くよ。
 いつも以上に完璧なエスコートで、ノリノリじゃねぇか。
 綺麗すぎるんだよ、その笑顔。
 何?照れてるのか?気取ってないでもっとクシャクシャな顔で嬉しがってもいいんだよ。
 イツキのヤツがキヌアに現れたハナちゃんもどきは、目と髪がチョコレート色だなんて報告しやがったから半信半疑で期待はしてなかったのによ。
 黒目黒髪じゃないか!
 おまけに、首を傾げる仕草なんかまんまハナちゃんじゃないかよ。
 よかった!これで俺たちにも春が来る~。
 おまえのまわりのヤツ、みんな凍死寸前でさ。おまえ、密かに歩く降雪機って呼ばれてたんだぞ。
 
 映像で安心と安全を確認したヨンサンはテンション上がりまくりで、心の中でツッコミを入れまくり、最後には優しい声で呟いた。
 「おめでとう。よかったな」

 なのに、なのにー!俺のハイテンションと祝福の言葉を返してくれー!
 
 ミセイエル達が大広間に現れて、彼らとは適度に距離を取る位置に立つヨンサンは直接2人を見て再び首を傾げた。
 あれ?
 エスコートしている女性は確かに春にペントハウスに押しかけて初めて会ったヤツの妻に間違いない。
 なのにどこにも春、スプリング、あまあまラブラブの空気が無い。
 この際、俺の前で心行くまで惚気けてくれ!文句は言わん。
 十数メートル先にいる女性の容姿は親友が執着するハナちゃんなのだが、ヤツらの態度がどこかおかしい。
 昨日今日出会った女をエスコートするなんてことは絶対にあり得ないヤツだから、相手はハナちゃんに間違いなのだろうが、心のなかに何かが引っかかる。
 手放しで喜ぶにはヤツの態度にわだかまりが残る。
 どこかおかしいと訴える第六感に促されて、過去の記憶を手繰り寄る。
 春の空港でハナちゃんのナンパに失敗したと笑い、借りた傘を嬉しそうに開き、スッキプでもしそうな勢いで土砂降りの雨の中を歩いていた。
 カナン殿では、ハナちゃんを腕の中に抱いたと思ったら、目の前にいる天界の重鎮達を完全に無視し、空間移動で自分の居場所に囲い込んだ。
 むせ返るような執着が全身から溢れていて、今のミセイエルとはまるで違う。
 ハナちゃんといる癖にヤツの纏う空気にはあの時に感じた煌きや喜びがない。
 それに、と、視線をミセイエルの腕に納まる女へと向ける。
 ミセイエルの妻となってもなお彼女の纏う空気は少女の持つピュアなものだったと記憶する。
 そう、これで本当にミセイエルに抱かれているのかと思うほどに。
 ヨンサンの知るハナは清廉静謐で女と呼べる色香など微塵も感じさせない少女だった。
 だが今ミセイエルの隣に立つ人物は完全に恋する女だ。
 もしかして離れている間にハナちゃんを女にした男がいる可能性に考えがいたり、背筋に汗が垂れる。
 やめてくれ!マジ勘弁!男はもちろん、サマーバケーションにハナちゃんを引き込んだ炎家と桜家が滅ぶ!
 
 どこかがおかしいと思いなが自分の直感をひとまず棚上げにし、ハナと寄り添うミセイエルに視線を戻して顎を引く。 
 もしかして本当は鼻の下を伸ばしてデレデレなくせに無理してゼウスの顔をしているのか?
 それならばヤツをからかってやるだが。
 などと気持ちが希望的観測を求めだす。
 そんな思いで10m近くまで移動して、天界人から祝福を受けているミセイエルに目で合図を送る。
 と、隣にいるハナちゃんに断りを入れて自分の方に歩いて来るではないか。
 その光景に希望的観測が総崩れになった。
 え?
 本当にこっちに来るのか?
 夏までのお前ならオレのことなんか完全無視で彼女にべったりくっ付いていただろうが。
 いいのかよ?彼女を一人にして?
 あんぐりと口を開けたヨンサンに至極平坦な声でミセイエルが事務的に問いかける。
 「今いいか?」
 やっと最愛の人を取り戻したというのに自分の前でさえ欠片の喜楽も見せないミセイエルの態度が理解できない。
 オカシイ。
 夏祭りのあの日、ハナちゃんを失って抜け殻のようになったお前が、やっと彼女を取り戻したというのにその反応か?
 ヨンサンは信じられない思いで、親友の心を引き出そうと軽口の質問をぶつけた。
 「おまえ、ハナちゃんよりオレへの愛が大きいことにやっと気がついたか?いつもならオレの視線なんて完全無視するくせに。たった3ヵ月間離れていただけで愛が冷めたか?」
 ここまで言うとさすがに何かしらの感情を見せるだろうと思ったが、ミセイエルはゼウスの仮面を被ったままに事務的に至極平坦で声で答えた。
 「いや・・・。冷めてはいないが・・・。今までのように心が動かない。オレは切り捨てられたのかもしれない」
 切り捨てたじゃなく、捨てられた?
 「どういう意味だ!」
 目を剥いて凄んだオレをミセイエルが宥めにかかる。
 「落ち着け、ヨンサン。周りが見ている」
 「かまってられるか!」
 捨て台詞を吐くと、ミセイエルは、おまえいいヤツだなと小さく笑い、一度大きく息を吸ってから今日の経緯と今の心情を話始めた。
 「キリの娘が会いに来ると聞いて、オレはここにやって来た。ハナに似た娘がいるとは聞いていたが期待などしていなかったんだ。ただ会ってみたいという感情がおさえられなくて。
 正直会って驚いた。彼女がハナそっくりで。しかもオレの贈った指輪まで嵌めているんだからな」
 「良かったじゃないか」
 応えたとたん、怜悧な顔に苦悶が浮かび、続きを話す声が一段と低くなった。
 「今の彼女はオレの心を1ミリも動かさない。彼女を見ても愛おしいとは思えないんだ」
 再び目を剥いたオレはその意味を問う。
 「それはおまえがハナちゃんに飽きたという意味か?」
 苦悶に哀を混ぜたミセイエルの綺麗な顔がわずかに横に揺れる。
 「違う。今の彼女を見てもオレの心は喜ばないし、癒されもしない。
 オレにとって唯一無二だった彼女が、そこら辺にいる女となんら変わらなく見えるんだ。
 ハナがオレを含めて特別といわれるものをすべて捨てたとしたら、ただの地上人になったんだとしたら、ダイヤモンドオウカの輝きを失っても不思議ではない。
 それならばオレの心を動かさないのも至極当然に思えるし。
 彼女が普通でありたいと願った結果が、今のハナならば、たとえ異性として愛せなくても、家族として側にいてやりたいと思う」
 言い切った時にはいつもの感情のないゼウスの顔に戻っていた。
 でも、と、ヨンサンは考える。
 オレでさえあそこに立つ彼女を見て、もう一つの可能性を考えたんだから聞いてみるべきだろう。
 「でも別人ってこともあるだろ。確認はしたのか?」
 「いや・・・」
 その答えにオレはあきれ果てて言葉が出ず、心で雄たけびを上げた。
 どうして!おまえ程の能力持ちなら簡単に透視できるだろうが!
 思いを込めてミセイエルを睨むと視線を感じた親友はオレの目の前に左手を突きつけた。
 「あそこにいる彼女の左手薬指にはこれと対の指輪が嵌っている。だから・・・」
 言葉を切ったミセイエルの顔が自傷的に歪む。
 「だから特殊能力を拒否したハナには、彼女には異能を使いたくない」 
 ならばオレがとハナと名乗っている女をこっそり透視してみたが、いかんせん嶺家の血筋。
 何かしら強大な魔力は感じ取れるのだがそれ以上は掴めなかった。
 
 くそ!ノアを連れてくればよかった!

 
 ミセイエルはその間に彼女の下に行ったようで、どこからともなく現れた天界の重鎮、トップ5に囲まれて傅かれている。
 半端ない威圧のオーラをまき散らす彼らを平然と見下すミセイエルに対し、ハナちゃんの顔色がどんどん悪くなる。
 もう、返答どころか笑顔さえ浮かべられていない。
 まあ、普通の女なら、いや天界人でも超実力派のどこぞの令嬢でない限りあの空気はキツイわな。
 などと思いながら眺めていると、彼女が倒れた。
 ああ、やっぱりそうなるわな。
 倒れたハナちゃんを腕の中に引き取ってミセイエルがその場を離れて行くのを眺める。
 お気の毒に、とため息を吐いていると、クマコスプレのイツキが駆け込んできてヨンサンをグイっと引っ張った。
 「おい、ちょっと待て。今日のオレはミセイエルに着かず離れずのポジションだ。だから目を離すわけには」
 「それどころではありません!」
 アーモンド形の目尻を釣り上げて憤怒の形相で睨まれる。
 おまえが怒れた義理か?
 しばし考えて、短時間なら透視でいいかと判断する。
 「オレもおまえに用がある」
 二人でテラスに出たところで向かい合った。
 「おまえ、誤報を上げたな」
 「誤報とは何ですか!」
 「キリの娘は、黒目黒髪でミセイエルの贈った指輪をしているそうじゃないか。どうして肝心な報告をしない」
 「キリさんの娘さんはチョコレート色の髪と目をしたサクラさんです。おしゃるとおり肌身離さず指輪を身に着けています」
 「オレはサクラなんて娘の話はしていない。ミセイエルの奥方のハナちゃんの話をしている」
 「だから、キリの娘さんの話でしょ」
 「そうだ。キリの娘の話だ」
 そこは合う。そこは合うのにどうして所々で話がかみ合わない?
 二人並んで首を捻っていると部屋の中の明かりが落ち、再び巨大スクリーンに映し出された映像は。
 
 とろけそうな顔で可愛いシロネコ抱えてあっという間にどっかに行っちゃったったヨンハ様の雄姿。

 会場の中では、オーとか、イリュウジョンとか、ハイテンションの掛け声で大盛り上がり。
 窓の外ではしゃがみ込んで頭を抱えるイツキが、W次期のバカ~と雄叫んでいた。


 (済みません。天界に到達できませんでした)
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