優しい時間

ouka

文字の大きさ
9 / 79

その事は記憶に御座いません その1

しおりを挟む
 ええっと、ベネチア行のカウンターは・・・
 目的地の受付カウンターを探してターミナル内を何往復かしてみたがどうしてだか見当たらない。
 視線を上げると出発時刻を知らせる掲示パネルには聞いたことのない地名ばかりが並んでいる。
 オカシイ・・・
 さっきから自分を胡乱な目で見ているグランドホステスさん達に声をかけた。
 「あのう、ベネチア行のカウンターはどこでしょうか」
 カウンター内に立つお姉さんたちが同時に首を傾げる。
 「申し訳ありませんがもう一度行き先を仰って頂けませんか」
 「ベネチアです」
 2人は顔に?を浮かべた後引き攣った笑みを浮かべた。
 「ここデリカからのそのようなところへの出発便はございません」
 今度はサクラが首を傾げる。
 「デリカ?ローマじゃないんですか?もしかして悪天候でローマ空港に着陸できなかったんですか?」
 濡れネズミのこんな格好じゃ好印象は期待しないけど、不信感丸出しの顔を見合わせてローマってどこ?と囁き合わなくても。
 「お客様はどこからお越しですか?」
 「羽田、東京です」
 必死の形相で答える私に、お姉さんたちは不審人物を眺めるような目で全身を眺めてから説明し始めた。
 「お客様の言われるローマや東京という都市はどこにあるのでしょう」
 「どこって、イタリアのローマ、私は日本人で、東京からここローマに・・・」
 そんな私の説明に、1人がカウンターの下から地図を取り出して広げた。
 広大な大陸が5つに色分けされたそれは周りを大小様々な列島が囲む。
 お姉さんは地図の中央部にあるデリカと書かれた場所を指した。
 「ここはメルタ国のデリカなんですけど、お客様の言われるイタリアのローマという場所はどこのことでしょう」
 その口調と強い視線は、宇宙人に遭遇した地球人そのものだ。
 地球儀に書かれている地図とは異なる見たこともない地形を呆然と眺めた。
 いったいどこに来てしまったのだろう。
 言葉も理解できるし、このターミナルにも見覚えがあるのにここはローマではないという。
 「もしかして、異次元空間からいらっしゃった異世界人さんですか?」
 起こるはずのない現実と、言われた『異次元空間と異世界人』という言葉が体中をぐるぐると回り立っていられない。
 わずかに残った感覚で傾いた体に長い腕が巻かれたことを認知し、耳がアルトの声をひらう。
 「おっと」
 パニックをおこした頭は真っ白になり意識がどんどん遠くなっていく。
 「彼女は空想癖を持っていてね。僕に意地悪がしたい時に異世界人のふりをするんだ」
 異世界人のふりって何?何を言っているのか理解できない?
 理解することを放棄し、自分は夢を見ているのだ、そうに違い、と自己防衛のためそう結論づけて現実逃避すべく意識を遮断した。
               ***
 個性的で高級感あふれる装いに着替えたヨンハがスターオーラを前面に押し出してサクラを抱き上げる。
 突然現れたテレビの中の人物に、僕のこと知っているよね、と尋ねるとグランドホステスがコクコクと頷く。
 その後目を見開いて口を開けたまま固まっていた。
 普段通りの反応が返ってきたのを確認して、笑みを深くして腕の中の少女を愛おしそうに眺める。
 「ダ・イ・ジな彼女を迎えに来たんだが、時間に遅れちゃってね。君たちを巻き込んで一芝居打ったみたいだ。僕を困らせたかったんだろう。なんせ異世界人を保護してその人間の後見人になるには手間も時間もかかるし、厳しい審議も受けないといけないから、時間に追われる僕としては最も避けたい事項だから。でもフ・リだから」
 と、フ・リ を強調し、ニッコリと微笑んで見せる。
 「可愛い意地悪をする彼女は僕の秘密の婚約者で異世界人なんかじゃないよ」
 どうすれは彼女たちを自分の意志どおりに動かせるかを心得ていて、オマケとばかりにマグナム級な魅力的なウインクまで放った。
 そして2人の女性が持った異世界人かもしれないという疑心を完全にノックアウトし、余計な騒ぎを起こすことなくサクラを連れ去ることに成功。
 「彼女のスーツケースを持って来てくれ」
 後ろに控えていたSPにひと声かけて、空港内を堂々と闊歩する。
 よく言うならシンプル、あか抜けない一般人、それもずぶ濡れの女を大事そうにお姫様だっこで先を急ぐヨンハはとにかく目立つ。
 気づいたマスコミや一般客までもが一斉にカメラを向けフラッシュを焚く。
 「その女性は誰ですか?」
 「こんな場所で堂々と抱いて運べる女なんてオンリーワン。婚約者だ」
 宣言するようなヨンハの答えに後ろを歩くSPは目をむき、空港内が一時騒然となったことは言うまでもない。
 その後連絡を受けたヨンジュンは事後処理を任されて散々な思いをして、やっとの思いで空港に隣接するホテルのスイートルームの入り口に立った。
 手に持ったスーツケースをわざとドサリと落とし噛みつくような不機嫌な声で吠える。
 「全く女性を抱いて離着陸で賑わう空港内を移動するなんてどういう神経しているんですか?!おまけに婚約者だなんて大声で宣言までして。いつ婚約なんてしたんですか?!おかげで事務所は大パニックです。明日の新聞のトップニュースに取り上げられるのは確実で、祇家や皇家の長老たちにどんな言い訳をするかを考えなければいけない私の立場を考慮して頂いているのでしょうね。しかもこの後天界人の集まるパーティーの予定が入っているのをご存じですよね」
 「もちろんこの後の予定はすべてキャンセルだ。それに新婚シーンが欲しいといったのはお前じゃなかったか?マスコミも結構いたようだしなかなかの映像が撮れたんじゃないかな」
 カッカするヨンジュンを完全無視しヨンハが連れ込んだ女の髪や頬にキスを落とす。
 バスタオルで濡れた体を丁寧に拭きホテルのガウンに着替えさせる時に左鎖骨の下に唇を押し当てたのに愕然とする。
 目の前で起こっていることが信じられなくて、知的なグリーンの目を大きく見開いたい。
 「ホテルでのラブシーンまで頼んだ覚えはありませんよ。カメラが回っていないところで、そんな溶けるような眼差しであなたが女性の世話をするなんて、SPがいうように彼女の魅力に中てられてしまいましたか?」
 ヨンジュンにとっては主仕返しつもりだったのだが、ヨンハは悪びれずもせず素直にそれを肯定した。
 「そのようだ」
 さすがにその答えを聞いたヨンジュンが真相を求めて詰め寄る。
 「そのようだ、って、いったい彼女はどちらのお嬢さん何ですか?まさかただの地上人じゃないでしょうね!次期ゼウスで祇家のただ一人の直系の正妃に地上人なんて誰も認めませんよ」
 「彼女が何者なのか、気を失ってから時々口にする叔母さまが何者なのかはこれから調べる。お前はスーツケースを見て。僕はショルダーの中に何か身元に繋がる手がかりがないか探す」
 有無を言わさぬ淡々とした口調にヨンジュンはため息をこらえてスーツケースを開いた。
 ヨンハがショルダーバッグの中身をテーブルの上に並べ始める。
 財布に入ったお金は見たことのない紙幣やコインで、リップやファンデーション、チョコレートなども見たことのないメーカーのものばかりだ。
 最後に取り出した赤い冊子の表紙にはJPAN PASSPORTと書いてあり中を開いて知っている活字ひらう。
 どうやらカミノヤマというところから来て名前はサクラ・タカミネと言うらしい。
 誕生日は4月1日、1998年生まれとあるからもうすぐ18歳か。 
 「あちらの世界で使うパスポートを持っているということは、やはりあちらから来た人のようだね」
 別段驚いた様子のない冷静な声に頭痛がする。
 「何を呑気なことを言っているんですか!異世界人に係わればその経緯を事細かく皇家の重鎮達に報告いなければならないのですよ。そんな時間がどこにあるんですか!それに何かを異次元移動させた疑いがある今、彼女に係われば祇家がこの暴風雨災害を賠償しなければなりませんし。下手をすればあなたの正妃に迎えねばならなくなります」
 そうまくしたてるヨンジュンにヨンハは涼しい声で答えた。
 「僕の血を残してくれる待望の嫁が来たと思えば、祇家は結納金代わりにそれくらいの出費は喜んで出すよ。お前の言うように僕はしばらく天界から動けなくなるだろうから地上のスケジュール調整を頼む。それより彼女の叔母様の手がかりがどこかにないかな?さっきから何度もうわごとで呼んでるんだ。気がついたら様子だけでも知らせてやりたい」
 何をいっても無駄だと悟ったヨンジュンが半ばあきれたように嫌味を言う。
 「それは随分とご執心ですね。まるでダイヤモンドオウカを見つけられたのかと錯覚してしまいますよ。まぁこの宝石ケースの中身が桜家の家宝というのであれば話は別…?…?」
 ぶつぶつ言いながらも指示通りスーツケースの中身を一つ一つ見ていたヨンジュンの動きが止まって、言葉が切れた。
 「どうした?中身は本当に桜家のピアスだったのかい?」
 冗談交じりの軽口に、まじめな声が返って来る。
 「ええ」
 「ええ?」
 ショルダーバッグの中身を戻し始めていたヨンハが棒立ちになっているヨンジュンの下に飛ぶように移動し、ヨンジュンの手の中にある咲き乱れる桜花のピアスにしばらく釘づけになった。
 しばらくして止めていた息を同時に吐く。
 「どうして、彼女が?本物だと思うか?」
 「わかりません。ですが昔オウカ様の乳母を務められたオウセン様に見せれば真偽ははっきりするかと」
 「父に連絡を取ってくれ。すぐに天界に移動する」
 「わかりました。彼女の方は大学病院で医師をしている従妹に預かってくれるように連絡を入れます」
 この一言にヨンハは目をむく。
「彼女を目の届かない所に置けってか?冗談だろう。他の男に預ける気はない。一緒に天界に連れていく。母と侍従長にその旨を話し至急彼女を受け入れる準備を整えさせろ」
 「ですが異世界人は急激な空間移動には弱いと聞きますし、まして天界に連れていくとなると体への負担は相当なものになります」
 「ああ、そうだな念のため皇家お抱えのDrオルグにも待機を頼め」
 指示を聞いたヨンジュンは一礼した後瞬時に天界に移動した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...