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その事は記憶に御座いません その3
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ヨンハは天界で不名誉な謹慎を満喫していた。
自分が動けない分他人を動かせばいいだけで、次期ゼウスのヨンハにとってどれほどの事もない。
むしろほとんどの時間をサクラの側で過ごせて好都合だ。
内密に他人を動かすことは少々骨が折れたものの、サクラを正妃に迎えるための準備だと思えば充実感と心地よい疲労感が残るだけだった。
天界に移動して1ヵ月が過ぎ、生気の無かったサクラは意識の浮上が見られるようになり命の輝きを取り戻しつつある。
この璃波宮でサクラの寝顔を見て自室に引き上げるのが日課となり、その日も就寝前に立ち寄ると見知った顔があった。
相変わらず彼女はカプセル型ベッドで眠ったまま、叔母さま、と呟いている。
いったいその叔母さまとやらはどこに住んでいるのだ?身元が分かればあちらの世界からだってお取り寄せしてやるのに。
物騒な事をしれっと呟くヨンハを見て、サクラを回診中だった宮廷医のオルグが笑う。
「ゼウスの力を持つあなた様にも意のままにならぬ事があるのですね」
「意識さえ戻れば心を読むこともできるし、望むことは何でも叶えてやりたい。いったい何時になったら彼女は目を開けるのだ?」
「サクラ様は異世界の地上人でございましょう。こちらに異次元移動した衝撃と、天界の気の影響は大きいので御座いましょう。もう少しすればお目覚めになられますよ。前ゼウスのオーク様がリオン様を召喚された時も1カ月ほどお眠りでしたから。ヨハン様がサクラ様に掛けた睡眠術は、絶妙のバランスでかかっておいでですよ」
睡眠術はそのさじ加減が難しく、深いと眠り続けたあげくに死に至ることもあるし、逆に浅いと移動時の空間の捻じれに挟まれて肉体を大きく傷つける可能性がある。
潜在能力だけで、歴代のゼウスと同レベルの能力を使いこなすヨンハにオルグは感嘆の声を上げる。
「天界の皆様にお披露目した時とは別人ですね。内面の輝きが透けて見えるようで楚々としてお美しい。ご当主のチカハ様はリオン様のお若い頃に似ていると言われますが、私に言わせれば桜家のオウカ様に似ておいでですよ」
「そうか。僕はオウカ様を写真でしか知らないから何とも言えないが、早くあの笑顔が見たい」
ヨンハは目を閉じ一瞬で自分を虜にした春の陽だまりのような柔らかできれいな笑顔を思いうかべた。
***
今日もオウセンは目の前で眠り続ける少女に語り掛ける。
「ここにいて、異能の力を目覚めさせては駄目!」
祇家に呼ばれ、異世界から来たというヨンハのフィアンセの侍女長に就任してから1ヶ月が過ぎていた。
いつものように、眠り続ける少女の体を拭いて髪をとかし、部屋を整えシーツの交換を終えると深いため息が出る。
青白く生気のなかった頬には淡い淡い朱色が差し、瞼がピクリと動き長い睫が震ている。
かって桜家の懐刀と言われた自分が動くと色々な憶測や思惑を呼ぶことは十分承知していた。
それでもヨンハから桜花のピアスを見せられれば、異世界から来たという少女に会わないわけにはいかなかった。
桜家の分家に生まれたオウセンは15歳で本家の侍女となり、オウカが生まれると彼女の世話係となり、成長と共に家庭教師としてマナーや所作の一つ一つを教え教養を高める手助けをした。
彼女の人生はオウカのためにあったと言っても過言ではない。
17歳で当主となり、桜家の経済の立て直しに取り組んだオウカを支えた10年は本当に苦楽を共にした。
28歳でオーク・サンテールと恋に落ち、桜家の者が後継者を得られない理由で反対する中、オウセンだけは彼女の味方に付いた。
皇家に嫁ぎオークの正妃に着いたオウカは、体中にあふれる幸福感が輝くよで、その輝きが周りの者までを幸せにした。
オウセン様の尽力の賜物ですわ、と言われることが嬉しく誇らしかった。
子供は諦める覚悟で嫁いだにもかかわらず妊娠した、と報告を受けた時は狂喜で天にも上った。
そしてあの弾劾裁判のような審議の場に立つオウカの姿を見て地に叩きつけられ、入水を選んだ彼女との決別はオウセンを地獄に落とした。
愛するオウカは、目の前で眠る命を活かすために自分と別れて異世界に飛ぶことを決めた。
「この子には天界人を意のままに動かす能力なんて使わせない。ただ大好きな人を癒し温める心を持って欲しいと。人を愛して幸せになる人生をおくらせてやりたい」
だからこの世界にはいられないの、と。
泣きながら何度もごめんなさいと繰り返し、腹の子の力を借りて異世界に行くと言った。
以来どんな名家から驚くような好条件を提示されようが出仕の依頼は一切受けなかった。
だが、かって愛し慈しみ育てた主の中に宿った命が天界にいるかもしれないと思うと、受けない訳にはいかなかった。
目の前で眠る少女には確かにオウカの面影がある。
漆黒の髪に薄紅色の頬、何より日々取り戻しつつある命の輝きがオウカのものと酷似している。
1カ月前に仮死状態だった彼女の意識は少しずつ浮上し、時々『叔母さま』という言葉まで発するようになった。
彼女がダイヤモンドオウカなら意識が戻る前に天界から逃がさなければ地上人としての平凡な幸せを手放してしまう。
サクラ様、ダイヤモンドオウカの能力をお持ちですか?
5家の特殊能力を使いこなし、何より氷の心を持つゼウス様を骨抜きにして、この天界の秩序を壊し地上を荒らす存在ですか?
天界人に恐怖や兼悪感憧憬を抱かせてこの世界を金銭・地位・権力・愛欲に取りつかれた亡者の住処にしてしまう存在ですか?
破壊と恐慌を生む異能の者になる前に、行きたいところに飛びなさい。
その後はオウカ様が望んだように平凡で穏やかな人生を手に入れて、ただの地上人としてお暮らし下さい。
オウセンが精一杯の気持ちを詰め込んで「ここにいて異能を目覚めさせては駄目!」と語り掛ける。
と、サクラを包む光が銀色に変化し、内面から放たれ始めた眩光と同化して窓の外にまで零れた。
その光が弱くなるとサクラの体は透けはじめ、あれよあれよという間に透明度を増し掻き消えてしまった。
オウセンが呆然と立ち尽くす中、突然現れた不自然な光を感じてヨンハが駆け込んだ時には、綺麗に整えられたベッドの中に愛する少女は見当たらなかった。
(オウセン様、貴重なアドバイスをありがとうございます。
でも私、璃波宮にいた事も、そこから自力で移動した事も全く記憶に御座いません!もちろん異能の力?も???です)
自分が動けない分他人を動かせばいいだけで、次期ゼウスのヨンハにとってどれほどの事もない。
むしろほとんどの時間をサクラの側で過ごせて好都合だ。
内密に他人を動かすことは少々骨が折れたものの、サクラを正妃に迎えるための準備だと思えば充実感と心地よい疲労感が残るだけだった。
天界に移動して1ヵ月が過ぎ、生気の無かったサクラは意識の浮上が見られるようになり命の輝きを取り戻しつつある。
この璃波宮でサクラの寝顔を見て自室に引き上げるのが日課となり、その日も就寝前に立ち寄ると見知った顔があった。
相変わらず彼女はカプセル型ベッドで眠ったまま、叔母さま、と呟いている。
いったいその叔母さまとやらはどこに住んでいるのだ?身元が分かればあちらの世界からだってお取り寄せしてやるのに。
物騒な事をしれっと呟くヨンハを見て、サクラを回診中だった宮廷医のオルグが笑う。
「ゼウスの力を持つあなた様にも意のままにならぬ事があるのですね」
「意識さえ戻れば心を読むこともできるし、望むことは何でも叶えてやりたい。いったい何時になったら彼女は目を開けるのだ?」
「サクラ様は異世界の地上人でございましょう。こちらに異次元移動した衝撃と、天界の気の影響は大きいので御座いましょう。もう少しすればお目覚めになられますよ。前ゼウスのオーク様がリオン様を召喚された時も1カ月ほどお眠りでしたから。ヨハン様がサクラ様に掛けた睡眠術は、絶妙のバランスでかかっておいでですよ」
睡眠術はそのさじ加減が難しく、深いと眠り続けたあげくに死に至ることもあるし、逆に浅いと移動時の空間の捻じれに挟まれて肉体を大きく傷つける可能性がある。
潜在能力だけで、歴代のゼウスと同レベルの能力を使いこなすヨンハにオルグは感嘆の声を上げる。
「天界の皆様にお披露目した時とは別人ですね。内面の輝きが透けて見えるようで楚々としてお美しい。ご当主のチカハ様はリオン様のお若い頃に似ていると言われますが、私に言わせれば桜家のオウカ様に似ておいでですよ」
「そうか。僕はオウカ様を写真でしか知らないから何とも言えないが、早くあの笑顔が見たい」
ヨンハは目を閉じ一瞬で自分を虜にした春の陽だまりのような柔らかできれいな笑顔を思いうかべた。
***
今日もオウセンは目の前で眠り続ける少女に語り掛ける。
「ここにいて、異能の力を目覚めさせては駄目!」
祇家に呼ばれ、異世界から来たというヨンハのフィアンセの侍女長に就任してから1ヶ月が過ぎていた。
いつものように、眠り続ける少女の体を拭いて髪をとかし、部屋を整えシーツの交換を終えると深いため息が出る。
青白く生気のなかった頬には淡い淡い朱色が差し、瞼がピクリと動き長い睫が震ている。
かって桜家の懐刀と言われた自分が動くと色々な憶測や思惑を呼ぶことは十分承知していた。
それでもヨンハから桜花のピアスを見せられれば、異世界から来たという少女に会わないわけにはいかなかった。
桜家の分家に生まれたオウセンは15歳で本家の侍女となり、オウカが生まれると彼女の世話係となり、成長と共に家庭教師としてマナーや所作の一つ一つを教え教養を高める手助けをした。
彼女の人生はオウカのためにあったと言っても過言ではない。
17歳で当主となり、桜家の経済の立て直しに取り組んだオウカを支えた10年は本当に苦楽を共にした。
28歳でオーク・サンテールと恋に落ち、桜家の者が後継者を得られない理由で反対する中、オウセンだけは彼女の味方に付いた。
皇家に嫁ぎオークの正妃に着いたオウカは、体中にあふれる幸福感が輝くよで、その輝きが周りの者までを幸せにした。
オウセン様の尽力の賜物ですわ、と言われることが嬉しく誇らしかった。
子供は諦める覚悟で嫁いだにもかかわらず妊娠した、と報告を受けた時は狂喜で天にも上った。
そしてあの弾劾裁判のような審議の場に立つオウカの姿を見て地に叩きつけられ、入水を選んだ彼女との決別はオウセンを地獄に落とした。
愛するオウカは、目の前で眠る命を活かすために自分と別れて異世界に飛ぶことを決めた。
「この子には天界人を意のままに動かす能力なんて使わせない。ただ大好きな人を癒し温める心を持って欲しいと。人を愛して幸せになる人生をおくらせてやりたい」
だからこの世界にはいられないの、と。
泣きながら何度もごめんなさいと繰り返し、腹の子の力を借りて異世界に行くと言った。
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だが、かって愛し慈しみ育てた主の中に宿った命が天界にいるかもしれないと思うと、受けない訳にはいかなかった。
目の前で眠る少女には確かにオウカの面影がある。
漆黒の髪に薄紅色の頬、何より日々取り戻しつつある命の輝きがオウカのものと酷似している。
1カ月前に仮死状態だった彼女の意識は少しずつ浮上し、時々『叔母さま』という言葉まで発するようになった。
彼女がダイヤモンドオウカなら意識が戻る前に天界から逃がさなければ地上人としての平凡な幸せを手放してしまう。
サクラ様、ダイヤモンドオウカの能力をお持ちですか?
5家の特殊能力を使いこなし、何より氷の心を持つゼウス様を骨抜きにして、この天界の秩序を壊し地上を荒らす存在ですか?
天界人に恐怖や兼悪感憧憬を抱かせてこの世界を金銭・地位・権力・愛欲に取りつかれた亡者の住処にしてしまう存在ですか?
破壊と恐慌を生む異能の者になる前に、行きたいところに飛びなさい。
その後はオウカ様が望んだように平凡で穏やかな人生を手に入れて、ただの地上人としてお暮らし下さい。
オウセンが精一杯の気持ちを詰め込んで「ここにいて異能を目覚めさせては駄目!」と語り掛ける。
と、サクラを包む光が銀色に変化し、内面から放たれ始めた眩光と同化して窓の外にまで零れた。
その光が弱くなるとサクラの体は透けはじめ、あれよあれよという間に透明度を増し掻き消えてしまった。
オウセンが呆然と立ち尽くす中、突然現れた不自然な光を感じてヨンハが駆け込んだ時には、綺麗に整えられたベッドの中に愛する少女は見当たらなかった。
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