優しい時間

ouka

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記憶の欠片 その1

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 一旦領主鄭のテラスハウスに出たヨンハは腕の中で居心地悪そうにモゾモゾと動くハナの顔を覗き込んだ。
 「どう?少しは落ち着いた?」
 「はい、もう大丈夫ですから降ろしてください」
 「仰せのままに」
 営業スマイルよろしくちょっと気取った仕草でハナをお姫様抱っこから解放したヨンハはハナが地面に足を着き、体制を完全に立てなおすよりコンマ数秒早く支えていた両手を外した。
 結果、履きなれないヒールのせいでぐらりと揺れるハナの腰を再度ヨンハの左手が瞬時にホールドして抱え込んだ。
 もちろん、意図的にそうなるように支える手を外した確信犯なのだ。
 が、それを気取られることはないし、ニッコリと微笑んで、ごめん、大丈夫?と声をかけて、優しくてできる男をアピールすることにも余念がない。
 もしこの場にヨンジュンがいたら、離したくない気持ちはわかりますがあざと過ぎますと、苦言を呈したはずだ。
 そのあと自由になった右手でハナの頭に乗る微妙にずれた銀のカツラを掴んでポイと捨てる。
 その手を後頭部に移動させ左手は腰を抱いたままで息のかかる耳元で囁いた。
 「僕と同じ髪色もいいけどやっぱり直に触れたい」
 ハナが目いっぱいの虚勢を張る。
 「ヨンハさん!私はあなたの恋愛映画のシチュエーションの練習台になるにはまだまだ経験不足です!!」
 「ふ~ん」
 彼女の吐いたセリフに意味深な相槌を打ったてヨンハが体制を変え屈みこんで更に至近距離から赤くなったハナを覗き込んだ。
 「じゃあ、積まなくちゃね。経験」
 ヨンハの綺麗な顔がさらに近づいてくる。
 「ヴギャー」
 ハナが上げた女子力ゼロの悲鳴をもろともせず、経験豊富な?彼はチョコレート色の髪と瞼に羽の様なキスの爆弾を落とした。
 ドキリと心臓が跳ね眼下でパチパチと火花が散る。
 カッキーンという硬直擬音が頭の中に響く。
 !!どさくさに紛れて何するんですか!!
 思いっきり叫んだし、精一杯突き飛ばしたのだが。
 爆弾をくらって焼き切れたシナプスは筋肉組織への伝達機能を果たさなかった。
 結果、綺麗な顔に向けて突き出した張手は掠りもしないし、大音響の叫び声も息だけしか体の外には出てくれない。
 更にチョコレート色の頭頂部に顎を乗せたままヨンハがトロリと甘い声でのたもうた。
 「うん、チョコレート色になった髪と目も僕の知っている甘い味だよ」
 あなたとはお月見で初めて会って本日2度目の遭遇で、直接的な触れ合いは1ミリも無いですよね?
 日頃からモテモテのヨンハ様、いったいどなたとお間違えですか?
 ポカンと口を開けたサクラを見て綺麗な顔が益々相好を崩す。
 「ハハハ。そんな間抜け面も新鮮で可愛いいね」
 失礼な!そんなセリフは思っても口に出してはいけません。
 無視です!無視!プイと顔を背けたいところですが顔が動かない。
 キ~っとなったハナを再び抱き上げたヨンハが意味不明なことを言った。
 「ちょっと天界に移動するから慣れないあいだは目を瞑っておいて」 
 テンカイ???って、キノアで友達になったイマリやナツやイツキ達が時々話してくれたあの天界?
 パチパチと盛大な瞬きで疑問を表わしただけなのにさっと答えが返ってくる。
 「そう、天界人が住む異空間」
 たしか、地上とは随分様子が違うとか。
 そんなところに地上人の私が行ってもいいのでしょうか?
 シナプスが多少回復したサクラが疑問を示すように小首を傾けるとヨンハがカワイイ~と破顔した。
 「サクラは天界人だよ。それもとても奇特な存在なんだ。それに君が天界に行くのは初めてじゃない」
 うそ、と動いた唇にヨンハが自分の唇を重ね思念の言葉も送り込む。
 『「前回はサクラを地上人だと思っていてね。色々と術もかけたし処置もした。こんな風にキスもした。空港での出会いも忘れた?』
 全然覚えてない。
 突然送り込まれた言葉に、困った顔しかできないハナを見てヨンハが切なそうに笑う。
 『僕たちは春に出会ってすぐに天界の璃波宮に移動したんだ。婚約式を済ませても君はなかなか目を覚まさなくて。いつもこんな風にキスを落しては早く目覚めて笑ってくれることを一日千秋の思いで待ってた。なにしろ出会ったその日に君の笑顔に骨抜きにされた僕だからね』
 あれは、まさに必殺微笑み返しだねといってヨンハが笑う。
 必殺微笑み返し。
 その言葉が頭の中でぐるぐる回り始め、見覚えのある教室の風景と見知った制服姿を着た男子の映像にすり替わる。
 『高嶺さんに頼まれたら断れないな。ちょっと担任のところに行った来るよ』
 『出ました。サーヤの秘儀、必殺微笑み返し』 
 聞き慣れた声に振り向くと紺のブレザーにプリーツスカート、赤いリボンの制服を着た女子3人がはしゃいでいる。
 うつむくと自分も同じ制服を着ていた。
 『サーヤに、秘儀を使われて頼みごとをされたら否と言える人なんていないものねぇ』
 『そうそう、吠えてる犬でもワンと鳴いておとなしくなるものね』
 『ホント、苦しい時の神様、神様仏様、高嶺咲良様だよね』
 えっと、これは確か高校の時のクラスメイトだ!
 そうだよ!思い出した!私の名前は高嶺咲良だよ!年は・・・」
 やっと記憶の欠片を捕まえて放心状態のハナにヨンハが呼び掛けた。
 「何か思い出した?」
 ゆっくりと頷くハナに、ヨンハがどんなことを?と再度尋ねる。 
 「名前、思い出した」
 どちらの?と聞かれて素直に答えた。
 「私、高嶺咲良といいます」
 その名前を思い出してくれてうれしい、と言いながらヨンハがギュッと抱きしめてくる。
 後になって、どちらの?なんて質問も、その名前というのもおかしなセリフだと気づいたが、この時は自分が2つの名前を持っているだなんて思ってもみなかった。
 「おかえり。ぼくのサクラ・タカミネさん」
 まさに花が咲いた微笑みとはこの時の彼の笑顔を言うのだと思う。
 嬉しそうに笑う綺麗な顔が近づいて目尻にキスが落されると見慣れた映像が頭の中でクラッシュバックする。
 甘いバリトンでおはようやお休みのキスをねだるのは夫の権利だと主張するいつもの男性だ。
 しかし、その映像がグジャグジャに掻き回されて焦点が合わなくなり、自分にキスをする男性の髪はプラチナブロンドにかわり精悍な顔は甘いマスクのヨンハさんになった。
 どういうこと?一緒にいたのは、ヨンハさん?
 「サクラと僕は婚約式も済ませて天界の璃波宮で一緒過ごしたからね。その時に何度もキスを交わした間柄だ」
 でも、ハナ・コートといたのは僕じゃないとは教えない。
 君の側にいる権利を譲るつもりないから。

 口から零らしたつもりのない疑問を即座に肯定されてハナは心を震わせる。
 
 
 過去と未来に不安を抱えたハナとは対照的に輝くオーラを佩いてヨンハは彼女と共に天界へと移動した。

                
 (ハナの恋心は、これからも色々な人に翻弄されそうです)
  
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