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記憶の欠片 その2
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「ありません」
「本当に?これっぽちも?」
隣に座る男が些細な機微も見逃すまいと色素の薄くなったアイスブルーの視線でサクラを射抜く。
普段は優男のキレイ眼差しが誰もを跪かせる威厳を纏わせた迫力でせまってくる。
「あれ?今気がつきました」
と声を上げるサクラを3人が注視し固唾をのんで見つめれば。
「ヨンハさんの目の色と髪の色が微妙に薄くなっているように思うのですが気のせいですか?」
この話の流れで今、それを聞きますか?
「天界だからね」
と、やっぱりド天然のサクラをまじまじと眺めたあと、ヨンハがサラリと流す。
本来天界人は天界に移動すると本来持つ色に変化する。
だが、ダイヤモンドオウカとしての自覚のないサクラはこの璃波宮に着いても、地上にいた時とさほど変わらないだろうと予測をしていたから炎家夏祭りで見せた彼女本来の姿に変化しなくても3人に驚きはない。
ただ、璃波宮の住人はそうではなかったようで家令を筆頭にざわついたのだが。
天界人は色素が薄い程特殊能力は高いと言われているが、ヨンハ、ヨンジュン、ナツなど祇家一族は地上でもブロンドやアイスブルーやライトグリーンといった薄い色素の持ち主が多いため大した変化が無い。
比べてミセイエルなどは漆黒の黒目黒髪が銀糸ライトグレーの冷酷なものに変化するので、それを知らない人間は同一人物とは思いもしないことも多い。
前回の婚約式で皇家に集う天界人が彼女をダイヤモンドオウカだと思わなかったのは漆黒の髪のままだったからである。
今仮にサクラが天界を歩いても特殊能力の薄い天界人にしか見えないだろう。
「じゃあ中身を見てみようか」
ナツが目の前のローテーブルに鞄から出した品物を次々と並べていく。
赤い冊子に小さな桜模様の化粧ポーチとやたら目を引く大量の飴。
中でも細長の宝石ケースには分不相応としか思えない高級品が入っていそうだ。
「サクラがこちらの世界に来た時に持っていたものだよ」
こちらの世界に来た?と聞いたサクラの顔がピキリと引き攣る。
キヌアで意識を取り戻して一番に何処の出身かと聞かれた時に、異世界渡りについても説明を受けた。
ここメルタではたまに異世界から渡ってくる人がいて、彼らを保護したなら即座に政府に報告しなければならない。
そのうえで何日もかけて事情聴取が行われ、異界渡りの時に起こる災害補償の出来るきっちりとした身元引受人を得ることが出来れば、一般生活圏へと送り出される。
その後は一挙一動を監視され、自らも頻繁に生活を報告する義務を負う。
幸い目覚めたのがキヌアで、異世界人に対する追及はそれほど厳しくはなく、キリさんが10年前に行方の分からなくなった娘だと主張してくれたのですんなりとそのポジションに納まることが出来たのに。
そんなプライバシーのない囚人生活なんて、絶対イヤだ!
第一もし災害補償するお金を出してくれる人がいない。
サクラは眉間に縦皺を寄せ警戒するするよな胡乱な目でヨンハを眇める。
一方睨まれたヨンハはハハハと楽しそうだ。
「サクラと初めて会った時もそんな目で睨まれたな。僕たちが初めて会ったのはデリカの空港なんだけど思い出せない?」
そう言いながらテーブルに並んだものを手に取ってサクラに持たせた。
「これはパスポートと呼ばれるもので、異世界人の身分証明書。君の写真が貼られ名前と住所が書いてある」
手帳の様な赤い冊子を渡されて、開いて見ろと促された。
異世界人だという証拠?を突きつけられたようで、震える指先で受け取り中を覗く。
見られない文字と、自分によく似た黒瞳黒髪の女性の写真が張り付けられていて胸を撫でおろした。
ああ、なんだ、私じゃない。
「これは、はなさんです」
それをヨンハが否定する。
「彼女は生まれも育ちもこちらの人間で、名前はハナ・ウーリーという。脆弱化した天界一族のリー家出身でこのパスポートの人物とは別人だ」
「でもこの写真の人も私とは目や髪の色が違います」
「僕が初めて会った君はこの写真に写る女の子だったよ」
信じられない、ウソだ!このままだと囚人生活まっしぐらだと眉を顰めるサクラの頭上に乾いた笑が落ちてくる。
「ハハハ。君が間違いなく異世界からメルタにやって来た僕の婚約者のサクラ・タカミネだよ。だから身元保証人は僕で祇家が後ろ盾に着くからこちらの生活に何の不安も不自由も一切ない」
自信満々な態度でにやける姿は正直、なんかムカつく!
「私がこの写真の人物で、あなたの婚約者だと証明出来るものでもあるんですか!」
目くじら立てて人差指をパスポートの写真に突きつけてみると笑顔で写真の隣にある文字を指した。
「彼女がサクラ・タカミネだとここに書いてある」
そう言われて覗き込まれても、悲しいかなそこに書かれた文字が全く読めなかった。
君はさっき自分の名前を思い出したんだよね、とダメを押されて難問を解く受験生のごとく規則的に並んだ文字を眺めるが過去の記憶は欠片も蘇っては来ない。
ウンウン唸るサクラの隣でヨンハがムカつくことを言う。
「サクラ、あちらの文字も忘れちゃった?僕はサクラがあちらから来たことを知って本格的に勉強したんだ。お・し・え・てあげようか」
確かに、自分の名前が高嶺咲良だ。
ここに映る女性が自分なら、なぜ今は黒目黒髪ではないのだろう?
どうして名前だけしか思い出せないのだろう?
なぜ?どうして?がいくつも重なって思考は混乱しとんでもないところに落ちていきそうだ。
手足が震え足元がおぼつかないサクラをギューっと抱き込んだ隣の男が何でもないことのようにいう。
「ダイヤモンドオウカを心が受け入れないんだよ。それでも僕は一向にかまわないから」
心の疑問に答えるヨンハを仰ぎ見ると、僕も一応次期ゼウスだから無防備な君の心なら読めるんだよ、と恐ろしいことを言う。
「君が、僕が空港で一目ぼれしたサクラ・タカミネだよ。そっくりさんがどんなに真似たって本物にはならないさ」
本物?
首を傾げるサクラとそれを見て笑うヨンハ、只々頷くナツの隣でヨンジュンが生真面目な顔で言い放つ。
「声紋はどんなに真似たって完全に同じにはならないのです。天界一の絶対音感を持つヨンハ様の耳は愛する人の声を間違えたりはしません」
あ、あ、いする人って・・・なに?
そんなコッパズカシイセリフを芋や大根を切るように感情皆無な声で言えるんですね。ヨンジュウンさん。
それから、隣に座るあなたは情熱ビームを垂れ流すのをやめてください。
前にも言いましたがそちらの免疫は薄いんです。
パスポートを見てもこれと言った記憶の浮かばないサクラにヨンハが次に試したものは大量に積み上げられた飴だった。
「じゃあこれを食べてみる?こんなに大量に持ち込むってことはよほどのお気に入りだろうから、何か思い出すかもしれないよ」
そう言うとヨンハはずらりと並べられたイチゴミルクのキャンディーの大袋の大群の一つを手に取り開封すると、そのうちの一個を剥いてサクラの口に放り込む。
「ハイ、口開けて」
その強引さにドギマギしながらも、口の中で溶けた優しいミルク味と甘酸っぱいイチゴ味が一つにまとまるのを堪能する。
味が懐かしいと感じた途端、心の底に沈む映像が浮き上がった。
思い出したのは目の前にあるイチゴミルク味の飴を笑いながら大きな口に放り込み、梅干味キャンディをハイとサクラの口に放り込む少年。
黒髪で桜模様の瞳を持つ年上の少年はいつもこの2種類の飴を持ち歩いていた。
寡黙で不愛想な彼がこれを食べる時だけは甘ったるいセリフを吐く。
甘い物は何でも好きだけどこれは特別好きだよ。まるでサクラを食べてるみたいな気になるから。
それに答える幼い自分。
私は梅干しの飴のほうが好き。酸っぱくてシャキンとした後味がアサオと同じだから。
蘇る記憶に心が震えた。
大きな目から次々と涙を零し、固まったまま微動だにしないサクラにヨンハが探るような目を向ける。
「何か、思い出した?」
問われてしっかりと頷く。
声は出ず唇だけが愛しい人の名前を探るように動く。
アサオ?
日頃は精悍な相好を崩すことのない大好きだった婚約者。
連絡の取れなくなった叔母に会うためにイタリア旅行を計画し、アサオに会えるかもしれないと大量のイチゴミルクの飴を買いこんで鞄に詰めた。
飛行機に乗って空港についてミセイエルさんに会って失礼なことを言われて、ヨンハさんに会っておかしなことを言われて逃げた。
それから・・・それから・・・と首を捻る。
困った!覚えてない・・・
サクラはまるで百面相だ。
泣いたかと思ったら、ポーと夢見る少女になり、それから困り果てた顔でウンウン唸る。
これにはさすがのヨンハも生暖かい視線を向けるしかない。
「で、何をどこまで思い出したの?」
そう尋ねられたて、胸がぎくりと音を立てる。
「黙秘権はありますか?」
サクラが斜め上の方向を睨みながら生返事をすると、ハッキリしっかりヨンハが即答する。
「僕は別にかまわないけれど自分の過去の一部始終を思い出したいのなら話してくれた方が協力しやすいかな」
キヌアで目覚めてから自分が何者でどんな生活をしていたのかが知りたかった。
他人がどんなにサクラは善人だから人様に恨まれることなんかしてないよと言われても自分の過去が怖いのだ。
どんな過去であっても思い出したいと思う。
サクラはポイントだけをかいつまんで話をした。
「叔母を探しにイタリアに飛んだのに、メタルなんて聞いたこともないところに着いちゃって、空港であなたに会って、サングラスの弁償とクリーニング代をお支払いせずに失礼したところあたりまで・・・です」
その答えにヨンハがニンマリと笑う。
「とりあえず、僕に借金があることは思い出したんだね?」
親密そうに顔を覗かれて真っ赤な顔で頷いた。
「その出会いで僕たち親しくなって婚約したんだ。そうだよね。ヨンジュン」
そうですね。ややフライング気味でなおかつ一方的ではありますが。
そんなことは言えないヨンジュンが深く頷くとサクラが首を傾げる。
「そんなはずはありませんよ。私には11歳離れた婚約者がいますから」
コンヤクシャー???
3人の上げる素っ頓狂な声にニンマリとする。
「はい。8歳の時に私からプロポーズしました」
8歳のプロポーズなんて子供の遊びでしょ。
ロリコンですか。
口には出さないがそこにいる3人は即頭の中でツッコミを入れた。
「違います!」
呆れ顔で笑嘲する3人に吠える。
アサオとの思い出がページをめくるようによみがえる。
アサオは自分の王子様だと力説し、彼と過ごした10年間がどれほど素晴らしいかをびきりの笑顔と共に力説する。
その糖蜜色の顔に佩いた必殺微笑み返しを間近でくらった3人が呆然とする中、一番に立ち直ったヨンハで。
「彼はこちらの人間ではないし、君をあちらに送るつもりもない。婚約は破棄だね」
それよりもと、ヨンハが人差指をタクトのように一振りすると目の前に現れたのは4Dの映像。
何処とも知れぬ広い宮殿の大広間に集まった人々はまるで中世の様なドレスやトーガを着た紳士に淑女たち。
その中心に置かれたカプセル型のベッドに横たわるはなさんと、優雅にトーガを纏って立つヨンハさん。
「これは僕たちの婚約式の様子。急に天界に移動した君はなかなか意識が戻らなかったから、寝たままだけどちゃんとゼウスも認めた正式な婚約式なんだ」
幸せそうに説明するヨンハに、これは自分ではない!はなさんだと反論するサクラの目に飛び込んできたのは耳。
映像の少女の首が揺れて黒髪が流れ露わになった彼女の耳には。
息を飲んだサクラの前に差し出されたのは先ほどローテーブルに乗せられた細長の宝石ケース。
「開けてみて」
ヨンハの声が重厚に響いた。
「本当に?これっぽちも?」
隣に座る男が些細な機微も見逃すまいと色素の薄くなったアイスブルーの視線でサクラを射抜く。
普段は優男のキレイ眼差しが誰もを跪かせる威厳を纏わせた迫力でせまってくる。
「あれ?今気がつきました」
と声を上げるサクラを3人が注視し固唾をのんで見つめれば。
「ヨンハさんの目の色と髪の色が微妙に薄くなっているように思うのですが気のせいですか?」
この話の流れで今、それを聞きますか?
「天界だからね」
と、やっぱりド天然のサクラをまじまじと眺めたあと、ヨンハがサラリと流す。
本来天界人は天界に移動すると本来持つ色に変化する。
だが、ダイヤモンドオウカとしての自覚のないサクラはこの璃波宮に着いても、地上にいた時とさほど変わらないだろうと予測をしていたから炎家夏祭りで見せた彼女本来の姿に変化しなくても3人に驚きはない。
ただ、璃波宮の住人はそうではなかったようで家令を筆頭にざわついたのだが。
天界人は色素が薄い程特殊能力は高いと言われているが、ヨンハ、ヨンジュン、ナツなど祇家一族は地上でもブロンドやアイスブルーやライトグリーンといった薄い色素の持ち主が多いため大した変化が無い。
比べてミセイエルなどは漆黒の黒目黒髪が銀糸ライトグレーの冷酷なものに変化するので、それを知らない人間は同一人物とは思いもしないことも多い。
前回の婚約式で皇家に集う天界人が彼女をダイヤモンドオウカだと思わなかったのは漆黒の髪のままだったからである。
今仮にサクラが天界を歩いても特殊能力の薄い天界人にしか見えないだろう。
「じゃあ中身を見てみようか」
ナツが目の前のローテーブルに鞄から出した品物を次々と並べていく。
赤い冊子に小さな桜模様の化粧ポーチとやたら目を引く大量の飴。
中でも細長の宝石ケースには分不相応としか思えない高級品が入っていそうだ。
「サクラがこちらの世界に来た時に持っていたものだよ」
こちらの世界に来た?と聞いたサクラの顔がピキリと引き攣る。
キヌアで意識を取り戻して一番に何処の出身かと聞かれた時に、異世界渡りについても説明を受けた。
ここメルタではたまに異世界から渡ってくる人がいて、彼らを保護したなら即座に政府に報告しなければならない。
そのうえで何日もかけて事情聴取が行われ、異界渡りの時に起こる災害補償の出来るきっちりとした身元引受人を得ることが出来れば、一般生活圏へと送り出される。
その後は一挙一動を監視され、自らも頻繁に生活を報告する義務を負う。
幸い目覚めたのがキヌアで、異世界人に対する追及はそれほど厳しくはなく、キリさんが10年前に行方の分からなくなった娘だと主張してくれたのですんなりとそのポジションに納まることが出来たのに。
そんなプライバシーのない囚人生活なんて、絶対イヤだ!
第一もし災害補償するお金を出してくれる人がいない。
サクラは眉間に縦皺を寄せ警戒するするよな胡乱な目でヨンハを眇める。
一方睨まれたヨンハはハハハと楽しそうだ。
「サクラと初めて会った時もそんな目で睨まれたな。僕たちが初めて会ったのはデリカの空港なんだけど思い出せない?」
そう言いながらテーブルに並んだものを手に取ってサクラに持たせた。
「これはパスポートと呼ばれるもので、異世界人の身分証明書。君の写真が貼られ名前と住所が書いてある」
手帳の様な赤い冊子を渡されて、開いて見ろと促された。
異世界人だという証拠?を突きつけられたようで、震える指先で受け取り中を覗く。
見られない文字と、自分によく似た黒瞳黒髪の女性の写真が張り付けられていて胸を撫でおろした。
ああ、なんだ、私じゃない。
「これは、はなさんです」
それをヨンハが否定する。
「彼女は生まれも育ちもこちらの人間で、名前はハナ・ウーリーという。脆弱化した天界一族のリー家出身でこのパスポートの人物とは別人だ」
「でもこの写真の人も私とは目や髪の色が違います」
「僕が初めて会った君はこの写真に写る女の子だったよ」
信じられない、ウソだ!このままだと囚人生活まっしぐらだと眉を顰めるサクラの頭上に乾いた笑が落ちてくる。
「ハハハ。君が間違いなく異世界からメルタにやって来た僕の婚約者のサクラ・タカミネだよ。だから身元保証人は僕で祇家が後ろ盾に着くからこちらの生活に何の不安も不自由も一切ない」
自信満々な態度でにやける姿は正直、なんかムカつく!
「私がこの写真の人物で、あなたの婚約者だと証明出来るものでもあるんですか!」
目くじら立てて人差指をパスポートの写真に突きつけてみると笑顔で写真の隣にある文字を指した。
「彼女がサクラ・タカミネだとここに書いてある」
そう言われて覗き込まれても、悲しいかなそこに書かれた文字が全く読めなかった。
君はさっき自分の名前を思い出したんだよね、とダメを押されて難問を解く受験生のごとく規則的に並んだ文字を眺めるが過去の記憶は欠片も蘇っては来ない。
ウンウン唸るサクラの隣でヨンハがムカつくことを言う。
「サクラ、あちらの文字も忘れちゃった?僕はサクラがあちらから来たことを知って本格的に勉強したんだ。お・し・え・てあげようか」
確かに、自分の名前が高嶺咲良だ。
ここに映る女性が自分なら、なぜ今は黒目黒髪ではないのだろう?
どうして名前だけしか思い出せないのだろう?
なぜ?どうして?がいくつも重なって思考は混乱しとんでもないところに落ちていきそうだ。
手足が震え足元がおぼつかないサクラをギューっと抱き込んだ隣の男が何でもないことのようにいう。
「ダイヤモンドオウカを心が受け入れないんだよ。それでも僕は一向にかまわないから」
心の疑問に答えるヨンハを仰ぎ見ると、僕も一応次期ゼウスだから無防備な君の心なら読めるんだよ、と恐ろしいことを言う。
「君が、僕が空港で一目ぼれしたサクラ・タカミネだよ。そっくりさんがどんなに真似たって本物にはならないさ」
本物?
首を傾げるサクラとそれを見て笑うヨンハ、只々頷くナツの隣でヨンジュンが生真面目な顔で言い放つ。
「声紋はどんなに真似たって完全に同じにはならないのです。天界一の絶対音感を持つヨンハ様の耳は愛する人の声を間違えたりはしません」
あ、あ、いする人って・・・なに?
そんなコッパズカシイセリフを芋や大根を切るように感情皆無な声で言えるんですね。ヨンジュウンさん。
それから、隣に座るあなたは情熱ビームを垂れ流すのをやめてください。
前にも言いましたがそちらの免疫は薄いんです。
パスポートを見てもこれと言った記憶の浮かばないサクラにヨンハが次に試したものは大量に積み上げられた飴だった。
「じゃあこれを食べてみる?こんなに大量に持ち込むってことはよほどのお気に入りだろうから、何か思い出すかもしれないよ」
そう言うとヨンハはずらりと並べられたイチゴミルクのキャンディーの大袋の大群の一つを手に取り開封すると、そのうちの一個を剥いてサクラの口に放り込む。
「ハイ、口開けて」
その強引さにドギマギしながらも、口の中で溶けた優しいミルク味と甘酸っぱいイチゴ味が一つにまとまるのを堪能する。
味が懐かしいと感じた途端、心の底に沈む映像が浮き上がった。
思い出したのは目の前にあるイチゴミルク味の飴を笑いながら大きな口に放り込み、梅干味キャンディをハイとサクラの口に放り込む少年。
黒髪で桜模様の瞳を持つ年上の少年はいつもこの2種類の飴を持ち歩いていた。
寡黙で不愛想な彼がこれを食べる時だけは甘ったるいセリフを吐く。
甘い物は何でも好きだけどこれは特別好きだよ。まるでサクラを食べてるみたいな気になるから。
それに答える幼い自分。
私は梅干しの飴のほうが好き。酸っぱくてシャキンとした後味がアサオと同じだから。
蘇る記憶に心が震えた。
大きな目から次々と涙を零し、固まったまま微動だにしないサクラにヨンハが探るような目を向ける。
「何か、思い出した?」
問われてしっかりと頷く。
声は出ず唇だけが愛しい人の名前を探るように動く。
アサオ?
日頃は精悍な相好を崩すことのない大好きだった婚約者。
連絡の取れなくなった叔母に会うためにイタリア旅行を計画し、アサオに会えるかもしれないと大量のイチゴミルクの飴を買いこんで鞄に詰めた。
飛行機に乗って空港についてミセイエルさんに会って失礼なことを言われて、ヨンハさんに会っておかしなことを言われて逃げた。
それから・・・それから・・・と首を捻る。
困った!覚えてない・・・
サクラはまるで百面相だ。
泣いたかと思ったら、ポーと夢見る少女になり、それから困り果てた顔でウンウン唸る。
これにはさすがのヨンハも生暖かい視線を向けるしかない。
「で、何をどこまで思い出したの?」
そう尋ねられたて、胸がぎくりと音を立てる。
「黙秘権はありますか?」
サクラが斜め上の方向を睨みながら生返事をすると、ハッキリしっかりヨンハが即答する。
「僕は別にかまわないけれど自分の過去の一部始終を思い出したいのなら話してくれた方が協力しやすいかな」
キヌアで目覚めてから自分が何者でどんな生活をしていたのかが知りたかった。
他人がどんなにサクラは善人だから人様に恨まれることなんかしてないよと言われても自分の過去が怖いのだ。
どんな過去であっても思い出したいと思う。
サクラはポイントだけをかいつまんで話をした。
「叔母を探しにイタリアに飛んだのに、メタルなんて聞いたこともないところに着いちゃって、空港であなたに会って、サングラスの弁償とクリーニング代をお支払いせずに失礼したところあたりまで・・・です」
その答えにヨンハがニンマリと笑う。
「とりあえず、僕に借金があることは思い出したんだね?」
親密そうに顔を覗かれて真っ赤な顔で頷いた。
「その出会いで僕たち親しくなって婚約したんだ。そうだよね。ヨンジュン」
そうですね。ややフライング気味でなおかつ一方的ではありますが。
そんなことは言えないヨンジュンが深く頷くとサクラが首を傾げる。
「そんなはずはありませんよ。私には11歳離れた婚約者がいますから」
コンヤクシャー???
3人の上げる素っ頓狂な声にニンマリとする。
「はい。8歳の時に私からプロポーズしました」
8歳のプロポーズなんて子供の遊びでしょ。
ロリコンですか。
口には出さないがそこにいる3人は即頭の中でツッコミを入れた。
「違います!」
呆れ顔で笑嘲する3人に吠える。
アサオとの思い出がページをめくるようによみがえる。
アサオは自分の王子様だと力説し、彼と過ごした10年間がどれほど素晴らしいかをびきりの笑顔と共に力説する。
その糖蜜色の顔に佩いた必殺微笑み返しを間近でくらった3人が呆然とする中、一番に立ち直ったヨンハで。
「彼はこちらの人間ではないし、君をあちらに送るつもりもない。婚約は破棄だね」
それよりもと、ヨンハが人差指をタクトのように一振りすると目の前に現れたのは4Dの映像。
何処とも知れぬ広い宮殿の大広間に集まった人々はまるで中世の様なドレスやトーガを着た紳士に淑女たち。
その中心に置かれたカプセル型のベッドに横たわるはなさんと、優雅にトーガを纏って立つヨンハさん。
「これは僕たちの婚約式の様子。急に天界に移動した君はなかなか意識が戻らなかったから、寝たままだけどちゃんとゼウスも認めた正式な婚約式なんだ」
幸せそうに説明するヨンハに、これは自分ではない!はなさんだと反論するサクラの目に飛び込んできたのは耳。
映像の少女の首が揺れて黒髪が流れ露わになった彼女の耳には。
息を飲んだサクラの前に差し出されたのは先ほどローテーブルに乗せられた細長の宝石ケース。
「開けてみて」
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