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記憶の欠片 その3
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「開けてみて」
ローテーブルに置かれていた宝石ケースを突き出されて頭の中がぐらりと揺れる。
指をかけて宝石ケースの蓋を押し上げると現れたのはスクリーンに映し出されたものと同じ、銀の鎖の先に通された豪華な桜花型のピアスだった。
瞬間に、どこまでも続く満開の桜の下でこれを無くして泣く幼い自分と、怜悧な顔の少年が頭の中を流れる。
彼はあっという間に無くしたペンダントを探し出し、今のヨンハのようにスイっとこれを差し出した。
その時、少年が何と言ったのか、また自分がどんな言葉を返したのかは思い出せないが、お礼のほっぺチュをした時の少しはにかんだ彼の柔らかな微笑みは見えた。
あの時の意志の強そうな美貌の少年は元気だろうか?
そのハッキリと掴んだ記憶の欠片で、目の前に差し出されたピアスが自分のものだと確信し、再びスクリーンの中で横たわる生気の無い顔に視線を戻す。
と、また別の記憶の欠片が現れた。
18になるまではこのピアスをつけないこと、無くさないこと、誰にも触れさせないこと、と何度も諭す美しい叔母の顔と、約束を破ってピアスをつけた途端に倒れた友人の真っ青な顔が交互に浮かびあがって唇が叔母の名を形どる。
里桜叔母様・・・
「叔母様はリオンって名前なの?」
ヨンハに確認されたがサクラは頭の中に浮かぶ過去を追うのに必死だった。
突然家に遊びに来た友人がいつもは洋服の下に隠してあるペンダント型のピアスに目を止めたシーンから閉ざされた過去の口が開く。
自分の胸元に魅せられたように釘付けになる友人の視線。
『桜久良、ちょっと何そのペンダント。素敵だけどピアスとして使った方が絶対に魅惑的でオシャレよ。付けて見れば』
『月菜だめよ。18になるまではこのピアスをつけてはいけないと何度も言われているし、ピアスホールもないから』
『そっか。良い子ちゃんの桜久良にはお家の人の言いつけは破れないものね』
いつもと違う棘のある言い方に眉を下げるサクラに、なら自分がつけたいといいだした。
『お願い桜久良』
日頃から仲良しな友人に顔の前で手を合わせられ何度もお願いを繰り返されると、それを断るサクラの声がだんだん弱々しくなる。
厳格な祖母と暮らすサクラには、18になるまでピアスホールは空けない、スマホは持たない、寄り道はしない、門限は午後6時など時代遅れな禁止事項も多々あって、同年代の友人達の会話に混じれないことも多かった。
『ほら、また桜久良が話についてこれてないよ。アフター5やRPGゲームやオシャレの話はかみ砕いてやって』
リーダー格で早熟な彼女は、いつも自分を気にかけてくれ、さりげなく仲間に引き込んでくれる姉の様な存在だったのだが、この時ばかりは様子が違っていた。
『いいじゃない。私は18になってるし桜久良にピアスホールがないなら、私が試運転してあげるわ。かして』
何時にない強引さで決定事項のように言われると体も声も固く小さくなる。
『駄目よ。誰にも触らせては駄目と言われてるの』
それでも何とか断ると友人の目つきが悪辣なものに変わった。
『なによ。いい子ぶって。言いつけがそんなに大事?なんかムカつく。みんな言ってるわよ。いつまでたっても親に反抗出来ないショタの咲良ちゃんがめんどくさい。お友達から外したいって。あゴメンあなた親いなかったけ。ホーント、かわいそう』
憎々し気に、バカにしたように投げつけられた悪意に動けなくなった。
結果、私の阻止を振り切った友人は耳にピアスを通した途端意識を失って倒れ今も植物人間だ。
頼まれれば、いけないと分かっていたのにハッキリNOと言えなかった自分が許せない。
他人の気持ちの裏まで読めてしまうと強くは出られずに一歩引いてしまう気性が起こした結果だ。
いい子ぶっているつもりはないが、育ててもらっている負い目もあって祖母にも叔母にも逆らえない。
自分が友人達にとってめんどくさい存在だということにひどく傷付いた。
心の中はぐちゃぐちゃで、壊れたように泣きわめく自分とと、このピアスに選ばれた者は嫌われる勇気が必要な時もあると、諭す叔母。
心が壊れていく感覚が過去から這い上がって来てサクラはあの時と同じように絶叫した。
「いやぁぁぁー」
「僕がいる。大丈夫だ。大丈夫だから」
ふわりと抱き込まれて我に返ると、ヨンハがあの時のように真っ青な顔で震えるサクラの背中を柔らかく撫でていた。
理性と思考がゆっくりと今に戻ってくる。
ああそうだ、あの時も確か。
呆然自失状態から覚めると、自分の側にスッ飛んできたという人物が、大丈夫だと繰り返し、打ちのめされて後悔に沈む自分の背中を撫で続けていた。
年齢を重ね、節ばった皺のある暖かいその手で撫でられると事実はぼやけて事実とは違うものに変化した。
今の今まで、友人は自宅で倒れたと記憶が塗り替えられたことにも気付かなかった。
どうして?
あの手の持ち主は、あなたは誰?
「何か嫌な事でも思い出した?」
記憶の塗り替えで無かったことになった出来事を思い出し心の震えが止まらない。
「忘れられないことのはずなのに、記憶が塗り替えられたみたいに覚えていたことと、事実が違うんです」
「記憶の塗り替え?」
「友人が、このピアスを付けた途端私の目の前で倒れたの。なのに私の記憶の中ではその事実が消えていて、お見舞いに行った時に見た寝顔だけになっていたんです」
ヨンハの目が一瞬何かを探るような考え込むようなるが、サクラが、ひどい顔色でこの人みたいなとスクリーンを指さした途端に空気を一変させた。
「この人じない。サクラだよ」
え?否定のポイントそこですか?普通は記憶の塗り替えという非現実的な単語でしょ?
ツッコミどころ満載だが彼の言い分を認める気はないので首を横に振ってみた。
どうして自分じゃないと思うのかと問われて、この人ピアスホールがあるけど私にはないと自分の耳を見せる。
ああ、そこも違うね、と微妙な枕詞をつけられた。
「ああ、そこも違うね。でも、これは映像にちょっとした細工をしただけで実際にホールに通してるわけじゃないよ」
そこって、どこ?ピアスホールが無いからピアスは付かないという認識が間違いだと言いたいの?それとも誰かと比べての発言?
なんか思考や言いたいことがこんがらがってきた。
「ピアスに触れたぐらいで私はこんな顔色にはなりません」
論点がずれてるなぁと、天を仰ぎながら息を吐いたヨンハ。
半ばごり押しなのはわかってますけど、婚約なんて認められませんから。
「婚約式の時は、君を地上人と勘違いしていたから、天界の大気から君を守るために色々と術をかけて仮死状態にしただけで、お友達がこのピアスをつけて昏睡状態になったのとは別物だ」
???
さっき、君は異世界から来たと言って、あちらの世界のパスポートとやらを突きつけた癖に、私を異世界人と勘違いしたってどういう意味ですか?
「とにかくクリーンに映るのは君なんだよ」
この顔色や髪の色を見てなぜ私だと言うのかさっぱりわからない。
「これ私ではありません」
「・・・」
スッパリ言い切ると、だんまりを決め込んだヨンハにサクラが更に詰める。
「だって、どう見てもこれははなさんよ」
「いやいやそこは譲れない」
問答無用で唇にキスを落とされて、これはスキンシップを超えてますと文句を言うと、婚約式を終えたフィアンセだからねと主張強調してくる。
その余裕が気に入らない!犬に出会ったネコみたいにフーフー唸ったあと言い切った。
「あなたが婚約したのははなさんです」
「困ったな。さあどう論破しようか」
ちっとも困ったふうに見えないヨンハは、綺麗な顔を傾けてなんでもないことのように言う。
「君の言うはなさんとやらをここに連れてきてピアスを当ててもらおうか」
それをヨンジュンが能面顔で諌めた。
「彼女の特殊能力査定は5段階で最下位。ピアスに触れたら即死体になりますよ。片づけるのが面倒だからやめてください」
サクラが目を剥く。
通さなくても即、死体って、なに!
「そうだね。スクリーンの女がはなさんとやらなら彼女は今頃は天国だ」
「いえ、彼女の素行を考えますと行き先は地獄かと」
「どちらにしろ死んでくれたら、彼女が婚約式の女じゃないことは証明できる。」
ヨンジュンと怖すぎる会話を交わしたあと、彼は開き直ることにしたようだ。
「サクラがどう思おうと事実は変わらない。君は生まれた時からダイヤモンドオウカで僕の恋人だ」
ダイヤモンドオウカ?なに?それ?
「君の正体は天界最高位のダイヤモンドオウカだと言っても、信じないよね?」
信じない以前に理解不能なんですが・・・
取り敢えず頷いておく。
それを見てサクラからピアスを取り上げたヨンハがナツを呼んだ。
「ここに来てこれをつけてみてくれ」
彼女がすぐさま首を横に振り頭を下げる。
「それをつけた途端に意識消失という失態を皆様に晒す勇気はとてもございません。どうぞお許しを」
だろうね、と素っ気ない相槌を打ったヨンハがこれは桜家の家宝なんだ、と説明を始めた。
「天界5族の家宝は主を選ぶんだ。力のない者が触れると即死する。衝撃を受けずに身に着けることが出来るのは家宝に認められた人物と家宝を力でねじ伏せられるゼウスの能力持ちと、君だ」
「ワタシ?」
ひっくり返った声で自分を指すサクラにヨンハが軽い口調で信じられないことを口にした。
「詳しいことはこれからゆっくりここで教えてあげるよ。まずは天界でのしきたりを一通り覚えなくてはいけない。璃波宮は祇家の私邸だからうるさくはないけれど、僕と皇宮へ上がる時は礼儀作法やしきたりにうるさいご老体がわんさかいるからね」
「なんですってえ~」
不満の声を上げ、キリの母が心配しますのでそろそろ失礼します、とごねてみたのだが。
だ~め、サクラはしばらくこちらで暮らすとキリさんには連絡済みだよと返された。
なんと手回しがいいんだ!出来る男は妬まれるって言葉を知らないのか?!
怒気を含む空気を隣に座る男に噴射してみたが完全スルーで微笑まれたあげくに。
「自力で地上に帰れるの?」
そう言われるとサクラに選択肢はない。
ううっ
毛を逆立てて威嚇する子猫の様なサクラを見てヨンハが口角を上げて笑う。
「まあ、嫌だったら最後は力でねじ伏せればいいさ。君に勝てる天界人などいないからね」
***
サクラをあらかじめ用意しておいた祇家の女主人用の部屋に案内させた後、ヨンハは自室に引き返した。
サクラ同様、これからしなければならない事は山とある。
たとえば、サクラがハナの記憶を取り戻す前に彼女の心を手に入れてしまわなければならないし、5族の当主達にも自分がサクラの配偶者だと認めさせるための根回しもしなければならない。
それに気になる事もいくつかあった。
リオンという名の叔母との対面の仕方。
サクラの記憶を封印するほどの力を持つ人物の正体。
まずは11歳年上の初恋の君を調べるか。
結論づけて隣に控えるヨンジュンに声をかける。
「あの、大量の飴をどう見る?」
「サクラ様の初恋の方は随分と甘党でいらしたのですね」
「その初恋の君は、大好きなおば様の身近にいた人物だった」
「ですから叔母を尋ねれば彼に会えるかもと期待して大量の飴を持参したわけですか」
「その叔母があのリオン様だとしたら、アサオはこちらの人間だとは考えられないかな」
「それは。どうしてそのように思われるのですか」
「彼女の叔母の名前はリオンでリオン様も異世界渡りだ。それに、ゼウスの固執」
「ああ、去年のリオン様を落花に落とした件ですね」
「サクラは3歳の時に桜が沢山咲いた庭で叔母からアサオを紹介れたと言ったよね。それがミハイル宮で行われていた花見だとすると、すべてのピースが上手く収まる」
「なるほど、ちょうど前ゼウスのオーク様がリオン様のために極秘であちらに住む姪を招いてミハイル宮で花見を始めたと噂された頃と重なりますね」
「15年前に行われた10歳前後の侍従候補の選定試験のことを調べてみてくれないか」
・・・アサオ、その名前、引っかかるんだよね。
ローテーブルに置かれていた宝石ケースを突き出されて頭の中がぐらりと揺れる。
指をかけて宝石ケースの蓋を押し上げると現れたのはスクリーンに映し出されたものと同じ、銀の鎖の先に通された豪華な桜花型のピアスだった。
瞬間に、どこまでも続く満開の桜の下でこれを無くして泣く幼い自分と、怜悧な顔の少年が頭の中を流れる。
彼はあっという間に無くしたペンダントを探し出し、今のヨンハのようにスイっとこれを差し出した。
その時、少年が何と言ったのか、また自分がどんな言葉を返したのかは思い出せないが、お礼のほっぺチュをした時の少しはにかんだ彼の柔らかな微笑みは見えた。
あの時の意志の強そうな美貌の少年は元気だろうか?
そのハッキリと掴んだ記憶の欠片で、目の前に差し出されたピアスが自分のものだと確信し、再びスクリーンの中で横たわる生気の無い顔に視線を戻す。
と、また別の記憶の欠片が現れた。
18になるまではこのピアスをつけないこと、無くさないこと、誰にも触れさせないこと、と何度も諭す美しい叔母の顔と、約束を破ってピアスをつけた途端に倒れた友人の真っ青な顔が交互に浮かびあがって唇が叔母の名を形どる。
里桜叔母様・・・
「叔母様はリオンって名前なの?」
ヨンハに確認されたがサクラは頭の中に浮かぶ過去を追うのに必死だった。
突然家に遊びに来た友人がいつもは洋服の下に隠してあるペンダント型のピアスに目を止めたシーンから閉ざされた過去の口が開く。
自分の胸元に魅せられたように釘付けになる友人の視線。
『桜久良、ちょっと何そのペンダント。素敵だけどピアスとして使った方が絶対に魅惑的でオシャレよ。付けて見れば』
『月菜だめよ。18になるまではこのピアスをつけてはいけないと何度も言われているし、ピアスホールもないから』
『そっか。良い子ちゃんの桜久良にはお家の人の言いつけは破れないものね』
いつもと違う棘のある言い方に眉を下げるサクラに、なら自分がつけたいといいだした。
『お願い桜久良』
日頃から仲良しな友人に顔の前で手を合わせられ何度もお願いを繰り返されると、それを断るサクラの声がだんだん弱々しくなる。
厳格な祖母と暮らすサクラには、18になるまでピアスホールは空けない、スマホは持たない、寄り道はしない、門限は午後6時など時代遅れな禁止事項も多々あって、同年代の友人達の会話に混じれないことも多かった。
『ほら、また桜久良が話についてこれてないよ。アフター5やRPGゲームやオシャレの話はかみ砕いてやって』
リーダー格で早熟な彼女は、いつも自分を気にかけてくれ、さりげなく仲間に引き込んでくれる姉の様な存在だったのだが、この時ばかりは様子が違っていた。
『いいじゃない。私は18になってるし桜久良にピアスホールがないなら、私が試運転してあげるわ。かして』
何時にない強引さで決定事項のように言われると体も声も固く小さくなる。
『駄目よ。誰にも触らせては駄目と言われてるの』
それでも何とか断ると友人の目つきが悪辣なものに変わった。
『なによ。いい子ぶって。言いつけがそんなに大事?なんかムカつく。みんな言ってるわよ。いつまでたっても親に反抗出来ないショタの咲良ちゃんがめんどくさい。お友達から外したいって。あゴメンあなた親いなかったけ。ホーント、かわいそう』
憎々し気に、バカにしたように投げつけられた悪意に動けなくなった。
結果、私の阻止を振り切った友人は耳にピアスを通した途端意識を失って倒れ今も植物人間だ。
頼まれれば、いけないと分かっていたのにハッキリNOと言えなかった自分が許せない。
他人の気持ちの裏まで読めてしまうと強くは出られずに一歩引いてしまう気性が起こした結果だ。
いい子ぶっているつもりはないが、育ててもらっている負い目もあって祖母にも叔母にも逆らえない。
自分が友人達にとってめんどくさい存在だということにひどく傷付いた。
心の中はぐちゃぐちゃで、壊れたように泣きわめく自分とと、このピアスに選ばれた者は嫌われる勇気が必要な時もあると、諭す叔母。
心が壊れていく感覚が過去から這い上がって来てサクラはあの時と同じように絶叫した。
「いやぁぁぁー」
「僕がいる。大丈夫だ。大丈夫だから」
ふわりと抱き込まれて我に返ると、ヨンハがあの時のように真っ青な顔で震えるサクラの背中を柔らかく撫でていた。
理性と思考がゆっくりと今に戻ってくる。
ああそうだ、あの時も確か。
呆然自失状態から覚めると、自分の側にスッ飛んできたという人物が、大丈夫だと繰り返し、打ちのめされて後悔に沈む自分の背中を撫で続けていた。
年齢を重ね、節ばった皺のある暖かいその手で撫でられると事実はぼやけて事実とは違うものに変化した。
今の今まで、友人は自宅で倒れたと記憶が塗り替えられたことにも気付かなかった。
どうして?
あの手の持ち主は、あなたは誰?
「何か嫌な事でも思い出した?」
記憶の塗り替えで無かったことになった出来事を思い出し心の震えが止まらない。
「忘れられないことのはずなのに、記憶が塗り替えられたみたいに覚えていたことと、事実が違うんです」
「記憶の塗り替え?」
「友人が、このピアスを付けた途端私の目の前で倒れたの。なのに私の記憶の中ではその事実が消えていて、お見舞いに行った時に見た寝顔だけになっていたんです」
ヨンハの目が一瞬何かを探るような考え込むようなるが、サクラが、ひどい顔色でこの人みたいなとスクリーンを指さした途端に空気を一変させた。
「この人じない。サクラだよ」
え?否定のポイントそこですか?普通は記憶の塗り替えという非現実的な単語でしょ?
ツッコミどころ満載だが彼の言い分を認める気はないので首を横に振ってみた。
どうして自分じゃないと思うのかと問われて、この人ピアスホールがあるけど私にはないと自分の耳を見せる。
ああ、そこも違うね、と微妙な枕詞をつけられた。
「ああ、そこも違うね。でも、これは映像にちょっとした細工をしただけで実際にホールに通してるわけじゃないよ」
そこって、どこ?ピアスホールが無いからピアスは付かないという認識が間違いだと言いたいの?それとも誰かと比べての発言?
なんか思考や言いたいことがこんがらがってきた。
「ピアスに触れたぐらいで私はこんな顔色にはなりません」
論点がずれてるなぁと、天を仰ぎながら息を吐いたヨンハ。
半ばごり押しなのはわかってますけど、婚約なんて認められませんから。
「婚約式の時は、君を地上人と勘違いしていたから、天界の大気から君を守るために色々と術をかけて仮死状態にしただけで、お友達がこのピアスをつけて昏睡状態になったのとは別物だ」
???
さっき、君は異世界から来たと言って、あちらの世界のパスポートとやらを突きつけた癖に、私を異世界人と勘違いしたってどういう意味ですか?
「とにかくクリーンに映るのは君なんだよ」
この顔色や髪の色を見てなぜ私だと言うのかさっぱりわからない。
「これ私ではありません」
「・・・」
スッパリ言い切ると、だんまりを決め込んだヨンハにサクラが更に詰める。
「だって、どう見てもこれははなさんよ」
「いやいやそこは譲れない」
問答無用で唇にキスを落とされて、これはスキンシップを超えてますと文句を言うと、婚約式を終えたフィアンセだからねと主張強調してくる。
その余裕が気に入らない!犬に出会ったネコみたいにフーフー唸ったあと言い切った。
「あなたが婚約したのははなさんです」
「困ったな。さあどう論破しようか」
ちっとも困ったふうに見えないヨンハは、綺麗な顔を傾けてなんでもないことのように言う。
「君の言うはなさんとやらをここに連れてきてピアスを当ててもらおうか」
それをヨンジュンが能面顔で諌めた。
「彼女の特殊能力査定は5段階で最下位。ピアスに触れたら即死体になりますよ。片づけるのが面倒だからやめてください」
サクラが目を剥く。
通さなくても即、死体って、なに!
「そうだね。スクリーンの女がはなさんとやらなら彼女は今頃は天国だ」
「いえ、彼女の素行を考えますと行き先は地獄かと」
「どちらにしろ死んでくれたら、彼女が婚約式の女じゃないことは証明できる。」
ヨンジュンと怖すぎる会話を交わしたあと、彼は開き直ることにしたようだ。
「サクラがどう思おうと事実は変わらない。君は生まれた時からダイヤモンドオウカで僕の恋人だ」
ダイヤモンドオウカ?なに?それ?
「君の正体は天界最高位のダイヤモンドオウカだと言っても、信じないよね?」
信じない以前に理解不能なんですが・・・
取り敢えず頷いておく。
それを見てサクラからピアスを取り上げたヨンハがナツを呼んだ。
「ここに来てこれをつけてみてくれ」
彼女がすぐさま首を横に振り頭を下げる。
「それをつけた途端に意識消失という失態を皆様に晒す勇気はとてもございません。どうぞお許しを」
だろうね、と素っ気ない相槌を打ったヨンハがこれは桜家の家宝なんだ、と説明を始めた。
「天界5族の家宝は主を選ぶんだ。力のない者が触れると即死する。衝撃を受けずに身に着けることが出来るのは家宝に認められた人物と家宝を力でねじ伏せられるゼウスの能力持ちと、君だ」
「ワタシ?」
ひっくり返った声で自分を指すサクラにヨンハが軽い口調で信じられないことを口にした。
「詳しいことはこれからゆっくりここで教えてあげるよ。まずは天界でのしきたりを一通り覚えなくてはいけない。璃波宮は祇家の私邸だからうるさくはないけれど、僕と皇宮へ上がる時は礼儀作法やしきたりにうるさいご老体がわんさかいるからね」
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だ~め、サクラはしばらくこちらで暮らすとキリさんには連絡済みだよと返された。
なんと手回しがいいんだ!出来る男は妬まれるって言葉を知らないのか?!
怒気を含む空気を隣に座る男に噴射してみたが完全スルーで微笑まれたあげくに。
「自力で地上に帰れるの?」
そう言われるとサクラに選択肢はない。
ううっ
毛を逆立てて威嚇する子猫の様なサクラを見てヨンハが口角を上げて笑う。
「まあ、嫌だったら最後は力でねじ伏せればいいさ。君に勝てる天界人などいないからね」
***
サクラをあらかじめ用意しておいた祇家の女主人用の部屋に案内させた後、ヨンハは自室に引き返した。
サクラ同様、これからしなければならない事は山とある。
たとえば、サクラがハナの記憶を取り戻す前に彼女の心を手に入れてしまわなければならないし、5族の当主達にも自分がサクラの配偶者だと認めさせるための根回しもしなければならない。
それに気になる事もいくつかあった。
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サクラの記憶を封印するほどの力を持つ人物の正体。
まずは11歳年上の初恋の君を調べるか。
結論づけて隣に控えるヨンジュンに声をかける。
「あの、大量の飴をどう見る?」
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「その初恋の君は、大好きなおば様の身近にいた人物だった」
「ですから叔母を尋ねれば彼に会えるかもと期待して大量の飴を持参したわけですか」
「その叔母があのリオン様だとしたら、アサオはこちらの人間だとは考えられないかな」
「それは。どうしてそのように思われるのですか」
「彼女の叔母の名前はリオンでリオン様も異世界渡りだ。それに、ゼウスの固執」
「ああ、去年のリオン様を落花に落とした件ですね」
「サクラは3歳の時に桜が沢山咲いた庭で叔母からアサオを紹介れたと言ったよね。それがミハイル宮で行われていた花見だとすると、すべてのピースが上手く収まる」
「なるほど、ちょうど前ゼウスのオーク様がリオン様のために極秘であちらに住む姪を招いてミハイル宮で花見を始めたと噂された頃と重なりますね」
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