優しい時間

ouka

文字の大きさ
69 / 79

キヌアの前当主は最強の能力持ち!(前)

しおりを挟む
 時刻は少し遡り、場所はキヌア領主の隠居邸。
 
「おじい様、天界に連れ去られてしまいました」
 情けない顔で報告する孫に一瞬苦虫を噛んだ彼だが、すぐにいつも通りの好々爺の笑みを見せる。
 「18を過ぎたあの子が自ら手を取ったのなら静観するしかないさ」
 そう言い切った言葉が祖父の真意であるかどうかわからないのは常の事。
 「私としてもようやく会えた従妹にはこのキヌアにもう少しいて欲しかったかったのですがね」
 キヌアの切れ者と言われる私も祖父の意向には逆らえない。
 ところで、と前置きしてから祖父が悪戯を仕掛けるように自分に尋ねた。
 「お前はゼウスと次期ゼウスのどちらがアレの婿にふさわしいと思う?」
 「・・・」
 そう聞かれて私は言葉に詰まった。
 どちらを押しても文句を言われるのはわっかっている。
 「その2択の中に私も加えて3択にしといてください」
 本当に食えない祖父にそう答えると敵はだんまりを決め込んだ。
 
 私がその従妹の存在を知ったのはごく最近のことだった。
 高齢にもかかわらず何事も澄ました顔でサラリと難題を解決してしまう祖父に領民は今も絶対的な信頼を寄せている。
 そんな祖父が側近を侍らせて淡々と領地の改正政策に指示を出していた時に、何を思ったのか顔色を変えて幻のごとく姿を消してしまったとの報告を受けた時には少々驚いたのだが。
 それまでもふらりと出かけて半日ほど行方が分からないことは時々あったが、私があちらの世界にいるという従妹の存在を知るきっかけとなったあの事件の時は祖父の行方不明は長すぎた。
 何が起こったのか掴めずに対処が後手に回る中、祖父が目の前から突然ドロンする出来事に初めて遭遇した重臣共が祖父は神隠しにあっただの、身罷ったのだと騒ぎ出し、あっという間にその噂が領地に広がった。
 何か良くないことが起こる予兆かもしれないといった不穏な空気が流れだし、不安に怯えた領民が自宅に引き籠りだすと、あっという間に生活に支障をきたし始めた。
 活気の消えた領地を巡り物資を配給したり、心配はいらないと領民を説得して回りながら火急の案件を片付ける日々が続く中、当の祖父は2週間後に何食わぬ顔で帰って来て、ちょっと気が向いて散歩に出ていたという。
 「!会議の途中で突然あなたが姿を消すと領地がどうなるかぐらいわかっていたでしょう!なのにどうして!?」
 目くじらを立てて憤慨する自分に、涼しい顔でそんなに大騒ぎすることではないよ、というから益々腹が立った。
 こっちはあなたの気まぐれのせいでこの10日以上碌に寝ていないんです!
 気まぐれに散歩に出たなどと、子供騙しの言い訳でお茶を濁されたのではたまりません。
 今日こそはあなたの雲隠れの秘密を聞き出しますから!
 目を眇めて声色を一段低め、間を置いて、いいですか、と切り出した。
 「いいですか。おじい様。領地の者は天変地異が起こると大騒ぎするし、あの時一緒にいた重臣達は卒倒者が続出して家に引きこもる。それを宥め、期限の迫る重要案件を早急に処理するのがどれほど大変だったかおわかりですか!」
 聡く千里眼の視野を持つ祖父にはわっかっていて行方不明を決行する理由が絶対にあったはずだ。
 苛立つ気持が暴走しないように人差指で執務机を叩き、散々文句を垂れ、問い詰め、最後に脅しをかけると、やっと従妹が異世界にいる事を白状したのは一年前のちょうど今頃だった。

 トントントン
 「おじい様、2週間前のあれはどういうことですか」
 「・・・」
 トントントン
 「側近たちからは突然消えたおじい様が神隠しにあったと報告を受けましたが、あれは天界人が行う瞬間移動だったのでしょう。今までも密かに使ってましたよね。地上人のおじい様がどうし使えるのですか」
 「・・・」
 トントントン
 「ここでその特殊能力を使うのを違法としたのは確かおじい様でしたよね」
 「・・・」
 トントントン
 「その地上人には無い能力を使っていったい、この2週間、どこで何をされていたのですか」
 「・・・」
 「私も、今までおじい様が普通の地上人でないことは薄々感じておりましたよ。この機に洗いざらい話してくれませんか」
 「・・・」
 どんなに問い詰めても何も答えない祖父に私は業を煮やした。
 バシーン!
 とうとう我慢しきれずに目の前の机に持っていた書類を叩き付けていて最後通牒を突きつけた。
 「そうですか。分かりました。おじい様と私との信頼関係はこれまでです。わたくしはこのキヌアを出てデリカにでも移り住みますので今後のことは父を再教育するか、誰かおじい様のお目にかなう方でも養子に迎えて後継者を育成をやり直して下さい」
 そう宣言し、では、と腰を上げたところで、ようやく、待てと声がかかる。
 「あさお。お前には一から話そう」
 ニヤリと人の悪い笑みが浮かんだ私を見た祖父は、フウっと一息あきらめのため息を吐いた。
 
 「あさおは、ここキヌアと天界との間には古から伝わる誓約があるのを知っているだろう」
 「キヌアの領民に特殊能力を持った者が生まれても天界には干渉ない。その代わり、天界人もキヌアでは特殊能力を使わないというあれですか」
 そう確認すれば、肯定の頷きがかえってくる。
 「では、その誓約がどうしできたのかを考えたことがあるか」
 「特殊能力を持たない我々の領地を、天界人達に荒らされないためですよね」
 「それは、こちら側が受け取るメリット。では天界に差し出すものは何かわかるか?それがなければ契約は成立しないよ」
 言われてみればもっともな話で、疑問符を顔に出した私を見てフンと笑うおじい様はやっぱり曲者だ。
 「それも含めて、私にわかるように今日こそ、洗いざらい吐いてもらいますから」
 気合と勢いで正面から見据えると、隠し事を白状する子供のように祖父が気まずそうに目をそらす。
 「孫の様子が気になって、ちょっとあちらの世界に行っていたのだよ」
 孫が、どこにいるですって!と叫びたかったが、突飛すぎる話に声は出ず、情けなくもあわあわするのみになった。
 ちょっと変人だったおじい様がとうとうボケた!
 あちらの世界に孫がいる!?孫は自分一人のはずだ。
 だから不甲斐ない父の代わりになりたくもないキヌアの後継者に指名され、政治経済学に社会学、果ては帝王学なんかも習得させられ、今も裏方の見習い修行中の身である。
 それにちょっと、あちらの世界って、近所に買い物にでも行くように言わないで下さいよ。
 大体、異世界移動はゼウスの能力持ちや、嶺家の当主にだってそれなりの対策が必要なイベントじゃないですか!
 「うん、普通はそうなんだけどね。私の場合特殊能力がゼウスのそれよりも異常に高くてね。割と簡単に行けちゃうんだよね」
 心の声に応えたこの告白にさすがの私も目剥いた。
 「今は、お前の心を読んだのだよ。私はそんな事も出来るんだよね」
 だよねって、重要なことを語るのに萎えた言い方はやめてくださいよ。
 「それは桜家が得意とする能力じゃぁ・・・。おじい様は天界人なんですか」
 「いや、キヌア人だ。ここキヌアに稀に生まれる高い特殊能力を持った人間は古の誓約に縛られているんだ」
 そう言って、切なげに自嘲した。
 「ゼウス以上に特殊能力を使いこなせる地上人が天界の覇権を望んで喧嘩を吹っ掛けたら大変なことになるだろう。これで天界とキヌアはお互いに干渉しないためにあの誓約を結んだと天界にある皇家の図書館所蔵の古記に書かれてあるそうだ」
 ああなるほど、そういう訳か。
 そのせいで、と遠い目をした祖父が先を続ける。
 「そのせいで、若い頃に貰った天界人の嫁とはすぐに別れることとなり、生まれたはずの息子にも会わずじまいだ」
 まさか、そんな非道な事って・・・
 「彼女は、琉家のお姫様だったし、何よりその息子がね、ゼウスの能力持ちだったから天界が離さなかったんだよ」
 年齢から推測すると、それはまさか前ゼウスのオーク様?ですか!
 衝撃に震える私とは対照的に、そういうことになるかなぁ、と素っ気ない返事が返ってくる。
 本当に?と少々胡乱な眼差しを向けると、だって仕方がないじゃないか、一度も会ったことがないんだからとちょっと情けない顔になる。
 「で、その息子の娘があちらの世界にいてね。その子が天界5族の家宝に好かれちゃってちょっと大変なことになってたから励ましに行ってたんだよ」
 そんな狐に抓まれたような話は到底信じられませんし、第一。
 「オーク様にお子様がいらっしゃったという話は聞いたことがありませんが」
 「特殊な事情でこちらの世界のトップシーックレットになってるからね」
 「その、特殊な事情とは何なんなのですか」
 
 それを、知りたいのならこれを呼んでおけと言って投げ渡されたのがここメルタに伝わるお伽噺の絵本だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...