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攻略対象全員集合
第46話
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床の上へ投げ出した私の手に、ラヴィの掌が重なります。
「シモン様は、ミュゲ様とルヴィ様を恋仲にしたいとお考えなのですよね」
「ええ、今のところは……」
穏やかな風貌とは裏腹に、彼の手は武人らしく固い皮膚に覆われ、意外なまでに骨張っていました。ただ触れ合っただけなら、たまたま彼が手を置いた先に私の手があったという解釈もできるでしょう。しかし、五指を絡め取られてしまっては、そのような言い訳も通用しません。その触れ方は単純な親愛の情とは言い難い、何かしら不穏な気配を匂わせるものでした。まるで臓腑の中で蛇がのたうつような、得体の知れぬ気味の悪さに、私は反射的に彼の手を振り解きかけます。
そのとき、私は初めてこちらを伺う彼の目をまともに見据えました。
ルヴィによく似た、分厚い氷に閉ざされた湖を思わせる鉄色の虹彩。目元に降りかかる銀灰色の髪のせいか、それとも角度の具合で偶然そのように見えたのか、光の差さない彼の瞳はぞっとするほど昏く、まるで古びた枯井戸の底でも覗き込んでいるかのような気分になりました。
「ミュゲ様とルヴィ様が恋仲になれば、ゆくゆくは結婚なさるのでしょうね」
「はい。そうなると思いますが……」
身分ある者の間における交際とは、すなわち結婚を前提とした関係であると公言するも同義です。余程の問題がなければ、交際相手と異なる伴侶を迎えるような事態にはなり得ません。
「仮にお二人が結ばれたとして、シモン様はどうなさるのです」
「私は何も変わりません。まあ、性別は変わりますけど……。ミュゲの腹心として、これまで通り己の責務を果たすだけです」
「では、私の伴侶になるつもりはありませんか」
「はい?」
何やら突拍子もないことを言われた気がしたので、つい訊ね返してしまいましたが、ラヴィの表情は至って真剣です。
曖昧な笑みを浮かべながらお茶を濁すことしかできない私の返答を待たず、ラヴィは絡めたままの指に力を込め、そのまま手前へ引き寄せます。不意を突かれた私は碌な抵抗もできないまま、彼の腕の中へおさまってしまいました。
「あなたをお慕いしております」
脈絡もなく抱き締められただけでも、正常な判断能力を奪うには十分すぎる威力があるにもかかわらず、耳打ちされた言葉は私の思考をさらに容赦なく混乱させていきます。
同盟関係を強固にしたいのであれば、領主同士が婚姻関係を結ぶだけで目的は果たされるはずです。私を伴侶に迎えたところで、彼には何の利益もありません。せめて彼の真意だけでも確かめようと顔を上げると、ちょうど彼もこちらを覗き込もうとしたのか、互いの鼻先が触れ合いそうな距離で面を突き合わせることになってしまいました。
「最初はあなたのことを、穏やかで優しいだけの人かと思っていました。それなのに……どうやら私は、あなたという方の本質を見誤っていたようです。あなたは溺れるほど深い情を胸の裡に秘めていながら、それに流されることをよしとせず、必要に迫られたときには躊躇なく断ち切る覚悟も持ち合わせている。あなたの内包する矛盾や煩悶を、私はとても好ましく思います。何より、故郷と主人に対するその忠誠心! 自国どころか同盟国の領主からも目をかけられ、全幅の信頼を寄せられていながら決して驕らず、己の分を弁えている。嗚呼、考えれば考えるほど、あなたをおいて私の伴侶となるべき方は他にいない」
こっっっっっっっっわ。
あれ、この人ってもともとこういう感じでしたっけ。そこそこ長い付き合いなのに、こんな一面があるとは露ほども知りませんでした。怖……。
彼の瞳は先刻までと打って変わって爛々と輝き、目縁や頬にも火を入れたように赤みが差しています。心なしか呼吸も荒いです。とりあえず、少し落ち着いていただかないことには、まともな会話も成立しそうにありません。しかし、何と声をかけるべきかなどと思案している間に、授業の終了を告げる鐘が鳴り響きました。
その鐘の音こそ、神が与え給うた千載一遇の好機であると直感した私は、ひとまず彼の腕から逃れようと必死に身をよじります。
「……わた、し、ミュゲを迎えに行かないと……」
情けなくも声が上擦ってしまいましたが、旧知の仲と思っていた相手の未知なる一面を目の当たりにした衝撃を引きずっていたのです。遠回しとはいえ拒絶の意を表明できただけでも上出来といえます。
しかし、体をもぎ離したからといって、安心している暇はありません。一刻も早くこの場を逃げ出さなければ、再び似たようなやり取りを繰り返す羽目になるでしょう。
私自身はすこぶる冷静なつもりでしたが、たとえ一瞬でも運動能力で彼と競おうなどという無謀な企てをした時点で、十分に判断能力を欠いていたようです。背を向けた直後、後ろから伸びた彼の腕が私の肩へ回り、あっさりと引き戻されまました。直後、火の粉が降りかかったかのようなひりつく痛みが走ります。
痛みの原因はすぐにわかりました。ラヴィが私の首元へ力一杯に吸い付いたのです。偶然か、はたまた意図したのか、そこは以前サンクに噛み付かれた箇所とぴったり一致しました。
おそらくは痕が残っているだろう肌の表を舌先でなぞり、さらに深く刻み付けるように歯を立てると、彼はようやく私を解放します。
「……今すぐに結論を出してほしいとは言いません。あなたにはあなたのお考えがあるのでしょう。答えが出るまで、いつまでもお待ちしております」
その言葉に否とも応とも返さず、無言のまま書庫を飛び出した私は、しばらく何も考えられずに、只管ミュゲの待つ教室まで走りました。
顔面を蒼白にしながら全速力で駆ける私の姿は、すれ違う人々から見ればさぞかし奇異に映ったことでしょう。しかし、思いきり体を動かした甲斐もあってか、ミュゲと合流する頃には何喰わぬ顔で彼女と接することができました。
「シモン様は、ミュゲ様とルヴィ様を恋仲にしたいとお考えなのですよね」
「ええ、今のところは……」
穏やかな風貌とは裏腹に、彼の手は武人らしく固い皮膚に覆われ、意外なまでに骨張っていました。ただ触れ合っただけなら、たまたま彼が手を置いた先に私の手があったという解釈もできるでしょう。しかし、五指を絡め取られてしまっては、そのような言い訳も通用しません。その触れ方は単純な親愛の情とは言い難い、何かしら不穏な気配を匂わせるものでした。まるで臓腑の中で蛇がのたうつような、得体の知れぬ気味の悪さに、私は反射的に彼の手を振り解きかけます。
そのとき、私は初めてこちらを伺う彼の目をまともに見据えました。
ルヴィによく似た、分厚い氷に閉ざされた湖を思わせる鉄色の虹彩。目元に降りかかる銀灰色の髪のせいか、それとも角度の具合で偶然そのように見えたのか、光の差さない彼の瞳はぞっとするほど昏く、まるで古びた枯井戸の底でも覗き込んでいるかのような気分になりました。
「ミュゲ様とルヴィ様が恋仲になれば、ゆくゆくは結婚なさるのでしょうね」
「はい。そうなると思いますが……」
身分ある者の間における交際とは、すなわち結婚を前提とした関係であると公言するも同義です。余程の問題がなければ、交際相手と異なる伴侶を迎えるような事態にはなり得ません。
「仮にお二人が結ばれたとして、シモン様はどうなさるのです」
「私は何も変わりません。まあ、性別は変わりますけど……。ミュゲの腹心として、これまで通り己の責務を果たすだけです」
「では、私の伴侶になるつもりはありませんか」
「はい?」
何やら突拍子もないことを言われた気がしたので、つい訊ね返してしまいましたが、ラヴィの表情は至って真剣です。
曖昧な笑みを浮かべながらお茶を濁すことしかできない私の返答を待たず、ラヴィは絡めたままの指に力を込め、そのまま手前へ引き寄せます。不意を突かれた私は碌な抵抗もできないまま、彼の腕の中へおさまってしまいました。
「あなたをお慕いしております」
脈絡もなく抱き締められただけでも、正常な判断能力を奪うには十分すぎる威力があるにもかかわらず、耳打ちされた言葉は私の思考をさらに容赦なく混乱させていきます。
同盟関係を強固にしたいのであれば、領主同士が婚姻関係を結ぶだけで目的は果たされるはずです。私を伴侶に迎えたところで、彼には何の利益もありません。せめて彼の真意だけでも確かめようと顔を上げると、ちょうど彼もこちらを覗き込もうとしたのか、互いの鼻先が触れ合いそうな距離で面を突き合わせることになってしまいました。
「最初はあなたのことを、穏やかで優しいだけの人かと思っていました。それなのに……どうやら私は、あなたという方の本質を見誤っていたようです。あなたは溺れるほど深い情を胸の裡に秘めていながら、それに流されることをよしとせず、必要に迫られたときには躊躇なく断ち切る覚悟も持ち合わせている。あなたの内包する矛盾や煩悶を、私はとても好ましく思います。何より、故郷と主人に対するその忠誠心! 自国どころか同盟国の領主からも目をかけられ、全幅の信頼を寄せられていながら決して驕らず、己の分を弁えている。嗚呼、考えれば考えるほど、あなたをおいて私の伴侶となるべき方は他にいない」
こっっっっっっっっわ。
あれ、この人ってもともとこういう感じでしたっけ。そこそこ長い付き合いなのに、こんな一面があるとは露ほども知りませんでした。怖……。
彼の瞳は先刻までと打って変わって爛々と輝き、目縁や頬にも火を入れたように赤みが差しています。心なしか呼吸も荒いです。とりあえず、少し落ち着いていただかないことには、まともな会話も成立しそうにありません。しかし、何と声をかけるべきかなどと思案している間に、授業の終了を告げる鐘が鳴り響きました。
その鐘の音こそ、神が与え給うた千載一遇の好機であると直感した私は、ひとまず彼の腕から逃れようと必死に身をよじります。
「……わた、し、ミュゲを迎えに行かないと……」
情けなくも声が上擦ってしまいましたが、旧知の仲と思っていた相手の未知なる一面を目の当たりにした衝撃を引きずっていたのです。遠回しとはいえ拒絶の意を表明できただけでも上出来といえます。
しかし、体をもぎ離したからといって、安心している暇はありません。一刻も早くこの場を逃げ出さなければ、再び似たようなやり取りを繰り返す羽目になるでしょう。
私自身はすこぶる冷静なつもりでしたが、たとえ一瞬でも運動能力で彼と競おうなどという無謀な企てをした時点で、十分に判断能力を欠いていたようです。背を向けた直後、後ろから伸びた彼の腕が私の肩へ回り、あっさりと引き戻されまました。直後、火の粉が降りかかったかのようなひりつく痛みが走ります。
痛みの原因はすぐにわかりました。ラヴィが私の首元へ力一杯に吸い付いたのです。偶然か、はたまた意図したのか、そこは以前サンクに噛み付かれた箇所とぴったり一致しました。
おそらくは痕が残っているだろう肌の表を舌先でなぞり、さらに深く刻み付けるように歯を立てると、彼はようやく私を解放します。
「……今すぐに結論を出してほしいとは言いません。あなたにはあなたのお考えがあるのでしょう。答えが出るまで、いつまでもお待ちしております」
その言葉に否とも応とも返さず、無言のまま書庫を飛び出した私は、しばらく何も考えられずに、只管ミュゲの待つ教室まで走りました。
顔面を蒼白にしながら全速力で駆ける私の姿は、すれ違う人々から見ればさぞかし奇異に映ったことでしょう。しかし、思いきり体を動かした甲斐もあってか、ミュゲと合流する頃には何喰わぬ顔で彼女と接することができました。
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