乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

k

文字の大きさ
46 / 55
攻略対象全員集合

第46話

しおりを挟む
 床の上へ投げ出した私の手に、ラヴィの掌が重なります。

「シモン様は、ミュゲ様とルヴィ様を恋仲にしたいとお考えなのですよね」
「ええ、今のところは……」

 穏やかな風貌とは裏腹に、彼の手は武人らしく固い皮膚に覆われ、意外なまでに骨張っていました。ただ触れ合っただけなら、たまたま彼が手を置いた先に私の手があったという解釈もできるでしょう。しかし、五指を絡め取られてしまっては、そのような言い訳も通用しません。その触れ方は単純な親愛の情とは言い難い、何かしら不穏な気配を匂わせるものでした。まるで臓腑の中で蛇がのたうつような、得体の知れぬ気味の悪さに、私は反射的に彼の手を振り解きかけます。
 そのとき、私は初めてこちらを伺う彼の目をまともに見据えました。
 ルヴィによく似た、分厚い氷に閉ざされた湖を思わせる鉄色の虹彩。目元に降りかかる銀灰色の髪のせいか、それとも角度の具合で偶然そのように見えたのか、光の差さない彼の瞳はぞっとするほどくらく、まるで古びた枯井戸の底でも覗き込んでいるかのような気分になりました。

「ミュゲ様とルヴィ様が恋仲になれば、ゆくゆくは結婚なさるのでしょうね」
「はい。そうなると思いますが……」

 身分ある者の間における交際とは、すなわち結婚を前提とした関係であると公言するも同義です。余程の問題がなければ、交際相手と異なる伴侶を迎えるような事態にはなり得ません。

「仮にお二人が結ばれたとして、シモン様はどうなさるのです」
「私は何も変わりません。まあ、性別は変わりますけど……。ミュゲの腹心として、これまで通り己の責務を果たすだけです」
「では、私の伴侶になるつもりはありませんか」
「はい?」

 何やら突拍子もないことを言われた気がしたので、つい訊ね返してしまいましたが、ラヴィの表情は至って真剣です。
 曖昧な笑みを浮かべながらお茶を濁すことしかできない私の返答を待たず、ラヴィは絡めたままの指に力を込め、そのまま手前へ引き寄せます。不意を突かれた私は碌な抵抗もできないまま、彼の腕の中へおさまってしまいました。

「あなたをお慕いしております」

 脈絡もなく抱き締められただけでも、正常な判断能力を奪うには十分すぎる威力があるにもかかわらず、耳打ちされた言葉は私の思考をさらに容赦なく混乱させていきます。
 同盟関係を強固にしたいのであれば、領主同士が婚姻関係を結ぶだけで目的は果たされるはずです。私を伴侶に迎えたところで、彼には何の利益もありません。せめて彼の真意だけでも確かめようと顔を上げると、ちょうど彼もこちらを覗き込もうとしたのか、互いの鼻先が触れ合いそうな距離で面を突き合わせることになってしまいました。

「最初はあなたのことを、穏やかで優しいだけの人かと思っていました。それなのに……どうやら私は、あなたという方の本質を見誤っていたようです。あなたは溺れるほど深い情を胸のうちに秘めていながら、それに流されることをよしとせず、必要に迫られたときには躊躇なく断ち切る覚悟も持ち合わせている。あなたの内包する矛盾や煩悶を、私はとても好ましく思います。何より、故郷くにと主人に対するその忠誠心! 自国どころか同盟国の領主からも目をかけられ、全幅の信頼を寄せられていながら決して驕らず、己の分を弁えている。嗚呼、考えれば考えるほど、あなたをおいて私の伴侶となるべき方は他にいない」

 こっっっっっっっっわ。

 あれ、この人ってもともとこういう感じでしたっけ。そこそこ長い付き合いなのに、こんな一面があるとは露ほども知りませんでした。怖……。

 彼の瞳は先刻までと打って変わって爛々と輝き、目縁まぶちや頬にも火を入れたように赤みが差しています。心なしか呼吸も荒いです。とりあえず、少し落ち着いていただかないことには、まともな会話も成立しそうにありません。しかし、何と声をかけるべきかなどと思案している間に、授業の終了を告げる鐘が鳴り響きました。
 
 その鐘の音こそ、神が与え給うた千載一遇の好機であると直感した私は、ひとまず彼の腕から逃れようと必死に身をよじります。
 
「……わた、し、ミュゲを迎えに行かないと……」

 情けなくも声が上擦ってしまいましたが、旧知の仲と思っていた相手の未知なる一面を目の当たりにした衝撃を引きずっていたのです。遠回しとはいえ拒絶の意を表明できただけでも上出来といえます。
 しかし、体をもぎ離したからといって、安心している暇はありません。一刻も早くこの場を逃げ出さなければ、再び似たようなやり取りを繰り返す羽目になるでしょう。
 
 私自身はすこぶる冷静なつもりでしたが、たとえ一瞬でも運動能力で彼と競おうなどという無謀な企てをした時点で、十分に判断能力を欠いていたようです。背を向けた直後、後ろから伸びた彼の腕が私の肩へ回り、あっさりと引き戻されまました。直後、火の粉が降りかかったかのようなひりつく痛みが走ります。
 痛みの原因はすぐにわかりました。ラヴィが私の首元へ力一杯に吸い付いたのです。偶然か、はたまた意図したのか、そこは以前サンクに噛み付かれた箇所とぴったり一致しました。
 おそらくは痕が残っているだろう肌のおもてを舌先でなぞり、さらに深く刻み付けるように歯を立てると、彼はようやく私を解放します。
 
「……今すぐに結論を出してほしいとは言いません。あなたにはあなたのお考えがあるのでしょう。答えが出るまで、いつまでもお待ちしております」

 その言葉に否とも応とも返さず、無言のまま書庫を飛び出した私は、しばらく何も考えられずに、只管ミュゲの待つ教室まで走りました。
 顔面を蒼白にしながら全速力で駆ける私の姿は、すれ違う人々から見ればさぞかし奇異に映ったことでしょう。しかし、思いきり体を動かした甲斐もあってか、ミュゲと合流する頃には何喰わぬ顔で彼女と接することができました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。 令息令嬢の社交場。 顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。 それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。 王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。 家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。 ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。 静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。 そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。 「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」 互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。 しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて―― 「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」 偽装婚約、だよな……? ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※ ※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

転生メイドは貞操の危機!

早桃 氷魚(さもも ひお)
恋愛
クララは乙女ゲームの世界に転生した、モブのメイド。 最推しキャラの公爵令息、ロルフのメイドとして、不幸フラグを折りながら、天使のように愛らしい推しを守ってきた。 ロルフはクララに懐き、魔法学園に入学するときも、離ればなれになるのを嫌がるほど。 「帰ってきたら、ずっと一緒だからね?」 ロルフとそう約束してから三年後。 魔法学園を卒業したロルフが、ついに屋敷へ戻ってきた! だが、クララの前に現れたのは、 かつての天使ではなく、超イケメンの男だった! 「クララ、愛している」 え!? あの天使はどこへ行ったの!? そして推し!! いま何て言った!? 混乱するクララを、ロルフはベッドに押し倒してきて……!? ----- Kindle配信のTL小説 『転生メイドは推しを甘やかしまくった結果、貞操の危機です!』 こちらは番外編です! 本編よりずっと前の、推しがまだ天使だった頃のお話です。 本編を知らなくても読めます。

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。

aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。 ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・ 4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。 それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、 生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり どんどんヤンデレ男になっていき・・・・ ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡ 何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...