上 下
57 / 113
第3章 竜の涙

孤高なる存在

しおりを挟む
僕は、普通の人間よりは遠くの声を拾う耳がある。

それでも、限度はあるけど。

ヘールグナンドの砦の前で、僕らリガード竜騎士団の騎士30人と国王兵200人は待機していた。

この場所でも、僕には届いていた。

威厳山いげんざんの中で、すでに戦いは始まっている。

敵軍の雄叫びが耳に届いた時、やはりと思った。

この敵の大部隊は、恐らく全て、ゴブリンだろう。

邪教国が、飼い慣らした捨て駒部隊を送り込んできた。

僕らに気づかれずに、威厳山の洞窟を通り、ダルレアス自治領から攻め込む意表を突いた良い策略だと、思ったか。

中立国との交渉など、うまくいくはずもなく、強行手段で、攻め込んだのだろう。そして、威厳山の洞窟に入り込んだ。

愚かだな。

しかし、ダルレアス自治領のザシンが、僕らウイプル兵を領内に入れなかったのは、ゴブリン大部隊には、少し望みを繋いだのではと、思った。



あの咆哮を聞くまでは。



威厳山に、竜がいる。



ディオガルーダか?



違う、そんな感じがしない。



もっと、ずっと老いているけど、



孤高の存在にも感じる。



この竜は、



恐らく、



今までもこのウイプルで生活しながらも、無意識に感じていた気がする。



きっと、そうだ、と。



このウイプル王国の歴史と共にある存在。



紫雷刀身竜ゲボルトベルザスドラゴン


_________

紫雷刀身竜の咆哮は、きっとまだ、普通の人の耳には聞こえていない様な気がする。

僕でも、耳で聞こえた部分はとても小さく、同じ竜としての本能という部分で聞き取れた感じがしたから。

相対している敵が、人ではなく、ゴブリンという事も、関係しているのかも知れない。

この竜は、今まで一度も姿を見た事がない。

ずっと、威厳山の中?

何か、理由があるのだろうか。

それでも、お母様は紫雷刀身竜の存在を、知っていたんだろうな。



その竜の近くにいて戦っているディオガルーダは、恐らく。





ウイプルにとって、味方だ。



でも、ウイプルにはいなかった男なのに、何故。

よくはわからないけど、ただ、街中で僕に会った時の態度は、挑発的なのが気になる。

そんな事を、待機しながら、思っていたら、

ディオガルーダは、紫雷刀身竜の側でゴブリンと戦っていたからなのか、彼の本当の思いが、紫雷刀身竜の力を借りて、僕に流れ込んでくる様だった。



その思いがはっきりと伝わらない。僕に伝わらない様にディオガルーダが抵抗でもしたせいなのか。



でも、僕は、気づいたら、涙を流していたんだ。



わからない。



わからないけど、僕は彼に対して、こう言いたくなったんだ。





ごめんなさい、

どうか許して、と。

________

ゴブリン大部隊は、全滅し、ヘールグナンドの砦の橋が下りた。

ツォルバ竜騎士団の騎士の活躍もあっただろう。この戦力が、ウイプル本国に加われば、きっと大きな戦力となるはず。

ウイプル王都の正門側に配置されていたリガード竜騎士団騎士長アーマンを中心とした国王軍も、敵軍の侵攻もなく、何事もなく、終わった。



ゴブリン大部隊を寄越した敵国の特定を、ダルレアス自治領のザシンとその側近、そしてウイプルの国王マイクリーハとリガード竜騎士団騎士長アーマンが、ダルレアス自治領のクフト城で行なっている。



同盟国との交流会は、中止とはならず、継続する事となった。





赤茶色の髪をした女が、僕が酒場に行く途中に、抱きついてきた。

そこまで仲が良かったかな。

でも、何か面白い人だな。

ただ、お金はもっと持っていた方が良かったな。

一緒に行った酒場での食事は、彼女の分は、僕が奢ってあげたんだ。

次からは、この様にはいかないぞ。



ペテロの17日
             王城の見張り台にて
________
しおりを挟む

処理中です...