騎士は碧眼と月夜に焦がされて

ベンジャミン・スミス

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第二章 欲を纏う仮面

第四話 冷めた朝食

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「あ、あら、あなた」

 先に朝食の席についていたルーカスを見て、カトリーヌの声は震えていた。まさか夫が早めに視察から戻っているとは露にも思っていなかった。

「おはよう。昨日は友人と食事だったそうじゃないか。楽しめたかい?」

と、違和感を出さずにサラリと言えば、安堵のため息が聞こえるようだ。

「ええ。それはとてもとても」
「それはよかった」
「それだけですか?」
「ん?」

昨夜の真実にあえて触れず、自由な妻を演じさせているのに、自分から嫉妬の海へ飛び込もうとする。しかし残念ながらルーカスの心にそんなものは存在していない為、いくら彼女が束縛を求めたとしてもどうすることもできない。

(傲慢な女だ)

彼女が主人の不在中に何をしていたのか、それはこの主人意外みんな知っていた。そして昨日とうとう主人にもばれてしまった。そのせいで今この部屋の空気は、昔遠征した北の大陸並みだった。焚火ができただけあそこの方がマシかもしれない。そんな冷めて張りつめた空気を夫のものだと感じているカトリーヌはまだルーカスを切望の目で見ている。

「何か……その……夜、出歩いていたわけですし」 

具体的には朝方まで出歩いていた、の間違いだが何も言わない。夫の関心を引こうとする危ない綱渡りに使用人たちも目が泳いでいる。

「夜盗が出るかもしれぬ、気を付けておくように」

と心配しているか、興味がないのか分からないようなずれた返事をして席を立つ。

「あと……」
「はい」

困惑して、カトラリーを無駄に触りたくるカトリーヌが顔を上げる。

「次の視察は、夜道を行くため満月の日にする」
「分かりました。お気をつけて」

頬を染めるカトリーヌ。
しかしその赤みはルーカスに向けられたものでは無い。満月の日にあのパブで催されている汚れた舞踏会を思っての高揚だ。

(この女は俺にどうしてほしいのだ)

自由にしてほしいのか、束縛して欲しいのか──きっとどちらでもない。
愛され、いつまでも女でいたいカトリーヌはようやく食事を始めたのか、食器が擦れる音がしだす。それを背中で聞きながら食卓のある部屋を出る。扉を閉める時に少しだけ彼女を視界に入れれば長い栗色の毛はきちんと結われ、エメラルドグリーンのドレスが映えている。貴族らしい装いなのに、貴族らしくないと感じてしまったのはなぜだろうか。

(食器の音を立てて食事をするような女ではなかったのにな)

答えを見つけ、木の扉が重い音を立てて閉じる。

 そして満月の夜を控えた夕刻、馬小屋へと向かった。

「整っております」

と、ブライアンが視察の荷物の用意をしてくれているが、手のひらを向ける。

「結構だ。あと……あの仮面、しばらく借りるぞ」
「視察では?」

自分の唇の前に人差し指をあてる。さすがに全員を騙す事は出来ない。

「奥様を追いかけるのですか?」
「ああ」

裏口から抜け出すためにはブライアンだけは味方につけておかねばならない。懐に忍ばせている貨幣の袋に手を伸ばす。

「そんなものいりません。私は何も見ていません。居眠りをした不誠実な馬番です」

顔を背けるブライアンに礼を伝え、満月の明かりの中パブへと向かう。

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