異世界ドッペルゲンガー

Ryo

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エレスチャル王国編

12.王都にあるお屋敷へ

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 あれから1週間。

 そろそろ学校の準備をする為、今の屋敷から離れる事になった。

 聞くと、学校はエレスチャル王国の王都にあるらしい。
 その為に、王都にある屋敷へと移るそうだ。


「王都か…」
「とても賑やかな所なの。美味しい食べ物もいっぱいだわ」


 小柄な割に食べるのが大好きなフローライトの言葉に、相変わらずだなと頭を撫でた。

 今もお昼にと用意されたサンドイッチを、馬車に揺られながらモグモグしている。
 本当は外でゆっくり食べて欲しいのだが、王都までそれなりに距離がある為にのんびりとはしていられないようだ。

 学校が始まるまでには余裕を持って出発した為、さすがに初日から遅刻という事はない。


「はい、どうぞ」
「いや、私は大丈夫…」
「お姉様、はい、あーん」


 差し出されたサンドイッチを断ろうとするが、凄みのある笑顔で口元に運ばれた。
 苦笑しつつ、大人しく口を開いて一口咀嚼する。


「本当に、私は大丈夫だぞ」
「そんな事言って、朝もあまり食べていなかったわ。食べないと身体も頭も働かないんだから」


 私の手にサンドイッチを握らせて、もう一つ新しいサンドイッチを食べ始めるフローライト。
 それで5つ目のはずだが、本当に良く食べるな。

 まぁ、彼女の言うことも確かなので、手にしたサンドイッチを食べる。
 屋敷で作ってきたそれは、いつも通り美味しかった。

 馬車の窓から外を眺めると、少し日が傾いてきているようだ。差し込んでくる光も、若干赤みが差しているように見える。


「そろそろ次の街に入ります。今夜はそこで泊まりますので」


 馬車の前方、運転席に面している壁にある小窓が開き、そこから顔を覗かせたディアンに頷く。

 馬車の運転は私とディアンで交代でやっている。専属の運転手は、今は荷物が乗った馬車を担当していた。
 そちらは先行して王都に向かっている為、王都までの道のりは三人旅になっている。

 空の赤い割合が増えてきた頃、次の街へと入る事ができた。

 毎回使っている宿があるらしく、街へと入った馬車は真っ直ぐに道を進んでいく。
 時間帯なのか時期なのか、通りにはあまり人が多くなかったので、それほど通行の邪魔にはならなかった。

 辿り着いた宿は貴族が利用する為のもののようで、随分と豪華な作りだった。


「それでは、私は隣の部屋におりますので」
「はい。おやすみなさい、ディアン」
「おやすみなさいませ、お嬢様。おい、しっかりお守りしろよ」
「心得ている」


 微笑むフローライトに嬉しそうな顔をしていたディアンだったが、私に移された視線は何とも無愛想なものだ。
 それに返す私の言葉も、お互い様なのかもしれないが。

 先にドアを開け、フローライトを中へ促す。
 ディアンと顔を見合わせると、軽く会釈して私も部屋へと入った。


「ふふ、私はこちらのベッドね」


 先に窓際のベッドに腰掛けているフローライトに微笑ましくなりながら、私もドア側のベッドに荷物を置いた。

 腰には、彼女の護衛になると決まった 時に貰った剣が、帯剣ベルトに下がっている。剣の柄と鞘には、ハイルシュタイン家の家紋。
 服装も執事服ではなく、薄い紫の生地を使った軍服のようなもの。薄紫はハイルシュタイン家の色らしく、なんと服のデザインはフローライト自身。

 そんな大事な物を私が受け取ってもいいのかと思ったが、是非にとフローライトに押し切られた。

 今はハイルシュタイン家の名に傷をつけないよう意識しているので、これはこれで良かったのだと思っている。


「明日の夕方には王都に入れるかしらね」
「そうなのか。思ったよりも近かったな」
「そう? 私はもう腰が痛いわ」


 トントンと背中を軽く叩く姿は、何とも似合わないな。綺麗なドレスを着ているから余計に。
 移動の為に控えめな、動きやすいタイプのドレスではあるが、それでもコルセットとやらをつけていれば辛いものか。

 湿布でもあればな、と思っていると、フローライトがベッドへうつ伏せに寝っ転がった。
 寝るなら夕飯を取ってからが良いぞ、と声をかけようとするが違うようだ。


「ケイ、ケイ」
「ん? あぁ、なるほど」


 うつ伏せのまま顔だけをこちらに向け、笑顔で自分の腰をツンツンと指す。
 意図が分かり、苦笑しながら彼女のベッドへと移動した。

 うつ伏せになるフローライトの隣に腰掛け、彼女の細い腰に両手を添えた。


「あまり上手くないのだが」


 最初にそう断ってから、グッと背中を指圧し始める。
 そして、コルセットをしたままだった事を思い出し、指ではなく掌で圧する事にした。

 ベッドに沈み込んでしまうのでそこまで強く押せないのだが…逆にフローライトの負担にならなくて良いか。


「んー……」
「フローラ、寝ては駄目だぞ」
「はーい……」


 凄く返事がポワポワした声をしているが、大丈夫か?

 気持ち良さそうに目を閉じているフローライトは、ほっといたらこのまま寝てしまいそうだ。

 どうしようか、と思っていたところでドアが外からノックされた。


「どうぞ」


 声をかけると、入ってきたのは宿の従業員。
 料理の載ったワゴンを持っている。


「お夕食をお持ちしました」
「ありがとうございます。そちらに置いておいていただけますか」
「かしこまりました」


 テーブル横にワゴンを止めて、従業員には下がってもらう。
 一礼して退室したのを見送り、私もベッドから立ち上がった。


「フローラ、食事にしよう」
「……ん、はーい」
「ほら、起きて」


 なかなか瞼も体も上がらない彼女に苦笑しながら、ポンポンと頭を撫でテーブルへ食事のセッティングに向かう。
 といっても、料理の載った皿やフォークなどをテーブルへ置くだけなのだが。

 セッティングが終わったタイミングで、フローライトも目を擦りながら起き上がってきた。


「さっさと食べて寝てしまおうか」


 長旅で疲れもあるだろうし、明日には王都に入るそうだから、夜更かしはよくない。
 もう半分ほどは寝ているような顔をしているフローライトを席につかせ、私も対面へと腰掛ける。

 ボーッと料理を眺めていたが、暫くするとフォークを手に取りモソモソと食べ始めた。
 時間はかかりそうだな、と私は手早く料理を口に運ぶ。美味しいが、やはり屋敷で作るメイドの料理の方が美味しいな。

 ささっと食べ終わり彼女を伺うと、彼女の皿もほとんど食べ終わっていた。
 食べるのが好きなフローライトは、味わっても食べるのが早い。彼女曰く「手が止まらないんだもの」。

 寝ぼけていても私と変わらない速さに、らしいな、と笑って食事の皿を片付けた。

 フローライトをベッドまで抱えて移動させ、皿を戻したワゴンはドアの前へ置いておく。
 あとから回収に来るのが、ここ最近の貴族の宿のやり方らしい。ホテルのルームサービスのようだな。

 振り返るとフローライトはもう寝るようなので、部屋の灯りを消した。

 ベルトを外し、剣はベッドの側へ立てかける。
 音をできるだけ殺しながら潜り混んだ。


「…ん…ケイ…」


 もう寝たのかと思っていたが、こちらへと向いていた彼女の目と合った。
 寝惚けているのか、少し視線が交わらない。


「どうした」
「…王都の、屋敷には……お父様が…いるの……だから…紹介、する…ね……」


 ニコッと笑みを浮かべた彼女は、そのまま瞼を閉じ規則正しい寝息を立て始めた。

 …そうか。彼女にも当然、親がいるはず。
 これまで彼女とディアン、アリアンタ地方の屋敷に勤めている使用人達にしか会っていなかったから忘れていた。

 あちらではもう受け入れてもらったように感じているが、さすがにご両親となるとな……。

 フローライトは任せろと言っていたが、国を支えるほどの者が簡単に信用するとは思っていない。



 すっかり頭から抜け落ちていた事実に、私はその日、眠れぬ夜を過ごすことになった。
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